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19・野菜のボウロとマドレーヌ。
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ローリエと話をしてから一週間。
シモンはいつものように食事を運んでいた。
返却される食事の量が再び増え、私やはり厳しすぎたのだろう、と反省をしながら、日々を積み重ねていた。
お天気の良い日は庭に出、洗濯を干しながら子供たちを日向ぼっこさせる。
そんなとき、さりげなく彼女の部屋の方を見ても、カーテンはあの日以降さらにしっかりと閉じられている。
「相変わらずのようだけど、ローリエは、大丈夫かねぇ。」
マーナさんの声に、私は頷くこともできず、曖昧に微笑んだ。
私の言葉が、少なくとも彼女を深く傷つけ、さらに悩ませていることがわかっているから。
ふぅ、っと、ひとつため息をついた時、シンシアの泣き声が聞こえた。
どうやらアニーの投げた布製のガラガラが頭に当たったらしい。
「あらあら、びっくりしちゃったわねぇ。」
シンシアを抱き上げてよしよしとあやし始めたマーナさんを見上げながら、私はぽいぽいと布の積み木をあたりかまわず投げるアニーに近づく。
「アニ~……ぽいぽいは楽しいの? でも、シンシアにポイしちゃダメよぉ~。」
両手を顔の高さに上げて、わきわきと動かしながらアニーに近づけば、遊んでもらえる! と思ったアニーがキャッキャと声をあげながら、私に積み木を投げてくる。
「きゃ~、いたい、なげちゃだめよ~。」
わ~っと言いながら、ワキワキ動かしていた手でアニーの脇腹を抱えるように持ってくすぐれば、ご機嫌の笑顔でアニーはころんと布の上に、全身をばたつかせて声を上げて笑っている。
屈託のない、何の裏も表もないその笑顔は、本当に可愛らしい。
「よしよし、シンシアも泣き止んだわね。 そろそろ中に戻って、バビーを起こしておやつの時間にしましょう。」
「はい。」
もっとやって、というように私の手を両方の小さな手で掴んでお腹に持っていくアニーに笑いかけながら、救い上げるように抱っこをすると、若草の上に敷いていたシーツの端と端を抱えてよいしょっと持ち上げた。
パラパラと落ちる葉っぱを振り落としたら、養育棟へと戻っていく。
右腕にアニーを抱っこ、左手には荷物。 最初は赤ちゃんの抱っこはおっかなびっくり、洗い終わった赤ちゃん1日分の洗濯物を重くて持てなかった私も強くなったものだ。
そんなことを考えながら養育棟の扉を開けると、トレイを持ったシモンが見えた。
腹に子のいるローリエのための食間のおやつを運んでいるところのようだ。
「……。」
廊下の端に寄り、立ち止まって頭を下げたシモンに、私たちも子供を抱えながら頭を下げて通り過ぎ……私は、足を止めて振り返った。
「シモン。」
声を掛ければ、寄宿棟に向かって養育棟を出て行こうとしていたシモンが足を止めて振り返る。
「もし、もしよければ、ご気分が良い時は、ぜひ養育棟で一緒におやつの時間にしませんか? と、ローリエに伝えてくださらない? きっと、一人で食べるより美味しいわ。」
にこっと笑ってそう言うと、彼女は頭を下げてから、養育棟を出て行った。
「来るかしら?」
シモンを見送っている私の肩をポン、と叩いたのはシンシアを抱っこしていたマーナさんで、私は頷く。
「来て、欲しいです。 今日じゃなくても、明日でも、明後日でもいいので。」
(だから少し強めに『ぜひ』と入れてみたのだけれど……伝わるかしら。)
「そうね。 さ、今日のお菓子は何かしらねぇ。」
うふふ、と笑いながら奥へと歩き出したマーナさんの後ろを私は追いかけた。
「今日のおやつはボウロかぁ。 この世界にもあったのね、ボウロ。」
翌々日の昼下がり。
子供たちの3時のおやつにと小さなお皿の上に盛られたのは、前世の記憶にも懐かしい野菜を練り込んで作られたボウロだった。
それを乗せたトレイをもって養育室に入ろうとした私は、ふと、養育棟の入り口に立つ女性の姿を見つけて立ち止まった。
(あの姿は……?)
「シモン?」
「……はい。」
首をかしげて声を掛ければ、彼女は深く頭を下げた後、扉の方を見た。
「?」
首をかしげてみていると、扉の下の方に、私と同じ見習い修道女服の裾が見える。
(まさか。)
小皿のボウロをこぼさないように注意しながら、私はそちらに足を進める。
「……ローリエ?」
入り口から顔を覗かせれば、小さく体を縮こまらせ、うつむいて立つ、前回会った時よりもさらにやつれた感じのローリエが立っていた。
「……あ……。」
怯えたように顔を上げ、私と目が合うと、くるっと踵を返して寄宿棟に行きそうになる腕を、お菓子のトレイを抱えたままの私は何とかバランスをとりながら彼女の手首を掴んだ。
「も、もうしわけありません……ミズリーシャ様……あの、先日の、お詫びを……」
そう言ったローリエに、私はにこっと笑った。
「ローリエ、来てくれて嬉しいわ! 今ね、ちょうど、赤ちゃんたちもおやつの時間なの。 みんなで一緒しましょう? シモン、ごめんなさい。 ここには赤ちゃんの分のお菓子しかないの。 ローリエのもらってきてもらえる?」
「あ、あの……」
(少々強引だけれど……ここで動かないと駄目な気がするわ。)
捲し立てるようにそう言い、菓子を取りに行ったシモンを見送った私はローリエに言う。
「今日の赤ちゃん当番は、私と、シスター・サリアとダリアさんなのよ。 そうそう、ローリエは赤ちゃんとは初対面ね。 ここにいる赤ちゃんはね、4か月のシンシア、7か月のアニー、9か月のバビー。 みんな元気いっぱいなの。」
本来であれば、このように相手の気持ちを無視して行動を起こすなどしたいと思わないが、今は、動いてた方がいい気がする。
私は彼女の手首を掴んだまま、グイグイと彼女を引っ張り養育室の前に立った。
右手にはお菓子のトレイ、左手にはローリエの腕。
(しまった、どうやってノックしようかしら?)
手を離したら逃げて行ってしまうだろうし、お菓子は大事。
扉の前に立って一瞬悩んだ私は、すうっと息を吸うと、少し大きめに声を上げた。
「すみません、おやつで手が埋まってて扉を開けられないので、開けていただけますか?」
そうすると、向こうから、あらあらまぁまぁと声が聞こえ、扉のノブが回って開いた。
「ミーシャ、どれだけのおやつを持ってきたの? ……あら?」
扉を開けたシスター・サリアは、顔色も悪く困り顔のローリエと、そしてその手首を掴んでいるもう片手にはお菓子のトレイを持っているわたしを見た。
「ミーシャ?」
「シスター・サリア。 ローリエも一緒に良いですか?」
にこっと笑った私の気持ちに気が付いてくれたのだろう。 彼女はにっこりと優しく笑って扉を開け、ローリエを招き入れてくれた。
「えぇ、もちろんよ。 さぁ、ローリエも入って頂戴。 ミーシャ、お菓子は私が持つから、ローリエに幼児室に入る時の約束を教えてあげて頂戴。」
「はい、じゃあ、お菓子をお願いします。 ローリエ、このように自室に入ったら、まず、うがい手洗いをして、そこに洗ってあるエプロンを付けるのよ。」
「……あの、ミズリーシャさ……。」
「あら、私はミーシャよ、ローリエ。 さ、用意が出来たら入りましょう? ちょっとそこで待っていてくれる? 今、おやつの用意をするから。」
「……は、はい。」
遠慮がちに部屋の端っこに立ったローリエに私はニコッと笑うと、ベビーサークルの中をささっと片付け、寝返りをいままさに! と頑張っているシンシアを抱っこしてダリアさんに預けると、積み木遊びに夢中のアニーとバビーをよけながら、壁の端に立てかけてあった軽いローテーブルを用意し、向かい合うように子供用の椅子も置いた。
「バビー、おやつよ。」
しゃがみ込んで手を出すと、お座りをし、積み木をしゃぶって涎まみれのバビーが、ものすごい勢いでハイハイしてやってきたのをキャッチする。
「バビー! ハイハイが上手! はい、ここに『おすわり』ね。 アニーもおやつの時間よ。」
そのままバビーを抱っこし、用意した椅子に座らせると、今度はすこし遠いところで布の積み木をポイポイ投げては、手を叩いていたアニーを抱っこする。
「はい、アニーも『おすわり』どうぞ。」
二人を椅子に座らせると、机をバンバンと両手で叩くアニーとバビーの手を、濡れた清潔なお絞りで拭く。
その間に、トレイからお菓子のお皿を両手に持ったシスター・サリアが、バビーの横に座った。
顔を上げてみると、ダリアさんに抱っこされたシンシアは、ミルクを飲み始めてる。
「ローリエ、こっちにきて。」
部屋の端で居たたまれないような顔をして立っているローリエの手を引くと、アニーの隣にクッションを置いて其処に座らせてから、アニーをはさむように私も座った。
ちょうどシモンがローリエ用のお菓子を持ってきたため、ローテーブルの赤ちゃんの手の届かないところにそれを置くと、シスターサリアが手に持っていたお菓子を二人の目の前に置いた。
「はい、アニー、バビー、いただきます。」
シスターサリアがバビーの、私がアニーの小さな手をチョンっと合わせ、『いただきます』をさせて手を放すと、二人は一目散に目の前の2色のボウロの入ったお皿に手を伸ばし、口に運び始めた。
「さ、ローリエも一緒にいただきなさい。」
シスター・サリアの声に、ローリエは顔を上げると、目の前に置かれた緑と赤のマドレーヌ、それにホットミルクをみた。
「い、いただきます。」
アニーとバビーがされていたように、両手を合わせそう言ったローリエだが、菓子には手を付けず、小指ほどの大きさの丸い赤と緑のボウロを必死でつまんで食べている二人を交互に見ている。
バビーは、一粒ずつつまんではそれを口に入れ、しゃくしゃくとほっぺの奥で噛み、なくなったらにこっと笑って次の一粒を口に入れるを繰り返す。 意外と食には慎重派なのかもしれない。
一方、アニーは、何個も一緒に口に入れ、もぐもぐと口を動かすたびに、しゃり、しゃりと、砕ける音をさせ、それも面白いようでにこぉっと笑う。 口の端から流れ出るのも愛嬌だがいかんせん流れ出す量が多い。
「わ! アニー、お口の周りべとべと。 ちょっと待ってね、拭かせてね。 はい、上手! おいし?」
すると、再びにこぉと笑ったアニーの顔は、せっかく拭いたのにすぐに溶けたボウロだらけになる。
(もう、食べ終わってからでいいか。)
こう考えるのは、当たり前である。 逐一やっていたらきりがない。
「バビーも美味しい?」
そんな言葉に我関せず、目の前のボウロを必死に食べるバビー。
そんな2人の姿を、私たちは微笑ましく見ながら、ローリエの様子も観察する。
困ったように2人の赤ちゃんや、養育室の中に視線を彷徨わせ、戸惑っている彼女は、お菓子に手を出す様子は見られない。
と、シスター・サリアが、彼女にと用意された菓子の乗ったお皿を差し出した。
「さ、ローリエも少しでいいからいただきなさい?」
「……は、はい。」
私ではない別の人から声を掛けられ、恐る恐る頷き、緑色のマドレーヌを手に取った彼女は、半分に割って小さく一口かじった。 モグっと、何度か口を動かして。
「……美味しい。」
ぽそっと、つぶやいた。
「よかった。 それは、うちで一番料理上手のノーラさんお手製の野菜入り焼き菓子だからね。 野菜がたっぷり入ってて、体にもいいんだよ。」
嬉しそうに笑いながら、ミルクを飲み終わり、げっぷまちのシンシアの背を擦るダリアはそっと、ローリエの頭を撫でた。
「全部食べなくても、好きなだけ食べなさい。 無理はしなくていいのよ。」
顔を上げ、私を見たローリエのほっぺに、ペトォっと、ボウロまみれの手がくっついた。
「……んまっ♪」
空っぽのお皿を投げ出したアニーの手だ。
アニーのもう片手にはからっぽのお皿が握られていて、彼女の食べるお菓子が気になってしょうがなかったのだろう。
「ああぁぁぁ、アニー、だめ、めっよ!。 ごめんなさいね、ローリ、エ……?」
慌ててアニーを離そうとした私の目の前で、自分のほっぺに張り付いたアニーの手をそっと触れたローリエが、目をまん丸く大きく見開いて、その頬にくっついたボウロだらけの手に触れて、泣き出しそうな笑顔を浮かべた。
「……はい、はい。」
(……よかった。 のよね。)
アニーの手とローリエの頬を綺麗にし、彼女のおやつを狙うアニーを抱っこした私は、同じく自分のお皿のお菓子を食べ終え、彼女のお菓子を狙うために椅子に立ち上がったバビーに慌てたり、と。
2人の赤ちゃんに振り回される私たちに囲まれたローリエは、出されたおやつとホットミルクをゆっくりと食べ終えていた。
シモンはいつものように食事を運んでいた。
返却される食事の量が再び増え、私やはり厳しすぎたのだろう、と反省をしながら、日々を積み重ねていた。
お天気の良い日は庭に出、洗濯を干しながら子供たちを日向ぼっこさせる。
そんなとき、さりげなく彼女の部屋の方を見ても、カーテンはあの日以降さらにしっかりと閉じられている。
「相変わらずのようだけど、ローリエは、大丈夫かねぇ。」
マーナさんの声に、私は頷くこともできず、曖昧に微笑んだ。
私の言葉が、少なくとも彼女を深く傷つけ、さらに悩ませていることがわかっているから。
ふぅ、っと、ひとつため息をついた時、シンシアの泣き声が聞こえた。
どうやらアニーの投げた布製のガラガラが頭に当たったらしい。
「あらあら、びっくりしちゃったわねぇ。」
シンシアを抱き上げてよしよしとあやし始めたマーナさんを見上げながら、私はぽいぽいと布の積み木をあたりかまわず投げるアニーに近づく。
「アニ~……ぽいぽいは楽しいの? でも、シンシアにポイしちゃダメよぉ~。」
両手を顔の高さに上げて、わきわきと動かしながらアニーに近づけば、遊んでもらえる! と思ったアニーがキャッキャと声をあげながら、私に積み木を投げてくる。
「きゃ~、いたい、なげちゃだめよ~。」
わ~っと言いながら、ワキワキ動かしていた手でアニーの脇腹を抱えるように持ってくすぐれば、ご機嫌の笑顔でアニーはころんと布の上に、全身をばたつかせて声を上げて笑っている。
屈託のない、何の裏も表もないその笑顔は、本当に可愛らしい。
「よしよし、シンシアも泣き止んだわね。 そろそろ中に戻って、バビーを起こしておやつの時間にしましょう。」
「はい。」
もっとやって、というように私の手を両方の小さな手で掴んでお腹に持っていくアニーに笑いかけながら、救い上げるように抱っこをすると、若草の上に敷いていたシーツの端と端を抱えてよいしょっと持ち上げた。
パラパラと落ちる葉っぱを振り落としたら、養育棟へと戻っていく。
右腕にアニーを抱っこ、左手には荷物。 最初は赤ちゃんの抱っこはおっかなびっくり、洗い終わった赤ちゃん1日分の洗濯物を重くて持てなかった私も強くなったものだ。
そんなことを考えながら養育棟の扉を開けると、トレイを持ったシモンが見えた。
腹に子のいるローリエのための食間のおやつを運んでいるところのようだ。
「……。」
廊下の端に寄り、立ち止まって頭を下げたシモンに、私たちも子供を抱えながら頭を下げて通り過ぎ……私は、足を止めて振り返った。
「シモン。」
声を掛ければ、寄宿棟に向かって養育棟を出て行こうとしていたシモンが足を止めて振り返る。
「もし、もしよければ、ご気分が良い時は、ぜひ養育棟で一緒におやつの時間にしませんか? と、ローリエに伝えてくださらない? きっと、一人で食べるより美味しいわ。」
にこっと笑ってそう言うと、彼女は頭を下げてから、養育棟を出て行った。
「来るかしら?」
シモンを見送っている私の肩をポン、と叩いたのはシンシアを抱っこしていたマーナさんで、私は頷く。
「来て、欲しいです。 今日じゃなくても、明日でも、明後日でもいいので。」
(だから少し強めに『ぜひ』と入れてみたのだけれど……伝わるかしら。)
「そうね。 さ、今日のお菓子は何かしらねぇ。」
うふふ、と笑いながら奥へと歩き出したマーナさんの後ろを私は追いかけた。
「今日のおやつはボウロかぁ。 この世界にもあったのね、ボウロ。」
翌々日の昼下がり。
子供たちの3時のおやつにと小さなお皿の上に盛られたのは、前世の記憶にも懐かしい野菜を練り込んで作られたボウロだった。
それを乗せたトレイをもって養育室に入ろうとした私は、ふと、養育棟の入り口に立つ女性の姿を見つけて立ち止まった。
(あの姿は……?)
「シモン?」
「……はい。」
首をかしげて声を掛ければ、彼女は深く頭を下げた後、扉の方を見た。
「?」
首をかしげてみていると、扉の下の方に、私と同じ見習い修道女服の裾が見える。
(まさか。)
小皿のボウロをこぼさないように注意しながら、私はそちらに足を進める。
「……ローリエ?」
入り口から顔を覗かせれば、小さく体を縮こまらせ、うつむいて立つ、前回会った時よりもさらにやつれた感じのローリエが立っていた。
「……あ……。」
怯えたように顔を上げ、私と目が合うと、くるっと踵を返して寄宿棟に行きそうになる腕を、お菓子のトレイを抱えたままの私は何とかバランスをとりながら彼女の手首を掴んだ。
「も、もうしわけありません……ミズリーシャ様……あの、先日の、お詫びを……」
そう言ったローリエに、私はにこっと笑った。
「ローリエ、来てくれて嬉しいわ! 今ね、ちょうど、赤ちゃんたちもおやつの時間なの。 みんなで一緒しましょう? シモン、ごめんなさい。 ここには赤ちゃんの分のお菓子しかないの。 ローリエのもらってきてもらえる?」
「あ、あの……」
(少々強引だけれど……ここで動かないと駄目な気がするわ。)
捲し立てるようにそう言い、菓子を取りに行ったシモンを見送った私はローリエに言う。
「今日の赤ちゃん当番は、私と、シスター・サリアとダリアさんなのよ。 そうそう、ローリエは赤ちゃんとは初対面ね。 ここにいる赤ちゃんはね、4か月のシンシア、7か月のアニー、9か月のバビー。 みんな元気いっぱいなの。」
本来であれば、このように相手の気持ちを無視して行動を起こすなどしたいと思わないが、今は、動いてた方がいい気がする。
私は彼女の手首を掴んだまま、グイグイと彼女を引っ張り養育室の前に立った。
右手にはお菓子のトレイ、左手にはローリエの腕。
(しまった、どうやってノックしようかしら?)
手を離したら逃げて行ってしまうだろうし、お菓子は大事。
扉の前に立って一瞬悩んだ私は、すうっと息を吸うと、少し大きめに声を上げた。
「すみません、おやつで手が埋まってて扉を開けられないので、開けていただけますか?」
そうすると、向こうから、あらあらまぁまぁと声が聞こえ、扉のノブが回って開いた。
「ミーシャ、どれだけのおやつを持ってきたの? ……あら?」
扉を開けたシスター・サリアは、顔色も悪く困り顔のローリエと、そしてその手首を掴んでいるもう片手にはお菓子のトレイを持っているわたしを見た。
「ミーシャ?」
「シスター・サリア。 ローリエも一緒に良いですか?」
にこっと笑った私の気持ちに気が付いてくれたのだろう。 彼女はにっこりと優しく笑って扉を開け、ローリエを招き入れてくれた。
「えぇ、もちろんよ。 さぁ、ローリエも入って頂戴。 ミーシャ、お菓子は私が持つから、ローリエに幼児室に入る時の約束を教えてあげて頂戴。」
「はい、じゃあ、お菓子をお願いします。 ローリエ、このように自室に入ったら、まず、うがい手洗いをして、そこに洗ってあるエプロンを付けるのよ。」
「……あの、ミズリーシャさ……。」
「あら、私はミーシャよ、ローリエ。 さ、用意が出来たら入りましょう? ちょっとそこで待っていてくれる? 今、おやつの用意をするから。」
「……は、はい。」
遠慮がちに部屋の端っこに立ったローリエに私はニコッと笑うと、ベビーサークルの中をささっと片付け、寝返りをいままさに! と頑張っているシンシアを抱っこしてダリアさんに預けると、積み木遊びに夢中のアニーとバビーをよけながら、壁の端に立てかけてあった軽いローテーブルを用意し、向かい合うように子供用の椅子も置いた。
「バビー、おやつよ。」
しゃがみ込んで手を出すと、お座りをし、積み木をしゃぶって涎まみれのバビーが、ものすごい勢いでハイハイしてやってきたのをキャッチする。
「バビー! ハイハイが上手! はい、ここに『おすわり』ね。 アニーもおやつの時間よ。」
そのままバビーを抱っこし、用意した椅子に座らせると、今度はすこし遠いところで布の積み木をポイポイ投げては、手を叩いていたアニーを抱っこする。
「はい、アニーも『おすわり』どうぞ。」
二人を椅子に座らせると、机をバンバンと両手で叩くアニーとバビーの手を、濡れた清潔なお絞りで拭く。
その間に、トレイからお菓子のお皿を両手に持ったシスター・サリアが、バビーの横に座った。
顔を上げてみると、ダリアさんに抱っこされたシンシアは、ミルクを飲み始めてる。
「ローリエ、こっちにきて。」
部屋の端で居たたまれないような顔をして立っているローリエの手を引くと、アニーの隣にクッションを置いて其処に座らせてから、アニーをはさむように私も座った。
ちょうどシモンがローリエ用のお菓子を持ってきたため、ローテーブルの赤ちゃんの手の届かないところにそれを置くと、シスターサリアが手に持っていたお菓子を二人の目の前に置いた。
「はい、アニー、バビー、いただきます。」
シスターサリアがバビーの、私がアニーの小さな手をチョンっと合わせ、『いただきます』をさせて手を放すと、二人は一目散に目の前の2色のボウロの入ったお皿に手を伸ばし、口に運び始めた。
「さ、ローリエも一緒にいただきなさい。」
シスター・サリアの声に、ローリエは顔を上げると、目の前に置かれた緑と赤のマドレーヌ、それにホットミルクをみた。
「い、いただきます。」
アニーとバビーがされていたように、両手を合わせそう言ったローリエだが、菓子には手を付けず、小指ほどの大きさの丸い赤と緑のボウロを必死でつまんで食べている二人を交互に見ている。
バビーは、一粒ずつつまんではそれを口に入れ、しゃくしゃくとほっぺの奥で噛み、なくなったらにこっと笑って次の一粒を口に入れるを繰り返す。 意外と食には慎重派なのかもしれない。
一方、アニーは、何個も一緒に口に入れ、もぐもぐと口を動かすたびに、しゃり、しゃりと、砕ける音をさせ、それも面白いようでにこぉっと笑う。 口の端から流れ出るのも愛嬌だがいかんせん流れ出す量が多い。
「わ! アニー、お口の周りべとべと。 ちょっと待ってね、拭かせてね。 はい、上手! おいし?」
すると、再びにこぉと笑ったアニーの顔は、せっかく拭いたのにすぐに溶けたボウロだらけになる。
(もう、食べ終わってからでいいか。)
こう考えるのは、当たり前である。 逐一やっていたらきりがない。
「バビーも美味しい?」
そんな言葉に我関せず、目の前のボウロを必死に食べるバビー。
そんな2人の姿を、私たちは微笑ましく見ながら、ローリエの様子も観察する。
困ったように2人の赤ちゃんや、養育室の中に視線を彷徨わせ、戸惑っている彼女は、お菓子に手を出す様子は見られない。
と、シスター・サリアが、彼女にと用意された菓子の乗ったお皿を差し出した。
「さ、ローリエも少しでいいからいただきなさい?」
「……は、はい。」
私ではない別の人から声を掛けられ、恐る恐る頷き、緑色のマドレーヌを手に取った彼女は、半分に割って小さく一口かじった。 モグっと、何度か口を動かして。
「……美味しい。」
ぽそっと、つぶやいた。
「よかった。 それは、うちで一番料理上手のノーラさんお手製の野菜入り焼き菓子だからね。 野菜がたっぷり入ってて、体にもいいんだよ。」
嬉しそうに笑いながら、ミルクを飲み終わり、げっぷまちのシンシアの背を擦るダリアはそっと、ローリエの頭を撫でた。
「全部食べなくても、好きなだけ食べなさい。 無理はしなくていいのよ。」
顔を上げ、私を見たローリエのほっぺに、ペトォっと、ボウロまみれの手がくっついた。
「……んまっ♪」
空っぽのお皿を投げ出したアニーの手だ。
アニーのもう片手にはからっぽのお皿が握られていて、彼女の食べるお菓子が気になってしょうがなかったのだろう。
「ああぁぁぁ、アニー、だめ、めっよ!。 ごめんなさいね、ローリ、エ……?」
慌ててアニーを離そうとした私の目の前で、自分のほっぺに張り付いたアニーの手をそっと触れたローリエが、目をまん丸く大きく見開いて、その頬にくっついたボウロだらけの手に触れて、泣き出しそうな笑顔を浮かべた。
「……はい、はい。」
(……よかった。 のよね。)
アニーの手とローリエの頬を綺麗にし、彼女のおやつを狙うアニーを抱っこした私は、同じく自分のお皿のお菓子を食べ終え、彼女のお菓子を狙うために椅子に立ち上がったバビーに慌てたり、と。
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皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。
冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」
一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。
追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、
ようやく正当に愛され、報われる物語。
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