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45・【他者視線】西の離宮から深淵へ(閲覧注意)

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★本日の内容には、女性への暴力、性加害描写、その他、暴力的描写があります。 無理なさらずバックしてください。 この話の簡単な結論は、次回を読めばわかるように配慮しています。










 贅沢とは無縁の食事を運んでくる侍従と、仕事とは名ばかりで幼い頃に受けた王子教育の教科書や参考書の書き取りを持ってくる侍従、ただ無言で寝具や洗濯物を交換する使用人が一人。

 第一王子ジャスティが幽閉されている西の離宮を出入りする使用人は、皆無表情のまま職務だけを遂行し、用が終わればさっさと出て行く。

 彼が何を言おうが知らぬ顔、苛立ち紛れに物を投げてもどのようになっているのかひらりとかわして去ってゆく。

 こんなものが出来るかと置いて行かれた仕事を放り出せば、翌日の食事は嫌がらせの様に朝食のみになる。

 王子の対して何の不敬かと強く問えば『働かざるもの食うべからず。 この食事は様々な者が働いて、この形になって私たちの口に入っているのです。 貴方の食事は国庫より予算が組まれています。 国庫に入っている金は、民が働いて収めてくれた大切な税金です。 その意味も解らず、決められた仕事すらせぬ者に与える必要はないとのご命令でございます。 ですから、仕事をなさらなかった翌日は、最低限しかお出しできません。』と言って去っていった。

 民は王家の物だ。

 そして自分は王子であり、元とは言え王太子だったのだから、享受を受ける権利があるのだと言っても、聞いてくれない。

 腹をすかせたまま一人残されたジャスティに出来たのは、翌日からただ黙々とペンを走らせ文字を連ねる事だけだった。

(くそっ! くそっ! くそっ!)

 ペンを握っていた拳を机に叩きつけ、日に一日は必ず癇癪を起こす。

「ぜんぶ、全部、あの小賢しいミズリーシャと、聖女の仕事すらできないマミのせいだ!」

 最低限の身の回りの世話しかしてもらえず、自分で後片付けをするのは面倒くさいという事だけは学んだようで、ジャスティは以前のように物を投げ、書類を床にまき散らすような事はしなくなったが、日に一度はこうして大きな声を出し、枕を殴り、クッションを蹴る。

「あの女が、もっとっ! ちゃんとっ! 私に寄り添い、慎ましやかに私を立ててくれれば捨てはしなかった!」

 彼が頭に思い浮かべたのは、幼い頃から婚約者として傍にいた公爵令嬢ミズリーシャ・ザナスリー。

 彼の目に映る彼女は、蜂蜜のように甘やかな金色の髪、美しい青い瞳。 まさに淑女の鑑よと貴族然とし、勉学においても、剣技においても、常に自分の前を行き、自分に苦言ばかり呈してくる生意気な女だった。

 自分よりも褒められ、尊ばれ、それを当たり前のように受け取り、かといって慢心せず研鑽を重ねて結果を出すため、周囲はそれを王太子であるからと、自分にも求めてくる。 屈辱というほかなく、ゆえに常に自分に劣等感を抱かせていたが、それでも、幼い頃はそれも自分が不甲斐ないため、仕方がないと思い、そのような表情を出すことなく研鑽していた。

 寝る間を惜しみ研鑽を重ね、追いつけないあの女の背中を追い続ける日々。

 僅かにも縮まらず、周りはそれに失望し、努力はして当たり前だ、王太子なる者、常に努力するべきだと責め立てる。

 もちろん、あの女ミズリーシャも。

 もう少し自分の努力を認めてくれるような可愛げがあったなら。

 他の女の様に私の好みに沿うように着飾り、媚を売り、豊満な胸を押し付け、時には仕事などほおって私と共にいてほしいと、女らしく甘えてきてさえすれば、あのように捨てる真似はしなかったのに。

「そうだ、あの女が悪い! あの女が! それに、そんな私に付け込むように誘惑してきたマミもだ!」

 ジャスティは枕に拳を打ち付けた。

 一目見て、可愛らしいと思った。

 ミズリーシャとは違う、線の細さ、何色にも染まる事のない美しい黒髪、大きな鳶色の瞳。

 そんな彼女が震えながら、この世界に味方がいない。 私の味方は貴方だけ、そのかわり自分だけは貴方の味方。 私の王子様、ずっと大好き。 そう言って可愛らしく微笑んでくれた。 手が触れただけでも頬を染め、ころころとよく笑い、泣き、時には嫌々エスコートしていたミズリーシャに対し、嫉妬してくれた聖女を、彼は愛してしまった。

 可愛らしい、愛らしい、それでいて艶めかしい。

 ある日、自分を誘惑するような上目遣いに薄く開いた桃色の唇を、むしゃぶりついた時の高揚感と征服感は、股間に衝撃が走るくらいに衝撃的だった。

 自分の乾いた部分を癒してくれ、王太子としても、男としても自尊心をくすぐり続ける可愛くて愚かな聖女。

 彼女を逃がしたくなくて、令嬢が好むと言われるものを買いあさり、繋ぎとめるようにすこしずつ小出しに与え続けた。

 最初はそんな高価なものは貰えないと遠慮していた彼女は、どうしてもという自分の言葉に、それでは、と遠慮がちに贈り物を受け取り、身に着けた時の笑顔は、彼の自尊心を満たしてくれた。

 買い物に連れて行けば、王太子である自分に皆が頭を下げる。 そんな自分を凄いとほめてくれ、何でも買ってやると言っているのに慎ましやかにも、下位貴族の令嬢が求めるような安価な宝石やドレスを選び、喜ぶ姿を見るだけで満足できた。

 可愛らしくおねだりをするようになってもそれは変わらず、ねだられた物はなんでも買い与え、甘やかした。

(なのに、あの女めっ! 私が廃嫡されてからは、他の男に言い寄るようになった。)

 阿婆擦れ。 マミはそんな生き物になってしまった。

(お前のせいで、私は廃嫡になったのに。)

 その事に無性に腹が立ち、何度も怒鳴りつけた。

 マミのせいだから当たり前だ。

 しかもそんな彼女が、最も高貴な存在である自分の今後の人生を握っていると思うと無性に腹立たしかった。

 しかし背に腹は代えられない。

 屈辱であったが、私のために聖女として成果を上げるように励まして、お願いしてやった。 王太子であったこの私がだ。

 なのにあの女は、私に責任転嫁をし、他の男に言い寄っていた。

 私はこのような情けなくもみすぼらしい、華やかな自分に相応しくない生活に身を窶しているというのに、あの女は自由気ままに学園に通い、様々な男に媚を売っていたのだ。

 ジャスティは無性に腹が立ち、マミを目の前に呼び出した。

 目の前に現れたマミは、何一つ変わっていなかった。

 そのことが解った瞬間に、目の前は怒りで真っ赤になった。

 あぁ、この女は、自分の身の程すら弁えていないのだ、と。

 マミの愚かな行動のせいで、王太子たる自分が落ちぶれたというのに、そんな可哀想な自分のためにマミはその身を粉にして働く責任があると言うのに、反省も、償いの意識さえないのだと思うと、異常に腹が立った。

 気が付いた時には、マミのことを思い切り殴り飛ばしていた。

 倒れ込んだ彼女の顔は腫らし、真っ青な顔をして震えていたが、そんなもの関係なかった。

 これで今までの様に私に従順な可愛いマミに戻り、自分のために働いてくれるだろうと考えた。

 しかしその後に側近から語られたのは、マミが他の男と体を重ねていたという最悪の報告だった。

 自分でさえ、あの体を暴くのは結婚後だと思っていたのに、他の男に簡単に純潔を捧げたと言う裏切りに、馬鹿にされた気がしてどうしても許せなかった。

 マミを呼び出したジャスティは、彼女が部屋に入ってくるなり思い切り殴りつけ、床に倒れた彼女に馬乗りになると、身に着けていた制服を引き裂き、何の準備もしないまま、怒りに任せて体をつなげた。

 身を裂く痛みに声を上げ、抵抗したマミに、彼は何度も拳を振り上げ、何度も貫いた。

 小賢しい女ミズリーシャにすべてを奪われた私の手元に残った唯一のマミ

 他の誰かに奪われるわけにはいかない、逃げていくことも許さない。

 彼の中にはただその感情だけで動いた。自分に逆らうマミの方が悪いのだと本気で考えていた。

 彼女を呼び出した夕暮れから夜明け前まで。途切れることなくマミを抱いた彼は、萎えた自身を引き抜くと、ベッドの上で意識が朦朧としている彼女に自分に従うことを誓約する言葉を言わせてると満足し、その後は用済みだとばかりにシーツにくるんで廊下へ放り出した。

「これで、私は安泰だ。」

 ミズリーシャとの婚約破棄から一年半。

 自分を裏切ったマミを好きにしたことで、他者からの理不尽に積もり積もっていた様々な鬱憤がすっきりと払拭されたジャスティは、いつの間にかテーブルの上に用意された朝食を行儀悪く立ったまま飲み食いし、どちらの物ともわからない体液で汚れて火照った体をシャワーで鎮めると、腰にタオルを巻いたままの格好で、いつの間にか綺麗に手入れされたベッドの上に体を放りだした。

 落ちてくる瞼の隙間から、机の上に山積みにされた書類が見えた。

(昼過ぎには起きて、再び運び込まれてくる仕事を手に付ければ問題ない。)

 そう、いつも通り変わりない。

 これから先も、朝起きて、つまらない仕事をし、夜眠って朝が来る。

 あれだけ言いつけたのだから、マミは自分のために聖女の英知を使って高位貴族の爵位を用意してくれるだろう。 

 そうすれば、再び自分には栄光の日々が訪れる。







 その、はずだった。







「……これは、一体どういうことだ。」

 ある日、いつも通りに寝て、目が覚めたはずだった彼がいたのは、いつもの離宮ではなく、仄暗く、じめじめした、石の壁に三方を、目の前には頑丈な鉄柵に囲まれた部屋と呼べない場所だった。

 地下牢であることは、幼い頃に城内の説明で聞いたことがあったため解ったが、何故、自分がここにいるのか、彼には理解できなかった。

 これは何かの間違いだ。

 鼻の奥に差し込むような臭いに顔を顰めながら、高貴な血を引く王子である私がここにいるなんてありえない、ここから出せと鉄柵の向こうにいるであろう兵士を呼ぼうと立ち上がろうとして感じた、ありえない重さに目を凝らした。

「な、何だこれはっ!」

 みれば、自分の手足に、まるで罪人だと咎めるように鉄枷が嵌められている。

「くそっ! これはなんなんだ! おい! 誰かいないのか!」

 叫べば、自分の声がうわんうわんとあたりに響く。

「おい! 誰かいないのか! 俺は王子だぞ! ここから出せ! 誰かいないのか!」

 ジャスティは怒りに任せ、しばらくの間ずっと叫んでいたが、やがて疲れ果ててそれはやめた。

(どうせ間違いで入れられたんだ。 叫ばなくても、離宮にきた侍従たちが自分がいないことに気が付いて探すはずだ。 それまで待っていればいい。)

 そうしてどれくらいたったのか。

(くそっ! まだなのか、役立たずどもめっ!)

 ちっと舌打ちしつつ、気配を探っていたジャスティの耳に、かすかに扉が開く音と、近づいて来る足音が聞こえた。

 コツコツと、こちらに近づいて来る3つの足音に耳を澄ませ、目を凝らすと、やがて彼の視界に護衛らしき大きな人影、そしてその後ろに長いローブを被った小柄な人影と大きな人影が1つずつある事に気が付いた。

「おい! お前達、俺はこの国の第一王子だぞ! さっさとここから出せ! 今なら不敬を問うのは見逃してやる!」

 3つの人影が自分のいる檻の前で立ち止まったところでジャスティが叫ぶ。

 しかし、3つの影は彼の方を見たまま、檻に近づく気配すらない。

(王子であるこの私に向かってなんなんだっ!)

 ジャスティは、3人を睨みつけ、腹の底から叫んだ。

「おい、貴様ら! 聞こえているのか! 私は第一王子だぞ! 無礼だろう! 早くここから出せ!」

「……くすっ」

 ジャスティの叫びにあざけるような笑いを漏らしたのは、大きな人影だった。

「なっ! 貴様、笑ったな! 王族に対し無礼であるぞ! 何を笑っているのだ! 早く私をここから出せ、その首を落としてやる!」

「……くすくすっ。」

「なにを笑っている! くそ、私は王子だぞ!」

 侮るような笑いを向けられ顔を真っ赤にして怒るジャスティの声に、小さな人影と大きな人影は檻の前まで足を勧めた。

 先に動いたのは、小さな人影だった。

「残念です、お兄様。 このような形ではお会いしたくなかったのに。」

「お前……エルフィナかっ!?」

 ジャスティには顔は見えなくともそれが誰だかわかった。

 彼の4つ年下の妹である第一王女エルフィナ。

 我が王家にあって、あの小賢しいミズリーシャによく似た、大嫌いな妹姫だ。

 相手がわかったジャスティは、さらに威圧的に声を荒げた。

「お前、たかが第一王女の癖に私に対して何の真似だっ! さっさと私をここから出すんだ。」

「そのように大声を上げるなど見苦しい。王族たるもの、どのような時も感情をあらわにしないようにと、習ったはずではありませんか。お兄様。私とシャルルは何度も申し上げたはずです。王族として、第一王子として。己の行動を振り返り、律し、反省し、昔のお兄様に戻ってください、と。」

「は!? 生意気なっ! たかが第一王女の分際で兄に意見するつもりか! 身を弁えろ! さっさとここか私を出せ!」

 最後まで妹の訴えを聞くことなく、喚き散らすジャスティ。

「……お兄様には、何を言ってももう無駄なのですね。」

 ちいさく落胆の溜息を洩らした第一王女は、細く白い手をローブの隙間から出すと、隣に立つ大きなローブの人影を指し示した。

「紹介しますわ、お兄様。 こちらローザリア帝国四大公爵家が一つ、ハズモンゾ公爵家の御子息で、でもあるウルティオ・ハズモンゾ様ですわ。 私たち兄妹に会うため、国と神殿の悪しき慣習を断ち切るため、帝国からお出でになりました。」

「は?」

 ジャスティは妹の言った言葉が理解できず、間の抜けた声を漏らした。

「なんだって?」

「聞こえませんでしたか?ローザリア帝国公爵家の……。」

「そんなことはいい!その先だ!お前は妹の癖に兄を馬鹿にするのか!?」

「いいえ、お兄様。そんなつもりはありません。ではもう一度ご紹介しますわ。こちら、である、ウルティオ・ハズモンゾ公爵令息様ですわ。」

「は……っ?」

 ようやく理解が追い付いたジャスティは、手足を重さで縛り付けられたまま、その身を大きく揺さぶった。

「兄だと!?何を言っている!私たちは4人兄妹で、他に誰もいない!それに私が嫡男で……」

「おやおや。 聞いてはいたものの、彼は本当に底辺ほどしか理解力がない様だね。 本当に僕の弟なのかな?」

「……っ!」

 大きなローブの男が、穏やかな、しかし強い力を持つ声でそう言った時、ジャスティはなぜかその場にしゃがみこんでしまった。

 力が抜け落ちるような錯覚と共に、話すタイミングも、その気力も奪われ、信じられないと言ったように目を見開いたままのジャスティの前で、彼は頭から被っていたローブを落とした。

「……っ!?」

 彼の顔を見た瞬間、ジャスティは言葉を失った。

「ま、まさか、そんな……」

 檻越しとはいえ、にこやかに笑ったウルティオの顔は、この国の民の誰が見ても明らかなほど現国王に似ていた。

 聖女マミと同じ闇色の艶やかな黒髪に、国王たる父親と同じ顔、同じ翡翠色の瞳の男。

 ぺしゃっと、力なく床に座り込んでしまったジャスティに、ウルティオは顔を近づける。

「はじめましてだね、ジャスティ。 僕は君の父親であるドルディット国王と、この国が20年前に呼び出した聖女ハツネから生まれ、縁あってローザリア帝国ハズモンゾ公爵家の嫡子となったウルティオ・ハズモンゾだ。どうかな?悔しいことに僕の顔は、血縁上の父親にそっくりらしいんだ。もちろん、父親にそっくりな君にも、ね。」

「……ち、父上……。本当に……。」

 目を見開いたまま身動き一つとれないジャスティは、うわごとのようにつぶやいた。

 ジャスティの記憶の中の、若い頃の父上の顔がそこにある事が信じられず、しかし視線をそらすこともできない。

 そんな彼の様子を見ていたウルティオはふっと、笑った。

「あぁ、君理解できたようだ。まぁこの顔を見ればそうするしかないよね。では理解が出来たところで我が弟……とは呼びたくないな。ジャスティ。君の行った事は全て調べがついている。本当に残念だよ。可愛い弟だから庇ってあげようと思ったのに、そうできる要素が君にはどこにもないんだ。」

 ジャスティの目に映る、父親と同じ色の、しかしその奥底の見えない翡翠の瞳を細めた彼の形の良い唇が、ふんわりと弧を描いた。

「君の様な愚か者が僕の弟なんて信じたくない気持ちでいっぱいだ。まぁしかし王家の屑たる部分だけを煮詰めて出来た灰汁の部分の君がいたからこそ、他の弟妹たちはいい子に育ったのかもしれないね。そこだけは褒めてあげよう。よくやったね、ジャスティ。お手柄だよ。――しかし。」

 声も上げられず。

 強い瞳に囚われ、震え、身動きも、声を出すこともできないジャスティに、ウルティオは表情をすとんと捨て、冷たい声で告げる。

「君のような屑が、我が帝国の太陽である皇帝陛下の至高の宝玉たるミズリーシャ嬢に対し行った愚かな行為と、身勝手にもこの世界に墜とされた哀れな聖女に対してやった仕打ち。それはね、皇帝陛下に忠誠を捧げ、この国に虐げられた聖女を母に持つ僕はどうしても許せないんだ。もちろん、僕を愛してくれた母3人も、同じことを言うだろう。」

 そう言って立ち上がった彼は、再びその顔に柔らかな笑顔を浮かべた。

「この国の王家と神殿が私利私欲のためだけに異世界の少女を召喚し苦しめ続けた罪。それはこれから僕たちの父親に払わせるよ。だから君は、元婚約者と今代の聖女に対してしたことをその身で償うといい。大丈夫、命を奪いような真似はしないからね。」

 じゃあ行こうかと。隣にいた妹と騎士に合図をし出て行った彼と入れ替わるように、ジャスティの横には黒い影が二つ立った。

 彼がそれに気が付いた時には、口に布が押し込まれ、身じろぎ一つ取れないほどきつく、全身に布が巻き付けられた。

 そして意識がある状態で牢を出された彼は、二度と子を成せぬように処置がとられた後、いつまでも夜が明けることのない暗闇の中、金属が叩きつけられる音、鉄の匂い、土と粗末な寝台の感触しか感じないじめじめした奈落の底で、何人とも、何十人ともわからない量の、吐き出された欲望の滓をその体のあらゆる場所で受け止めることになる。



 何故自分がそんな目にあっているのかわからないまま。
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