3 / 10
〖第3話〗
しおりを挟むけれど、猫のおはぎを飼い始めてから、賢治は私の家では煙草を吸わなくなった。そしてすることは、ベッドだけになった。ただの身体の依存の関係だって解っていた。そして、それしか彼を繋ぎ止める術がないことも。
情事のあと、私たちには気怠い珈琲なんてない。夏は冷房をかけず、冬は暖房をたいて、彼は一年中アイスクリームを齧ってる。昔、付き合い始め、賢治はベッドの後、ボクサーパンツ一枚で冷蔵庫に持たれるように座り込んで、アイスクリームを齧っていた。
「アイス勝手にもらった。三輪の味に似てるね」
そう言って笑って、私を赤面させたっけ。若かった。それから、
「俺、アイスクリーム好きなんだ。子供の頃、食べなかった?幸せな気持ちになるんだよな」
と言い彼は笑った。だから私の家の冷凍庫にはいつでも彼の《幸せな気持ち》が入ってる。今は何も言わない。私に背中を向けて、ベッドに腰掛け賢治は黙々とアイスを齧る。賢治が家に来る日は一応常備しているアイスクリーム。そうじゃない日も冷凍庫にアイスは入っていたけれど、いつしか会うことすら少なくなっていったから、買う機会も減った。
私はアイスから遠ざかっていった。思い出だけが眠り、冷凍庫に入っているだけだ。
*
私は久しぶりの賢治の誘いに、会社を出る時、化粧室で赤い口紅をひいた。帰り、コンビニエンスストアで、二人で何か新しいアイスクリームをチェックすることを考えてむず痒い気持ちになりながら。
「やり直したいの。昔みたいに戻りたいよ」
そう伝えようと思っていた。
*
ガラガラっと『のんき』の引き戸が開いた。私はカウンターで控えめに手を上げる。賢治は、ポケットの厚みのある少し大きめの付箋を剥がし、私のテーブルの真ん中にに貼りつけた。
《もう会いたくない。別れよう。うんざりだ。三輪も周りも、みんな。じゃあな》
真っ白になるってあるんだ、と思った。血圧が一気に下がったみたいになった。私は悔しかった。言葉にするのも嫌なのか。でも悲しくはなかった。おあいこだ。私の中で、別れの悲しみより、プライドが勝った。
「振るなら私の方よ。私に会うのが怖いんでしょ。変わった私を見るのが嫌なんでしょ。惨めになるって言っていたもんね。そんなんだから万年平社員なのよ!」
そう立ち去る賢治の背中に投げつけた言葉が、私を縛る。私、最低だ。
1
あなたにおすすめの小説
侯爵様の懺悔
宇野 肇
恋愛
女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。
そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。
侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。
その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。
おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。
――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
おしどり夫婦の茶番
Rj
恋愛
夫がまた口紅をつけて帰ってきた。お互い初恋の相手でおしどり夫婦として知られるナタリアとブライアン。
おしどり夫婦にも人にはいえない事情がある。
一話完結。『一番でなくとも』に登場したナタリアの話です。未読でも問題なく読んでいただけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる