ジキタリスの花〖完結〗

華周夏

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枯れたジキタリスの花

〖第6話〗

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 先輩の指は白くて繊細だった。まだ、覚えている。さらさらした前髪。少し厚めのレンズの眼鏡。耳に心地いい優しい声。僕の気持ちを読んだかのようにリュートは苦しくなるくらい僕を抱きしめた。 

『俺を先輩だと思っていい。1分1ポンドな。日本語で好きなこと、言えばいい』

 リュートは、ながったらしく片想いを拗らせた僕の背中を撫でた。 

『待っているよ。ずっと君を待ってる』そう言い泣いていた先輩の姿が浮かぶ。罵詈雑言を並び立てるつもりだった。

 だって先輩は嘘つきだ。
 先輩は、僕を捨てた。 
 じゃああなたに捨てられた僕は?
 あなたを追いかけ続けた僕は? 
 もうとうに諦めているんです。 
 
 それでも思いをただの思い出にしたくない。この想いを、ゴミ箱に捨てるみたいに消したくない。僕が初めて『希望』という思いを初めて抱かせてくれた人だから。 

 ヒューヒュー呼吸を苦しくしながら、あの人を罵ろうと思ったのに、浮かぶのは穏やかに『相模』と呼ぶ声や、白い指で髪を撫でる感触。抱きしめられた時に香った爽やかに甘い香水のような匂い。

 「約束したのに。待ってるって、言ってくれたのに」
 
「好きだったのに、好きだったのに、あなたが居たから医学部を目指した。医者になった」
 
 恋をしていたんです。
 ずっと、あなたを追いかけた。 

──────────

 診察室の後ろのカーテンが開く。看護師が、忙しげに伝言を残す。 

「相模先生。一番の診察室の佐伯先生からお電話です」 

「あ、ありがとう」 

 僕は手元の内線に切り替えた。

 「もしもし光宏さん、急用ですか?」
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