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〖第35話〗
しおりを挟む俺は言われた通りに右手を差し出した。柿は、俺の右手の甲に口づける。口づけられた右手が、ぼんやり蒼白く光る。
柿が力を分けてくれている。一気に気が満ちていく。いつもより甘く、清々しい味。足の痛みと寒さが、落ちるようになくなった。柿の葉が数枚、はらはら落ちた。
『柿、気になってはいたけれど、どうして、私を名前で呼ばない?名前を教えてくれない?』
『情がこれ以上移ってはつらいからな。木は動けないから移し身は力を使う。お前は若い頃の華乃に生き写しだな……あれは、自由を好んだ。相容れぬ運命だとは分かってはいたが。私はただ、生きる道を選んで、華乃はこの森から出ていった。若い頃の……思い出だ。雪……待ち人来たる、だな。……つまらん』
面白くなさそうに、軽く舌打ちした柿はそう言い残し、姿を消した。
✳✳✳
「雪!探した。足は?冷やしたのか?」
「……何しに、来た?井戸で、冷やした。着物、濡れて、る。わ、解ら、ない?」
俺の中で正一に沸々と冷たい怒りが沸いている。
「火傷によく効く薬を探していた。確か私が調合した塗り薬が奥の薬草庫の部屋にあったと思って。痕も、残らないと思う」
「火傷、治った。薬、要らない」
「そんな簡単に、治る傷じゃない!少し痛くても、すぐに手当てをして……」
「じゃあ、なんで、正一、すぐ、追いかけて、く、くれなかった?手当て、なかった?もう、いいよ。要らない。薬、要らない。放って、おいて!もう痛く、ないから!」
正一は押し黙る。火傷はもう、柿から力をたくさん分けて貰ったおかげで、もう痛くなかった。
心の臓は抉られるほど痛いけれど。このまま仙狐の姿に戻ってみせようか。私が火傷のした部分と同じ場所に噛みつこうか。
「雪……ごめん」
正一はそう言い、俺を抱きしめた。俺は、
「離して!」
と言い、正一の腕を振りほどいて込み上げる嗚咽を殺しながら言葉を繋ぐ。蹲って正一の足元で咽び泣きそうになりながら言った。
「特別に、してよ。私を、正一の、大切な、ひとに、してよ。一番に、してよ。全部、全部、あげるから。正一に、全部、あげる、から。正一は、私の『あいしてる』は、いらないの?糸さん、以外は、い、いらないの?私は、ただの、可哀相、な子供なの?同情、要らない。私、捨てて。要らない、なら、要らない、言ってよっ!」
私は積もったばかりの雪を握りしめた。泣いたらだめだ。そう思い、力の限り、砂混じりの雪を握りしめる。雪はあっという間に溶けて手には濡れた砂だけが残った。
雪は溶けて消えてしまう運命だ。悲しむことはない。私も、きっとそうだったんだと、儚く、脆く、冷たかったと言う温度を残して消えてしまう。滲んだ視界の中で思った。
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