金色の回向〖完結〗

華周夏

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金色の回向〖第24話〗

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 俺は耳を疑った。そんなことはあまりに遠すぎることで、テレビの中のようなことがあるとは思いもしなかった。

 しかも、自分の思いを寄せるひとが、あまりに幼いときにそんな──、あんまりだ。虹子さんを思うとつらくて、やるせなさと、何処にも持っていく術のない感情が沸騰しそうだった。痛みに似た怒りや哀しみの混沌はどうすればいいのだろう。虹子さんを抱きしめたい。けれど虹子さんは俺の腕を必要としないだろう。過去の傷に触れられたくないはずだ。

「意味の無い誕生日、人形になった私が、心を壊死させて横たわったまま、汚い万年床から空見上げると月が出ていた。蝉は鳴いてなかった。宵闇が残照を消していた。良かったわ。蝉時雨が溢れていたら、夏が来る度、外を歩けない。見てるもの。あの子達が光のような声で空気を震わせて。あの頃、もう限界だった。聞こえもしない蝉時雨に苛まれ泣いていた。そんなときだった。
『虹ちゃん。誕生日おめでとう。もう、泣かなくていいよ』
 横を見ると入院中のお母さんがいた。びっくりしていると母が
『虹ちゃん、誕生日プレゼントあげるね』
 そして、
『後で村長さんにこう言いなさいね』
 そう言い残して、うたた寝する父をタオルで包んだ石で殴ったの。何回も、何回もよ。父は頭から血を流して動かなくなった。母は、
『ごめんね。虹ちゃん。大好きよ』
そう言って包丁で首を切って………死んだの。こんなのプレゼントじゃないと思った。だって──まだあの男は微かに生きていて、助かるべきだった大好きな母さんは息をしてなかったんだもの」

 俺は鳥肌が立った。憎しみは、果てがない。幼い虹子さんには父親が死んでいなければプレゼントではない。そして、虹子さんにとって唯一のお母さんと歩きたかった光も消えてしまった。

「何回も石で殴ってとどめをさしたの。間違っても可哀想だったから苦しませないようになんて思いじゃない。私の地獄を終わらすためよ。でも、お母さんがいない。空虚とか、喪失感しかなかった。あのときどうして母さんが死を選んだか解らなかった。今は解る。私を刑務所送りの犯罪者の娘にしたくなかったんだね。あの村は違うものを排除する。あの村ではお母さんが刑を受けたら私は暮らせない………。二人で流浪の旅に出てもよかったのよ、お母さんとなら。何処へでも行った。私は泣きながら石を投げ捨ててお母さんを抱きしめた。最後に思ったことは『私は間違ってない』それが全てだった。暫くしてから、私は村長さんに電話をしたの。お母さんに言われた通りに言ったわ。『お母さんがお父さんを殺して死にました』って」

 俺は絶句した。息が出来ない。溢れる金色の蝉時雨が、虹子さんを守るように、小さく聞こえる声をかき消しながら頭から打ち付ける。

「やっと終わったと思った。けれど、鉄臭い部屋の中、昔父が言っていたことを思い出したの。自分の中には自分の姿をした神様が全部見て、罪を犯せば罰を与えるんだって。幼い私は終わらない悪夢に魘され続けた。『私は悪くない』呪文みたいに、ぎっちり目を瞑ってこの言葉を唱え続けた。今は平気。神様なら、あいつにこそ天罰を下すはずよ。神様がやらないから私がわざわざ手を下す羽目になったのよってね」

「神様なんて、いない。いたら虹子がつらい思いをしなければならなかったはずはない」
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