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〖第15話〗後悔しないために
しおりを挟む《約束の土曜日と薫くんの過去》
『ウォーキング、行ってくるね。と、友達と一緒だから、心配しないで』
と言ったら、お姉ちゃんはニコニコして、
『薫くんでしょ?トモ、これ、忘れ物』
蜂蜜レモンに、少し塩を足した冷たい炭酸が入った水筒。昨日、寝る前に準備しておいた。私はずっと、晴れた土曜日を楽しみにしていた。でも、昨日の件だ。月曜日、どうなっているんだろう。でも、もう考えない。真奈美に同情なんかしない。一樹の扱いは、私の当て付けだった。使用済みって──。考えるだけで怒りでどうにかしそうだ。昨日の件はお姉ちゃんが『処理しとく』と言って色んな名簿を出させた。お姉ちゃんは、パソコンで色々作業していた。
『これで風通し良くなるでしょ。あんたは心配することなんてない。トモは悪いことした?』
『してないよ』
『ほら、もう少しでウォーキングデート、ワンちゃんつき。いいじゃないの。薫くんは本当にあんたが好きなんだね。あんたがいないとこでも、あんたが悪く言われてるのが、本当に嫌だったから、腹に据えかねたのよ。いい男じゃない。あんたがこれまで遭ったこと、知っていてここまでしてくれる人いた?トモは──一樹くんは、あの女に騙された。あの女を選んだ。こんな目に遭わせた真奈美を信じた。トモの心の灯火はもうその時、消えちゃったのよ。消えた蝋燭には火は中々つくもんじゃない。あの家に押しかけてきたあの女には、いいお灸よ。まあ、退学だね。ご自慢のお金積んで何処かの私立に転入じゃない?まあ、後ろは見ないで、これから来る王子さまを待ちましょ。早目に寝て、楽しみにしてたんでしょ?ドリンク用意するくらい、さ。』
薫くんと一緒にいると『これから』を考えられる。もう、物がなくなったり、悪口を言われたりしなくてすむのかな。スパイクと、ピン、嬉しかったな。本当に。私が作った甘い卵焼き、焦げてたのに『美味しいですよ』って、笑ってくれたっけ。
そんな私が、チラリと頭を掠めたのは、一樹の2つの『美味しいよ』だった。
中学時代、偶々文化祭の空き時間。私と一緒にグラウンドの一番大きな桜の下でお弁当を交換した。もう、見事な葉桜。サワサワと風に揺れるシダレザクラ。
『うっま!このそぼろ最高!』
『私が作ったんじゃないよ。お母さん』
『遺伝子、繋げてな。そぼろご飯が美味しくなる遺伝子』
『な、何よ、こっち見ないで』
真っ赤になって私は下を向いた。無意識の意味をようやく理解した一樹も、耳まで赤くして、変な沈黙がよぎった。お互いを意識したのはあれからだった。
そして、今。真奈美のお弁当を食べながら、
『うん、美味しいよ』
一樹は感情のない顔をしている。部活をやってるときだけ、生きてる。クラスでは、真奈美の手の上の砂漠で可愛がられる金魚。見事な土佐錦が苦しんでいる。
私は、何もできない。そう思っていた。本当は一樹を真奈美に差し出して、一人だけ楽しい思いをしてるんじゃないか、薫くんとの時間を楽しむのは狡いんじゃないか──あるのは罪悪感だった。
初恋だった。初めて好きになった人だった。好きになって、好きだとさえ言えなかった。手紙も、書けなかった。スマホは使いたくなかった。
けれど、自分の気持ちを口にしてしまえば、今までの関係が壊れそうだと思った。ただ、高校が一緒というのは嬉しかった。クラスが離れたけど選択の化学が一緒だった。
部活が楽しかったのは1年の1学期の初めまで。真奈美も2、3年の手前シカトと悪口くらいだった。けれど2年に上がり、嫌がらせも加わりエスカレートしていった。
でも、この件の前、真奈美は一樹をずっと好きだったと言っていた。一樹にある、私への未練に近い気持ちなんて消えて、真奈美の恋の火が移るだろう。泣いて縋ったと聴いた。同情から始まる恋もある。
私はあの時──お姉ちゃんが私に魔法をかけた土曜日を思い出して仕方がない。切れた縁だと──私が切った縁だと。そう思っていた。『好きだ』と『諦めない』と、背中で聞いたあと、私は泣いた。それからしばらくして、紫陽花が色褪せてくる頃だった。音声で真奈美の『本当』を知ったのは。
私は必死で忘れようとしてたのに。それが、『厭きたら』!?好きなんて気持ちは微塵もなくて、一樹はただの私への当て付けだった。上手にうそ泣きをして。何がしたかったんだろう。何が不満だったんだろう。何が、欲しかったんだろう。お姉ちゃんは、私にビシッと言った。
「終わったことは考えない!不細工な魔女も、昔の王子様も。これから来る王子様に失礼よ。もう、間違えちゃダメだよ。伝えたいときに、伝えなきゃ、後悔するよ」
──ピンポーン──
「ほら、王子様だよ。トモ」
「はーい」
ドアを開けると、狼より大きな犬がいた。精悍で、賢くて、凛々しい感じ。やはり、犬は飼い主に似るという言葉は本当かもしれない。
でも、目がやさしくて人懐っこい。巻尾をふりふりして『クゥン』と鳴いた。可愛い。私がしゃがみこんでやさしく触ると嬉しそうにして、また尻尾をパタパタする。
「トモ先輩、なれてるみたいですね。豆太郎っていうんです。家ではマメって呼ばれてます。先輩、犬好きですか?」
最初はあまりの大型ぶりに少しビックリした。立ち上がったら、優に私の身長を超す『超』のつく大型犬だけど、マメ……。マメちゃん……豆太郎……。可愛い。マメちゃんを撫でてあげると、マメちゃんは、クゥンと鳴き、私の手を舐めた。やっぱり可愛い。私は無類の犬好きだ。
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