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幼くなった君〖第37話〗
しおりを挟むざわめきが消えて紅葉の色づき始めた葉の風で揺れる音がする。そんな中、ぽつ、ぽつ、と人工のぼんぼりに明かりが灯りが始めた。
あの翁に君の眠りを覚ましてもらいたい。私では無理なんだ。けれど、会いたい。会いたいんだよどうしても。
ふわりと金木犀の匂いがした。すっと目が醒めるような、肌を濡らす霧のような甘い香りがする。
『お兄さん、私に何かご要かな?』
声に振り向くと、にぃと笑いながら、いつもの老人が闇に紛れるように佇んでいた。変わらない、静かな澄んだ瞳にぼんぼりの灯りを映している。
「この子を、見てやって下さい。確かに気配はあるのに、呼びかけても答えないんです」
深山はカップが入った木箱を渡し、老人に縋るように言った。
『ふむぅ。これは深い深い眠りについていますな。起こしますか?』
「お願いします」
深山は翁の手の中の美しさを取り戻したカップを見つめ祈った。
もう一度会いたい。金色の柔らかい髪に触れたい。君の碧い瞳に映りたいんだ。
老人はため息をついて言った。
『手当てが良かったせいかこの子の外見には怪我はもうないですな。しかし、あまりにも怪我が重かったんでしょう。この子自体の『力』を使いすぎていますな。言いづらいが……大切なこと………あなたを忘れている。赤子のような状態です。それでも会いたいかな?』
深山は手で涙が滲んだ瞳を隠す。
「会いたいです。会いたい………」
老人は瞳を閉じ、カップが入った箱に小声で穏やかに何かを語りかけた。
『あなたにちゃんと仕えるように伝えておきました。私に出来ることはここまで。あとはあなた次第。そして、この子次第。いずれ思い出すでしょう。一ヶ月後か、一年後、十年後………優しくしてやってくだされ。助言は敢えて致しませぬ。その子を宜しくお願いします』
ふわりと宵闇に溶けるように老人は、居なくなった。その代わり、少年がいつもよりずっと幼い表情で深山を見つめていた。金木犀の秋の霧雨のようなけぶる匂いが、辺りに立ち込めている。
深山は少年の手を引いて、家路についた。何も、喋らなかった。
────────────
「ここが私の家だ。そして、これからの君の家だ」
『は、はじめまして、マスター』
「……ああ。君には、名前はあるのか?」
『ない………です』
「では『アレク』だ。君の名前はアレク」
『アレク……なんだか格好良い!アレク、ぼくの名前!』
少年の幼い笑い方、あどけなさに胸が痛い。そして、ずっと一緒にいた深山の特別な存在……『彼』と過ごした時間が………。
照れながら食べたチョコレートパフェ。
嬉しそうに頬張っていた、たこ焼き。
初めての喧嘩。
躊躇いながら抱きしめた温もり。
数えきれない思い出が、まるで泡のように消えてしまった。覚悟はしていたがあまりにもつらいものだった。
色々な会話をして、解ったことは、せいぜいこの少年は実年齢で言ったら十歳位。
けれど稀に彼を思い出させるような大人びた雰囲気で話すときがある。引っ込み思案で、少しだけ臆病で、優しいところは変わっていない。
「それと、アレク。私のことは『ふかやまさん』と呼びなさい」
『はい!ふかやまさん!』
「良くできました」
くしゃくしゃと金色の巻き毛を撫でると、はしゃいで飛びついてくる。目の前の、紅い、口唇。大きな碧い瞳。この口唇に、もう、口づけることはないだろうと思った。
深山が愛しているのは、《彼》であって、いくら容貌が同じでも、このあまりに幼いこの少年ではない。
『ふかやまさん、ぼくはどこで寝ればいいですか?』
「ソファベッドを用意した。そこで寝なさい」
『独りは、さびしい』
ポソリと呟き、チラリと深山を伺い見る碧い瞳が、重なる。深山は仕方がないというように、小さなため息をつく。
「……一緒に寝ようか。それなら寂しくないだろう」
幼い少年に、背を向けて眠る。深山の背中に物言いたげな視線を感じる。少年の寂しさは解る。頭くらい撫でてやれば良いことくらいは解っている。
けれど深山の瞳から、ただ、涙が流れた。とまらなかった。声を殺して泣く。あんなに夢に描いていたことが叶ったはずなのに、今はただ、あまりにも、つらい。
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