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元気になってほしくて〖第40話〗
しおりを挟む幼い少年の日課は深山の書斎で本を読むことだ。深山は、少年に書斎は自由に使っていいと言ってある。昼食が終われば深山はアトリエに籠る。夕食の頃になるとまたアトリエから出てくる。
夕御飯も深山は少年に教えながら一緒に作る。食べ終われば、深山はまたアトリエに籠り、夜、少年が休息をとる頃、アトリエから出てシャワーを浴び、後ろを向いて眠る。
いつも、声も息をすることすら忘れるのではないかと思うかのように深山が静かに泣いていることを、この少年は知っていた。向けられた背中はいつも『悲しい』と言っているように少年には思える。
そして、深山を癒せるのは自分ではないと少年は、解っていた。深山は稀に、少年と会話し楽しげに笑いあうことがある。けれどその後、必ず、まるで悪いことをしたような顔をする。少年にはそれが切ない。
少年はその日、動物図鑑を見ながら絵を描いた。メッセージもそえた。深山は少年を褒めるときには必ず頭をくしゃくしゃっと撫でる。
『この絵をあげればきっと喜んでくれる』そう幼い少年は期待した。いつも、昼の十二時前には、アトリエから出てきて二人で昼ご飯の用意をするのに、深山はその日はアトリエから出てこなかった。
死んでしまったのではないかと少年は怖くなる。毎日ずっと泣いている深山を、ここ一ヶ月以上見てきた。ことあるごとの切なそうなやるせなさも言葉の端々に感じてきた。アトリエに入ることが悪いことだとは解っている。ドアを開けたら怒られることも。それでも、少年はドアを開けた。鍵はかかっていないようでノブを回したら簡単に開いた。散らばっているのは、全てが少年だった。
『ぼく………?』
部屋には金木犀の香りが満ちていた。もう、金木犀の季節ではない。ポプリを作っていたのだろうか、金木犀のオレンジの小さな星のような花がガラスの器にたくさん盛られて、傍らには紅い小さな袋があった。目の前の描き途中の絵に描かれた
『自分にそっくりなひと』の口唇の色と同じ色だった。
イーゼルに立て掛けられた絵に触れた、瞬間だった。
「その絵に触るな!出ていきなさい!ここには入るなと言ったはずだ!」
二間続きの奥の部屋から深山の聞いたことがない怒声がとんだ。少年はいつもの穏やかな深山の怒りに怯え、一生懸命泣きそうになるのをこらえながら、歩み寄る深山に、
『お、お昼の時間です』
と言った。声を震わせて、睨むように見つめる深山に、一生懸命笑って、
『こ、これ、描いたの。ふかやまさんに、あげたくて』
と、ノートを破って書いた四つに折った紙を手渡そうとしたが、深山に少年の手は思い切り叩かれた。
「言い訳なんかするな!」
紙が少年の手から滑るように床に落ちた。
「こんなもの、要らない!今すぐ出ていきなさい!」
少年は、無言で少しの間、じっと深山を見つめた。そして、大粒の涙がポロポロと碧い瞳から零れては落ちた。
『心配してたのに!いつも、ふかやまさんが夜になると泣いてるから、ずっとアトリエからでてこないから、死んじゃったんじゃないかって、心配したのに!ふかやまさんなんか、だいきらい!龍の絵も要らない!』
泣きながらアトリエを飛び出した少年に深山は何も、言えなかった。落としていった紙を広げる。お世辞にも上手とは言えない字で、
『ふかやまさんげんきになって』
と書いてあった。不器用な獏の絵。矢印で『ばく』と書かれていないと解らないような。
「ごめんな、アレク」
ごめん………。何度も深山は繰り返した。光が差す綺麗なアトリエ。金木犀が香る、秋の風に揺れるレースのカーテン。
けれど、ここは、この家は真っ暗闇だと深山は思う。八年前と何も変わっていないじゃないか、と。幼い少年が明かりを灯しても、深山自身がその明かりを吹き消している。
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