【完結】聖女を引退したいので、後継者を探しに行きます

野々宮なつの

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・聖女アリーチェ旅に出る(2)

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 この国は3人の女神を信仰している。
 豊穣の女神セレス、春の女神リーベラ、月の女神ディアーナ。
 
 女神それぞれに聖女がいて、私は月の女神ディアーナの聖女として扱われている。
 聖女が3人もいるものだから、呼び方もわかりやすく「女神セレス」の聖女は「聖女セレス」等というように、女神の名で聖女も呼ばれていた。
 だから私も名前はアリーチェだけれど「聖女ディアーナ」と呼ばれている。
 理由はたぶん、国民に分かりやすくするためなんじゃないかな?
 
 聖女は一度その役割を与えられても、後継者が見つかれば任を解かれる。
 長い歴史の中には、1年で交代になった聖女もいるし、そもそも聖女が1人しかいない時代もあった。適任者がいなければ空位のこともあるのだ。
 こんなにコロコロ代わるかもしれないのだし、聖女の名前を覚えるよりも女神の名前で覚えた方が簡単だもの。
 
 聖女はその女神達が選んだ乙女であり、天におわす女神の意志を伝える存在として知られていた。
 
 宗教の教えを広め、わかりやすく視覚化したお飾りの役割。そう考えている人もいるかもしれないけれど、ちゃんと聖女たちには能力がある。
 今の代の聖女セレスには「予言」の力、聖女リーベラには「癒し」の力。
 聖女リーベラはその癒しの力を使ってよく修道院で奉仕活動をしているし、聖女セレスも月1回大聖堂に集まった信徒へ女神から授かった予言を伝えていた。

 けれど私にはそんな力はなかった。そもそも他国出身の、商人の娘だったのだ。
 そんな私がどうして聖女として選ばれたのか。
 それは女神ディアーナの顕現なされた姿を見たから。らしい。
 
 聖女の後継者として連れてこられた日から何度もその時の光景を思い出すけれど、私は今でもあれは女神ディアーナだとは思っていない。
 でも、いくら私が女神を否定しても、先代の聖女ディアーナが私の顔を見て満面の笑顔を浮かべ「この娘の前に女神ディアーナが顕現なされました」と言ったから。
 聖女ディアーナに私はなったのだった。

 何の能力も授かっていない聖女だったけれど、女神の姿を見た聖女は長い歴史の中でも何人もいないようで。
 私は女神のお姿を目に映した、恵まれた聖女になった。

 その日は月に1回ある、信徒たちへの予言を伝える日だった。
 大聖堂の前にはたくさんの信徒たちが集まっていた。わくわくと楽しそうな様子の子どもや、静かに祈りを捧げている夫婦。
 遠くまでは見えなくても、バルコニーからは意外と人々の様子がしっかりと見えるのだ。
 
 こんなにも望まれ、たくさんの人の支えになっている聖女。
 他の聖女たちと共にバルコニーに立った私は、聖女セレスが透き通るような声で朗々と予言を伝えるのをぼんやりと聞いていた。
 その日はとても天気が良くて。
 雲ひとつない青空の下に白い小鳥が飛んでいた。
 
 私は何の力もない。
 それなのに、皆に敬われ、微笑みかけられている。
 本当は、もっと力と使命感を持った聖女がこの地位に着くべきなのだ。
 
 私はいつまでこの地位にいるの? 騎士が後継者を見つけてくるまで? それは一体いつなの?
 もし聖女じゃなかったら。
 ちゃんと力のある聖女がこの国と国民を導いていくだろう。
 私も、私の神様を手放すことはなかった。
 そして、違う人生を歩んでいた。
 
 今の地位にいるままじゃ、好きな人に好きだとさえ言葉で伝えられない!

「――です。それから、南東の方角に兆しが見えます」

 ほとんど耳を通り抜けていくだけの予言だったけど、やけにその言葉が耳についた。
 セレスの予言はいつも具体的で、「もうすぐ大雨となり作物に影響がでます」や「南西より侵略者の足音が聞こえてきます」とかわかりやすいものが多かった。
 だから今回の予言の曖昧さに、集まった信徒達もほんの少し戸惑っている様子だった。
 
 そこで私はハッと気が付いた。
 後ろから急に声をかけられた時のような。パチッと静電気が起きたような、そんな衝撃にも似ていた。
 
 聖女は後継者が見つかれば交代になる。
 それなら、いつか誰かに見つけられるのを待つんじゃなくて、私が探しに行けばいいじゃない!
 それにこの予言を利用しよう。

 私は予言を伝え終えて、静かに口を閉じていた聖女セレスの隣に立った。
 予定にない行動をしている私に、聖女セレスと聖女リーベラが不思議そうな顔をしていた。

「女神は私にこう申されました。『見定めよ』と」

 * * *

 私が言い終わると、カーラは両手で口を覆った。
 
「つ、つまり、お言葉を賜ったのは嘘ですか?」
「そうよ」
「本当はアリーチェの思い付きってことか?」
「そうとも言うわ」

 ジュストは、口をぽかんと開けて呆けてしまった。
 
「ふたりを私の思い付きの犠牲にしたのは悪かったわ。でもふたりにしか頼めなかったのよ。だって……わかるでしょう?」

 ジュストは腕を組むと青空を見上げて思い出すように呟いた。
 
「はぁ……、それでやけに護衛の騎士が増えるのを嫌がってたわけか」
「大司教が詳しいことを聞こうとしても『見定めよ』の一点張りでしたものねぇ。全て女神の意向かと思ってましたけれど、本当に何も言う事ができなかったわけです。だって嘘なんですものねぇ」

 カーラは頬に手をあてて困ったようにうっすらと微笑んでいる。
 やがてジュストから押し殺すような笑い声が聞こえてきた。

「昔から度胸があるとは思ってたけど、まさかこんなことってあるか? 信じられない」

 カーラもクスクスと笑っている。

「大勢の人の前でですよ? よりにもよって女神様のお言葉を騙るなんて……」
「だってもう聖女になって10年よ。力もないのに勘違いされて。本来の正しい聖女に地位を渡すべきだし……。――婚したいし! だからお願い! ふたりとも私の後継者を一緒に探して!」

 「結婚」の部分はふたりにも聞こえないように小さく口の中でもごもごと言う。
 だって恥ずかしいじゃない? ジュスト本人が目の前にいるんだもの。
 
 カーラとジュストは顔を見合わすと、微笑み合った。
 そしていかにも仕方なさそうな雰囲気を作る。

「仕方ないな。付き合ってやるよ。俺もそろそろ教会騎士から商人に転職したいと思ってたところだし」

 その言葉に私の心臓が小さく飛び跳ねる。
 
「ジュストは剣が下手くそだものね。騎士よりは商人の方が合ってると思うわよ」
「おい、カーラ」
「私もこのままじゃうっかり終生誓願を立ててしまいそうです。早く後継者を見つけましょうね」

 久しぶりの姉弟のやり取りに懐かしさを覚えて私は笑みをこぼした。
 こんな時間が昔はたくさんあったのだ。
 
「もちろんよ! そして三人で国に帰りましょうね」

 私は胸を拳でトンと叩いてみせた。

「ところであては何かあるのか?」
「ないわ。聖女セレスが南東と言ったから、そっちにとりあえずの目標を置いてるだけ」

 ジュストは呆れたような顔をしているけれど、私は効率的だと思っている。
 セレスの予言は本物だから、南東を目指せば何かしら得るものはあるはず。
 
 そもそも聖女に近い力を持つ女性は複数人いるはずなのだ。そうじゃなきゃコロコロ交代なんてできないから。今、他に見つかっていないのが不思議なくらい。
 カーラが私の言葉を聞いて、考えるように切れ長の目元を細めた。
 
「南東には、『はじまりの聖女』の生誕の村や、『女神の降り立ちし地』もあります。もともと聖都から『女神の降り立ちし地』へ行くのは巡礼の定番コースですし」
「『はじまりの聖女』の村やその周囲の町から、過去に聖女が選ばれたこともあるから悪くない行き先だと思うの」
「なるほどな」
「予言の内容は『兆しがある』でしたね。何の兆しかはわかりませんが、それは聖女セレス様も同じでしょうからアリーチェが何を見定めて、何を持って帰ってきても不正解ではないですね。少し安心しました」
「大丈夫よ。セレスの予言はみんなに公表されていないものも含めてもハズレが少ないの。何かは絶対にあるわ。そして私はそれが聖女候補だと思う。これは女神ディアーナじゃなくて、『私の神様』がそう言ってる気がするのよ」

 そう言うとふたりとも優しい瞳で私を見た。
 私は服の下に隠していた聖女の証のネックレスを取り出すと裏返した。
 そこには小さな白い鳥が彫られている。
 ネックレスを貰った後に、自分でこっそりと彫ったものだ。
 鳥の形をなぞるように優しく指を動かす。

「じゃあここでのんびりなんてしてられないな。さっさと食べて次の町に移動しよう」
「そうですね」
 
 カーラは食べかけの丸パンをゆっくりと食べ始めた。
 私も残っていたエールのカップを持ち上げ一口飲む。

 うん、やっぱりちょっと酸味がある。
 私はカバンの中から手帳を取り出すと、羽ペンをインク壺に浸して感想を書き記した。

「何を書いてるだ?」
「エールの感想。この後継者探しの旅の記録に、飲んだエールやワインの感想を書き記しておこうと思って」
「旅の想い出にか?」

 首をかしげるジュストに私は笑って答えた。

「それもあるけど、単純に美味しいお酒がある場所を巡礼者の皆に教えてあげようと思って。聖女ディアーナのエール旅行記なんて出版したら売れると思わない?」
「10年も教会にいたとは思えない思考だな……。さすが商人の娘」
「アリーチェ、旅行記じゃなくてせめて巡礼日記とかそんな名前にしませんと。旅行記はアリーチェに戻ってから出しましょうね」
「それもそうね。ならやっぱり、早く後継者を見つけなきゃね」

 私は手帳をカバンに戻すと立ち上がる。
 その時視界の端に、青い空に向かって小さな小鳥が飛び立ったのが見えた。
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