Arachne 2 ~激闘! 敵はタレイアにあり~

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第四章・飛翔の正しいフォームとは

準備

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 会議スペースを出て、茜の元に戻る。彼女はひとりでもさくさくと作業を進めており、どうしても確認の必要な部分だけがメモ用紙にまとめられていた。

「今日は長かったっすね」

 エディタ画面から視線を外し、そう話す。手元のノートパソコンはアラクネが貸与したものだが、茜しか使っていないので私物のような状態だった。天板にはきらきらと光るステッカーが見える。星形の枠にファンシーな字体で「Have Fun!!」と記されていた。備品の管理をしているスタッフに許可をとり、彼女が貼ったものだ。

 楽しもう、か。無責任だが力強い言葉だ。

「ごめん。明日、急に仕事が入ったんだ」

 俺が話すと、彼女は驚いた顔をした。無理もない。今までも這般の都合で出社できない日はあったが、これほど急に決まるのは久しぶりだ。またひとりで作業してもらわなければならない。

「いきなりっすね。どこに行くんですか?」
「都内の雑居ビルだよ。オフィスには寄らずに現地集合するつもり」

 そこまで話したとき、これは明かしてもいい情報なのか不安になった。会場の場所は公式サイトにも載っていない。とはいえ、オープンな会議スペースで話していたわけだし、アラクネの中なら問題ないだろう。本気の秘匿情報であれば、蜂須の態度も変わってくるはずだ。

「なんか、文学賞のイベントのゲストだって聞こえましたけど」

 ほら、既にここまで伝わっている。じゃあ隠す必要もないか。

「その通りだけど、何だかおかしな賞なんだよね。覆面作家限定の新人賞で」
「覆面作家ですか。実は受賞者に知り合いがいたとしても気づけませんね」

 賞の名前を訊かれるかと思ったが、茜はそれ以上触れてこなかった。各々の作業に集中する時間が始まる。彼女に任せられる仕事も増えて、俺は随分と楽ができるようになった。映像編集担当から国語講師へ。そろそろ完全に切り替わることができるかもしれない。

(あ、でも茜さんは受験があるのか)

 厳密には「受験をするか迷っている」という段階だが。今は七月。夏休みが始まったばかり。受験をするつもりなら、アルバイトどころではなくなる頃だ。しかし彼女は辞める気配がない。いや、辞めることができない。ここでどれだけ稼げるか、が今後の選択に関わってくるのだから。

(去年まではアテがあった、って話していたけど……何のことなんだろう)

 進学の意思はあるし、費用面さえクリアできれば受験したいと言っていた。そして実際に、去年まではアテがあったらしい。順当に考えれば収入のことなのだろうが、親の稼ぎを「アテ」と呼ぶような子ではないと思うし……。考えれば考えるほどわけが分からなくなってくる。

「先輩」

 不意に鋭い声で呼ばれ、我に返った。茜の大きな瞳がこちらを向いている。

「な、何かな」
「集中してないでしょ。さっきから同じ行ばっかり読んでますよ」

 俺の手元を指さし、小さく笑う。全く言い逃れのできない指摘だった。そこにあるのはプリントアウトされた小説――覆面作家大賞の受賞作たちだ。どれも短編作品であり、公式サイトで全文公開されている。そういった指令を受けたわけではないが、ゲストが未読というのもまずいと思って読み始めたのだ。

「明日のお仕事の予習っすか」
「そうだけど、確かに集中力が途切れているな……。ちょっと場所を変えるよ。オフィスの中にはいるから、何かあったら声をかけてね」

 そう言って席を立った。少し休憩しつつ、集中できる場所を探そう。茜は軽く右手を上げると、豪華な指先をミラーボールのごとくひらひらと振った。

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