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エピローグ 春のお花見はお酒の匂いがする。

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春のお花見は酒の匂いがする。

いや、単に僕たちが酒臭いだけだろうか。

「それでは改めて、新規契約獲得~」

「「「おめでとう~」」」

杯を鳴らす音があらちこらちで聞こえる。
今日は社内総出でお花見宴会だ。
普段はなかなか参加されない社長も出席するとあって、どの部署も張り切って参加している。

「いや~、それにしても流石は社長だなぁ」

横で既にできあがっている太宰が感心の声をあげる。

「またあの取り引き先から契約を取ってくるなんて、本当に凄いです!」

榊さんも興奮気味に話す。
そう、こちらのミスで契約を打ちきられた取り引き先から、社長は新たな契約を結んできたのだ。

「普通は二度と契約できないものなんだけどね」

他部門の冴木も何故かこっちに混ざっている。

「お前、自分のところは大丈夫なのか?」

「構わないよ。復活した神坂さんに取り入ろうと躍起になってる連中を見たら、少し気晴らしがしたくてね」

冴木はいつもの笑顔だが、言葉にはいくぶんトゲがある。

「でも良かったです。神坂さんがまた仕事をし始めてくれて」

「これも秋田が社長室に怒鳴りこんだおかげだな!」

楽しそうな榊さんと、上機嫌に笑う太宰。

噂とは怖いもので、あの時の自分の行動は社内にすぐに広まったようだ。
その後、神坂さんを助けたいという要望が色々な部署から上がって、今に到るというわけだ。

「怒鳴りこんではいませんよ。必死だっただけです」

「まぁまぁそう謙遜するな」

お酒をつぎながら、したり顔の太宰。


「はじめの行動は、神坂さんを助けたい人達にとって、きっかけになったんだよ」

冴木も意味深な顔をして言ってきた。

「誰がやっても良いことだろ?」

「誰しも先陣を切る勇気はないんだよ。
それにきっと神坂さんは、はじめが一番最初に動いたから復活できたんだと思うよ」

胡散臭そうな笑みを深める冴木。
しかしこの顔、見れば見るほどあの時の賀東社長にそっくりだな。

「なぁ、冴木って賀東社長の親戚だったりするのか?」

「…どうしてそう思うんだい?」

「いや、何となくだけど」

「あの方と僕は何の関係もないよ」

冴木が分かりやすく嘘をつくのは珍しい。
怪訝に思っていると。

「皆、飲んでるかな~?」

神坂さんがグラスを持ってやって来た。
え、缶ビールだけじゃなくてワインもあるの?

「おぉ、神坂君!秋田の横に座りたまえ!」

謎のおせっかいを焼きだす太宰と

「神坂先輩!これから頑張りましょうね!」

神坂さんの直属となって張り切っている榊さん。

ここだけ他の部署からみても明らかに盛り上がっている。
他のプロジェクトメンバーも太宰のテンションに苦笑しながらも楽しそうだ。

「新規の契約には私は関われないけど、手伝える事あれば何でも言って下さい。」

「神坂君にそう言ってもらえると心強いな!」

会社の配慮だろう。
揉めた取り引き先との新規契約は、神坂さんはメンバーではなかった。
それでも多分、力を借りる事になるだろう。

「そういえば、神坂さんは社長がどうやって、新規契約を取れたかご存じですか?」

「あ~、その話は…知らないかな」

「ですよね」

榊さんの問いに、分かりやすく動揺する神坂さん。
だが、榊さんにはバレてないのかその話題はそれで終わった。

『桜子さん』から色々と聞いていた僕は思わず彼女を見て苦笑する。

「お、なんだなんだ~?
秋田は神坂君にコレか?コレなのか?」

その様子を見ていた太宰が、小指だけ立てるジェスチャーをする。
それいつの時代のネタだよ。

「太宰課長。ハラスメントになりますよ」

榊さんが嗜める。
ここも大分力関係変わったよなぁ。

「ハラスメントはいかんぞ、太宰課長」

「しゃ、社長!?」


と、そこへ賀東社長がやって来る。

「ここが一番盛り上がってるのでね。悪いとは思ったが、混ぜてもらいに来たよ」

「そんなそんな、ささ、どうぞこちらへ」

「じゃあ失礼するよ」

そう言って太宰の勧めた場所に座る賀東社長。

「ここで無事に花見ができるのも、諸君が日頃頑張ってくれるおかげだ」

最初に社長はそう断りを入れる。
そしてニヤリと笑い

「なんていう、堅苦しい話は無しだ。
たくさん飲んで、大いに騒ごうじゃないか」

「勿論です、社長!」

太宰は完全に太鼓持ちモードだ。
が、社長から騒げと言われても、おいそれとその言葉に乗る事はできない。
どうしたものかと冴木に声をかけようとすると。

「あれ?冴木は?」

見当たらない。

「冴木君なら社長と入れ替わるように去っていったよ」

神坂さんが不思議そうに言う。
出世したい冴木にとって、社長の評価を上げる絶好の場と言うのに。

「ま、あいつの事だ。何か考えがあるんだろう」

さして気にも止めず、榊さんと話してる社長に向き合う。

「改めて、この間は申し訳ありませんでした、社長」

正式に謝罪してないことを思いだし、そう告げる僕に対し、

「全くだ。あの後、神坂君の配置変更の見直しをと山ほど陳情が来てね。頭が痛かったよ」

言葉の内容とは裏腹に、茶目っ気たっぷりに笑う社長。

「だが自分の全てをかけて動こうと思える相手なんて、人生にそう多くは出会わない。
お互いに大事にしたまえ」

僕と神坂さんを見ながら、そんなことを言う社長。

神坂さんを見ると、お酒だけではない顔の赤さがあるのが分かる。
きっと僕の方も同じだろう。

「お前達、最近何か怪しくないか?」

太宰がそう茶々を入れてくる。
なんと返そうか迷っていると、

「しかるべき時が来たら、キチンと報告させて貰いますね」

神坂さんはそう言ってニッコリ笑った。
もう、ほぼ答えを言ってるようなものだけど。

「おぉ、そうかそうか」

なんて、太宰は素直に引っ込んだ。
あるいは最近厳しくなったハラスメントの事を気にしてるのかもしれない、

「社長、私気になっていることがあります」

そんな中、意を決したように榊さんが社長に話しかける。

「なんだい?」

「新規契約の件なんですけど」

「なぜ、取ってこれたか?だろう」

「は、はい」


「なに、私はこのデータを持って、少し世間話をしに行っただけだよ」

そう言って社長が取り出したのは、スマートフォン。
何やら操作すると

「!!!」

聞こてくえるのは酷い罵声の数々。

「これは…」

榊さんは心当たりあるのか、はっとする。

「最近はコンプライアンスも厳しくてね。
いくら取り引き相手のミスであろうと、こんな暴言を吐かれるのはいかがなものかと思わないかい?」

そう、社長は神坂さんに事前に指示していたのだ。
謝罪に行った時の内容をボイスレコーダーに録音するように。

「幸いな事に、わが社は広告を手掛けていてイメージ戦略に明るい。
更には、私の娘はいんふるえんさぁ?とやらもしていてね。
若い子達はこういうハラスメントに敏感だから、万が一にでもデータが流出したら大変な事になるかもしれないよね」

飄々と話す社長だが、要するに先方に対する脅しだ。

「社長は…そこまで読んで神坂さんに指示を?」

「まさか。
だが、密室で行われる会議というのは、あとで言った言わないの争いになることがよくある。
それを避けるためだ。
ビジネスマンの基本だよ」

社長の言葉に、榊さんは感心しているようだ。

「あまり榊さんには覚えて欲しくない方法だけどね」

神坂さんは呆れたように言った。
神坂さんは社長にこのデータが渡ったらどうなるのか分かっていたのだ。
だから

「神坂君はなかなかデータを渡してくれなくてね」

データを提出する事にかなり抵抗があったのは、直接神坂さんから相談されて知っている。

神坂さんがデータを出さないものだから、社長も対策を取れずやきもきしたことだろう。

「だが、社員を守る事はわが社の社是だからね。
神坂君の主義を曲げてもらって申し訳ないが、決断してくれた事には感謝しているよ」

そう言って深々と頭を下げる社長。

「社長!頭を上げてください!」

「社長!他の部署の奴らが驚いてますから!」

神坂さんも太宰も大わらわだ。

「そうかね。
 話したいことも話せたし、このくらいにしておこうか」

そう言って席を立とうとする社長。

「社長、前に社長が言っていたこと、ようやく分かるようになりました」

僕は社長にそう声をかけた。
この場で社長と話せる最後の機会だからだ。

「神坂さんを辞めさせるか決めるのは社長たちじゃなくて、僕たちだって」

その後の成り行きを見れば、分かった。
神坂さんが何に一番心を痛めていたか。
何が神坂さんを追い詰めていたか。

「一人一人は無意識でも、それが集まると大きな力になる。
よい時は気にしないが、誰かを排斥しようとする時は、経営者でも抗えないものになる」

社長の言葉はとても重たい響きを持っていた。

そう。
神坂さんを排除しようと言う空気は、確かに僕たち自身から出ていたものだ。

「まぁ休んで貰おうと、全部の仕事から外したのが裏目に出たのだがね」

苦笑いをする社長。
そして、最後と言わんばかりに杯をあおり、


「忘れないでくれ。
君たち一人一人が会社を作っている。
そして自覚してほしい。自分の影響力というものを」

そう言って社長は席を立った。

「ありがとうございました」

僕は深々と頭を下げる。


「いや、こちらこそ。
優秀な社員を失わずに済んだ。
秋田君、感謝している」

「僕は大して何も…」

できなかった。
そう言おうとすると、途中で社長に遮られる。


「いや、君の存在は神坂君にとって大きなものだった。
そして」

その後の呟きはよく聞こえなかったが、「冴木君にも」と聞こえた気がする。

冴木にも?
何でここで社長の口から冴木の事が?

気になり社長を呼び止めようとしたが、幹事が迎えに来てお開きになったので、結局聞けずじまいだった。

「どうしたの?」

隣に来た神坂さんは心配そうにこちらを覗き込んでくる。

「何でもないです」

また話す機会もあるだろう。
僕はそう思い、神坂さんにかぶりをふる。

「そういえば、今日は話してばっかりで、全然桜を楽しめてなかったね」

神坂さんが言うと

「延長戦がしたいれす!
神坂先輩、秋田先輩とどうなのかハッキリきかせてくらはい!」

酔いのだいぶまわった榊さんが神坂さんの腕をとる。

「僕もそこには興味あるかな」

いつの間にか戻ってきた冴木もそれに続き

「それじゃ、いつもの店に行くか!」

太宰の張り切る声が聞こえる。

「おー」

なんて周りの声からも同調する声が上がる。

「それじゃ桜が見れないんじゃないか?」

僕は誰にも聞こえないように呟いた。
皆に絡まれながら騒がしく過ごす。
そんな時間もまぁ悪くないかなと思っていると。

「大丈夫だよ。君のための桜は『ここに』あるから」

僕の言葉を聞き逃さず、自分の胸に手を当てる神坂さん。


「またらんらら先輩がらきら先輩と二人らけの世界をつくってます~」

横の酔っぱらいにも気付かれたようだ。
が呂律がまわっておらず、意味はよく分からない。

「何してるんだ、早く行くぞ~」

さっさと店に向かおうとしてる太宰達。
それに追い付けるように、僕は神坂さんにそっと手を差し出す。

「行こう、神坂さん!」


懸命に生きていたいと強く願う。
皆が優しく響き合うこの世界で、君と。
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