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幕間 榊千夏とタケノコ

榊千夏は米ぬかと『答え』を得る

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「お茶うけは大したものが用意出来なくて、ごめんな」

「い、いえ。お構いなく…」

この状況は何なのだろうか?
タケノコの調理に必要な米ぬかを買いに出かけたら、まさか会社の先輩のご実家に行き当たった。
その上、部屋に上げてもらって、お茶を振る舞われてる。

「え~っと…」

意味の無い言葉が漏れる。
手汗や、早鐘のように打つ心臓の鼓動が私の緊張を物語る。

「ばあちゃんが無理言ったけど、時間は大丈夫だった?」

「は、はい。それは大丈夫です」

そもそも男性の部屋に1人で入るのは始めてなのだ。
緊張しない方がおかしい。

そう自分に言い聞かせ、何とか落ち着こうとする。



「熱っ」

慌てて飲もうとしたお茶の熱さに、思わず声を上げてしまう。

「大丈夫!?」

「は、はい。お構いなく…」

恥ずかしさで顔から火が出る勢いだ。

だが、小さく縮こまっている私を見て、秋田先輩は何故か懐かしむ顔をする。

「ど、どうかしましたか?」

「いや、榊さんと出会った頃を思い出してね」

あの頃もお構いなく、が口ぐせだったな。

秋田先輩のその笑顔はとても優しいもので…
私の心臓はさっきとは違った理由で早打ち始めた。

「秋田先輩は覚えて?」

「まだ一年前だよ。それに榊さんの世代は1人だから大変そうだったもんね」

秋田先輩や今の上司の神坂桜子(かんざかさくらこ)先輩、それに広告課の太宰(だざい)課長は私の事を気にかけ、何かと声をかけてくれていたものだ。

都会に来て、会社で右も左もわからない私にとって、それがどれだけ心強かった事か。

「秋田先輩や桜子先輩には本当にお世話になりっぱなしで…」

「さく、いや、神坂さんはあの通りよく気がつく人だから。」

さくらこ、って言いかけたのかな?
目を細め、微笑む秋田先輩はきっと桜子先輩を思い出しているのだろう。
その様子は決して不快ではないけれど、どこか胸が疼くような心地で

「あ、秋田先輩だって私に声をかけてくれてるじゃないですか。私は凄く嬉しかったんです!」

思わずそう口にしていた。

「いや、僕はなかなか気づかなかったよ。蓮二のヤツがね」

意外な名前が出てきた。
冴木蓮二(さえきれんじ)。
秋田先輩の同期で、特に仲良くしているご友人だ。

「冴木先輩が?」

「うん。榊さんがいつも大変そうだから気にかけてあげてよ、ってね。」

不思議な話だ。
私は冴木先輩から会社で特に気にかけてもらったような記憶はない。
大抵、桜子先輩や秋田先輩がいる時に側にやってくるイメージだった。

「蓮二はほら、他の女性社員にも人気あるからね。榊さんに声かけてたら、いらぬやっかみが榊さんに来る可能性があったから。」

確かに、冴木先輩は良い大学も出てるし、涼しげで整った顔も、何事もそつなくこなす様もカッコいい。
まさに女性陣の注目の的だ。

「意外だった?」

「あ、いえ…はい」

そんな冴木先輩が私を気にかけていた事に何とも言えず、秋田先輩の問いに頷く。

秋田先輩は苦笑いして

「あいつ、なに考えてるか分からないところあるから、誤解されやすいんだけど」

頼れるし、良いヤツなんだよ。

そう言った秋田先輩はとても誇らしげで

「いいなぁ…」

私はそんな二人の関係が羨ましかった。

「男同士の友情ってやつですね」

「そんなんじゃないけど…同期ってのは特別なんだ。まぁ、良くも悪くも比べられるし、お互い意識せざるを得ない部分もある」

同期のいない私には少し遠い世界の話だ。

「今のところ、仕事では全然あいつには敵わないんだけど」

自嘲する秋田先輩の言葉を

「そんなことありません!」

私は強く否定した。

「私はまだ一年しかご一緒してませんが、何かトラブルがあるたびに、秋田先輩が道を開いてくれた気がします」

直接の解決は出来なくても、空気を変えてくれる。
何かポジティブな風を運んでくれる。
そんな姿を、何度も目撃してきた。

「桜子先輩の件だって!」

最近あった社内の大きな事件も、解決に至ったのは秋田先輩の影響が大きかったと思う。

「蓮二も榊さんも僕を買いかぶりすぎだ」

先輩は相変わらず自嘲していたが

「でも、ありがとう。そう言ってくれる人がいるだけでも嬉しいよ」

優しい笑みと共に紡がれた言葉。
何故だかそれに感情が溢れそうになる。

私だってあなたに感謝の言葉がたくさんある。
いつも気にかけてくれてありがとう。
元気をくれてありがとう。
勇気をくれてありがとう。


そして…好きという気持ちを教えてくれてありがとう。


「榊さん?」

「いえ、何でもないです」

喉まで出かかった言葉をなんとか飲み込む。

たった今、自覚した想い。

何故この人を思うと、こんなにも苦しくなるのか。
その答えを得た。

でも、これは勢いで言っていいものではないはずだ。
きっと、もっと大切な場面で…


「そっか。そういえば、そろそろ昼過ぎだね。何か食べていく?」

深くは触れず、秋田先輩は時計を見てそんな話をする。

「いえ。もうお暇します。あまり長居しては秋田先輩の休みを邪魔してしまいますし」

「そんなことはないけど」

配達から帰ってきた時に眠りたいと言っていたのを思い出す。
相当疲れているはずだ。

「新しい案件、また大変なのは知ってますから」

新規契約を取り直した取引先。
少しはやり取りがスムーズになるかと思いきや、そんなことは全然なくて。
秋田先輩の属するプロジェクトチームは、なかなか大変だと聞いている。

「噂になってるの?」

「えぇ、まぁ」

社長自らが取ってきた仕事だ。
社内でも注目度が高い上に桜子先輩の件もあってか、たびたび噂にのぼる。

「皆を不安にさせないように、頑張らないとな」

「無理はしないで下さい」

それでは…

そう言って立ち上がったが、ふと気になった事があった。

「そういえばこの部屋に、さく」


『桜子先輩は来たことあるのか』

そう聞こうとして、言いよどむ。

ここで来たことがあると言われたら、ちょっと立ち直れない。

「さ?」

「冴木先輩はよく来るんですか?」

冴木先輩ごめんなさい!
お名前お借りしました!
とっさに出た名前に、秋田先輩は不思議そうな顔をしたが。

「部屋に上げた会社の人は、榊さんが始めてかな」

「そう…なんですね」

桜子先輩も来たことがない!

その事実をことを嬉しく思う自分にビックリする。

「じゃ、じゃあ」

また来ても良いですか。

と言おうとした矢先

「おーい、はじめ。そろそろ昼ごはんだよ。お嬢ちゃんにどうするか聞いてくれ」

おばあさんのよぶ声が聞こえる。

「もう帰るってさ~」

そう返した秋田先輩。
そらからこっちを見て

「ごめん、何か言いかけてた?」

尋ねてくるが

「いえ、何でもないです」

その場の勢いでまたとんでもない事を口走ろうとしていた自分を諌める。

流石にそれは図々しいかな?

「そう?」

秋田先輩は軽く頷いて店先まで案内しようとする。

「あ、いえ、おばあさんから買うものがあるので」

それを制して、私は1人で部屋を出る。
米ぬかを買いに来たのは何だか恥ずかしくて知られたくない。

「なに買うの?」

秋田先輩は質問しながらついてこようとするので、どうしようかと考えて

「…すいません。人にはあまり知られたくないものなので」

結局、正直に言うことにした。

「そんなものうちにあったかなぁ」

秋田先輩の疑問は最もだ。

「あぁ、はじめ。ちょっとお嬢ちゃんと話す事があるから、あんたはもう寝てて大丈夫だよ。」

そう声をかけてくれたのはおばあさんだ。

「そう?なら、帰りは気をつけてね」

「はい、おやすみなさい。秋田先輩。」

そう言って部屋に戻る秋田先輩を見送った。

「助かりました」

「ん?何の事かはよく分からないけど」

てっきり助け船を出してもらったと思ったのだが、おばあさんは本当に分かっていないようだった。

「お嬢ちゃん、良かったらもう一度顔を見せてくれないかね」

「なんでしょう?」

私に用があるのは本当のようだ。
顔をおばあさんに近付けると、瞳を覗き込まれる。

「ふむ、なるほどね。お嬢ちゃんは、月の日に『見える』みたいだね。」

「!?」

『見える』

その言葉に、私は雷に体を打たれたかのような衝撃を受ける。
私が周りに秘密にしていること…
それを言い当てられたからだ。

家族にしか話していない。
そして家族にすら理解されなかった私の秘密。

「でも、気をつけるんだよ。
よく見えすぎる目は心を曇らせるから」

苦い顔をしながらそう告げるおばあさん。
その顔は年齢以上の歳月を感じさせる不思議なものだった。

「おばあさんは…何者なんですか?」

近よりがたい厳かな雰囲気を出すおばあさんに、思わず問いかけてしまう。

「ただの年寄りだよ。ちょっと長く生きてるから、色々見てきた。お嬢ちゃんの事情にも助言を…とも思ったけど」

老婆心だったね。

そう言って自嘲する姿は先ほどの秋田先輩と同じ面持ちだった。
その姿に少しほっとして

「また…来ても良いですか?」

おずおずと問いかけると

「勿論だよ。困ったらまた来るといい」

そう言って微笑むおばあさん。

私はまた、間違いなくここに来る事になるだろう。
穏やかな目で見送るおばあさんに手を振りながら、そんな予感を感じていた。


初めて異性の部屋に入った。
そして、初めて私の秘密を他人に言い当てられた。

この2つの衝撃で時間を意識するのをすっかり忘れていたけれど

ぐぅ~

急にお腹が鳴り出す。

「あぁ!もうお昼過ぎ!?」

色々と考えたい事はあるけれど、空腹には勝てない。


「見栄はらずに、秋田先輩の家でご飯食べてたらよかった…」

それも後の祭り。
嘆く暇も今は惜しい。

「よおし、絶対美味しいタケノコご飯作るけぇ。待っとき」

方言で気合いを入れ直し、私は急ぎ家帰路に着くのだった。

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