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第一章「蜘蛛の糸」
3-2
しおりを挟む少し余る部分があるが動きの邪魔になるほどでは無い。男性から貰う初めての服としては少し不満だが。
ふと、窓の外の陽の光が気になって横目で見る。
「いま何時なのかしら」
スカーレットの髪を結っていたローニャが鏡越しに目を合わせた。
「午前のお茶の時間ですね」
ということはもうしばらくすれば昼食の時間になるでは無いか。
「そんなに眠っていたの?」
「疲れているだろうから寝かせておいて欲しいとご主人様が」
確かに怒涛の一日だった。疲れたといえば疲れたが絶妙なぼかし加減につい顔が熱くなる。
ちょうど髪を結い終わったローニャが椅子から離れた。これ幸いとばかりに彼女の方を振り返る。
「あなたの主人はオズ様なのよね?」
「はい」
幾度か躊躇ったあと、おそるおそる疑問を口に出した。
「オズ様から私のことはどう聞いているのかしら」
「仕事の帰り道に拾った、さる貴族のご令嬢だと」
簡素な答えにスカーレットは胸を撫で下ろす。嘘では無い。説明を省いているだけのことだ。
「それで誤魔化される私ではありませんが」
ふふん、と鼻を鳴らしながら小さな胸を張る。問いただす前にローニャは淑やかな所作でスカーレットの正面に跪いた。顔を伏せているスカーレットの顔を覗き込む形だ。
「スカーレット・レグルス様」
家名ごと名前を呼ばれるとは思わず、紅の瞳は驚きに染まった。その瞳が映す視界には同情でも嘲笑でもないローニャの笑顔。その笑みには見覚えがあった。
「ずっとお会いしてみたかったんです」
嬉しそうな、切なそうなはにかみ顔は彼女の主人の表情によく似ている。
瞬きほどの間の後に今度は不安気なスカーレットを励ますような微苦笑に変わった。
「どんな事情があったか、まではお聞きしません」
聞かないだけで察している。察した上で知らないふりをする。そんな口振りだった。
「ですが、この屋敷にいる以上はご主人様の大切なお客様です」
そう言葉を紡ぎながらローニャはスカーレットの手を取る。
「どうぞ何なりとお申し付けください」
彼女の言葉は信用に足る、そう思った瞬間、不安が溶けて消えていった。熱くなった目頭を抑えながらスカーレットは頭に渦巻いていた疑問を吐き出す。
「じゃあ、聞きたいのだけど」
「はい」
「あの方は何者なの?」
問いを投げかけられたローニャの視線が遠くに泳ぐ。悩みに悩んで言葉を選ぶような沈黙のあと、浮かんでいた表情はいたずらっぽい笑みだった。
「それは是非ともスカーレット様ご自身でお確かめ下さい」
きゅ、と唇を引き結んだスカーレットに対してローニャは笑ったまま眉をへの字に曲げる。
誤魔化そうしている訳では無いのは分かっている。オズにもローニャにも悪い感情がないことも理解している。それでも現状に納得するだけの要素を少しでも集めておきたかっただけなのに。
不完全燃焼を感じるが、確かに本人に直接聞く方が分かることも多いだろう。そう考えることにして小さなため息をついたのだった。
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