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第一章「蜘蛛の糸」
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肝心のオズは多忙らしく、午前中いっぱいは所用があると言うことだった。
「先に屋敷の案内をさせていただきますね」
貴族の屋敷、と言うよりは避暑地など一時的に過ごすための別荘としての間取りが一番近いのだろう。
一階にはローニャたち使用人の部屋に厨房、客人を迎える応接室など。西側にある階段から地下への部屋は自室とはまた違う用途でオズが使っている部屋らしく、本人の許可がない限りは無闇に近寄らないようにとのことだった。
ちなみにスカーレットの宛てがわれた部屋は二階にある客間のひとつらしい。すぐ近くに食堂、家人たちが寛げるサロン。書斎と主人であるオズの部屋。
「それから、ここが書庫です」
屋敷の広さに対して二階の部屋数が少ないと思っていたら二階のほぼ半分ほどが書庫になっているらしい。
レグルス家も立派な図書室が備わっている。そして、ここには公爵家と同じかそれ以上の量が収められているから驚きだ。
「見たことがない本が多いわね」
奥に行くにつれて年季の入った、古語も入り乱れた本が所狭しと収納されている。
「不適切だと焚書されかかった本も多いそうです」
背表紙に手を伸ばしたスカーレットが動きを止めた。触れようと伸ばした本の隣、それは女子生徒たちが都市伝説のひとつとして語っていた呪いの本のタイトルではなかったか。
「守るのが大変だったとこぼしていました」
「どうしてそんなものが……」
どこか他人事のように説明するローニャとやや青ざめた面持ちのスカーレットの差が凄まじい。
「それは」
その刹那、奥の方から紙束が崩れ落ちる音がした。
それまで安穏としていたローニャの空気が張り詰め、スカーレットを背後にかばいながら音の方向を睨みつける。ややあって動いた影の主には覚えがあったらしく警戒はすぐに解かれた。
「何してるんですか、もー」
ぱたぱたと気安い足取りでかけていく。どうやら巻物や紐で綴じてある古い本の辺りでことが起きていたようだ。
「失敗した」
端的な言葉は男の声で紡がれた。
「何してたんですか」
ローニャの声音が僅かに落ちる。怒っていると言うよりは親しい仲なりのやり取りのように見えた。相手も慣れたものなのかとくに追及する様子もない。
「本を探してた」
タイトルはあやふやな代わりに装丁は明確に覚えているらしい。黒地に銀で装飾が施されており、表紙の図柄が背表紙から裏面にまで続いている各地の伝承をまとめた本をオズの頼みで探しに来た、とのことだった。
「ならこれですね」
男がいた棚の一つ隣、下の段の一冊を引き抜くとずい、と手渡す。
「助かった」
どうやらタイトルも記憶と一致したようで深く頷いて脇に抱えた。
その様子を一瞥するとローニャはスカーレットに向き直る。
「スカーレット様、こちら執事のティムです」
紹介された男の顔をまじまじと見つめる。焦げ茶の柔らかそうな髪に青みがかった翡翠の瞳、切れ長の目がどこか鋭い印象のある風貌だ。
じい、とティムからも見つめられスカーレットがは我に帰る。
「はじめまして。先日より滞在しております、スカーレットと申します」
「ティムだ。話は聞いている。よろしく」
「よろしくおねがいします」
滞りかけた会話をローニャが引き継いだ。
「執事と言っても、護衛や諜報役もあるのであんまり屋敷にはいませんが」
名目上、執事の方が書類の通りがいいのでそういうことにしているらしい。確認するようにローニャからティムに視線を移すと肯定の頷きが返ってきた。
「ゆっくりしていくといい」
表情は相変わらず平坦なままだ。だが歓迎の言葉をそのまま受け取っても構わないのだろう。
ティムはローニャの頭を乱暴にがしがしと撫でると片手をひらめかせて書庫から出ていった。
「先に屋敷の案内をさせていただきますね」
貴族の屋敷、と言うよりは避暑地など一時的に過ごすための別荘としての間取りが一番近いのだろう。
一階にはローニャたち使用人の部屋に厨房、客人を迎える応接室など。西側にある階段から地下への部屋は自室とはまた違う用途でオズが使っている部屋らしく、本人の許可がない限りは無闇に近寄らないようにとのことだった。
ちなみにスカーレットの宛てがわれた部屋は二階にある客間のひとつらしい。すぐ近くに食堂、家人たちが寛げるサロン。書斎と主人であるオズの部屋。
「それから、ここが書庫です」
屋敷の広さに対して二階の部屋数が少ないと思っていたら二階のほぼ半分ほどが書庫になっているらしい。
レグルス家も立派な図書室が備わっている。そして、ここには公爵家と同じかそれ以上の量が収められているから驚きだ。
「見たことがない本が多いわね」
奥に行くにつれて年季の入った、古語も入り乱れた本が所狭しと収納されている。
「不適切だと焚書されかかった本も多いそうです」
背表紙に手を伸ばしたスカーレットが動きを止めた。触れようと伸ばした本の隣、それは女子生徒たちが都市伝説のひとつとして語っていた呪いの本のタイトルではなかったか。
「守るのが大変だったとこぼしていました」
「どうしてそんなものが……」
どこか他人事のように説明するローニャとやや青ざめた面持ちのスカーレットの差が凄まじい。
「それは」
その刹那、奥の方から紙束が崩れ落ちる音がした。
それまで安穏としていたローニャの空気が張り詰め、スカーレットを背後にかばいながら音の方向を睨みつける。ややあって動いた影の主には覚えがあったらしく警戒はすぐに解かれた。
「何してるんですか、もー」
ぱたぱたと気安い足取りでかけていく。どうやら巻物や紐で綴じてある古い本の辺りでことが起きていたようだ。
「失敗した」
端的な言葉は男の声で紡がれた。
「何してたんですか」
ローニャの声音が僅かに落ちる。怒っていると言うよりは親しい仲なりのやり取りのように見えた。相手も慣れたものなのかとくに追及する様子もない。
「本を探してた」
タイトルはあやふやな代わりに装丁は明確に覚えているらしい。黒地に銀で装飾が施されており、表紙の図柄が背表紙から裏面にまで続いている各地の伝承をまとめた本をオズの頼みで探しに来た、とのことだった。
「ならこれですね」
男がいた棚の一つ隣、下の段の一冊を引き抜くとずい、と手渡す。
「助かった」
どうやらタイトルも記憶と一致したようで深く頷いて脇に抱えた。
その様子を一瞥するとローニャはスカーレットに向き直る。
「スカーレット様、こちら執事のティムです」
紹介された男の顔をまじまじと見つめる。焦げ茶の柔らかそうな髪に青みがかった翡翠の瞳、切れ長の目がどこか鋭い印象のある風貌だ。
じい、とティムからも見つめられスカーレットがは我に帰る。
「はじめまして。先日より滞在しております、スカーレットと申します」
「ティムだ。話は聞いている。よろしく」
「よろしくおねがいします」
滞りかけた会話をローニャが引き継いだ。
「執事と言っても、護衛や諜報役もあるのであんまり屋敷にはいませんが」
名目上、執事の方が書類の通りがいいのでそういうことにしているらしい。確認するようにローニャからティムに視線を移すと肯定の頷きが返ってきた。
「ゆっくりしていくといい」
表情は相変わらず平坦なままだ。だが歓迎の言葉をそのまま受け取っても構わないのだろう。
ティムはローニャの頭を乱暴にがしがしと撫でると片手をひらめかせて書庫から出ていった。
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