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第三章「花の蜜」

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 それは良く晴れたある日の事だった。
 庭で洗濯をしていると、久方ぶりに耳にする馬車の音が耳朶を叩く。辻馬車の類ではないようだが、家紋が意図的に消されているような印象のものだ。
 客人かとローニャに目を向けるが、彼女も不思議そうに首を横に振る。
 庭の干場から屋内に戻るとちょうどオズが向かってくるところだった。
「レティ」
「どうかされましたか」
 オズの表情はどこか浮かない雰囲気だ。客人と何かあったのだろうか。
 気まずそうに視線を逸らしたあと、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ちょっと来てくれる?」
 手招かれるままに部屋に入る。応接室の正面の椅子に腰掛けていた人物を見てスカーレットの瞳が凍った。
 白い肌を引き立てる黒い髪、黒曜の瞳はくるくるとよく動く。髪型を変えたのか雰囲気こそ普段と異なるが顔立ちは忘れようも見間違えようもない。
「ユリア……さん………」
「スカーレット様!」
 スカーレットに気付いたユリアが椅子から立ち上がり小走り気味に歩み寄ってくる。
「この度は本当に」
 ユリアはスカーレットの眼前に来ると身を落とした。地面に両膝を付き、その前に指先を揃えた手を置く。
「申し訳ありませんでしたぁ!」
 額が床に着きそうなほど頭を下げる姿は、手本のような綺麗な土下座であった。
 予想だにしていなかった行動に室内が静まり返る。
「あ、頭を上げてください」
 恨みが無いとは言いきれない。だが、唐突過ぎて頭が追いつかない。
 ユリアはというと一切微動だにしない。聞こえていないのか、もう一度言った方がいいのかスカーレットが思案し始めた時だった。
「踏んであげれば?」
「オズ様!?」
 普段、温厚そのもののオズの口から聞きなれない言葉が飛び出した。動揺を顕にしたスカーレットの声が上擦る。
「それでスカーレット様の気が済むなら!」
 元気の良い返事を土下座の姿勢のままのユリアが返す。
「しません!」
 謝罪が茶番になってしまいそうな頃、客人用の紅茶を持ってローニャが入ってきた。
 仕切り直された空気が再び張り詰める。
「私が言えた義理ではありませんが、お元気そうでよかったです」
 ユリアの態度には皮肉や嘲笑などは見られない。純粋にスカーレットを心配していたようだ。
 本人もすっかり毒気を抜かれてしまったのか、冷静に笑みを返す。
 もっと、感情的になると思っていた。不思議なほど冷静にユリアと対峙出来ているのはやはり。
「オズ様のおかげです」
 隣を一瞥するとオズの気遣うような蜜色と目が合った。大丈夫だ、と微笑み返してユリアへと向き直る。
「それで、ユリアさん」
 名前を呼ばれたユリアが居住まいを正した。
「その格好は一体……?」
 学園で見たような、ユリアの可憐さを全面に引き出すような装飾品はそのほとんどが外されている。手間ひまを掛けていることが分かる髪型から一転して、後ろで一つに結い上げている。さらに注目すべきは騎士のようなパンツスタイルだ。
 問われたユリアは屹立し、左胸に握り拳を当てる。
「改めまして、私は帝国軍魔導師団所属ユリア・ハイレインと申します」
 
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