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第三章「花の蜜」
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帝国、軍、魔導師団。細切れにしても言葉の咀嚼が追いつかない。
目に見えて呆然とするスカーレットにユリアはほろ苦い笑みを浮かべると腰を下ろした。背筋を伸ばし、淡々と経緯の説明を始める。そうしている姿は不自然なほど自然に見えた。
「私達は作戦の一部としてレオナルド殿下へ接近しました」
数百年前に勇者が魔王を倒した。だが、頭を潰しただけで魔族を根絶やしにした訳では無い。否、出来ないというのが正しいだろう。魔族の国から湧き出る瘴気は絶えず、そこに住まう生物たちを精神ごと汚染し続けている。
本来なら人間たちが一丸となって魔国と戦わなければならないのだが、現在それを一手に担っているのが帝国だ。メイジスやサルバード王国のように果ての荒野や命の山脈が無い帝国は常に魔国の脅威に晒されている。また魔国も攻めやすい帝国への侵攻に夢中で果ての荒野の先には進んでいない状況らしい。
帝国としてはもう一つくらい協力国が欲しいところだった。ただ資源を差し出してくれるだけではなく、ともに肩を並べてくれる国が。そこで目を付けたのが数年前、魔道士という優秀な人材を数多く派遣してくれたこの国だ。
レオナルドやその母親アデーリア一派は保守派であり戦を毛嫌いする法国の影響を多く受ける家が多い。
対するエステル派はこの国を強化せんと声を上げる革新派だ。
帝国としてはエステルに王位に着いて欲しい。そのためレオナルドに近付き醜聞を作ることで王位から遠ざける。もしレオナルドが王位に就くようであれば裏から彼を操る算段であった。
「ですが……」
それまで淀みなく話していたユリアが口ごもる。
「カイン・レグルスが彼女を勘当までするとは思わなかったってやつでしょ」
ユリアの言葉を引き継いだオズがため息混じりに肩を竦めて見せた。
確認のためにユリアを見ると彼女もまた重い首肯で応える。
「事実を知ったあと、スカーレット様を探しに行ったのですが見つからず」
ユリアたちの思惑としてはレグルス家の抗議とレオナルド派からの離反を期待していたのだ。だが、結果は真逆。
必要以上に一人の令嬢を傷付け、その人生を台無しにしてしまった。責任を取るべく方方を探し回ったが発見には至らない。藁にも縋る思いでこの国のたった一人の宮廷魔道士へのコンタクトを試みたのだ。
「オズワルド様なら何かご存知かと思いまして」
そしてご存知どころか保護していたのがオズであった。
「ご無事で安心致しました」
花開く、という言葉が似合うような可憐な笑みだ。陰謀跋扈する政の中で見れば彼女の微笑みは確かに癒しとなるだろう。厳しい顔で小言ばかりの婚約者と違って。
つい絆されそうになってスカーレットは唇を噛む。
ユリアや帝国の思惑も把握した。
レグルス家の令嬢であれば、現当主の不甲斐なさを嘆いていたことだろう。だが、今のスカーレットにその資格は無い。
「ねぇ、ユリアさん」
「はい」
だが、レオナルド王太子の婚約者としてのプライドはまだ少しだけ残っている。
「あなたはレオナルド殿下を愛している?」
スカーレットの問にユリアが目を瞬かせた。返事を待たずに言葉を重ねる。
「殿下の妻になる気はあって?」
レオナルドを愛していた。だからこそ彼の横暴も受け入れた。そんなスカーレットからすれば、自分を押しのけておいて愛のない結婚なんて許さない。
それは一人の女としてのプライドだった。
射るような紅玉の眼差しを真っ向から受けてユリアは背筋を伸ばす。
「そのためにも本国に一度帰投したいのです」
目に見えて呆然とするスカーレットにユリアはほろ苦い笑みを浮かべると腰を下ろした。背筋を伸ばし、淡々と経緯の説明を始める。そうしている姿は不自然なほど自然に見えた。
「私達は作戦の一部としてレオナルド殿下へ接近しました」
数百年前に勇者が魔王を倒した。だが、頭を潰しただけで魔族を根絶やしにした訳では無い。否、出来ないというのが正しいだろう。魔族の国から湧き出る瘴気は絶えず、そこに住まう生物たちを精神ごと汚染し続けている。
本来なら人間たちが一丸となって魔国と戦わなければならないのだが、現在それを一手に担っているのが帝国だ。メイジスやサルバード王国のように果ての荒野や命の山脈が無い帝国は常に魔国の脅威に晒されている。また魔国も攻めやすい帝国への侵攻に夢中で果ての荒野の先には進んでいない状況らしい。
帝国としてはもう一つくらい協力国が欲しいところだった。ただ資源を差し出してくれるだけではなく、ともに肩を並べてくれる国が。そこで目を付けたのが数年前、魔道士という優秀な人材を数多く派遣してくれたこの国だ。
レオナルドやその母親アデーリア一派は保守派であり戦を毛嫌いする法国の影響を多く受ける家が多い。
対するエステル派はこの国を強化せんと声を上げる革新派だ。
帝国としてはエステルに王位に着いて欲しい。そのためレオナルドに近付き醜聞を作ることで王位から遠ざける。もしレオナルドが王位に就くようであれば裏から彼を操る算段であった。
「ですが……」
それまで淀みなく話していたユリアが口ごもる。
「カイン・レグルスが彼女を勘当までするとは思わなかったってやつでしょ」
ユリアの言葉を引き継いだオズがため息混じりに肩を竦めて見せた。
確認のためにユリアを見ると彼女もまた重い首肯で応える。
「事実を知ったあと、スカーレット様を探しに行ったのですが見つからず」
ユリアたちの思惑としてはレグルス家の抗議とレオナルド派からの離反を期待していたのだ。だが、結果は真逆。
必要以上に一人の令嬢を傷付け、その人生を台無しにしてしまった。責任を取るべく方方を探し回ったが発見には至らない。藁にも縋る思いでこの国のたった一人の宮廷魔道士へのコンタクトを試みたのだ。
「オズワルド様なら何かご存知かと思いまして」
そしてご存知どころか保護していたのがオズであった。
「ご無事で安心致しました」
花開く、という言葉が似合うような可憐な笑みだ。陰謀跋扈する政の中で見れば彼女の微笑みは確かに癒しとなるだろう。厳しい顔で小言ばかりの婚約者と違って。
つい絆されそうになってスカーレットは唇を噛む。
ユリアや帝国の思惑も把握した。
レグルス家の令嬢であれば、現当主の不甲斐なさを嘆いていたことだろう。だが、今のスカーレットにその資格は無い。
「ねぇ、ユリアさん」
「はい」
だが、レオナルド王太子の婚約者としてのプライドはまだ少しだけ残っている。
「あなたはレオナルド殿下を愛している?」
スカーレットの問にユリアが目を瞬かせた。返事を待たずに言葉を重ねる。
「殿下の妻になる気はあって?」
レオナルドを愛していた。だからこそ彼の横暴も受け入れた。そんなスカーレットからすれば、自分を押しのけておいて愛のない結婚なんて許さない。
それは一人の女としてのプライドだった。
射るような紅玉の眼差しを真っ向から受けてユリアは背筋を伸ばす。
「そのためにも本国に一度帰投したいのです」
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