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第四章「月光苺」
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◆ ◆ ◆ ◆
メイジス王国 王城の廊下にて
規則的な靴音が静謐とした廊下に響く。魔道士のローブを目深に被り、オズは歩き慣れた廊下を進んでいた。
眼前からドレスを纏った令嬢が歩いてくる。宮廷魔道士はあくまでも王宮に仕える一官僚だ。道の端に避け軽く一礼するような姿勢で通り過ぎるのを待つ。
オズのまで来るとその令嬢は足を止めた。衣擦れの音から用事があったのはオズになのだろう。
「宮廷魔道士様、でいらっしゃいますね」
挑むような笑みを湛える令嬢にオズは見覚えがあった。
「これは、サールスード公爵令嬢様。私に何か用事でも?」
プリメラ・サールスード、王立学園第九七回期を生徒会長として卒業した令嬢だ。
プリメラは手に携えていた手紙をオズに差し出す。心当たりがない。躊躇いながら受け取り検分させてもらう。宛名を確認したオズの目が動揺を僅かに滲ませた。
「スカーレット・レグルス様をご存知?」
どきり、と心臓が跳ねた。
プリメラはスカーレットの一つ上だ。生徒会として面識があってもおかしくは無い。懇意にした令嬢が行方不明となっていれば方々に聞き込みもするだろう。
「はい、存じ上げておりますが」
「それを、彼女に届けて欲しいの」
それ、とは手紙のことで間違いないはずだ。なんとか表情を取り繕い、それらしい疑問を口にする。
「何故、私に?」
しらを切ろうとするオズに何か感じることがあったのか、プリメラは持っていた扇子で口元を隠す。
「一度たどり着いてしまえば簡単ですわ」
プリメラはおかしいと思っていたのだ。王宮が王太子が無礼を働いた婚約者を探す期間にしてはあまりにも短く捜索がおざなりだった。だからこう考えたのだ。国王に近いところにいる人間が早急に彼女を発見し保護しているのではないかと。妄想に近い考えだったが奇しくも図書館で偶然会ったスカーレット本人がそれを証明してくれた。身なりこそ庶民にやつしているが、手足に目立った外傷もなく王太子の隣にいたころより明るい表情が増えた。
それから、この国では一つのルールが存在する。自分宛でない手紙と自分が届けられない手紙は送り主に返せ、と。
オズは困惑こそしているが手紙をつき返そうとはしなかった。
「それが何よりの証拠」
本当はスカーレットが親しげに宮廷魔道士の名前を呼ぶのを聞いていたのが一番の証拠なのだが。スカーレットの横顔が恋する乙女そのものだったことは同じ乙女として秘密にしておくべきと判断した。
扇子を畳んでプリメラは含んだ笑みを浮かべる。
「スカーレット様によろしくお伝えくださいませ」
「かしこまりました」
オズは深く頭を垂れるとプリメラの足音が遠のくのを待った。
手紙を見下ろして表情を歪ませる。
中身なんか確認せずに破って捨ててしまおうか。つかの間の日々だと言い聞かせていたのにこの平穏が愛おし過ぎる。あの屋敷を檻にして閉じ込めてしまいたい。外の世界で傷つかぬように自分の腕の中で守っていたい。
笑みを独占して、涙を拭って、暴いて抱きしめて壊して慈しんで、それからそれから―――……
オズの居た後には拳を打ち付けたと思しき血の跡が残っていたという
「レティ」
名前を呼ばれて金の髪が宙を躍る。
「おかえりなさいませ」
オズの疲れきった面差しにスカーレットは息を飲んだ。どうかしたのか、そう尋ねる前に手紙が差し出される。
「サールスード公爵令嬢から」
「プリメラ様から?」
封蝋を取り払い中を開いた。三、四枚ほどに書き分けられたそれは頼んでいたことの調査が終わったのだとスカーレットが気付くに十分だった。
これで残るピースは一つ。
「オズ様」
スカーレットの声音が真っ直ぐにオズの耳朶を叩く。
「お話したいことがあるのです」
目が合わない。少し不安になるが今、目が合わずとも構わない。
スカーレットは言葉を続けた。
「今夜、お部屋に伺ってもよろしいでしょうか」
メイジス王国 王城の廊下にて
規則的な靴音が静謐とした廊下に響く。魔道士のローブを目深に被り、オズは歩き慣れた廊下を進んでいた。
眼前からドレスを纏った令嬢が歩いてくる。宮廷魔道士はあくまでも王宮に仕える一官僚だ。道の端に避け軽く一礼するような姿勢で通り過ぎるのを待つ。
オズのまで来るとその令嬢は足を止めた。衣擦れの音から用事があったのはオズになのだろう。
「宮廷魔道士様、でいらっしゃいますね」
挑むような笑みを湛える令嬢にオズは見覚えがあった。
「これは、サールスード公爵令嬢様。私に何か用事でも?」
プリメラ・サールスード、王立学園第九七回期を生徒会長として卒業した令嬢だ。
プリメラは手に携えていた手紙をオズに差し出す。心当たりがない。躊躇いながら受け取り検分させてもらう。宛名を確認したオズの目が動揺を僅かに滲ませた。
「スカーレット・レグルス様をご存知?」
どきり、と心臓が跳ねた。
プリメラはスカーレットの一つ上だ。生徒会として面識があってもおかしくは無い。懇意にした令嬢が行方不明となっていれば方々に聞き込みもするだろう。
「はい、存じ上げておりますが」
「それを、彼女に届けて欲しいの」
それ、とは手紙のことで間違いないはずだ。なんとか表情を取り繕い、それらしい疑問を口にする。
「何故、私に?」
しらを切ろうとするオズに何か感じることがあったのか、プリメラは持っていた扇子で口元を隠す。
「一度たどり着いてしまえば簡単ですわ」
プリメラはおかしいと思っていたのだ。王宮が王太子が無礼を働いた婚約者を探す期間にしてはあまりにも短く捜索がおざなりだった。だからこう考えたのだ。国王に近いところにいる人間が早急に彼女を発見し保護しているのではないかと。妄想に近い考えだったが奇しくも図書館で偶然会ったスカーレット本人がそれを証明してくれた。身なりこそ庶民にやつしているが、手足に目立った外傷もなく王太子の隣にいたころより明るい表情が増えた。
それから、この国では一つのルールが存在する。自分宛でない手紙と自分が届けられない手紙は送り主に返せ、と。
オズは困惑こそしているが手紙をつき返そうとはしなかった。
「それが何よりの証拠」
本当はスカーレットが親しげに宮廷魔道士の名前を呼ぶのを聞いていたのが一番の証拠なのだが。スカーレットの横顔が恋する乙女そのものだったことは同じ乙女として秘密にしておくべきと判断した。
扇子を畳んでプリメラは含んだ笑みを浮かべる。
「スカーレット様によろしくお伝えくださいませ」
「かしこまりました」
オズは深く頭を垂れるとプリメラの足音が遠のくのを待った。
手紙を見下ろして表情を歪ませる。
中身なんか確認せずに破って捨ててしまおうか。つかの間の日々だと言い聞かせていたのにこの平穏が愛おし過ぎる。あの屋敷を檻にして閉じ込めてしまいたい。外の世界で傷つかぬように自分の腕の中で守っていたい。
笑みを独占して、涙を拭って、暴いて抱きしめて壊して慈しんで、それからそれから―――……
オズの居た後には拳を打ち付けたと思しき血の跡が残っていたという
「レティ」
名前を呼ばれて金の髪が宙を躍る。
「おかえりなさいませ」
オズの疲れきった面差しにスカーレットは息を飲んだ。どうかしたのか、そう尋ねる前に手紙が差し出される。
「サールスード公爵令嬢から」
「プリメラ様から?」
封蝋を取り払い中を開いた。三、四枚ほどに書き分けられたそれは頼んでいたことの調査が終わったのだとスカーレットが気付くに十分だった。
これで残るピースは一つ。
「オズ様」
スカーレットの声音が真っ直ぐにオズの耳朶を叩く。
「お話したいことがあるのです」
目が合わない。少し不安になるが今、目が合わずとも構わない。
スカーレットは言葉を続けた。
「今夜、お部屋に伺ってもよろしいでしょうか」
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