この世界では、魔王よりも最恐救世主ちゃんの方が問題である!

土岡太郎

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 異世界【バシレイア】。

 神の祝福と、魔王のもたらす脅威が交差する世界――
 魔法が存在し、神の奇跡と科学が融合する世界――

 唯一神を信仰する【ハギオス教教会】が、信仰と秩序を司り、
 人類社会そのものを統べる世界―― 

 魔王に率いられた【魔のモノ】が支配する魔界と隣り合わせにあり、
 常に侵攻の危険に晒されている世界――

 そして、その【魔のモノ】と命を懸けて戦う
【聖徒戦士】たちが存在する世界―― 


 その【聖徒戦士】を目指す少年がいる。

 主人公の一人、
 <榎森宙弥えのもりちゅうや(12)>も、また例外ではなかった。

 #####

 異世界【バシレイア】の中心である【聖都】から極東へ。
 さらにその極東地区の東の端に位置するのが、<戸部来村へぶらいむら>だ。

 その村を見下ろすようにしてそびえる<田母流山たぼるやま>は、標高三三三メートル。

 三角錐のような形をしており、頂上まではゆっくり歩いても二〇分から三〇分ほどで登ることができる小さな山だ。

 この山には、かつて救世主が山頂で修行したという伝説が残されている。
 もっとも、そうした話は他にもいくらでもあり、こんな辺境の村に伝わる言い伝えを、本気で信じる者はほとんどいない。

 その田母流山の麓に、戸部来村の小さな教会―― <戸部来教会>が建っている。
 そして、その敷地内にあるアパート<天使の園>。

 そこが、僕――
 <榎森宙弥えのもりちゅうや>の住む家だ。

 <天使の園>は、孤児院の役割も果たしているアパートで、僕は二年前からここで暮らしている。

 黒髪に黒目、中肉中背。
 特別目立つところのない、いわゆるモブのような見た目だ。

 マンガやアニメ、ゲームをこよなく愛するヲタク趣味で、今の推しはバーチャルアイドルの“シオにゃん”。

 今日は僕の誕生日―― 十月十日。
 十二歳になった僕は、教会で<ギフト開示式>を受けることになっていた。

「一応、説明しておきますね~。【ギフト】というのは、この世界に生まれた時、主(神様)から一人につき一つだけ与えられる特殊能力です~」

 そう説明してくれるのは、この教会の司祭、<御子神 真莉奈みこがみまりな>さんだ。
 その話し方は、彼女の性格をそのまま表したような、終始おっとりとした口調だった。

「この儀式は~、今すぐ何かを決めるためのものじゃなくて~。これからのことを考えるための、目安みたいなものですよ~」

 司祭であるマリナさんは、そう言って、僕に少しだけ希望を持たせてくれる。

(けれど現実は、そう甘くはない。ギフトを持つ者に、持たない者が同じ分野で勝つのは、かなり難しい。だから多くの者は、自分のギフトを基準に進路を決める……。その力を活かせる道を選ぶほうが、ずっと建設的だから……)

 ――そうやって、みんな現実と折り合いをつけていく。

(もちろん、中には夢を諦めきれず、あえて茨の道を歩む者もいる……。そして、僕も…… きっと……)

 そして、僕は予感していた……
 自分もその茨の道を、「もう無理だって!」と言いながら、どうにかこうにか進む羽目になることを。

 そして、次の日――。

 カーテンを閉め切った薄暗い自室で、
 僕はベッドの上に座り込み、
 膝を抱えたまま、虚ろな目で部屋の一点を見つめていた。

 世の中の非情、理不尽さ、残酷さをこれでもかというほど味わったからだ。

「宙弥くん。気持ちはわかりますが~、ギフトに頼らずに大成した人は~、たくさんいます~。ですから~、あまり気にしすぎないでくださいね~」

 そう言って、マリナさんは僕を励ましてくれる。

 <天使の園>に住む僕たちは、管理人でもあるマリナさんの住む司祭館で、三食をとることになっていた。

 その朝、僕が朝食に姿を見せなかったことを心配して、彼女は合鍵を使い、部屋まで様子を見に来たらしい。

 そんなマリナさんからの、優しい励ましの言葉。
 けれど、今の僕には何の意味も持たなかった。

(マリナさん、ごめんさない……。でも、もう僕には生きる気力がないんです……)

 僕が黙っていると、教会の仕事があるマリナさんは「ご飯を置いていくので、食べてくださいね~」と言って、心配そうな表情のまま部屋を後にする。

 昨日、判明した僕のギフトは【RKSWF】。
 説明文にはこう書かれていた。

 <Recovery Katana Skill Weak Forceの略。能力は刀に魔力を込めると、使用者の傷が少しずつ回復する>

 昨日、実際に試してみたところ、動画で見た市販の回復薬よりも、明らかに傷の回復速度が遅かった。

 つまり――
 おかしな文法のギフト名どおり、ハズレギフトだったのだ。

 ちなみに他のギフト名の一例を挙げると、「〇〇技能習得強化」や「〇〇強化」、
 あるいは「簿記能力」など――

 ごく普通で、分かりやすい名前ばかりだ。
 レベル表記が付くものも多い。

 それらと比べれば、【RKSWF】がいかに異質で、おかしな名前かは一目瞭然だ。

 これでは、聖徒戦士になるのは厳しいだろう。
 仮になれたとしても、魔物との戦いで苦戦するのは目に見えている。
 僕の夢である【世界を救う】など、夢のまた夢だ。

 ――だが。

 僕に与えられるギフトが“ハズレ”であることは、正直、最初から予想がついていた。

 “茨の道を進み、命を懸けて世界の平和を守る”

 それが、主から僕に与えられた試練――
 いや、かつて犯した罪への、贖罪なのだと。

 この世界に来た十歳の時から、その覚悟をして鍛錬を続けてきた。

 では、僕が世界に絶望した原因……。
 それは――!

 <昨夜のライブ配信で、推しだった“シオにゃん”に、恋人がいることが発覚したのだ!!>

 チャット欄は瞬く間に騒然とし、やがて阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
 もちろん、僕もその一員である。

 ――そして、現在に至る。

(シオにゃんを失った僕は……。いったい何を支えに、この苦しい日々を生きていけばいいんだ……)

 この世界に来てからの二年間、僕は世界を救うために、来る日も来る日も鍛錬を続けてきた。

 それができたのも、推しのライブからもらった元気と勇気があったからだ。

 だが――
 その推しを失った今の僕の心は、“ユニコーンの角”みたいに、見事な音を立ててポッキリと折れていた。

 もう、この辛い現実に耐えられる気がしなかった。

(今、何時かな……? マリナさんが昼食を持ってきていないから、まだ十二時にはなってないか……。まあ、もう… どうでもいいか……)

 僕が深い絶望に飲み込まれ、すべてを諦めかけた――その時。

 一条の光が僕を照らす!

 そして、次の瞬間。
 スピーカーから、女性の歌声が流れ出す。

 まだ少し拙さはあるものの、その声は優しく、穏やかで、
 同時に、芯の強さを感じさせるものだった。

 まるで、彼女自身の切なる願いや祈りが、直接、心の奥に触れてくるような――
 そんな不思議な力を持った歌声。

 ……いや。

 “天使のような歌声”と呼んでも、きっと言い過ぎではない。
 僕は魔導科学の粋であるそのスマホを手に取り、気づけば画面に釘付けになっていた。

 彼女の歌は、折れてしまった僕の心を、まるで再び生え変わる角のように修復し、
 この世界に抗おうとする情熱の炎を、もう一度、胸の奥に灯してくれた。

 画面に映っている彼女は、バーチャルアイドル――
 <セシリア・クロス>。

 流れていたのは、彼女が初めて投稿した動画だった。

 それが、投稿サイトの自動再生機能によって、偶然――
 いや、必然のように選ばれ、再生されたのだ。

(こんな偶然、あるはずがない……! これは……主の導きだっ!!)

 僕は、この奇跡の出会いを胸に刻み、彼女を“新たな推し”として心に迎え入れる。

 こうして――
 再び、茨の道を歩むことを選んだ。

(……まだ、朝の十時だったのか)

 時計を見ると、午前十時三分。
 思っていたほど時間は経っていなかった。

 僕は一度だけ深く息を吐き、カーテンを開ける。
 差し込む光が、止まっていた時間を動かすみたいだった。

 身支度を整え、マリナさんが用意してくれた朝食をありがたく頂く。
 食器を返し終えた頃には、気持ちも少しだけ落ち着いていた。

 今日は祝日で、学校も休みだ。
 ――だから、これから鍛錬をすることができる。

 主は僕にギフトを与えた。
 ハズレだが、戦闘向きであることに変わりはない。
 なら、その意味は―― 考えるまでもない。

 戦うことで、贖罪する。
 そう考えるのが、一番納得できた。

 だから、今日もいつも通り鍛錬をするだけだ。

(よ~し、今日からまた頑張るぞ!!)

 新たな推しを得た僕は、みなぎる活力をぶつけるように素振りを開始する。

「いちっ! にいっ! さんっ!」

 静かな朝の空気を僕の声が切り裂く。
 ――と、その直後だった。
 ”バアンッ!”と、アパートの扉が二つ同時に勢いよく開く。

「ちょっと、宙弥! さっきから『いち、にい』ってうるさいんだけど!?」
「そうですよ、先輩! 安眠妨害、断固抗議します!」

 左右の部屋から飛び出してきた住人二人が、一斉に僕へ詰め寄ってきた。

 左の部屋から現れたのは、ノエミ・ブラウブルガー先輩。
 整った顔立ちは、ひどい二日酔いのせいで台無しになっている。昨夜の深酒を物語るアルコールの残り香を漂わせながら、僕を睨みつけた。

 右の部屋から飛び出してきたのは、一学年後輩のリーア・ボワイエだ。
 普段は可愛いらしい後輩だが、今は目の下に色濃いクマを作り、せっかくの美少女が台無しだ。

「……すみません」

 あまりの迫力に、僕は木刀を抱えたまま縮こまる。
 しかし、二人の抗議はそれだけでは終わらなかった。

「こっちはね! 男も作れず、酒が恋人なのよ! 深夜三時まで飲んでたから、死ぬほど眠いのよ!」

(その恋人は悪影響なので、別れたほうがいいと思いますよ?)

「私だって朝五時まで粘って、ようやくレアドロップを勝ち取って、ゲーム世界から夢の世界に旅立ったんですよ!」

(オマエはさっさと切り上げて寝ろ)

「…………ホントすみません」

 怒っている理由は、どちらも完全に自業自得な気がするけれど、今の僕に反論する権利も度胸もない。できるのは、心の中で突っ込むことぐらいだ。

 二人のあまりの剣幕に、僕はただひたすら平身低頭で謝罪を繰り返すしかなかった。
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