婚約破棄された冷遇令息は、最強獣人騎士団長に番として囲われる運命らしい

まの

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01:婚約破棄は突然に

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「普通に気持ちが悪いですわ。今後一切、関わらないことを今ここで誓ってくださいませ」

 あぁ、僕はなぜ病気やケガに強い人間になりたいと願ってしまったのだろうか。特別な能力なんていらない。ただ家族が笑顔でいられる、健康な自分になりたかっただけなのに――。

 遡ること一時間前。
「な、なんてことだ。あなたの適性は治癒になります。魔力量もとても素晴らしいです。治癒適性を持つ男性の方が現れたのは国内では数十年ぶりになります。とても尊きことです」

 この場で、歓喜の声をあげて満面の笑みを浮かべているのは、僕の目の前にいる神官長様ただ一人だった。

「僕は治癒魔法を使えるということでしょうか」
「はい、さようでございます。それに、治癒魔法の適性を持つ男性は御子をご自身に宿すことができるという。素晴らしいことでございます」

 冷たい空気が痛いほど、肌に張り付く。確認が済んだからなのか、立会人の人たちも出て行き、関係者のみが寒い部屋に取り残された。

 僕は、前世の記憶を少し持ったままこの世に生まれた。前世での僕は、病室の窓から巡る季節を見送り続け、十五歳の時に亡くなった。けれども、家族の愛に包まれて僕は幸せだったんだ。

 でももし、次に生まれ変わることができたなら、病気やケガに負けない強い人間になりたい。そして、自分でも愛し愛される家族を作りたい。そう願って目を閉じた。

 新たに生れ落ちた世界は、僕の知っている世界ではなかった。全く次元の違う世界。
 それに、なんと僕には婚約者までいるんだ。あ、ちなみに僕の名前はルシエル・ディルハイム。一応、ディルハイム侯爵様の次男。侯爵様が、メイドに手を出して生まれたのが僕。
 身ごもってしまった母は、正妻の奥様に追い出されたが、今は新しい場所で出会った、最愛の伴侶との間に二人の子宝にも恵まれ平和に暮らしているよ。

 さすがお貴族様ということなのか、庶子の僕にも婚約者がいるというわけで。いろいろと怒涛の展開もあったんだけど、自分の家族を持てることがとても楽しみだったんだ。前世の家族も今世の母の家族も、とても仲が良かったから。それはもうさ、家族っていうのに憧れちゃうよね。

 婚約者である伯爵家のご令嬢は僕より少し年上で、とても活発な子だと聞いている。明るい結婚生活を夢見て胸がワクワクしていたんだ。

◇◇◇

 侯爵邸。煌びやかな調度品が並ぶ応接間に、甲高い声が響き渡る。

「男が妊娠出産するなんて汚らわしい。気味が悪いですわっ」
「エリザベス、いい加減にしないか。ディルハイム殿、申し訳ない」
 白ひげを顎に蓄えた恰幅の良い男性が、慌てて自分の娘を諫める。エリザベスさんのお父さんである伯爵様。

「あはははは。噂にたがわぬ活発さですな。良いことです。うちの愚息はそういった体質だったというだけで、普通の男と何ら変わらない、ただの男ですよ。むしろ、治癒が使えるなら、存分にそれを使っていただいて構わない。そちらの専属医師もいらなくなるかもしれませんな。ガハハ」

 だらしのない顎のお肉を揺らしながら、大口を開けて笑っているのが、一応、僕の父である侯爵様だ。
 僕は一度も彼を父と呼んだことも、彼から名前で呼ばれることもなかった。侯爵様が僕を見るときは決まってお金の話をするときだ。

 侯爵様と正妻の間には一人しか子どもがおらず、金の道具として扱えるのが庶子である僕だけだった。この婚約も伯爵家から資金援助を受けるために、五年前、僕を母から引き離し、無理やり連れてきて結んだ政略結婚。

 侯爵様の正妻である奥様に母が追い出された後、母、義父、妹二人と仲良く暮らしていた十三歳のころ、僕は侯爵邸に連れていかれた。といっても、離れのボロ屋に一人押し込められてしまったんだけど。

 まあ、五体満足で衣食住があって、何より僕は生きている。それだけでも、離れて暮らすことになってしまった母たちは喜んでくれているので、満足だった。これから一緒に幸せな家族になる婚約者だっているしね。

「いいえっ! その汚らわしい存在自体が、敬られるべき尊い存在の女性を冒とくしていますわ。わたくし、そんな方とは結婚なんてしたくありませんのっ。婚約を破棄させていただきますわ」
「――っ!? こ、こ、こ、婚約破棄っ!!?」
 煌びやかな調度品が並ぶ応接間に、侯爵様の間抜けな声が響き渡る。そんな声も今の僕の耳には届かない。

 幸せな結婚。仲の良い家族。温かな僕の居場所。ボロ屋で過ごす夜は痛いほど寒かった。それでも、夢を見ていれば耐えられたんだ。――婚約破棄。

 あの、僕、治癒魔法適性とかいらないよ。普通の魔法適性でいいし、特別なんていらない。なんなら、魔法だって使えなくたっていいんだ。だからもう、一人の夜は……いらないよ。

 ピンクの豪奢なドレスを翻して、颯爽と侯爵邸を出て行くエリザベスさん。それを慌てて追いかける伯爵様と侍従たち。彼らの後ろ姿を、僕はただ茫然と見つめていた。

 次はどこへ行かされるのだろうかと考えると、僕は冷たくなっていく指先で、シャツの裾をぎゅっと握りしめることしかできない。

 どうか今度も夢を見ることが許される場所であるように――と、願わずにはいられなかった。
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