婚約破棄された冷遇令息は、最強獣人騎士団長に番として囲われる運命らしい

まの

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04:食べられるかと思いました

 執務室を出て、整った長い廊下を進む。最奥の大きな窓からは暖かい日の光が差し込んでいた。その手前の扉の前で、家令のコンラートさんが止まった。

「こちらが、ルシエル様のお部屋になります。隣は旦那様のお部屋でございます」
 ちゃんと邸の中に自分の部屋があることに、なぜだか少し胸が熱くなる。これから嫁になるなら当たり前のことなんだろうけど、やっぱりちょっと嬉しいな。

 そして通された部屋は、なんと可愛らしい白と薄い水色の優しげに明るい壁紙に整えられ、ホワイトオークで揃えられた家具、淡いグレーのベルベットのソファにはふわふわのクッション。えーと、僕、男だよ。

 この部屋は落ち着きはあるものの、なんというか、とても可愛らしくて。嫌いではないけどね。でも、僕、男なんだよ?ちょっと可愛らしすぎやしないかい?やっぱり、何かの手違いで、婚約してしまったのかな。そう思うと、なんだか少し可哀そうに思えてきたよ。でももう、僕は侯爵家には帰れないみたいなので、ここに居させてもらわなければいけないんだ。ごめんね。

 部屋の中にも大きな窓があり、テラスにつながっているようだった。そこから見える景色は、きれいに整えられた庭園。色彩がとても美しく、庭師さんに拍手を送りたいほどだった。テラスにはカフェテーブルと椅子もあり、優雅にお茶を飲みながら庭園を眺める自分を想像してみた。どこのセレブだ!似合わな過ぎてびっくりしてしまったよ。

 部屋の中にお茶が用意されていて、食事の時間までゆっくりしていてくれと部屋に残された。これからのことを少し考えてみる。
 
 是非に、と婚約を望んでもらったみたいだけど、僕にその真意はわからない。貴族の結婚は大体が政治的な意味合いが強い。庶子である僕なんかとの結婚というのは、イリオス・フォン・カストレア様にもきっとのっぴきならない事情があったのだろう。

 この国では普通に同性婚がある。けれど、子どもが産める男自体が稀でそういった同性婚の場合はどうなるんだろうか。侯爵様は“嫁として嫁ぐ”と言っていた。ということはつまり――。えーっ!?そういうことなのか?

 いやでも、そうとは限らない。なぜなら、僕は今のところ好かれている気がしないのだ。さっきもかなり不穏な空気だったし。

 それにしても、子どもかぁ。家族は欲しかったけど、まさか自分が産める立場になるとはね。異世界って謎だらけだなぁ、ほんと。

 手触りのいいソファに深く腰かけて、ふわふわのクッションをもふもふしていた。最高の触り心地についうっとり。そんなことも相まって、考え疲れたのかいつの間にかうとうとと瞼が閉じていってしまった。

 どのくらい寝てしまっていたのだろうか。 

 僕をわざわざ呼びに来てくれたイリオス・フォン・カストレア様が、返事のない部屋に入り呆然と片手で口元を押さえたまま、部屋の入り口で膝をついてしまったようだった。
 その様子に、邸中に混乱が走り、青ざめた侍女が持っていた水差しを落とし、護衛がざわつく。

 騒がしくて目が覚めた僕も青ざめた。だって、部屋の入り口にイリオス・フォン・カストレア様が膝をついているんだよ。
 はしたなくソファで寝転んだりなんかして、ごめんなさい。以後、気をつけたいと思います。邸中を混乱させてしまうなんて、婚約者として失格だ。頑張らなきゃとは思うけど、道は険しそうだなぁ。ここはひとまず誠心誠意の詫びを。

「申し訳ございませんっ」

 しゃんと立ち上がり誠心誠意謝罪した。失敗はこれから挽回するとして、今はまず彼の機嫌をこれ以上損ねないようにしなければ。侯爵様のように簡単に殴るような方には見えないけれど、体にしみ込んだ記憶がかすかに呼び起される。

 イリオス・フォン・カストレア様が近づくのを感じて、僕は頭を下げながら一応衝撃に備えて歯を食いしばる。

 彼がすぐそばまで来たとき、微かに森にいるような深く落ち着いた匂いがした。そちらに気を取られてしまって、伸びてきた手に気づくのが一歩遅れてしまった。

 気づいた時には、僕は上を向けられ、彼の温かさに包まれていた。さっき微量に感じた良い香りが直接僕の中に流れ込む。知っているような、なんだか安心感のある匂いだった。あ、さっき執務室で感じた匂いと同じだ。あそこの空気は、落ち着いたいい空気だったんだよね。

 いや、そうじゃない。それよりも、これ、どういう状況?
「すまない。もう無理だ」
 え、無理とは?僕は、先程の寝こけていた失態のせいで、また婚約を破棄されてしまうのか?これは、哀れに思っての最後の抱擁なのか?あの、教えていただけますか?

 すぐそばに聞こえてくる心音が少し早い。訳のわからないまま長い時間、彼の腕に拘束されている。その間、僕の髪の毛をちょっとだけすんすんされてしまった。こんな状況でも獣人さんは獣の本能として、相手の匂いを嗅ぎたくなるものなのかな?本能って大変だ。

 イリオス・フォン・カストレア様が、僕を抱きしめたまま動かなくなってしまったから、邸中に再び混乱が走った音がした。僕は、彼の胸の中にすっぽりと収められてしまっているので、視認することはできない。えーと、いったいどうしたらいいんだろうか。

「旦那様、そろそろルシエル様を解放して差し上げるとよろしいかと。お食事が冷めてしまいますので」
 家令のコンラートさんの声が聞こえてきた。少しずつキツくなってきていた腕の力が、ふっと弱まった。

 すると僕のお腹がぐぅーと鳴った。その瞬間、せっかく緩んできていた腕にまた力が入る。しかも、今度は、思いっきりくせ毛に覆われた僕のうなじあたりの匂いを嗅がれ、流石にびっくりして肩が大きく揺れてしまった。

 僕のお腹が鳴ったはずだったのに、彼もお腹が空いていたのかな。心臓がこれでもかってほどうるさいけれど、これは仕方がないのだ。だって、本当に食べられてしまうかと思ったんだよ。
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