イシュラヴァール放浪記

道化の桃

文字の大きさ
41 / 230
第三章 王宮編

塔と姫君

しおりを挟む
 悪夢のような夜は、間もなく明けた。
 市中警備兵だけでは火事の対応に間に合わず、夜の内に陸軍から応援が出された。市街へ出る街道の門はすべて閉ざされ、検問が行われた。
 一方、国王暗殺未遂事件で後宮は上を下への大騒ぎになった。後宮には参事会から調査員が送り込まれ、近衛兵が警備――という名の監視に当たった。
 アトゥイーは駆け付けた警備兵と共に、件の姫を塔へと引っ立てた。
 罪人は監獄に繋がれるが、他国の捕虜は宮殿内の牢に、貴人は塔に籠められる。塔は後宮の正門を出てすぐのところにあった。塔の中は螺旋階段になっていて、上方に頑丈な鉄製の閂の下りた部屋がある。姫はそこに入れられ、マルスの命令どおりに両手と両足を鎖で繋がれた。
「……もう一生、後宮を出ることはないという気持ちで嫁いできたのに……皮肉ね。それともわたくしの一生はもう終わったも同然、ということなのかしら」
 姫が、鈴の鳴るような可愛らしい声で、自嘲する。それが痛々しい。
 刑吏がやってきて、アトゥイーと警備兵に、姫を押さえるよう指示する。二人が両側から姫の腕を掴むと、刑吏が姫の形の良い桜色の唇をこじ開ける。
「あ、あが、があう」
 小さな口におよそ似つかわしくない鉄製の器具が差し込まれ、バチンと音を立てて舌を貫いた。
「あがぁあーーー」
 悲鳴とともに姫の口から血泡が溢れ、アトゥイーは思わず顔を背けた。
 不意に泣きたくなって、アトゥイーはきつく目を閉じて感情の波をやり過ごす。もう記憶の彼方に忘れ去っていた光景が、突如フラッシュバックした。
 両腕と頭を押さえつけられ、口をこじ開けられる感覚。目を開けていられないほど眩しい光の中、たくさんの大きな手が自分に向かって伸びてくる。その時ファーリアは幼すぎて、何をされるのかわかっていなかった。ただ恐怖だけがあった。恐怖のあまり言葉にならない叫びを上げ続け、それが最後の言葉になった。激痛と、溢れ出す血液にパニックになり、失神した。目が覚めたらすべてが終わっていた。口枷を嵌められた口からは、家畜の鳴き声のような声しか出なかった。肩に焼印を押された時には、屠殺される仔牛のように吼えるしかなかった。
 アトゥイーは指先でそっと自分の舌をなぞる。かつて口枷が嵌まっていた穴は、肉に埋もれて塞がりかけていた。
「アトゥイー」
 アトゥイーがふらふらと塔から出てきたところに、エディが駆け寄ってきた。
「大丈夫?顔色が悪いけど」
「エディ」
 アトゥイーはふらついた勢いで、エディの肩に手を置いた。
「ちょっと気分が悪いだけだ……すぐ治る」
 二人は言葉少なに連れ立って歩く。
「……あの時、部屋へ帰れ、という陛下の声が聞こえたんだ……その時にわたしが姫を止めていたら、こんなことにはならずに済んだかもしれない」
「姫君、十六歳だって?」
 アトゥイーは頷いた。
「でも、武器を隠し持っていたなら、それだけで大罪だよ。君のせいじゃない」
 エディは慰めるように言った、
「……武器なんて大層なものじゃない。刃渡りはこんなだし」
 アトゥイーは片手で短剣の短さを示してみせる。
「陛下を弑するなんて、本気で思ってなどいなかっただろうに」
 陛下を慕う気持ちが思い余ってしまったのだろうと思うと、やりきれなかった。
「……かわいそうだね……」
 エディはアトゥイーの気持ちに寄り添うように言った。
「外は……どんな感じ?」
 気を取り直すように、アトゥイーが尋ねる。
「街も大騒ぎだよ。僕のいた治安部隊は今朝から総出で検問にかかっている」
 騒乱に乗じて、盗難や略奪などの軽犯罪もちらほらと起こっていた。暗殺未遂事件に関しては戒厳令が敷かれていたが、噂は次々と波及していく。辺境の要衝が戦闘民族の襲撃を受けたことも、商人たちの口から広まっていった。言いようのない不安が王都を包んでいた。
「大丈夫だよ。すぐに犯人が捕まって、ぜんぶ元通りになるさ」
 エディは明るく言った。
「じゃあ、僕、行かないと。アトゥイー、無理しないで休むんだよ!」
「ええ、ありがとう」
 走り去っていくエディの後ろ姿を見送って、まだくらくらとする頭であてもなく歩いていると、いつの間にかあのジャスミンの庭に戻ってきていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる

まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」 父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。 清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。 なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。 学校では誰もが憧れる高嶺の花。 家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。 しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。 「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」 秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。 彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。 「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」 これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。 完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。 『著者より』 もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。 https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

処理中です...