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第四章 遠征編
遠征準備
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カスィムはララ=アルサーシャの肉屋の店先でそれを受け取った。
肉の串焼きを買った釣り銭と一緒に渡された短いメモに目を通すと、無言のまま軽く左手を上げる仕草をした。メモは細かく千切って川に捨てた。
肉をかじった後の串を噛みながらカスィムがぶらりと家に戻ると、大量の食糧が運び出されているところだった。
「えらい量だな。兵糧か?」
カスィムは荷馬車に荷を積んでいた下男に話しかける。
「ええ、今回はだいぶ遠くまで遠征されるようですねぇ。なんでも王様直々に反乱の成敗に行かれるとか」
下男は愛想よく答えた。遊び人の次男坊のことは子供の頃から知っている。学校をさぼって遊んでいるのを偶然見つけて口止めされたこともあれば、夜遅く帰ってきたカスィムをこっそり鍵を開けて家に入れたこともある。
荷馬車数台分の荷が積み終わったというのに、肝心の兄が店から出てこない。大口の荷の納品は兄の役目のはずだが、どうやら得意客に捕まっているようだった。
「兄貴は忙しそうだな。僕が代わりについていこう」
下男だけで王宮に行かせるわけにはいかない。
「ああ、助かりますよ、坊っちゃん」
荷馬車はごとごとと王宮へと向かっていった。
王宮はいつにも増して慌ただしい様子だった。無理もない、とカスィムは思う。市街地で火災が立て続けに起き、更に砂漠で戦闘民族が反乱を起こしているのだ。
門を入ったところで、カスィムは係の役人に荷を引き渡す。
「パン三百、干し肉二百、芋が百、豆が百二十……これは、ワインか?目録にないが」
「ああ、こちらはサービスですよ。リアラベルデから一級品が手に入ったのでね。今回は国王陛下も出陣されると伺ったので、特別に」
「余計なことを言うな」
役人は無表情のままぴしゃりと言った。
「これは失礼致しました」
カスィムは慇懃に礼をする。
「では確かに」
カスィムたちは殻になった荷車を引いて、引き返す。
カスィムは門を出る時に、顔見知りの衛兵に声をかけた。
「お疲れさま。大変だねぇ」
「ああ、ここ二日ばかり、ろくに休憩も取れないよ。サヴァ、あんたんとこの店は無事かい?」
火事の後、市内では焼け出された浮浪者が食い詰めて、窃盗や恐喝に走る者が現れていた。徒党を組んで押し込み強盗などを行う者もいて、裕福な商家が標的になっていた。
「今のところね。うちは警備もたくさん雇ってるし。君も除隊したらうちにどうだ?」
「ははっ。給料が軍の年金より高いならな」
「ああ、考えておいてくれ。ところで、アトゥイーっていう兵士を知ってるかい?」
「さあ。お前、知ってるか?」
衛兵はその場にいた仲間の衛兵に尋ねた。
「いいや、知らんなぁ。少なくとも陸軍では聞いたことがない」
「アトゥイーだって?」
そこへ丁度通りすがった兵士が、話に入ってきた。
「知ってるのか」
「傭兵隊に新しく入ってきた奴が、たしかそんな名だった」
「傭兵隊ってことは、外国人か?」
「どんな奴だ?」
「どんなって……小さくて、無口な奴だったよ。最近見かけないから、除隊したのかも」
「ふうん……」
先程受け取ったメモには、アルヴィラが陥落したことの後に短く「余談だが、アトゥイーの名を名乗る国軍兵士がいるらしい」としか書いていなかった。確かにアトゥイーの名はこのあたりでは珍しい。ユーリが親類でも探しているのだろうか。
「そのアトゥイーがどうしたんだ?」
「――いや、出入りの商人がそういう名の男を探していたんでね」
カスィムは適当にごまかして、王宮を辞した。
馬車は夕暮れの街をややのんびりと帰路につく。街には明かりが灯り始めていた。
「ああ、ここでいいや。僕はちょっと一軒寄っていくよ。お前は先に帰っておいで」
そう言って、カスィムは食堂や酒場の立ち並ぶ通りで荷馬車を下りた。別れ際、下男の手に小銭を握らせる。
「兄貴には言うんじゃないよ」
「わかってまさ、坊っちゃん」
下男は心得顔で請け合うと、馬に鞭を入れて走り去っていった。
肉の串焼きを買った釣り銭と一緒に渡された短いメモに目を通すと、無言のまま軽く左手を上げる仕草をした。メモは細かく千切って川に捨てた。
肉をかじった後の串を噛みながらカスィムがぶらりと家に戻ると、大量の食糧が運び出されているところだった。
「えらい量だな。兵糧か?」
カスィムは荷馬車に荷を積んでいた下男に話しかける。
「ええ、今回はだいぶ遠くまで遠征されるようですねぇ。なんでも王様直々に反乱の成敗に行かれるとか」
下男は愛想よく答えた。遊び人の次男坊のことは子供の頃から知っている。学校をさぼって遊んでいるのを偶然見つけて口止めされたこともあれば、夜遅く帰ってきたカスィムをこっそり鍵を開けて家に入れたこともある。
荷馬車数台分の荷が積み終わったというのに、肝心の兄が店から出てこない。大口の荷の納品は兄の役目のはずだが、どうやら得意客に捕まっているようだった。
「兄貴は忙しそうだな。僕が代わりについていこう」
下男だけで王宮に行かせるわけにはいかない。
「ああ、助かりますよ、坊っちゃん」
荷馬車はごとごとと王宮へと向かっていった。
王宮はいつにも増して慌ただしい様子だった。無理もない、とカスィムは思う。市街地で火災が立て続けに起き、更に砂漠で戦闘民族が反乱を起こしているのだ。
門を入ったところで、カスィムは係の役人に荷を引き渡す。
「パン三百、干し肉二百、芋が百、豆が百二十……これは、ワインか?目録にないが」
「ああ、こちらはサービスですよ。リアラベルデから一級品が手に入ったのでね。今回は国王陛下も出陣されると伺ったので、特別に」
「余計なことを言うな」
役人は無表情のままぴしゃりと言った。
「これは失礼致しました」
カスィムは慇懃に礼をする。
「では確かに」
カスィムたちは殻になった荷車を引いて、引き返す。
カスィムは門を出る時に、顔見知りの衛兵に声をかけた。
「お疲れさま。大変だねぇ」
「ああ、ここ二日ばかり、ろくに休憩も取れないよ。サヴァ、あんたんとこの店は無事かい?」
火事の後、市内では焼け出された浮浪者が食い詰めて、窃盗や恐喝に走る者が現れていた。徒党を組んで押し込み強盗などを行う者もいて、裕福な商家が標的になっていた。
「今のところね。うちは警備もたくさん雇ってるし。君も除隊したらうちにどうだ?」
「ははっ。給料が軍の年金より高いならな」
「ああ、考えておいてくれ。ところで、アトゥイーっていう兵士を知ってるかい?」
「さあ。お前、知ってるか?」
衛兵はその場にいた仲間の衛兵に尋ねた。
「いいや、知らんなぁ。少なくとも陸軍では聞いたことがない」
「アトゥイーだって?」
そこへ丁度通りすがった兵士が、話に入ってきた。
「知ってるのか」
「傭兵隊に新しく入ってきた奴が、たしかそんな名だった」
「傭兵隊ってことは、外国人か?」
「どんな奴だ?」
「どんなって……小さくて、無口な奴だったよ。最近見かけないから、除隊したのかも」
「ふうん……」
先程受け取ったメモには、アルヴィラが陥落したことの後に短く「余談だが、アトゥイーの名を名乗る国軍兵士がいるらしい」としか書いていなかった。確かにアトゥイーの名はこのあたりでは珍しい。ユーリが親類でも探しているのだろうか。
「そのアトゥイーがどうしたんだ?」
「――いや、出入りの商人がそういう名の男を探していたんでね」
カスィムは適当にごまかして、王宮を辞した。
馬車は夕暮れの街をややのんびりと帰路につく。街には明かりが灯り始めていた。
「ああ、ここでいいや。僕はちょっと一軒寄っていくよ。お前は先に帰っておいで」
そう言って、カスィムは食堂や酒場の立ち並ぶ通りで荷馬車を下りた。別れ際、下男の手に小銭を握らせる。
「兄貴には言うんじゃないよ」
「わかってまさ、坊っちゃん」
下男は心得顔で請け合うと、馬に鞭を入れて走り去っていった。
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