63 / 230
第五章 恋情編
側近たちの憂鬱
しおりを挟む
その日の参議会は、概ね予定通りに進んだ。マルスが何ひとつ口を出さなかったので、議題は余程のことがない限りは意義も出ずに、「通例通り」処断された。会議の間、マルスは終始、心此処に在らずといった風情だった。
「……呆けすぎ」
参議がぞろぞろと退出したのを見計らって、シハーブが言った。
「寝惚けすぎ」
スカイも畳み掛ける。
「……寝てはいない」
マルスが苦しい反論をする。
「じゃ、やりすぎ」
「おい」
「溺れすぎ、ですな」
シハーブがダメ押しする。
「……いかんな」
マルスも自覚していた。今のところ政務に支障は出ていないが、身が入っていないのは事実だった。
「……ちょっと休む」
そう言ってマルスは執務室に籠もった。スカイとシハーブは衛兵に警護を託して一旦表に出る。
「あの様子だと、もしかすると、もしかするかもしれませんね」
「お前もそう思うか?」
スカイは頷いた。
「ここ十年絶えていた、御子の御誕生の兆し……あり得るかと」
反乱軍との戦闘で傷を追ったスカイは、ひと月入院、と言われたところを二週間で仕事に復帰していた。まだ本調子ではないが、あまり動かずにすむ仕事は以前のようにこなしていた。
「……まさか、あの娘とそういうことになっていたとはな」
「僕は薄々、わかってましたけどね。まあここまでご執心とは僕も予想していませんでしたが」
「――なんだと?いつから!?」
「割と最初からー?だって、あからさまだったじゃないですか」
「どこが!?」
「そもそも興味がないのに街で出会っただけの子を王宮に引き入れませんよ。その後も、用もないのに何かと声を掛けていたし……後宮付きにする件も、戦闘で怪我を負ったことで陛下が心配されて」
「そんな私情で人事を動かしやがったのか?奴は!兵士舐めてんのか?」
シハーブは呆れ返って、語調がどんどん荒くなる。スカイは苦笑しながら、まあまあとなだめて言った。
「だから言ったでしょ、中佐の一件がバレたら首が飛ぶって。……でも尚更、アトゥイーの出自をはっきりさせる必要がありますねぇ」
「そのことだが、マルス様はもう良いと」
「それはつまり、陛下はもうご存知だということですか?」
「そのようだな。アトゥイー本人の口から聞いたのか……だが明らかにあの遠征から変わられた。ジャヤトリアもしくはその周辺で何かあったとしか思えん」
その時、衛兵が駆けてきた。マルスが午睡から目覚めたことを報せに来たのだ。きっかり十五分仮眠したことになる。これからシハーブと共に謁見だ。
「陛下……どこまでご存知なんだろう……」
一人残されたスカイは、ぽつりと言った。
もしスカイの推測どおりであれば、二人の進む先には波乱が待ち受けているに違いない――。
*****
「……っつ……」
「我慢しなされ。すぐ終わる」
アトゥイーの部屋には、マルスが手配したという医師が来ていた。
医師は、アトゥイーの胸元に新たに押された焼印を消す処置を施していた。焼印が押された箇所の皮膚を切開し、両側から皮膚を引き寄せて縫い合わせていく。
「この傷がくっついたら、もう一回残りの半分を同じように切開し、縫い合わせて終わり。若いですからの。治りも早いでしょう」
医師の言う通り、ちょうど「ファーリア」と名が刻まれた部分が消えていた。残り半分、蓮の花の紋章部分だけが残っている。
「では今日の傷が消えた頃にまた見せてもらおう。さて、今日はこれでお終いじゃ」
「ありがとうございます、医師……あの、これとは別に、お願いがあるのですが」
「ん?なんじゃ?」
アトゥイーは、どうか陛下には内緒で、と前置きして、ある相談をした。
「もし手に入れば、薬がほしくて……」
「……呆けすぎ」
参議がぞろぞろと退出したのを見計らって、シハーブが言った。
「寝惚けすぎ」
スカイも畳み掛ける。
「……寝てはいない」
マルスが苦しい反論をする。
「じゃ、やりすぎ」
「おい」
「溺れすぎ、ですな」
シハーブがダメ押しする。
「……いかんな」
マルスも自覚していた。今のところ政務に支障は出ていないが、身が入っていないのは事実だった。
「……ちょっと休む」
そう言ってマルスは執務室に籠もった。スカイとシハーブは衛兵に警護を託して一旦表に出る。
「あの様子だと、もしかすると、もしかするかもしれませんね」
「お前もそう思うか?」
スカイは頷いた。
「ここ十年絶えていた、御子の御誕生の兆し……あり得るかと」
反乱軍との戦闘で傷を追ったスカイは、ひと月入院、と言われたところを二週間で仕事に復帰していた。まだ本調子ではないが、あまり動かずにすむ仕事は以前のようにこなしていた。
「……まさか、あの娘とそういうことになっていたとはな」
「僕は薄々、わかってましたけどね。まあここまでご執心とは僕も予想していませんでしたが」
「――なんだと?いつから!?」
「割と最初からー?だって、あからさまだったじゃないですか」
「どこが!?」
「そもそも興味がないのに街で出会っただけの子を王宮に引き入れませんよ。その後も、用もないのに何かと声を掛けていたし……後宮付きにする件も、戦闘で怪我を負ったことで陛下が心配されて」
「そんな私情で人事を動かしやがったのか?奴は!兵士舐めてんのか?」
シハーブは呆れ返って、語調がどんどん荒くなる。スカイは苦笑しながら、まあまあとなだめて言った。
「だから言ったでしょ、中佐の一件がバレたら首が飛ぶって。……でも尚更、アトゥイーの出自をはっきりさせる必要がありますねぇ」
「そのことだが、マルス様はもう良いと」
「それはつまり、陛下はもうご存知だということですか?」
「そのようだな。アトゥイー本人の口から聞いたのか……だが明らかにあの遠征から変わられた。ジャヤトリアもしくはその周辺で何かあったとしか思えん」
その時、衛兵が駆けてきた。マルスが午睡から目覚めたことを報せに来たのだ。きっかり十五分仮眠したことになる。これからシハーブと共に謁見だ。
「陛下……どこまでご存知なんだろう……」
一人残されたスカイは、ぽつりと言った。
もしスカイの推測どおりであれば、二人の進む先には波乱が待ち受けているに違いない――。
*****
「……っつ……」
「我慢しなされ。すぐ終わる」
アトゥイーの部屋には、マルスが手配したという医師が来ていた。
医師は、アトゥイーの胸元に新たに押された焼印を消す処置を施していた。焼印が押された箇所の皮膚を切開し、両側から皮膚を引き寄せて縫い合わせていく。
「この傷がくっついたら、もう一回残りの半分を同じように切開し、縫い合わせて終わり。若いですからの。治りも早いでしょう」
医師の言う通り、ちょうど「ファーリア」と名が刻まれた部分が消えていた。残り半分、蓮の花の紋章部分だけが残っている。
「では今日の傷が消えた頃にまた見せてもらおう。さて、今日はこれでお終いじゃ」
「ありがとうございます、医師……あの、これとは別に、お願いがあるのですが」
「ん?なんじゃ?」
アトゥイーは、どうか陛下には内緒で、と前置きして、ある相談をした。
「もし手に入れば、薬がほしくて……」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
禁断溺愛
流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる