イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第五章 恋情編

なつかしい名前

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 故ヤスミン妃の立后の儀以来、実に十七年ぶりに招集された、元老院・参事会・軍部からなる合同議会は、紛糾を極めた。アルナハブの動向を読み誤った外交政策への批判、戦闘民族の台頭を許した辺境地域の統制力低下、相次ぐ反乱を抑えきれていない軍部への批判など、責任のなすり合いが留まるところを知らず、最終的には呆れ果てた国王が無言で退席するという粗末な結果に終わった。
 側近を伴って「星の間」へ移動したマルスは、長椅子に脚を投げ出して深い溜め息をついた。
「見苦しい議会になり、申し訳ありません」
 床に胡座をかいたシハーブが頭を下げる。
「なに、八時間も怒鳴り合えば、奴らももう満足だろうよ。あとの手回しは頼んだぞ」
「御意」
 マルスの中ではとっくに方針は決まっている。だが国交が絡む紛争の場合、議会を通して議決した体裁を取る必要があった。それぞれの言い分をぶつけ合って発散しきったところへ、結論だけを各陣営に持ち込んで調整を図る。勿論、各々の言い分を絶妙に盛り込んで、発議された意見は尊重しているという一応の体裁を整える。落とし所を見失いかけて疲弊した議長たちは、思考停止状態のままこれ幸いとその案に飛びつく――。
「陸軍四師団をアルナハブとの国境警備兵の応援に回せ。指揮は陸軍が摂れ。それと、一師団を沿岸警備兵に追加する」
「沿岸も?」
「今までの傾向だと、海から仕掛けてこないとは言い切れんだろう。むこうには挟み撃ちが好きな奴がいるようだからな。それと、アルナハブの宮廷内に誰か繋ぎがつくか?」
「宰相と司教、それと、皇后の女官を一人見知っていますが」
「女官?女っ気のない男だと思っていたが、そんなところに手を出していたのか?」
「邪推です。遠い親戚ですよ」
「ではその三者に密書を出そう。どの王子が勇み足を踏んでいるのか確証が欲しい」
「密書は誰に?」
「スカイ」
「はい?」
 スカイはいつものように、中庭へ続く窓辺に腰を預けている。
「そいつは語学に長けていたな?」
 マルスがスカイの後ろに控えているエディを目で指して言った。
「そうですね。士官学校では金の筆と金の盾を両方得ていますから、優秀ですよ」
「治安部隊から二分隊ほど連れていかせろ。それと――解放戦線だったか?」
「アルヴィラ解放戦線、ですな」
 シハーブが答える。
「国賊どもがしゃらくさい真似を。首謀者らに賞金をかけろ。王国に仇なす大罪人だ」
「御意。スカイの潜入で、首謀者の一部はわかっています」
「今のところ、名がわかっているのは商人ジェイク、『魔剣シャムシール』のカイヤーン、それと……」
 スカイはちらりと、部屋の隅に控えていたアトゥイーに目を走らせた。
「……『砂漠の黒鷹』ユーリ・アトゥイ―。このあいだ僕が打ち負かされた相手ですよ」
 ほう、と声を上げたのは、マルスだった。
「そなたと同じ名だな、アトゥイ―」

 アトゥイーは、声が出なかった。
 なにか言わなければ、と口を開けたが、舌がこわばって動かない。まばたきひとつできない。感情が身体から切り離されてしまったようだった。
 ユーリ・アトゥイー。
 スカイは確かにそう言った。
 それは懐かしすぎる名前。
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