イシュラヴァール放浪記

道化の桃

文字の大きさ
118 / 230
第七章 愛執編

リンの証言

しおりを挟む
 部屋に戻るヤーシャール王子を見送って、シハーブがエディの方を向いて口を開いた。
「――アトゥイーの『大変な尽力』とは何だ」
「それは――その」
 エディは口ごもった。話だけはヨナから聞いていたが、とても自分の口からは言えなかった。赤面して下を向いてしまったエディを、リンが横目で見て、溜息をひとつついて言った。
「彼女、脱いだんですよ」
「はあ!?」
 スカイが声を上げた。
「だから、アトゥイーが。あそこから逃げるのに地下を水で埋めようってことになったんですが、幽閉されていた奴隷たちのほとんどは正気を失っていて話が通じないし、王子はご覧の通りの感じだし、誰かがもう奴隷なんてほっとこうって言ったんです。巻き添えで死んでも仕方ないと。それを彼女が嫌だと言って譲らなくて。奴隷たちに脱出方法を説明したんです。でも『いきなり現れた、しかもイシュラヴァール人の言うことなんて信じられるか』って、奴隷の一人に言われたんです。そしたらアトゥイーが、いきなりみんなの前でストリッ……」
「リンっ!」
 エディが真っ赤になって叫んだ。リンは肩をすくめる。
「……上着を脱いで背中の鞭の痕を見せたんですよ。自分も奴隷だったって言って。だから信じてくれって」
「……まじか……」
 スカイは額に手を当てて天井を仰いだ。シハーブも呆気に取られた顔で言葉を失っている。
「なんてことしてるんだ、アトゥイーは……!」
 スカイは今ここにマルスがいなくて良かったと心から思った。
「色々と自覚のない女だな」
 シハーブも嘆息する。
「まあ、効果はありましたよ。おかげでみんな逃げられたし」
「逃げたときには、王子と君は別行動だったんだな?」
 スカイがリンに尋ねる。
「ええ、アトゥイーが奴隷を逃がすって言うので、俺は通訳でアトゥイーについたんです。ヨナとサハルは王子を逃がすために、市街地に抜ける縦穴から脱出して、俺たちは月光宮の厨房に出る穴から逃げた」
「それで、その後アトゥイーとはぐれたんだね?」
「――ええ。月光宮の下層部はダレイ王子軍が占拠していて、彼らと戦いながら門を目指した。そこにエディたちが合流して」
「僕が合流したときには、もうアトゥイーはいなかった」
 エディが言う。あの時、月光宮のテラスから確かにアトゥイーの姿を見つけたのだ。あれ以来、彼女を見ていない。
「ダレイ王子には反乱軍が加担していたと聞いたが」
 シハーブが口を挟んだ。
「アトゥイーが反乱軍と通じていたということは?」
「それはないでしょう」
 リンが即答する。
「俺は彼女と何度も戦場に出たが、戦いぶりに迷いはなかった。その後は後宮付きだったと聞いている。通じようにも接点がない」
「もし、あったら?」
 シハーブが畳み掛ける。
「王宮に出入りしていた商人や職人の中に、間諜がいたのがわかっている。もしそいつらと通じていたら?」
「それは――」
 リンは考え込んだ。
「――それでも、考えにくいですが。もし彼女が間諜なら、わざわざ月光宮の地下牢なんかに迷い込みますかね」
「確かにな……」
「最後に見た時、アトゥイーは城門の前で、反乱軍の男に捕まって連れ去られていた。アルヴィラには捕虜として捕らえられていたのでしょう?」
「ああ、そう考えられるが――確証が欲しい。何しろアルヴィラで何があったか、本人が何も言わんのでな」
 リンはふと、その時の情景を思い浮かべた。
「砂漠の黒鷹――」
 リンはぽつりと口にした。
「……え?」
 スカイが弾かれたように顔を上げた。
「だから、アトゥイーを連れ去った男ですよ」
「それは確かか?本当に、ユーリ・アトゥイーだった?」
「ええ。俺は先のアルヴィラ遠征の際に、あなたが彼と一騎打ちになっているところを望遠で見ていたんです。確かに彼でしたよ」
 ドン!とスカイが拳で壁を叩いた。
「やはり、行かせるべきじゃなかった――」
 危惧していた通りだ――。スカイはこの状況の端緒となったサラ=マナを恨み、それに抗えなかった自分を激しく後悔した。
「……アトゥイーは間諜なんかじゃない」
「まあ、今までの話だとそうなるな」
 シハーブが言った。
「で、アトゥイーがに攫われたというのも、確かなのだな」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...