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第九章 海賊編
やりたいこと
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イシュラヴァール南西の沖合には、多数の船が行き交っている。
シャルナク帝国やリアラベルデ共和国の商船や、国内の港を行き来して様々な物資を運ぶ貨物船、客船、そしてそれらを狙う海賊船などである。
「奴隷船は見れば分かる。乗組員の数倍から十数倍の人数を運ぶから、特別に定員が多く許諾されているんだ。その証の旗を掲げている」
船に詳しいカナルは、かつて海軍にいた。海戦中に、部下の船を犠牲にして自分だけ助かろうとした上官に逆らって、部下と共に投獄されたという。アルナハブ語の通訳はイランがしてくれていた。
「しかしカナン、奴隷船を襲うのはいいが、肝心の船がないぞ?買う金もない」
ファーリアはカナンと名乗っていた。王都からはだいぶ離れたが、どこで見つかるかわからない。
カナンはイランと共に王都を離れ、途中でカナルたちと合流した。エクバターナの地下迷宮から脱走した囚人のうち、百人余りがイランやカナルと共にイシュラヴァールに来ていた。
「まず、港に入った奴隷船を一隻いただこう」
カナンが言った。
『あんた……見かけによらず大胆なことを言う女だな』
カナルが呆れたように言った。
「え?なんて?」
きょとんとしたカナンの横で、あっはっはとイランが笑った。
『知らねぇのか?女は大抵、男より大胆な生き物なんだぜ』
やりたいことをすればいい。行き場がなければ作ればいい。人を殺したことを後悔しているなら、もう殺さなければいい。
アルサーシャのスラムで再会したイランに、そう言われた。
(やりたいこと……って何?)
辺境伯の奴隷でいるのは嫌だった。兵士になれて嬉しいと思った。だけど。
(わたしにはユーリの仲間を殺すことはできない……ただ敵だというだけで、戦うことは、もうできない。それでは兵士にはなれない)
第一、国軍へはもう戻れない。戻ったら反逆罪だ。
(エディ……リン……スカイ……)
彼らに刃を向けることなど、もっとできない。
できないことは山ほど浮かんでくるのに、やりたいことがわからない。
わからないままに、イランたちについて砂漠を旅した。
果てしなく続くかのような砂丘を越えていくと、ある日、海に出た。
「……海……!?」
「初めてか?」
イランの問いに、カナンは首を振った。
(――あれは何年前のことだっただろう)
ユーリと初めて出会って、別れた。そして海に出た。
「船に乗った――ちょうど、あんな」
カナンは沖に浮かんだ一隻の船を指して言った。それは唯一乗ったことがある船に、とてもよく似ていた。
「ああ、あれは奴隷船だな」
カナルが言った。
「――!」
「奴隷船は見れば分かる」
海を超えて、奴隷を運んでくる船。
あちこちの村や戦場や外国から、連れてきては、家畜のように市場で売る奴隷商人たち。
「イラン……」
「ん?なんだ?」
「イラン、わたし……わたし、やりたいことが見つかった」
「そりゃあ良かったな」
イランは白い歯を見せて破顔すると、カナンの頭をくしゃりと撫でた。
「良かった、良かった」
カナンはまるで小さな子どもになったかのような、こそばゆい気分になった。
「アルナハブの奴隷、百人を売りたいだって?」
「ええ、ぜひ船長に取り次いでくれって」
いかにも海の男といった風情の、よく日に焼けた屈強な水夫が言った。奴隷船の若い船長は、顎に手を当てて考え込んだ。
「……アルナハブはたしか、この間政変があったな……そのどさくさで奴隷を攫ったか」
船長室の壁に貼られた地図に目をやる。
「アルナハブの政変からそろそろひと月か。イシュラヴァールの砂漠を横断してきたとして、まあ計算は合う。で、その奴隷は今どこにいるって?」
「港近くの砂漠に野営させているとか。十分なテントもないようですぜ」
「攫ったはいいが、百人からの奴隷を食わせるのは容易なことじゃない。大方持て余したんだろうな。明朝、奴隷の状態を見に行くと伝えろ。値段交渉はそれからだ」
船長から言付かった水夫が、岸で待っていた二人組の男に伝えに行く。男はゆったりしたズボンに長いベスト、高い位置でターバンを丸く巻きつけた、アルナハブ商人の出で立ちをしていた。
言伝てを聞いた商人は承知したと頷いて、砂丘の向こう側へ消えた。
「どうだった?」
野営地に戻ってきたイランとカナルに、カナンが走り寄る。
「信じたのか信じてないのか、明朝ここに見に来るとさ」
イランが答えた。切り揃えた髭を撫で付けて、すっかり商人の風情である。
「……ふふっ」
イランを見上げたカナンが、ふいに笑った。
「なんだよ?」
「いや、そういう格好はあまり似合わないなと思って」
「そうか?結構気に入っていたんだが」
『ああ、胡散臭さ全開で似合いまくってるぜ』
カナルが横から混ぜ返す。
「カナル……お前、言葉わかるのか?」
『どうだかな』
カナルはにんまりと笑って行ってしまった。
シャルナク帝国やリアラベルデ共和国の商船や、国内の港を行き来して様々な物資を運ぶ貨物船、客船、そしてそれらを狙う海賊船などである。
「奴隷船は見れば分かる。乗組員の数倍から十数倍の人数を運ぶから、特別に定員が多く許諾されているんだ。その証の旗を掲げている」
船に詳しいカナルは、かつて海軍にいた。海戦中に、部下の船を犠牲にして自分だけ助かろうとした上官に逆らって、部下と共に投獄されたという。アルナハブ語の通訳はイランがしてくれていた。
「しかしカナン、奴隷船を襲うのはいいが、肝心の船がないぞ?買う金もない」
ファーリアはカナンと名乗っていた。王都からはだいぶ離れたが、どこで見つかるかわからない。
カナンはイランと共に王都を離れ、途中でカナルたちと合流した。エクバターナの地下迷宮から脱走した囚人のうち、百人余りがイランやカナルと共にイシュラヴァールに来ていた。
「まず、港に入った奴隷船を一隻いただこう」
カナンが言った。
『あんた……見かけによらず大胆なことを言う女だな』
カナルが呆れたように言った。
「え?なんて?」
きょとんとしたカナンの横で、あっはっはとイランが笑った。
『知らねぇのか?女は大抵、男より大胆な生き物なんだぜ』
やりたいことをすればいい。行き場がなければ作ればいい。人を殺したことを後悔しているなら、もう殺さなければいい。
アルサーシャのスラムで再会したイランに、そう言われた。
(やりたいこと……って何?)
辺境伯の奴隷でいるのは嫌だった。兵士になれて嬉しいと思った。だけど。
(わたしにはユーリの仲間を殺すことはできない……ただ敵だというだけで、戦うことは、もうできない。それでは兵士にはなれない)
第一、国軍へはもう戻れない。戻ったら反逆罪だ。
(エディ……リン……スカイ……)
彼らに刃を向けることなど、もっとできない。
できないことは山ほど浮かんでくるのに、やりたいことがわからない。
わからないままに、イランたちについて砂漠を旅した。
果てしなく続くかのような砂丘を越えていくと、ある日、海に出た。
「……海……!?」
「初めてか?」
イランの問いに、カナンは首を振った。
(――あれは何年前のことだっただろう)
ユーリと初めて出会って、別れた。そして海に出た。
「船に乗った――ちょうど、あんな」
カナンは沖に浮かんだ一隻の船を指して言った。それは唯一乗ったことがある船に、とてもよく似ていた。
「ああ、あれは奴隷船だな」
カナルが言った。
「――!」
「奴隷船は見れば分かる」
海を超えて、奴隷を運んでくる船。
あちこちの村や戦場や外国から、連れてきては、家畜のように市場で売る奴隷商人たち。
「イラン……」
「ん?なんだ?」
「イラン、わたし……わたし、やりたいことが見つかった」
「そりゃあ良かったな」
イランは白い歯を見せて破顔すると、カナンの頭をくしゃりと撫でた。
「良かった、良かった」
カナンはまるで小さな子どもになったかのような、こそばゆい気分になった。
「アルナハブの奴隷、百人を売りたいだって?」
「ええ、ぜひ船長に取り次いでくれって」
いかにも海の男といった風情の、よく日に焼けた屈強な水夫が言った。奴隷船の若い船長は、顎に手を当てて考え込んだ。
「……アルナハブはたしか、この間政変があったな……そのどさくさで奴隷を攫ったか」
船長室の壁に貼られた地図に目をやる。
「アルナハブの政変からそろそろひと月か。イシュラヴァールの砂漠を横断してきたとして、まあ計算は合う。で、その奴隷は今どこにいるって?」
「港近くの砂漠に野営させているとか。十分なテントもないようですぜ」
「攫ったはいいが、百人からの奴隷を食わせるのは容易なことじゃない。大方持て余したんだろうな。明朝、奴隷の状態を見に行くと伝えろ。値段交渉はそれからだ」
船長から言付かった水夫が、岸で待っていた二人組の男に伝えに行く。男はゆったりしたズボンに長いベスト、高い位置でターバンを丸く巻きつけた、アルナハブ商人の出で立ちをしていた。
言伝てを聞いた商人は承知したと頷いて、砂丘の向こう側へ消えた。
「どうだった?」
野営地に戻ってきたイランとカナルに、カナンが走り寄る。
「信じたのか信じてないのか、明朝ここに見に来るとさ」
イランが答えた。切り揃えた髭を撫で付けて、すっかり商人の風情である。
「……ふふっ」
イランを見上げたカナンが、ふいに笑った。
「なんだよ?」
「いや、そういう格好はあまり似合わないなと思って」
「そうか?結構気に入っていたんだが」
『ああ、胡散臭さ全開で似合いまくってるぜ』
カナルが横から混ぜ返す。
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