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第九章 海賊編
討伐隊
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――ユーリ・アトゥイーは、あんたの何なんだ?
どうして「わからない」なんて言えたんだろう。
こんなにも、胸が引き裂かれるように痛いのに。
嘘だ。
ユーリが負けるわけない。
だってユーリは、誰よりも強かった。負けるわけない。死ぬなんてことは絶対にない。
「おい、カナン……」
イランが呼んだが、その声はとても遠くに聞こえた。
何かが耳を塞いでる――そう思った。耳を澄ますと、それは自分の心臓の音だった。心臓の音が大きすぎて、周りの声が膜を通したようにしか聞こえない。
真っ暗になったと思った視界は、ただ何も見ていなかっただけで、きちんと光を映していた。
「カナン!」
イランがもう一度呼んだ。
「……撃た……れた……?」
カナンは掠れた声でようやく言った。
「ああ」
「うそだ」
「嘘じゃねぇ。砂嵐の中だったが、俺は見てた」
カイヤーンが言った。アトゥイー同様、砂漠育ちは砂嵐に慣れている。
生きているのか、と確認したかった。なのに言葉が出てこない。
怖い。
生きているならいい。ユーリ。でも、もしそうじゃなかったら。
(――生きていけない――)
「……っ、ハッ……ハァッ……」
喉が塞がれたように、空気が吸えない。いくら吸い込んでも、全然吸えていない気がして、カナンは喘いだ。
「おい、しっかりしろ、カナン」
イランがカナンの背中を支えた。
「どこに……いるの……?」
「それが最悪だ。撃たれて倒れたところを、敵に捕まった。戦はダレイ王子の軍が出てなんとか勝ったが、あいつは……ユーリ・アトゥイーは、捕虜として王都へ連行された」
「連行……」
カナンが繰り返す。その言葉に、一筋の光が差した気がした。
「ああ。つまり、死んじゃいねぇ」
そこまで聞いて、カナンはがっくりとその場に膝をついた。
「ユーリ……ユーリ……ユーリ……ユーリ……」
床にうずくまって繰り返す。
ユーリは生きている。
傷はどれだけ深いだろう。捕虜として、どんな扱いを受けているだろう。後から後から、不吉な光景ばかりが目に浮かんだ。だけど。
「生きて……る……?」
「今のところはな。だがこのままだと確実に死ぬ。拷問で死ぬか、死刑まで持ちこたえるか」
カナンはよろよろと立ち上がった。ふらふらと外へ出て、見上げると星空が広がっている。そのまま東へ視線を巡らせれば、星空は王都までずっと続いている。
「わたし、王都に行く」
「おい、ちょっと待て!今行っても獄中だ、助け出すなんて無理だ!それに、レーはどうする気だ!?」
イランが言った。
その時、王都に続く街道を張っていた伝令が、全速力でアジトに飛び込んできた。
「王都から軍が!治安部隊三百騎、こっちに向かってるって!」
「なんだと!?早くて明朝と踏んでいたのに!」
イランたちは二十人ほどを伴って、武器を手に街道に駆けつけた。
「三十分もしないで着きます!」
見張りがイランに報告した。
「おい!カナン!迎え撃つぞ!」
「ここはイランに任せる。ごめんなさい」
カナンはイランをまっすぐに見て言った。その顔は、いつもの静かな顔に戻っていた。
「任せる……って、カナン、お前」
そう言ったイランの肩を、カナルがぽんと叩いた。
「こりゃ俺らも腹を括らないとなあ。よう、カナン」
「カナル」
「こっちは任せて、行ってこいよ。大切な男なんだろ?」
「……うん。ありがとう」
カナンは頷いた。
街道の遥か彼方に、ちらりと明かりが見えた。
「来た――!」
「誰か、街にいる仲間を集めてこい!」
イランの指示を受けた数名が市街に散らばっていく。
「カイヤーン、知らせてくれてありがとう。片がついたら後から来て!」
カナンはそう叫ぶと、馬に飛び乗って夜の闇へと駆け出していった。
「ふん。簡単に言ってくれるぜえっ!!」
カイヤーンもまた馬に跨って、曲剣を抜き放った。
『落ち込むなよ。そのうちもっといい女が現れるって』
『うるせえ。知ったふうなことを言いやがって』
アルナハブ語の、慰めにもならないカナルの慰めに、イランはバツが悪そうに返した。実際イランはカナンに好意を抱いていないわけではなかったが、それは恋というよりも妹か何かに対するような気持ちに近かったし、想いを伝えるにはまだ共に過ごした時間が短すぎた。
『本当に、そういうんじゃないんだ。ただ、一人で苦しんでいるあいつを見ていられなくて』
『どうだか』
『できることがあるなら力になってやりたいと思っただけさ』
カナンは、戦場ではあんなにも冷静なのに、時折とても脆いのだ。だが彼女を支えられるのは、ユーリ・アトゥイーしかいない。それを今日、思い知った。
「おい、くっちゃべってないでさっさと迎撃体制組むぞ。とにかく街に入れなきゃ良いんだな?」
カイヤーンが怒鳴った。
「悪いな。俺らの中でまともに戦えるのは百人ちょっとだ。レーを死守して、奴隷たちを無事に逃さなけりゃならん」
「まったく……こっちは連戦だ、体がもたねぇよ!」
カイヤーンは夜の中から飛んできた最初の矢を曲剣で叩き落とした。それが合図となり、レーを占拠したカナン自由民は軍治安部隊と激しく衝突した。
どうして「わからない」なんて言えたんだろう。
こんなにも、胸が引き裂かれるように痛いのに。
嘘だ。
ユーリが負けるわけない。
だってユーリは、誰よりも強かった。負けるわけない。死ぬなんてことは絶対にない。
「おい、カナン……」
イランが呼んだが、その声はとても遠くに聞こえた。
何かが耳を塞いでる――そう思った。耳を澄ますと、それは自分の心臓の音だった。心臓の音が大きすぎて、周りの声が膜を通したようにしか聞こえない。
真っ暗になったと思った視界は、ただ何も見ていなかっただけで、きちんと光を映していた。
「カナン!」
イランがもう一度呼んだ。
「……撃た……れた……?」
カナンは掠れた声でようやく言った。
「ああ」
「うそだ」
「嘘じゃねぇ。砂嵐の中だったが、俺は見てた」
カイヤーンが言った。アトゥイー同様、砂漠育ちは砂嵐に慣れている。
生きているのか、と確認したかった。なのに言葉が出てこない。
怖い。
生きているならいい。ユーリ。でも、もしそうじゃなかったら。
(――生きていけない――)
「……っ、ハッ……ハァッ……」
喉が塞がれたように、空気が吸えない。いくら吸い込んでも、全然吸えていない気がして、カナンは喘いだ。
「おい、しっかりしろ、カナン」
イランがカナンの背中を支えた。
「どこに……いるの……?」
「それが最悪だ。撃たれて倒れたところを、敵に捕まった。戦はダレイ王子の軍が出てなんとか勝ったが、あいつは……ユーリ・アトゥイーは、捕虜として王都へ連行された」
「連行……」
カナンが繰り返す。その言葉に、一筋の光が差した気がした。
「ああ。つまり、死んじゃいねぇ」
そこまで聞いて、カナンはがっくりとその場に膝をついた。
「ユーリ……ユーリ……ユーリ……ユーリ……」
床にうずくまって繰り返す。
ユーリは生きている。
傷はどれだけ深いだろう。捕虜として、どんな扱いを受けているだろう。後から後から、不吉な光景ばかりが目に浮かんだ。だけど。
「生きて……る……?」
「今のところはな。だがこのままだと確実に死ぬ。拷問で死ぬか、死刑まで持ちこたえるか」
カナンはよろよろと立ち上がった。ふらふらと外へ出て、見上げると星空が広がっている。そのまま東へ視線を巡らせれば、星空は王都までずっと続いている。
「わたし、王都に行く」
「おい、ちょっと待て!今行っても獄中だ、助け出すなんて無理だ!それに、レーはどうする気だ!?」
イランが言った。
その時、王都に続く街道を張っていた伝令が、全速力でアジトに飛び込んできた。
「王都から軍が!治安部隊三百騎、こっちに向かってるって!」
「なんだと!?早くて明朝と踏んでいたのに!」
イランたちは二十人ほどを伴って、武器を手に街道に駆けつけた。
「三十分もしないで着きます!」
見張りがイランに報告した。
「おい!カナン!迎え撃つぞ!」
「ここはイランに任せる。ごめんなさい」
カナンはイランをまっすぐに見て言った。その顔は、いつもの静かな顔に戻っていた。
「任せる……って、カナン、お前」
そう言ったイランの肩を、カナルがぽんと叩いた。
「こりゃ俺らも腹を括らないとなあ。よう、カナン」
「カナル」
「こっちは任せて、行ってこいよ。大切な男なんだろ?」
「……うん。ありがとう」
カナンは頷いた。
街道の遥か彼方に、ちらりと明かりが見えた。
「来た――!」
「誰か、街にいる仲間を集めてこい!」
イランの指示を受けた数名が市街に散らばっていく。
「カイヤーン、知らせてくれてありがとう。片がついたら後から来て!」
カナンはそう叫ぶと、馬に飛び乗って夜の闇へと駆け出していった。
「ふん。簡単に言ってくれるぜえっ!!」
カイヤーンもまた馬に跨って、曲剣を抜き放った。
『落ち込むなよ。そのうちもっといい女が現れるって』
『うるせえ。知ったふうなことを言いやがって』
アルナハブ語の、慰めにもならないカナルの慰めに、イランはバツが悪そうに返した。実際イランはカナンに好意を抱いていないわけではなかったが、それは恋というよりも妹か何かに対するような気持ちに近かったし、想いを伝えるにはまだ共に過ごした時間が短すぎた。
『本当に、そういうんじゃないんだ。ただ、一人で苦しんでいるあいつを見ていられなくて』
『どうだか』
『できることがあるなら力になってやりたいと思っただけさ』
カナンは、戦場ではあんなにも冷静なのに、時折とても脆いのだ。だが彼女を支えられるのは、ユーリ・アトゥイーしかいない。それを今日、思い知った。
「おい、くっちゃべってないでさっさと迎撃体制組むぞ。とにかく街に入れなきゃ良いんだな?」
カイヤーンが怒鳴った。
「悪いな。俺らの中でまともに戦えるのは百人ちょっとだ。レーを死守して、奴隷たちを無事に逃さなけりゃならん」
「まったく……こっちは連戦だ、体がもたねぇよ!」
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