イシュラヴァール放浪記

道化の桃

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第十章 王都編

救出

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 窓の外に、農具や工具を手に押し寄せる民衆を見て、ファーリアははじめ何が起きたのか理解できなかった。
 しばらくして、部屋の外から争い合う声が聞こえてきた。
 塔は常時、最低六名の兵士が見張りについていた。その兵士たちをなぎ倒して、興奮した暴徒の一団がファーリアの部屋の扉をこじ開けた。
「おい、ここは女が一人いるだけだ!」
 扉を破って入ってきた男が、階段の下に向かって怒鳴った。いったい何人いるのか、扉の外の螺旋階段の下まで人が続いているようだった。
 ファーリアは逃げ場を探したが、唯一の出口の階段は男たちで埋まっていた。窓からは到底、無事に降りられる高さではない。せめて武器を、と部屋を見回したが、武器になりそうなものはなにもなかった。
(せめて、あの短剣だけでもあれば……)
 ファーリアは、剣が手元にないことを呪った。
 男たちは室内を乱暴に物色した。ある者は豪華な刺繍の施された掛布や天蓋を剥ぎ取り、ある者は銀の燭台を懐にねじ込んだ。金目のものがなくなると、男たちの興味はファーリアに移った。
「でかい腹だな。臨月か?」
「構わねぇよ。やっちまえ」
 追い詰められたファーリアは、無意識に大きな腹部を両手でかばった。そんなことをしても何にもならないことは分かっているのに、本能的に、この子だけは助けなければと思ってしまう。
 無数の腕が伸びてきて、ファーリアはむき出しになった寝台に引き倒された。
「おい、ちょっとでも叫んでみやがれ。生きたまま腹を引き裂いて赤ん坊を取り出してやるぜ?」
 歯並びの悪い男が、大きな皮剥ぎナイフでファーリアの腹部を撫でた。皮なめし職人だろうか、獣の脂と薬品の刺激臭が混ざり合った臭いが全身に染み付いている。
「やめて、お願い」
 ファーリアは懇願した。情けなくて涙が出る。剣がなければ、こんなにも弱い。
「お願い……殺さないで、何でもするから、お願い」
 自分の身体の中に、小さな鼓動を感じる。自分の心臓の音よりもずっと小さくて、ずっと速いリズムで、力強く。
 もうすぐこの世界に産まれてこようとしている。
「子供は、殺さないで……」
 仰向けにされ、両手を押さえつけられて、涙を拭くこともできない。何十人いるのだろうか、広くはない室内に興奮した男たちの熱気が満ちている。ファーリアは服を腰までたくし上げられて、両脚を広げられた。
(こんなこと、平気だ)
 今までだって数え切れないくらい、犯されてきた。ここにいる男たち全員、相手するくらい、なんでもない。それで命が助かるなら。この身体の中の小さな命を守る手段がそれしかないのなら、いくらでも耐えられる。
 奴隷だった時と、何も変わらない。殺さないでくれと懇願するしかない屈辱も、無力な自分も。それでも、生きるためなら。
 見上げると数え切れない男たちが自分を覗き込んでいる。息を荒げ、興奮に目を爛々と見開いて、男根を勃起させている。
(あなたたちみんな、女のはらから出てきたくせに)
 ふと、そう思った。すると不意に、何も怖くない気がしてきた。
 ファーリアは、今まさにそこに男根を押し付けて挿入しようとしている男の顔を見た。のぞき込む無数の男たちの顔を見た。
「……っ?」
 男が一瞬、ひるんだような表情を見せた。

「うわああっ……」
「……ぎゃっ……」
 階下から立て続けに悲鳴が上がった。と思うと、二人の男が部屋に踊り込んできた。
「ファーリアっ!」
 ユーリの声だった。
「てめえ、この女がどうなっても――ぐぷっ……」
 ファーリアの周囲を囲んでいた男たちが次々に沈んだ。
「その命で償え」
 問答無用で男たちを斬ったのは、マルスだった。
「――うわあああ!」
 数秒のうちに十人近くが即死したのを見て、残った男たちは我先にと階段を駆け下りた。
「逃がすか!」
「マルス!」
 男たちを追って部屋を飛び出しかけたマルスを、ファーリアが呼び止めた。
「いいの、まだ何もされてない」
 そう言いながらも、ファーリアは今になってがたがたと震えだした。
 震えるファーリアを、ユーリが抱き起こした。
「ファーリア……遅くなってごめん」
 ユーリはファーリアを抱き締めた。
「ユーリ」
 ファーリアもユーリの首に腕を回して抱き返した。
 もう逢えないかと、何度も思った。ユーリが生きてそこにいることが夢のようだ。
「ユーリ、ユーリ」
 ファーリアは何度も、腕の中にいるのが幻ではないユーリだと確認した。
「おい、早く逃げるぞ。すぐに新手あらてが来る」
 マルスが言った。
「……ああ」
 ユーリはファーリアを抱き上げて、マルスの後に続いて階段を降りた。
 塔の下ではカイヤーンとエディが待っていた。
 カイヤーンはファーリアの妊婦姿に少なからず驚いた様子だったが、余計なことを話している暇はなかった。政庁の方向から、兵士たちがこちらへ向かってきていた。
「さっさとずらかるぞ!」
 カイヤーンが馬に跨り、ユーリもファーリアを馬に乗せて自らもその後ろに飛び乗った。
「陛下、こちらを」
 エディが牽いてきた一頭の手綱をマルスに手渡した。
「エディアカラ少佐か」
「はい。あの兵士たちは?」
 エディは向かってくる兵たちを指して訊いた。
「私を狙っている。アリーとバハルに足元を掬われた」
「できる限り引き止めます。陛下、どうかご無事で」
「そなたも、生き延びたらまた会おう」
「勿体ないお言葉です」
 エディは手本のように美しい敬礼をした。
「エディ!」
 ファーリアが馬上から呼びかけた。
「あなたも逃げて!わたし、あなたにもらったものを何ひとつ返してない。あなたが死んだら、どうやって償っていいかわからない。いっそわたしが死んでいたら――」
「それは違うよ」
 エディはいつもの優しい笑顔で言った。
「僕は君に出会えたことを一度も後悔したことはない。歩いてきた道には、全部、意味があるんだよ。君も、僕も」
 兵士たちが迫ってきた。カイヤーンが曲剣シャムシールを一振りして、先頭の一団を牽制した。
「行くぞ!」
 カイヤーンとユーリは、兵士たちの剣を躱しながら、西門を目指して駆け出した。マルスも続く。
「エディ!」
 ファーリアが振り返ると、エディが兵士たちに向かっていくところだった。
「僕は死なないよ!約束する!だから君も生きて、元気な赤ちゃん、産んで!そしていつかまた……」
 エディの声が遠ざかり、やがてその姿も砂埃の中に消えた。
「エディ……わたしまだ、ありがとうって言ってない……」
 ファーリアはユーリの腕の中で祈った。
(エディ、一番大切な友だち。どうか、死なないで――)

 エディは果敢に戦ったが、数太刀を浴びて、とうとう膝をついた。
「僕は一生、君の友だちだ」
 薄れていく意識の中で、エディは満足げに微笑んだ。
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