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序 伝説
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夜明け前の東の空に、一粒の星が輝いている。
生まれたての風のように、その歌は始まった。
闇に溶けていた大地が、蒼く白み始めた空に浮かび上がる。
世界のすべてを畏怖するかのように、限界まで抑制されたひとすじの声は、やがて旋律を得て、大気に溶け、どこまでも続く砂の稜線を渡ってゆく。
遠くへ、遠くへと。
それは祈りの歌。
古くから伝わる純白の衣装に身を包み、ひと組の男女が長老の前に進み出た。
跪いた二人に、長老が祝福の祝詞を読み上げる。
周囲を囲んだ一族の者たちも、すべて白い衣装をまとい、長老の祈りに唱和する。
儀式が終わると宴が始まった。先程祝福を受けた若い男女が、輪の中心で幸福そうに笑う。
今日は結婚式だ。
親族に挨拶をし、友人たちと笑い合い、食べ、飲み、踊る間、花婿と花嫁はずっと手を握り合っていた。片時も離れない二人を、花婿の友人たちはからかい、花嫁の友人や妹たちは羨んだ。
「なぜ結婚式を夜明け前からやるか知っているか?」
その夜、新婚夫婦の真新しいテントの中で、花婿が言った。花嫁が首を横に振る。
「わたしたちが明けの明星一族だから?」
「それもあるが、この土地には伝説があるんだ」
――その昔、砂漠に一人の男がやってきた。男は一人の旅の老人に出逢った。老人は死にかけていた。男はせめてもの手向けにと老人に水を飲ませてやった。水を飲み終えた老人は言った。
『お前は二人の女と出会う。宵の明星が輝く時に出逢った女は、この国を支配する子を産むだろう。だが明けの明星と共に現れた女は、その国を滅ぼす子を産むだろう』
「……つまり、シャハルが?」
「たんなる伝説さ。その男は宵の明星の女と子をなして、イシュラヴァール王家を興した。だがいつか明けの明星が昇る。王はその時を恐れている。滅亡をもたらすシャハル族を恐れている。だからシャハル族は、王に見つからないよう、まだ暗いうちに結婚式を挙げるんだ」
「でも……単なる言い伝えでしょう?そんな作り話のために迫害されるなんて、割に合わないわ」
「宵の明星と明けの明星は一体だ。昼は夜に、繁栄は衰退に、始まりは終わりにつながっていく。永遠に続く王朝などない。いつかきっと、明けの明星――夜明けの女神が、滅亡をもたらす」
「わたしたち、滅亡なんて望んでいないのに。仲のいいあたたかい家庭を作って、穏やかに暮らしていけたら、それでいいのに」
「ああ、そうだな」
花婿は微笑んで、花嫁の肩を抱き寄せた。
*
月が沈んだ夜半、墨を流したような闇の中で、襲撃は始まった。
シャハル族は砂漠地帯でも有数の戦闘民族である。男たちはもちろん、女たちも、年端のいかない少年たちも、みな剣を取って応戦した。老いた長老すらも、大小二本の剣を鮮やかに操って反撃した。断末魔の叫びが、あたりに満ちた。
だが、襲ってきた敵はシャハルの強さを知っていた。
誰かが火を放ったか、それとも焚いていた火が燃え移ったか。突如ぼうっと立ち上がった火柱に、蓮の花を染め抜いた真紅のマントがひらめいた。その数は、シャハル族の十倍を軽く越えていた。
「ジャヤトリア騎兵団――!」
誰かが叫んだ。真紅に蓮の紋章はジャヤトリア辺境伯のそれだ。残虐非道、冷酷無比。辺境の部族を次々と滅ぼし、領土を広げている新興の領主である。
「なぜ、この場所が!?」
「シャレムが裏切りやがった!」
シャレム族は、シャハル族の分派である。遊牧民族ながら、国王の後宮に娘を入れるなど、王家との繋がりも強い。
「この野営地はシャレムしか知らんはずだ」
たまたま野営地のそばを通りかかったわけではない。この数の兵士を用意したのは、シャハルを全滅させるために他ならない。
「カナン!」
男が、敵を二人斬り倒して、妻になったばかりの女を呼んだ。
「こっちだ!」
妻の手を取り、馬に乗せる。自分も別の馬に飛び乗って言った。
「俺が逃げ道を拓く。ついてこい!」
「だめよ!妹たちが――」
カナンが叫んだ。男がそちらを振り向くと、カナンの二人の妹が真紅の兵士たちに取り囲まれるのが見えた。
「はっ!」
カナンは馬を駆って、一散にそちらへ戻っていく。
結婚式の衣装の、下衣のままの純白が、闇の中でひらめいた。
「カナン!だめだ、そっちは――戻れ!カナン!」
カナンの剣が真紅の兵士の一人をなぎ倒し、二人目を貫き、三人目と切り結んだところで、背後から襲いかかった兵士がカナンの馬を叩き斬った。
純白がふわりと宙に舞い、次の瞬間、紅に飲み込まれる。
「――――っ……!」
カナンの叫び声は、男のところまで届かなかった。
「くそっ……!」
男はカナンのもとへ行こうとした。だが周囲には敵が溢れ、倒しても倒しても前に進めない。もう何人斬ったかわからなくなり、とうとう疲労で腕が上がらなくなった。
「死ねえっ!」
はっと気付くと、斜め後ろから剣が繰り出されたところだった。
(避けきれん――!)
そう思ったのと、ぎらりと光った剣を黒い影が塞いだのは、ほぼ同時だった。
「……長!」
深々と敵の剣を受けて、長老の服に血の染みが広がっていく。
「逃げろ……生きろ……」
「長!」
落馬しかけた長老を、男が抱きとめた。
「シャハルの……血を、絶やすな……生きろ……」
そのまま力を失って、ずるずると男の腕から滑り落ちる。
「……滅亡は、新たな時代の夜明けを呼ぶ」
そう言い残すと、地面に仰向けに倒れ、がふっ、と血を吐いて、長老は息絶えた。
*
殺されたほうがどれだけましだっただろう、とカナンは思った。
気がつくと、あたりは死体だらけだった。
もう争う声は聞こえない。生きているのは敵だけだった。
正確には、敵と、カナンと妹たち、そして数人の若い娘だけ。
「……妹には手を出さないで」
カナンは兵士たちを見上げて言った。
「下の子は、まだ十三なの。お願い」
「うるせえな」
兵士の一人が面倒くさそうに吐き捨てた。
「こっちの勝手だ。第一、俺たちが何人いると思ってるんだ?」
別の兵士が笑いながら言った。彼の言う通り、その場には百人以上の兵士が無傷でいた。
「すぐに妹の心配なんかしていられなくなるぜ?」
そう言うなり、兵士はカナンの両足首を掴んで大きく広げた。
「いやあっ!」
「おい、そっち押さえとけ」
すぐに両手を押さえ込まれ、身動きが取れなくなる。
何をされるのか、カナンにはわかっていた。
恐怖で声が出ない。心臓が痛いほど脈打って、息が苦しい。カナンは両眼を閉じた。
大きく広げられた脚の間を、唾をつけた手で申し訳程度に撫でられて、カナンは思わず腰を浮かせた。そこへ、硬く屹立した男根がずぶりと突き立てられた。
「――っ!!」
あまりの衝撃に、カナンは閉じた両眼を見開いた。
「キツいな。こいつ処女か?」
「いやいや、よく見ろ。この女の服は花嫁衣装だぞ」
「じゃあ今夜は初夜か?俺たち全員と」
兵士たちの嗤い声が降ってくる。
「あ……あ……」
ぎちぎちと躰を割り開いてくる肉棒から逃れたくて、カナンは反射的に腰を引いた。と、その腰をがっつりと掴まれ、奥まで一気に貫かれた。
「ああ!」
「逃げるんじゃねえよ」
痛みのあまり失神しかけて、更に何度も子宮を突き上げられる痛みで現実に引き戻される。入り口は裂けて腫れ上がり、男が腰を前後させるたびにひりひりと焼けるような痛みが走る。
永遠に終わらないような数分の後に、熱いものが胎内に注ぎ込まれ、ようやくぬるりとカナンの中から肉棒が引き抜かれた。
それは朝まで続いた。
(殺されたほうがましだった――)
何十人もの兵士たちに代わる代わる犯され続けて、最後は指一本動かせなくなった。乱暴に腰を打ち付けられて、腰の骨がばらばらに砕けてしまいそうだった。カナンはもう自分が死体になってしまっているのではないかと思った。
カナンは、つい数時間前に、初めて男を受け入れた時のことを思い出していた。
男は妻に何度も口づけし、壊れ物を扱うようにそっとそこへ触れた。感じることすらも知らないカナンの硬い蕾を、ゆっくりと時間をかけて開かせて、たっぷり濡らしてほぐしてから、そっとそこへ侵入した。愛の言葉を何度も囁き合い、幸福のうちに繋がった。彼だけと繋がって、やがて子を産み、育てて、彼と共に生きていくのだと、そう信じていた。
たった数時間前までは。
(あれの続きだ……)
カナンは目を閉じて、そう自分に言い聞かせた。下半身は痺れて、もう感覚がなかった。
「殺すか?」
「どうせほっときゃ暑さで死ぬさ」
「一旦戻るぞ。死体は後で回収の兵が来る」
そんなやりとりを、朦朧とした意識の中で聞いたような気がする。
涼しい風に頬を撫でられて、カナンは息を吹き返した。
気付けば太陽が西に傾いている。
ぎしぎしと軋む身体をようやく持ち上げて、カナンは上体を起こした。立ち上がろうとすると脚の付け根が痛み、思うように歩けない。動くたびに股が擦れ、腰ががくがくと震える。下腹部には常に鈍い痛みがあった。
這うように妹たちのところまで行くと、二人は既に事切れていた。
犯されながら死んだのか、それとも真昼の太陽に灼かれ、乾きで死んだのか。
「どうして……生きてるの……」
カナンは周りを見回した。見渡す限り、死体が転がっている。
「なんで、わたしだけ」
泣きたかったが、もう涙も流れなかった。
太陽が沈み、空が群青色に暮れ始めた頃、どこからともなく一頭の馬が、野営地へとやってきた。
「お前……どこから来たの……?」
カナンは馬に見覚えがあった。おそらく戦いの最中に逃げ出したシャハル族の馬が、戻ってきたのだろう。
「う……っ……」
馬につかまりながら立ち上がると、脚の間からどろりと白濁した精液が流れ出した。それは後から後から流れ出て、両脚を濡らした。
カナンは荒らされた野営地の中から最低限の荷をまとめ、馬に乗った。
*
男は逃げた。
砂漠で最も強い部族の中でも、彼の駆る馬は最も速かった。
日が昇り、男は一人、灼熱の砂漠を駆けた。もう誰も追ってくる者はいなかった。
一夜を砂漠で過ごして、翌日、男は野営地へ戻った。
そこには夥しい数の死体が転がっていた。
十人ほどの、見慣れない兵士が、ジャヤトリア兵の遺体を荷車に乗せていた。連れて帰って埋葬するのだろう。
男はその様子を砂丘に隠れて見ていた。兵士たちは赤いマントなど身につけていなかった。あの人足のような兵士を殺したところで何になるだろう。
夕刻、ようやく兵士たちは遺体を積み終え、去っていった。当然のように、シャハルの骸は放置された。
男は遺体をひとつ、ふたつと数えた。
一日だけ妻だった女の姿は、そこにはなかった。
生まれたての風のように、その歌は始まった。
闇に溶けていた大地が、蒼く白み始めた空に浮かび上がる。
世界のすべてを畏怖するかのように、限界まで抑制されたひとすじの声は、やがて旋律を得て、大気に溶け、どこまでも続く砂の稜線を渡ってゆく。
遠くへ、遠くへと。
それは祈りの歌。
古くから伝わる純白の衣装に身を包み、ひと組の男女が長老の前に進み出た。
跪いた二人に、長老が祝福の祝詞を読み上げる。
周囲を囲んだ一族の者たちも、すべて白い衣装をまとい、長老の祈りに唱和する。
儀式が終わると宴が始まった。先程祝福を受けた若い男女が、輪の中心で幸福そうに笑う。
今日は結婚式だ。
親族に挨拶をし、友人たちと笑い合い、食べ、飲み、踊る間、花婿と花嫁はずっと手を握り合っていた。片時も離れない二人を、花婿の友人たちはからかい、花嫁の友人や妹たちは羨んだ。
「なぜ結婚式を夜明け前からやるか知っているか?」
その夜、新婚夫婦の真新しいテントの中で、花婿が言った。花嫁が首を横に振る。
「わたしたちが明けの明星一族だから?」
「それもあるが、この土地には伝説があるんだ」
――その昔、砂漠に一人の男がやってきた。男は一人の旅の老人に出逢った。老人は死にかけていた。男はせめてもの手向けにと老人に水を飲ませてやった。水を飲み終えた老人は言った。
『お前は二人の女と出会う。宵の明星が輝く時に出逢った女は、この国を支配する子を産むだろう。だが明けの明星と共に現れた女は、その国を滅ぼす子を産むだろう』
「……つまり、シャハルが?」
「たんなる伝説さ。その男は宵の明星の女と子をなして、イシュラヴァール王家を興した。だがいつか明けの明星が昇る。王はその時を恐れている。滅亡をもたらすシャハル族を恐れている。だからシャハル族は、王に見つからないよう、まだ暗いうちに結婚式を挙げるんだ」
「でも……単なる言い伝えでしょう?そんな作り話のために迫害されるなんて、割に合わないわ」
「宵の明星と明けの明星は一体だ。昼は夜に、繁栄は衰退に、始まりは終わりにつながっていく。永遠に続く王朝などない。いつかきっと、明けの明星――夜明けの女神が、滅亡をもたらす」
「わたしたち、滅亡なんて望んでいないのに。仲のいいあたたかい家庭を作って、穏やかに暮らしていけたら、それでいいのに」
「ああ、そうだな」
花婿は微笑んで、花嫁の肩を抱き寄せた。
*
月が沈んだ夜半、墨を流したような闇の中で、襲撃は始まった。
シャハル族は砂漠地帯でも有数の戦闘民族である。男たちはもちろん、女たちも、年端のいかない少年たちも、みな剣を取って応戦した。老いた長老すらも、大小二本の剣を鮮やかに操って反撃した。断末魔の叫びが、あたりに満ちた。
だが、襲ってきた敵はシャハルの強さを知っていた。
誰かが火を放ったか、それとも焚いていた火が燃え移ったか。突如ぼうっと立ち上がった火柱に、蓮の花を染め抜いた真紅のマントがひらめいた。その数は、シャハル族の十倍を軽く越えていた。
「ジャヤトリア騎兵団――!」
誰かが叫んだ。真紅に蓮の紋章はジャヤトリア辺境伯のそれだ。残虐非道、冷酷無比。辺境の部族を次々と滅ぼし、領土を広げている新興の領主である。
「なぜ、この場所が!?」
「シャレムが裏切りやがった!」
シャレム族は、シャハル族の分派である。遊牧民族ながら、国王の後宮に娘を入れるなど、王家との繋がりも強い。
「この野営地はシャレムしか知らんはずだ」
たまたま野営地のそばを通りかかったわけではない。この数の兵士を用意したのは、シャハルを全滅させるために他ならない。
「カナン!」
男が、敵を二人斬り倒して、妻になったばかりの女を呼んだ。
「こっちだ!」
妻の手を取り、馬に乗せる。自分も別の馬に飛び乗って言った。
「俺が逃げ道を拓く。ついてこい!」
「だめよ!妹たちが――」
カナンが叫んだ。男がそちらを振り向くと、カナンの二人の妹が真紅の兵士たちに取り囲まれるのが見えた。
「はっ!」
カナンは馬を駆って、一散にそちらへ戻っていく。
結婚式の衣装の、下衣のままの純白が、闇の中でひらめいた。
「カナン!だめだ、そっちは――戻れ!カナン!」
カナンの剣が真紅の兵士の一人をなぎ倒し、二人目を貫き、三人目と切り結んだところで、背後から襲いかかった兵士がカナンの馬を叩き斬った。
純白がふわりと宙に舞い、次の瞬間、紅に飲み込まれる。
「――――っ……!」
カナンの叫び声は、男のところまで届かなかった。
「くそっ……!」
男はカナンのもとへ行こうとした。だが周囲には敵が溢れ、倒しても倒しても前に進めない。もう何人斬ったかわからなくなり、とうとう疲労で腕が上がらなくなった。
「死ねえっ!」
はっと気付くと、斜め後ろから剣が繰り出されたところだった。
(避けきれん――!)
そう思ったのと、ぎらりと光った剣を黒い影が塞いだのは、ほぼ同時だった。
「……長!」
深々と敵の剣を受けて、長老の服に血の染みが広がっていく。
「逃げろ……生きろ……」
「長!」
落馬しかけた長老を、男が抱きとめた。
「シャハルの……血を、絶やすな……生きろ……」
そのまま力を失って、ずるずると男の腕から滑り落ちる。
「……滅亡は、新たな時代の夜明けを呼ぶ」
そう言い残すと、地面に仰向けに倒れ、がふっ、と血を吐いて、長老は息絶えた。
*
殺されたほうがどれだけましだっただろう、とカナンは思った。
気がつくと、あたりは死体だらけだった。
もう争う声は聞こえない。生きているのは敵だけだった。
正確には、敵と、カナンと妹たち、そして数人の若い娘だけ。
「……妹には手を出さないで」
カナンは兵士たちを見上げて言った。
「下の子は、まだ十三なの。お願い」
「うるせえな」
兵士の一人が面倒くさそうに吐き捨てた。
「こっちの勝手だ。第一、俺たちが何人いると思ってるんだ?」
別の兵士が笑いながら言った。彼の言う通り、その場には百人以上の兵士が無傷でいた。
「すぐに妹の心配なんかしていられなくなるぜ?」
そう言うなり、兵士はカナンの両足首を掴んで大きく広げた。
「いやあっ!」
「おい、そっち押さえとけ」
すぐに両手を押さえ込まれ、身動きが取れなくなる。
何をされるのか、カナンにはわかっていた。
恐怖で声が出ない。心臓が痛いほど脈打って、息が苦しい。カナンは両眼を閉じた。
大きく広げられた脚の間を、唾をつけた手で申し訳程度に撫でられて、カナンは思わず腰を浮かせた。そこへ、硬く屹立した男根がずぶりと突き立てられた。
「――っ!!」
あまりの衝撃に、カナンは閉じた両眼を見開いた。
「キツいな。こいつ処女か?」
「いやいや、よく見ろ。この女の服は花嫁衣装だぞ」
「じゃあ今夜は初夜か?俺たち全員と」
兵士たちの嗤い声が降ってくる。
「あ……あ……」
ぎちぎちと躰を割り開いてくる肉棒から逃れたくて、カナンは反射的に腰を引いた。と、その腰をがっつりと掴まれ、奥まで一気に貫かれた。
「ああ!」
「逃げるんじゃねえよ」
痛みのあまり失神しかけて、更に何度も子宮を突き上げられる痛みで現実に引き戻される。入り口は裂けて腫れ上がり、男が腰を前後させるたびにひりひりと焼けるような痛みが走る。
永遠に終わらないような数分の後に、熱いものが胎内に注ぎ込まれ、ようやくぬるりとカナンの中から肉棒が引き抜かれた。
それは朝まで続いた。
(殺されたほうがましだった――)
何十人もの兵士たちに代わる代わる犯され続けて、最後は指一本動かせなくなった。乱暴に腰を打ち付けられて、腰の骨がばらばらに砕けてしまいそうだった。カナンはもう自分が死体になってしまっているのではないかと思った。
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男は妻に何度も口づけし、壊れ物を扱うようにそっとそこへ触れた。感じることすらも知らないカナンの硬い蕾を、ゆっくりと時間をかけて開かせて、たっぷり濡らしてほぐしてから、そっとそこへ侵入した。愛の言葉を何度も囁き合い、幸福のうちに繋がった。彼だけと繋がって、やがて子を産み、育てて、彼と共に生きていくのだと、そう信じていた。
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「殺すか?」
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涼しい風に頬を撫でられて、カナンは息を吹き返した。
気付けば太陽が西に傾いている。
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犯されながら死んだのか、それとも真昼の太陽に灼かれ、乾きで死んだのか。
「どうして……生きてるの……」
カナンは周りを見回した。見渡す限り、死体が転がっている。
「なんで、わたしだけ」
泣きたかったが、もう涙も流れなかった。
太陽が沈み、空が群青色に暮れ始めた頃、どこからともなく一頭の馬が、野営地へとやってきた。
「お前……どこから来たの……?」
カナンは馬に見覚えがあった。おそらく戦いの最中に逃げ出したシャハル族の馬が、戻ってきたのだろう。
「う……っ……」
馬につかまりながら立ち上がると、脚の間からどろりと白濁した精液が流れ出した。それは後から後から流れ出て、両脚を濡らした。
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男は逃げた。
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日が昇り、男は一人、灼熱の砂漠を駆けた。もう誰も追ってくる者はいなかった。
一夜を砂漠で過ごして、翌日、男は野営地へ戻った。
そこには夥しい数の死体が転がっていた。
十人ほどの、見慣れない兵士が、ジャヤトリア兵の遺体を荷車に乗せていた。連れて帰って埋葬するのだろう。
男はその様子を砂丘に隠れて見ていた。兵士たちは赤いマントなど身につけていなかった。あの人足のような兵士を殺したところで何になるだろう。
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