イシュラヴァール戦記

道化の桃

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第一章 乱世到来

襲撃

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 いったいこの青年の過去に、何があったというのだろう?
 殺したいのは、カイヤーンか、それとも「国軍のアトゥイー」か?
 許されない罪とは何だ?
 この男は何をした?
 彼を狂うほどに苦しめているのは。

 翌朝早く、二人は集落を後にした。
 シンはもうファーリアを縛ろうとはしなかった。
 シンは平静を取り戻していたが、思い詰めたような表情で黙りこくっていた。ファーリアもまた、そんなシンに言葉をかけることができずにいた。互いに黙り込んだまま、砂漠を進む。
 明らかな変化がひとつあった。
 夜、簡単な食事の後、焚き火を消して横になる。とろとろと眠りの淵に沈みかける頃、少し離れて寝ていたシンが音もなく起き上がる気配を、ファーリアは感じた。
(シン……?)
 もしまた正気を失っていたら、と不安が湧き起こる。背を向けているので、彼の顔を見ることはできない。ファーリアは眼を閉じたまま、神経を背後に集中させた。わずか数分が、とてつもなく長く感じられた。
 そしてシンは、ファーリアが思いも寄らなかった行動に出た。
 シンはファーリアの背後に横になり、ファーリアに腕を回してきた。ファーリアは、思わず身体を硬直させた。真っ先に浮かんだのは、また犯されるのかという危惧だった。陵辱されるのには慣れている。だが、慣れているからといって恐怖感がないわけではない。相手はファーリアに対して愛情も信頼もない男なのだ。行為の果てにファーリアが息絶えたとて、何も感じないだろう。たとえ生きる目的を失っていても、明らかに自分よりも力の強い者に身体を好きなようにされることに、本能が恐怖する。
 だが、シンはファーリアを背中から抱きしめたまま、すうすうと寝息を立て始め、そのまま朝まで眠り続けた。
 そんな夜が幾晩か続いた。
 最初は眠れなかったファーリアも、慣れてしまうとシンに抱きつかれたまま平気で眠れるようになった。シンの体温を感じながら、まるで姉弟か、――あるいは親子のようだと思った。小さなヌールが短い腕でファーリアに抱きつき、冷えた足先を押し付けてくるのに似ていた。
 二人が襲撃を受けたのは、その数日後のことだった。
 夕刻、二人は奇岩の丘の連なる中に、幾つもの古い町の遺跡が点在している場所に差し掛かった。巨大な奇岩を西日が紅く染めている。
 左右にそびえる奇岩の間を、縫うように進んでいく。
「……シン」
「ああ」
 シンはファーリアの目配せに短く応えた。先程から、道の両側にそびえる奇岩のあちらこちらから気配がする。
「盗賊?」
「新王の支配地域との境界にだいぶ近付いてしまった。国軍の警備兵だとしたら厄介だな」
 内乱の後、砂漠地帯の南部は無法地帯と化していたが、北部はまだ王国の支配が届いていた。
「どちらにせよ、こう囲まれていては不利だな。開けた場所まで出るぞ」
「戻るか?」
 ファーリアは来た道を振り返った。奇岩の谷に入り込んでから、だいぶ進んできていた。
「いや、ここからなら抜けてしまったほうが早い。行くぞ」
 二人は弾かれたように、乗っていた馬と駱駝を駆けさせた。
 左右からいくつもの気配が追ってくるのがわかる。すぐに矢が飛んできた。二人は矢を避けて左右に交差しながら進む。前方に奇岩の壁が迫り、道が大きく左に曲折した。
「罠だ!」
 シンが叫んだときには遅かった。急なカーブを曲がったところにロープが張られていた。馬と駱駝は足をとられてもんどりうった。
 間一髪飛び降りたシンとファーリアの前に、敵が飛び出してきた。左右から一人ずつと、崖上から一人。
「は!」
 体勢を立て直す間もなく、切り込んでくる。三人ともターバンで顔を隠していた。
「えっ……?」
 剣撃を受けたファーリアは、小さな違和感を覚えた。敵はよく訓練されているらしく、動きが素早く狙いもいい。だが。
(……軽い?)
 斬撃に重さがない。相手は確かに小柄な男だが、それにしても力が弱い。男ほど力のないファーリアでも押し切れそうだ。
 ちらりとシンに目をやると、敵二人を相手にしながらもやはり優勢だ。だが、背後から更に新手が5~6人、現れた。
「くそ、きりがない!」
 シンは苛立った声と共に、切りかかってきた二人を一気に薙ぎ切った。同時にファーリアが叫んだ。
「殺すな!……子供だ!」
「ぎゃあっ!」
「うわあ!」
 薙ぎ払われた二人が上げた声の幼さに、シンは我に返った。
「こども……だと?」
 地面に転がった敵のターバンをむしり取る。薄汚れたターバンの下から、まだあどけない少年の顔が現れた。
「まさか……お前らもか?」
 後ろから追ってきた敵に向き直る。背丈はまちまちだが、肩や胸には広さも厚みもない。
「やあああ!!」
 問いに答える代わりに、一斉に切りかかってきた。やはり声が高い。
 ファーリアは最初の攻撃を次々に剣で受け流した。だが無傷の敵はすぐに身を翻して攻撃してくる。
「殺すなって……じゃあみすみすやられろってのか!?」
「ばか!この子達に人殺しさせる気?」
「……何をぬるいことを……!」
 シンは敵の剣を弾き飛ばした。
「とにかく、ここは逃げ切って――」
「逃がさないっ!」
 シンの前に、ひときわ小柄な少年が立ち塞がった。最初に崖の上から飛び降りてきた少年だ。
「てめえ……!じゃあ死ねっ!」
 シンが刺突の構えで突っ込んでいく。
「だめーーーっ!!」
 ファーリアが悲鳴をあげた。
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