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第一章 乱世到来
暗闇で待つ者
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気がつくと、シンは暗闇にいた。
(いつもの夢だ……目覚めなければ)
焦りが心拍数を上げる。ふとすぐ近くで何者かの息遣いを感じ、シンは闇の中を泳ぐように逃げた。だが、まったく進んでいる気がしない。バランスを崩して倒れ込んだ地面が、ぬるりと冷たく濡れている。
――血だ、と思った。
誰かが近づいてくる。逃げなければ。この血の報復をしに、――俺を殺しに来る――。
「――うわあああっ!」
立ち上がろうとして、再びバランスを崩して倒れた。どちらを向いても闇の中で、自分がどこにいるのかもわからない。
「どこだ……ここは!?」
「シン」
「ここから出してくれ……いやだ、いやだ!やめろ……来るな……っ!」
「シン!シン、落ち着いて」
目覚めた途端、パニックに陥ったシンに、ファーリアは呼びかけた。
「……アトゥイーか?」
聞き慣れた声に、ようやくシンは我に返った。だが動揺は収まらない。目が慣れてきて、うっすらと周囲が見えてきた。
「アトゥイ―、どこだ、ここは」
「地下牢のようだ。あの少年たちに捕まった」
目隠しの袋は外されていたが、両手は後ろ手に縛られていた。両足にも、歩けるほどの余裕をもたせて、縄がかけられている。猿轡はファーリアが自力で外した。
「……俺はここを知っている……」
ぐるりと牢を見回して、シンがぽつりと呟いた。
ファーリアはどきっとした。なぜならこの場所に、ファーリアも覚えがあったからだ。
(やはり……昔、わたしはシンと会ったことがある……?)
ファーリアがこの地下牢を訪れたのは、たしかに「国軍のアトゥイ―」としてだった。あの時に会っていたのだとしたら、シンがファーリアをアトゥイ―と呼ぶことにも納得がいく。
ファーリアは記憶を辿った。あの時、国軍側でアトゥイ―が一番若かった。だがシンはファーリアよりもだいぶ若い。当時シンはいくつくらいだろうか――と思った時、ファーリアはシンの異変に気付いた。
「……殺される……」
「え?」
「あいつが、殺しに来る……俺を」
「あいつって……?」
「とう……さま……だ」
シンの両眼が、虚空を見つめている。ファーリアの背筋を冷たいものが襲った。
(――あのときと同じだ)
オアシスの町で、サバクオオカミに襲われた遺体を目にした時。シンは正気を失っていた。
「父さま……父さま……ごめんなさい……許して、ああ」
「シン?シン!」
「来るな!来るなーっ!!僕は、僕は、ぁあ!!父さ、……あああああ!!」
「シン、落ち着いて、シン……だいじょうぶよ」
「やめろ!いやだ、ごめんなさい、ゆるして……ゆるして……父さまだなんて知らなかったんだ……ゆるして……」
両手が縛られて自由が効かない。抱きしめてやりたくても、できない。
迷った挙げ句、結局ファーリアはシンの唇に口づけした。
「シン、誰もいないわ。シン」
できるだけ静かな声で、まるで子供に言い聞かせるように繰り返し、ふたたび唇を重ねる。
「ほら、誰もいない」
そう言われて、シンの瞳にようやく正気の光が戻った。
「放せ……国軍のアトゥイー」
それはこれまで聞いたことのない、憎しみと怒りに満ちた声だった。
「俺は、ここで父を殺したんだ」
悲痛なまでの後悔を、怒りにかえて今日まで生きてきたのだと、その声が物語っていた。
「砂漠の戦闘民族の族長に命じられて、叩き殺した。……赤いターバンを巻いた男だ」
ファーリアの顔が凍りついた。
砂漠街道21ポイント。
確かにここは六年前、ファーリアとシンが初めて出会った場所だった。
(いつもの夢だ……目覚めなければ)
焦りが心拍数を上げる。ふとすぐ近くで何者かの息遣いを感じ、シンは闇の中を泳ぐように逃げた。だが、まったく進んでいる気がしない。バランスを崩して倒れ込んだ地面が、ぬるりと冷たく濡れている。
――血だ、と思った。
誰かが近づいてくる。逃げなければ。この血の報復をしに、――俺を殺しに来る――。
「――うわあああっ!」
立ち上がろうとして、再びバランスを崩して倒れた。どちらを向いても闇の中で、自分がどこにいるのかもわからない。
「どこだ……ここは!?」
「シン」
「ここから出してくれ……いやだ、いやだ!やめろ……来るな……っ!」
「シン!シン、落ち着いて」
目覚めた途端、パニックに陥ったシンに、ファーリアは呼びかけた。
「……アトゥイーか?」
聞き慣れた声に、ようやくシンは我に返った。だが動揺は収まらない。目が慣れてきて、うっすらと周囲が見えてきた。
「アトゥイ―、どこだ、ここは」
「地下牢のようだ。あの少年たちに捕まった」
目隠しの袋は外されていたが、両手は後ろ手に縛られていた。両足にも、歩けるほどの余裕をもたせて、縄がかけられている。猿轡はファーリアが自力で外した。
「……俺はここを知っている……」
ぐるりと牢を見回して、シンがぽつりと呟いた。
ファーリアはどきっとした。なぜならこの場所に、ファーリアも覚えがあったからだ。
(やはり……昔、わたしはシンと会ったことがある……?)
ファーリアがこの地下牢を訪れたのは、たしかに「国軍のアトゥイ―」としてだった。あの時に会っていたのだとしたら、シンがファーリアをアトゥイ―と呼ぶことにも納得がいく。
ファーリアは記憶を辿った。あの時、国軍側でアトゥイ―が一番若かった。だがシンはファーリアよりもだいぶ若い。当時シンはいくつくらいだろうか――と思った時、ファーリアはシンの異変に気付いた。
「……殺される……」
「え?」
「あいつが、殺しに来る……俺を」
「あいつって……?」
「とう……さま……だ」
シンの両眼が、虚空を見つめている。ファーリアの背筋を冷たいものが襲った。
(――あのときと同じだ)
オアシスの町で、サバクオオカミに襲われた遺体を目にした時。シンは正気を失っていた。
「父さま……父さま……ごめんなさい……許して、ああ」
「シン?シン!」
「来るな!来るなーっ!!僕は、僕は、ぁあ!!父さ、……あああああ!!」
「シン、落ち着いて、シン……だいじょうぶよ」
「やめろ!いやだ、ごめんなさい、ゆるして……ゆるして……父さまだなんて知らなかったんだ……ゆるして……」
両手が縛られて自由が効かない。抱きしめてやりたくても、できない。
迷った挙げ句、結局ファーリアはシンの唇に口づけした。
「シン、誰もいないわ。シン」
できるだけ静かな声で、まるで子供に言い聞かせるように繰り返し、ふたたび唇を重ねる。
「ほら、誰もいない」
そう言われて、シンの瞳にようやく正気の光が戻った。
「放せ……国軍のアトゥイー」
それはこれまで聞いたことのない、憎しみと怒りに満ちた声だった。
「俺は、ここで父を殺したんだ」
悲痛なまでの後悔を、怒りにかえて今日まで生きてきたのだと、その声が物語っていた。
「砂漠の戦闘民族の族長に命じられて、叩き殺した。……赤いターバンを巻いた男だ」
ファーリアの顔が凍りついた。
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確かにここは六年前、ファーリアとシンが初めて出会った場所だった。
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