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前編
かつての大悪党
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〇
その次の日、白刃が出かける日だ。渡された馬はとても従順で、素直にいう事を聞くよう躾けられたモノだ。
「気を付けるのだぞ」
「はい、行ってきます」
屋敷の者達に見送られ、馬を動かす。まずは一人目の所に行くのだ。
何をどうしろとは言われていない。ただ、指示された四人を連れてその場所に行けばいい。不明点が多い要望だが、今はそんな事はどうでもよかった。
「楽しみだな」
周りに誰もいない事を良いことに、白刃は清さを丸投げした欲望丸出しの声で呟く。そんな彼を乗せている馬は、主の思惑など知らず命じられた役目を素直に遂行するのみだった。
ここからでも少しだけ見えるあの岩山に、尖岩がいるそうだ。少し距離はあるが、あの頂上の特徴的な尖った岩の存在は確認出来た。
静かな屋敷周りと違い、少し歩いた先の商店街はそれなりに賑わっている。同じ中心地ではあるが、少し離れただけでこんなにも違う物らしい。
馬と歩いていると、とある店の女店員に声をかけられた。
「おっ、そこの美人なにーちゃん。面白いものあるよ! 見ていかない?」
にかっと笑って声をかけてきた店員がいた店は、どうやら骨董屋のようだ。白刃は馬を邪魔にならない場所によせ、その場に留まるよう指示してから、店をのぞく。
見た事のないような物が立ち並び、それら全てに興味を示す。そして思いついた。ここの中には、自分が今欲しているような物があるのではないか。
そう考えた所に、タイミング良く店員が声をかけてくる。
「欲しいものはないのかい? 要望さえ言ってくれれば、それに見合うものをバシッとだしてやんよ!」
腕には自信があると言いたげに、びしっと腕を構える店員。品揃えに自信があるようだ。
とくに欲しいモノはないけど、そう思った所で、白刃はふと思い浮かんだ。これから会いに行くのは悪名名高い大悪党ではないかと。
「そうですね。何か、躾に使えるような物があればよいのですが」
当たり前だが、人に使おうとしている事は気が付いていないようだ。店員は考え、ハッと思いつく。
「だったらいいモノがあるよ! 運がよかったねにーちゃん。これはつい昨日どっかの誰かが売ってくれた一点ものさ」
店奥の箱を漁り、目当ての箱を見つけると「お、あったあった」とその箱を持ち出し、中身を取り出す。
それは金色の輪っかだ。
「首輪ならぬ頭輪かね。まぁ首でも大丈夫だろうけど、これは合図をしたらギュギューっと締まって懲らしめる道具だから、首はよした方が良いぜ」
「合図ってのは、念じながらこう手をぎゅーって握るんだ。試してみるかい?」
言われた通りに白刃が試してみると、その輪は確かにその内円を縮め、握る手をきつくすれば輪もきつく締まる。握った手を緩めると元の大きさに戻る。
「……これは良いですね」
呟いたその声は、まさに加虐心に満ちていた。
思わず素が出てしまったことに気が付き、白刃はすっといつもの装いをする。しかし、その一瞬を店員ははっきりと見ており、ははっと笑った。
「にーちゃん見掛けによらずに加虐思考だねぇ。いいよ、それタダで譲ってやんよ」
「よろしいのですか?」
その申し出には流石に驚いたようだ。尋ねると、店員は特に何とも思っていなさそうに笑っている。
「いいよいいよ。なんか知らんけど、それ持ってきた人売るつもりなかったみたいでさ。値打ち調べようとしたら『お金はいらないからね』とか言って去ってたんだよ」
正直怪しいが、きちんと作動する事は確認した。
「そうですか、ではありがたく」
にこりと笑って、それを受け取り、店から出ていく。
店員は、面白い客だったなぁと昨日と今日とで連続してきた代わり球を思い返した。しばらくおしゃべりのネタには困らなそうだ。
店から出て今度は真っ直ぐと目的地へと向かう。岩山の牢の場所は知らないが、そのふもとの洞穴に、一般的な牢屋と同じ鉄格子があるという。それだけの特徴が分かれば探すのは容易いだろう。
中心地を抜けてまた少し歩き、そこから突き当たる森の中を歩いた先に麓はある。馬も少々疲れたようで、足が遅くなったところで水をくれてやった。
そうすると、それだけで馬は元気を取り戻し「もう行けますよご主人! 行きましょう!」と言いたげな目を向けてくる。
反抗心がないと虐め甲斐がないってものだ。白刃はそんな馬をつまらなく思いながらも、歩いてもらうだけならこの方がいいかと思うことにした。
先を進んで、夕方ごろ。岩山のふもとにたどり着く。どのあたりに牢があるのだろうかと探そうとすると、足元から猿の鳴き声が聞こえた。
声をした方向を見ると、一匹の猿が「ウキッ」と声を上げ、人と似たような形の手で西の方向を示している。
「そっちに何かあるのですか?」
「ッキー!」
ついて来いといいたげに、その方角に体を向けて白刃にを見る。
馬を引っ張りそれについていくと、猿は岩間の中に入った。覗くと、岩間だと思っていたそこには鉄格子で、その中には猿と、一人の少年がいた。
見た目は自分いより年下の、十五歳くらいの少年だろうか。しかし、そうではない事はなんとなく伝わって来る。
彼は白刃の気配に気が付くと、声を出す。
「おっ、やっと出してくれるのか超越者。いい加減体からカビが生えそうだぜ!」
そう言いながらこちらを見て、やってきた者は自分が思っていた人でなかった事に気付く。しかし、ここに来たのならきっと目的は同じだろう。
よぉと右手を小さく上げたそいつは、白刃より頭一個分身長が低く、その肩の上に先ほどの猿が乗っていた。
確実にこいつが尖岩だろう。それは分かるが、一応訊いてみる。
「貴方が尖岩ですか?」
「あぁ、俺が尖岩だ」
「そうですか」
相手の確認が出来たところで、今度は自分が名乗る。
「私は白刃。超越者からの申し出で、貴方を助けに来ました。これから天ノ下に向かうのですが、そちらに付いてきて頂きたい」
「天ノ下に? そんなら超越者本人がきてくりゃいいのに。まぁいいや。じゃあ早速出してくれ、これ以上は本気でカビが生えそうだ」
早く開けてくれと催促する尖岩。冗談ではあるが冗談ではない、ここにいるのはいろんな意味できついのだ。
「分かりました」
白刃は頷き、彼を出してやる事にした。その格子をガッとつかんで、片手でそれをこじ開けた。人一人が出られるほどの間が出来ると、出てきなさいと指示をした。
それには尖岩もびっくり。目を見開いて、白刃とこじ開けられた鉄格子を交互に見た。
「お前、怪力ゴリラかよ……」
驚きを漏らしながらも、ありがたく外に出ようとする。そうすると何故か、見えない壁にはじかれるようで、牢の外に出ることが出来なかった。
驚いて白刃を見上げる尖岩。白刃は、心のなかで眠っていた欲が疼きだのを感じた。必然と上目遣いになる尖岩を見下し、その装いを脱いだ。
「出してほしいのなら、言う事あるよな」
尖岩はどこか悔しそうだが、ここで逆らうのは賢明ではないと判断したのだろう。どんなヤンチャ者の悪党でも、五百年閉じ込められていたら精神的に参る。
「何すればいいんだよ」
一刻も早く出たいという一心で訊くと、白刃は小声で告げる。
「あ、あなたに服従し、つくすことを……誓います。お助けください、し、白刃様」
いかにも嫌そうだが、途切れ途切れになりつつも望まれた言葉を放つ。その様子に背筋がゾクゾクし、白刃は加虐に笑った。
「声が小さい。やり直し」
「なっ……ぅ、ぁあぁもうっ!」
これはもう、吹っ切れるしかない。尖岩が恥やらその他諸々をすべて呑み込んで、声を上げた。
「貴方に服従し尽くすことを誓います! お助けください白刃様っ!」
「よろしい」
透明な壁が無くなり、尖岩はこいつの気が変わらないうちにとそこから飛び出る。
久しぶりに立つ広い世界と新鮮な空気はとても良いものだった。しかし、問題が一つ。こいつだ。何だろう、なんか怖い。
本能的に察した、こいつと共にいたら己の身が危ない。自慢の脚で逃げてやろうと考え、すぐさま地面を蹴った。
しかし、長年脚などろくに使っていなかったせいで、筋力が劣ろいていたようだ。思ったように飛べず、その前にひょいと襟首を掴まれた。
「っと、誓った途端に逃げようとするとはな。やはり首輪は必要だな」
「首輪って、俺はお前のペットじゃ、」
抗議もさせてもらえずに、頭に何かを付けられる。嫌な予感がして頭に触れると、そこには確かに、今までになかった何かがあった。
「なんだ、これ?」
「首輪のようなものだ」
不思議そうにしている尖岩に教えると、念じながら右手を軽く握る。
「っ――」
しっかり作動しているみたいだ。白刃は薄ら笑いを浮かべて更に力を籠める。そうすれば、尖岩の喉から声が上がる。
「痛い痛い痛い! やめっ」
まるで音の出る玩具で遊んでいるかのように、白刃は手を緩めたりきつくしたりしていた。しかし、痛い痛いと喚く声がだんだんとうるさくなってきたため、それをやめる。
「おいこら白刃っ! 俺を何だと思ってんだ!?」
余程痛かったみたいで、涙目になりながら叫ぶ。なんともまぁ、いいモノだ。
白刃はそんな尖岩をじっと見つめてから、薄ら笑いで答える。
「玩具」
「っざけんな!」
キーキーと騒ぐ尖岩。そんな彼の頭の上に、白刃がぽんと手を置く。
その動作の意味が分からなかったようで、尖岩は不思議そうな顔をして相手を見上げる。白刃はそんな彼に一言。
「お前はなんとも、小さいな」
「俺がちっちぇぇんじゃねぇ! おめぇがデケえぇんだ!!」
これは単純な感想で、悪意などなかったはずだ。はずなのだが。
そんな反応をされたら、虐めたくなるじゃないか。
白刃はそのそばにすっとしゃがみ、下からいつもの装いで微笑む。
「これでどうでしょうか、坊や」
その時、岩山の方から「坊やじゃねぇよ!!!」という非常に大きな声が街まで届いていたとかいなかったとか。
昔々、生命を腹に宿した一人の女人が、岩山のふもとで息を切らしていた。もうすぐお産が始まる。しかし、種となった男は逃げ、それを見守るのは物を分からない猿達のみ。
猿は見慣れない女が居座っているというのに、その様子を分かってか威嚇をする様子はなく、女の寄り添うようにそこにいた。
キーっと高い声で鳴いた猿を見て、女人は苦しさを交えながらも微笑む。
「ねぇ、お猿さん。私、もうダメかもしれないの」
その声は既に掠れていた。弱々しく、残った力を使い果たさんとしているようだ。
「けどね、この子はなんとしても、産んであげたいの。私の事はいい、この子を……この子だけは、助けてあげて」
既に意識は朦朧とし始めている。猿に物を頼むなど、笑われてしまうかもしれない。もう、藁にでも縋るような気持だった。
己が愛したあの人は、結局自分を愛してはくれなかった。分かっていた。分かっていたはずなのに。何故こうも滑稽な終わりを選んでしまったのか。最期の後悔に涙を浮かべ、弱々しい声でもう一度「お願いだから」と猿の頬を撫でる。
猿は知ってか知らずしてか、返事をするかのように「ウキッ」と鳴き声を上げた。
そんな様子を、木の上に立って眺めている。
『猿が助けてくれるわけないじゃんか! もー、仕方ないなぁ』
耳に届いた産声と、一つの命が燃え尽きる音を聞き届けると、木から飛び降りる。
既にハイハイをし始めている赤子は、ぐったりと倒れこむ「それ」が動かない事を不思議に思い、ペチペチと叩いたりしていた。
そんな赤子を抱えあげると、赤子は何をするんだといいだけに手足をバタバタさせる。
「あぅっ。あー!」
『はいはい、ダメでちゅよー。それはもう、「ママ」じゃないんだ。魂の抜けた、ただの肉片さ。君にはまだ、分からないだろうけど』
足元に群がる猿と、魂を亡くし物と変わったそれを横目に赤子をあやす。
その時、この岩山の頂点に携わる鋭く先を尖らせた岩が思い浮かぶ。
『ふっふー、光栄に思いな! この僕が直に名前をあげよう。君の名前は――』
「……尖岩」
「んぁ?」
ぐーすか眠っていた尖岩は、突然かけられた声が一瞬誰だか分からずにいた。しかし、その異様なまでに整った美しい顔と、白い髪を見れば直ぐに脳はそれを理解する。
「なんだ、白刃か」
「なんだとはなんだ。お前が起きないから俺が起こしてやったんだろうが」
呆れたと言いたげな白刃は、完全に何も装っていない素の彼だった。何故か、ここには尖岩と白刃の二人しかいないのだ。
起きないから起こしてやったと言うが、まだ日はどっぷりと沈んでいる。こんな時間に起こす奴がいるか。そういう目で見ると、白刃の視線は尖岩には向いておらず、森の中では有象無象と同じ木々に目をやっていた。
数秒の間が空いてから、白刃はやっとこちらを見た。
「お前は寝ているし、ここは森。非常に、退屈だ」
無に近い表情でそんな事を言うから、尖岩は眠気交じりに冷静なツッコみをする。
「ねりゃいいだろんなもん」
これは正論以外の何物でもなかったはずだ。しかし、白刃は何を言っているんだお前はと言いたげな顔を浮かべる。
「寝れない」
「なんだ、いつもの枕じゃないとダメとかそういうの? だったら持ってくれば良かっただろぉめんどくせぇ」
野宿には慣れている尖岩は、草の上に構わず寝転がりもう一度寝ようとする。その態度が気に障ったのか、白刃が彼の頭の輪を締め始めた。
「いっ」
「おい……睡眠妨害は質が悪いぞ」
「起きろ」
睨んでみても、やはり白刃は動じない。もう自棄になって勢いだけで起き上がると、白刃はそれで満足そうだ。
「あーもう! はいはい起きてりゃいいんでしょ起きてりゃー」
起こされずに満足に眠っている馬を恨めし気に見ながらも、馬は悪くないかと思い直し、立てた片脚に頬杖を突く。
「ほんと、何がしてぇんだよ、お前は」
「したいことをしているだけだ」
「したいことが可愛くねぇのな」
尖岩は苦笑う。もしかして、あれがしたい事か。あの逆らうわけにはいかない状況下で、助けを乞わせる事か。人に首輪ならぬ頭輪を付けて、玩具のように遊ぶことか。だとしたら趣味が悪い。
これは、年上として正してやるべきだろうか。そう頭に過ったが、自分が人の道を指導できるような者ではない事を思い出す。
何故あんな湿った所に閉じ込められていたのか。それは過去の己のヤンチャの代償だろう。
「それにしても、かの大悪の所業は本当だったんだな。実際、お前は何をしたんだ」
タイミングよくそのことを問われると、尖岩は話し出す。
「あー、まぁ俺も昔は悪ガキだったわけよ」
「今もだろ」
「お前は俺の何を知ってるってんだ」
「雰囲気」
「ふざけるな」
白刃の言葉は軽く受け流し、続きを語る。
「俺さ、こう見えてガキん頃は天ノ下に住んでたんだぜ? だけど、そこでの生活は平和だけど、つまらなかった。だからここに抜けてきてな、適当にプラプラしてたんよ。そしたらやけに猿に懐かれるわで、俺の言う事聞いてくれるものだからさ、それでいたずらして遊んでたんだ」
「そんな所に俺は魔の者に出会ってな。暇つぶしがてら唆して暴れさせていたら楽しくなっちゃって、つい俺も大暴れしちゃったんだ。そしたら、禁錮五百年よ」
つい先ほどまでの話だが、もうすでに笑い話となっているようだ。
話せば目が覚める。捕まってあんなところに囚われてからは、岩山の猿たちを呼んでは戯れて、食い物を持ってきてもらう日々。最初は外に出る方法が無いかと色々やってみたが、どうしてもあの鉄格子はうんともすんとも言わなかった。
うんともすんとも言わなかったのに、白刃はいとも簡単にこじ開けたのだ。そう考えると震えてくる。思っている以上に、こいつはやばい奴なんじゃないかと。
「つまらない、か」
「大方、同感だ」
小さく笑ってそういった白刃。それは、尖岩に最初に見せた清い笑みとは違う。どう考えても、こちらの方が素なのだろう。だから余計に質が悪いんだ。
夜だからかは知らないが、昼に比べて白刃は良く喋るようになった。
「女は俺と顔を合わせるだけで真っ赤になる。話そうとしてもろくに話してくれないし、ほんとに、何なんだろうか」
それは、モテ自慢かと。しばらく女人の顔すら拝んでいない自分に、嫌がらせかと。尖岩がそりゃないぜと文句の一つでも言ってやろうとしたが、それより先に白刃が続ける。
「なぜあいつらは俺を怖がる。折角人が優しく振舞ってやってるってのに」
不服そうな顔でそんなことを言っている。その顔、冗談ではなさそうだ。
まさか、分かっていないのか。
尖岩は思わずこみ上げたものを抑えきれず、ふっと吹き出した後にに笑いだす。
「違う違う! そりゃおめぇ、怖がられているわけじゃねぇよ! んなことも分かんねぇとか、お子様かよっ!」
これでもかという程大笑するものだから、ムッと来て白刃が手を握る。
「ったぁ! 気にくわないからって痛み付けるのは違うだろ!」
今回は一瞬だけだったが、本当に気が抜けない。
しかし、今のは自分じゃなくても笑うと思う。そうして、尖岩は足をなげうつ。
「たくよー、これだから無自覚はよぉ。いいか? そういうのは怖がられてるんじゃなくて、モテてるっていうんだ」
「……?」
白刃は首をかしげた。そんなことも知らないのかと、尖岩は内心驚いた。恋愛的な好意に気付けないというだけならまだ鈍い奴と笑えただけだったが、こうなると鈍いというより、無知かもしれない。
「お前、今までどんな環境で過ごしてきたんだよ」
「生まれてから堅壁の屋敷に住まわせてもらっているが」
その一言で納得した。
堅壁と呼ばれるその家門は昔からお堅い事で有名だ。少しのゆるみも許さない、そんな感じ。もしかしたら、最近は時代に合わせて少しは緩くなっているかもしれないが、それでも堅い事には変わらないだろうし。
「こりゃ驚いた、お前堅壁のお弟子か! はー、そりゃまぁ、大層な」
ちらりと白刃を見て、少し前の事を思い出す。
折からやっと出してもらえると喜んで出てこようとした者を術で妨害し、服従の言葉を言わせて。この輪を使って愉快そうに痛み付けて……人をまるで玩具かのよう遊びやがったのは、紛れもなくここのこいつなのだ。あの時の白刃はとても愉しそうに、悪い顔をしていた。あれが堅壁のお家の者のやる事かと。
もの言いたげな尖岩に気が付いたのか、また意味もなく手を握って輪を締める。
痛がる尖岩を見て、また愉快そうな悪い顔をした。
「愉しい」
「そ、そっか、それは何よりだな」
頭がじんじんと痛む。この癖だけは早急に直してもらいたい。そんな事を思うが、無理だと断言出来た。魂の根本からの性質は、いくら叩かれても治らない。そもそもそれが正常なのだから。
溜息をついてもう一度寝ようと横になるが、また起こされる。そしてまたしばらく話して、また寝ようとして起こされて……そんなことを繰り返していると、やがて時間は丑三つ時に差し掛かる。
尖岩は何をしてやればこいつは眠るのかなんて考えながら頬杖を突いて眺めていると、ふと白刃がどさりと倒れるように横になる。
いきなりの事で驚き、誰かから攻撃されたかなんて思って駆け寄る。しかし、当の本人は目を瞑って、すやすやと眠っているだけだ。
「ったく、心臓に悪い就寝だな……」
頭をかいて、元居た場所に戻る。起こしてくる相手が眠ったのだから、自分も眠ろう。
少しだけ、世の母親の気持ちが分かった気がした、そんな夜の話だった。
その次の日、白刃が出かける日だ。渡された馬はとても従順で、素直にいう事を聞くよう躾けられたモノだ。
「気を付けるのだぞ」
「はい、行ってきます」
屋敷の者達に見送られ、馬を動かす。まずは一人目の所に行くのだ。
何をどうしろとは言われていない。ただ、指示された四人を連れてその場所に行けばいい。不明点が多い要望だが、今はそんな事はどうでもよかった。
「楽しみだな」
周りに誰もいない事を良いことに、白刃は清さを丸投げした欲望丸出しの声で呟く。そんな彼を乗せている馬は、主の思惑など知らず命じられた役目を素直に遂行するのみだった。
ここからでも少しだけ見えるあの岩山に、尖岩がいるそうだ。少し距離はあるが、あの頂上の特徴的な尖った岩の存在は確認出来た。
静かな屋敷周りと違い、少し歩いた先の商店街はそれなりに賑わっている。同じ中心地ではあるが、少し離れただけでこんなにも違う物らしい。
馬と歩いていると、とある店の女店員に声をかけられた。
「おっ、そこの美人なにーちゃん。面白いものあるよ! 見ていかない?」
にかっと笑って声をかけてきた店員がいた店は、どうやら骨董屋のようだ。白刃は馬を邪魔にならない場所によせ、その場に留まるよう指示してから、店をのぞく。
見た事のないような物が立ち並び、それら全てに興味を示す。そして思いついた。ここの中には、自分が今欲しているような物があるのではないか。
そう考えた所に、タイミング良く店員が声をかけてくる。
「欲しいものはないのかい? 要望さえ言ってくれれば、それに見合うものをバシッとだしてやんよ!」
腕には自信があると言いたげに、びしっと腕を構える店員。品揃えに自信があるようだ。
とくに欲しいモノはないけど、そう思った所で、白刃はふと思い浮かんだ。これから会いに行くのは悪名名高い大悪党ではないかと。
「そうですね。何か、躾に使えるような物があればよいのですが」
当たり前だが、人に使おうとしている事は気が付いていないようだ。店員は考え、ハッと思いつく。
「だったらいいモノがあるよ! 運がよかったねにーちゃん。これはつい昨日どっかの誰かが売ってくれた一点ものさ」
店奥の箱を漁り、目当ての箱を見つけると「お、あったあった」とその箱を持ち出し、中身を取り出す。
それは金色の輪っかだ。
「首輪ならぬ頭輪かね。まぁ首でも大丈夫だろうけど、これは合図をしたらギュギューっと締まって懲らしめる道具だから、首はよした方が良いぜ」
「合図ってのは、念じながらこう手をぎゅーって握るんだ。試してみるかい?」
言われた通りに白刃が試してみると、その輪は確かにその内円を縮め、握る手をきつくすれば輪もきつく締まる。握った手を緩めると元の大きさに戻る。
「……これは良いですね」
呟いたその声は、まさに加虐心に満ちていた。
思わず素が出てしまったことに気が付き、白刃はすっといつもの装いをする。しかし、その一瞬を店員ははっきりと見ており、ははっと笑った。
「にーちゃん見掛けによらずに加虐思考だねぇ。いいよ、それタダで譲ってやんよ」
「よろしいのですか?」
その申し出には流石に驚いたようだ。尋ねると、店員は特に何とも思っていなさそうに笑っている。
「いいよいいよ。なんか知らんけど、それ持ってきた人売るつもりなかったみたいでさ。値打ち調べようとしたら『お金はいらないからね』とか言って去ってたんだよ」
正直怪しいが、きちんと作動する事は確認した。
「そうですか、ではありがたく」
にこりと笑って、それを受け取り、店から出ていく。
店員は、面白い客だったなぁと昨日と今日とで連続してきた代わり球を思い返した。しばらくおしゃべりのネタには困らなそうだ。
店から出て今度は真っ直ぐと目的地へと向かう。岩山の牢の場所は知らないが、そのふもとの洞穴に、一般的な牢屋と同じ鉄格子があるという。それだけの特徴が分かれば探すのは容易いだろう。
中心地を抜けてまた少し歩き、そこから突き当たる森の中を歩いた先に麓はある。馬も少々疲れたようで、足が遅くなったところで水をくれてやった。
そうすると、それだけで馬は元気を取り戻し「もう行けますよご主人! 行きましょう!」と言いたげな目を向けてくる。
反抗心がないと虐め甲斐がないってものだ。白刃はそんな馬をつまらなく思いながらも、歩いてもらうだけならこの方がいいかと思うことにした。
先を進んで、夕方ごろ。岩山のふもとにたどり着く。どのあたりに牢があるのだろうかと探そうとすると、足元から猿の鳴き声が聞こえた。
声をした方向を見ると、一匹の猿が「ウキッ」と声を上げ、人と似たような形の手で西の方向を示している。
「そっちに何かあるのですか?」
「ッキー!」
ついて来いといいたげに、その方角に体を向けて白刃にを見る。
馬を引っ張りそれについていくと、猿は岩間の中に入った。覗くと、岩間だと思っていたそこには鉄格子で、その中には猿と、一人の少年がいた。
見た目は自分いより年下の、十五歳くらいの少年だろうか。しかし、そうではない事はなんとなく伝わって来る。
彼は白刃の気配に気が付くと、声を出す。
「おっ、やっと出してくれるのか超越者。いい加減体からカビが生えそうだぜ!」
そう言いながらこちらを見て、やってきた者は自分が思っていた人でなかった事に気付く。しかし、ここに来たのならきっと目的は同じだろう。
よぉと右手を小さく上げたそいつは、白刃より頭一個分身長が低く、その肩の上に先ほどの猿が乗っていた。
確実にこいつが尖岩だろう。それは分かるが、一応訊いてみる。
「貴方が尖岩ですか?」
「あぁ、俺が尖岩だ」
「そうですか」
相手の確認が出来たところで、今度は自分が名乗る。
「私は白刃。超越者からの申し出で、貴方を助けに来ました。これから天ノ下に向かうのですが、そちらに付いてきて頂きたい」
「天ノ下に? そんなら超越者本人がきてくりゃいいのに。まぁいいや。じゃあ早速出してくれ、これ以上は本気でカビが生えそうだ」
早く開けてくれと催促する尖岩。冗談ではあるが冗談ではない、ここにいるのはいろんな意味できついのだ。
「分かりました」
白刃は頷き、彼を出してやる事にした。その格子をガッとつかんで、片手でそれをこじ開けた。人一人が出られるほどの間が出来ると、出てきなさいと指示をした。
それには尖岩もびっくり。目を見開いて、白刃とこじ開けられた鉄格子を交互に見た。
「お前、怪力ゴリラかよ……」
驚きを漏らしながらも、ありがたく外に出ようとする。そうすると何故か、見えない壁にはじかれるようで、牢の外に出ることが出来なかった。
驚いて白刃を見上げる尖岩。白刃は、心のなかで眠っていた欲が疼きだのを感じた。必然と上目遣いになる尖岩を見下し、その装いを脱いだ。
「出してほしいのなら、言う事あるよな」
尖岩はどこか悔しそうだが、ここで逆らうのは賢明ではないと判断したのだろう。どんなヤンチャ者の悪党でも、五百年閉じ込められていたら精神的に参る。
「何すればいいんだよ」
一刻も早く出たいという一心で訊くと、白刃は小声で告げる。
「あ、あなたに服従し、つくすことを……誓います。お助けください、し、白刃様」
いかにも嫌そうだが、途切れ途切れになりつつも望まれた言葉を放つ。その様子に背筋がゾクゾクし、白刃は加虐に笑った。
「声が小さい。やり直し」
「なっ……ぅ、ぁあぁもうっ!」
これはもう、吹っ切れるしかない。尖岩が恥やらその他諸々をすべて呑み込んで、声を上げた。
「貴方に服従し尽くすことを誓います! お助けください白刃様っ!」
「よろしい」
透明な壁が無くなり、尖岩はこいつの気が変わらないうちにとそこから飛び出る。
久しぶりに立つ広い世界と新鮮な空気はとても良いものだった。しかし、問題が一つ。こいつだ。何だろう、なんか怖い。
本能的に察した、こいつと共にいたら己の身が危ない。自慢の脚で逃げてやろうと考え、すぐさま地面を蹴った。
しかし、長年脚などろくに使っていなかったせいで、筋力が劣ろいていたようだ。思ったように飛べず、その前にひょいと襟首を掴まれた。
「っと、誓った途端に逃げようとするとはな。やはり首輪は必要だな」
「首輪って、俺はお前のペットじゃ、」
抗議もさせてもらえずに、頭に何かを付けられる。嫌な予感がして頭に触れると、そこには確かに、今までになかった何かがあった。
「なんだ、これ?」
「首輪のようなものだ」
不思議そうにしている尖岩に教えると、念じながら右手を軽く握る。
「っ――」
しっかり作動しているみたいだ。白刃は薄ら笑いを浮かべて更に力を籠める。そうすれば、尖岩の喉から声が上がる。
「痛い痛い痛い! やめっ」
まるで音の出る玩具で遊んでいるかのように、白刃は手を緩めたりきつくしたりしていた。しかし、痛い痛いと喚く声がだんだんとうるさくなってきたため、それをやめる。
「おいこら白刃っ! 俺を何だと思ってんだ!?」
余程痛かったみたいで、涙目になりながら叫ぶ。なんともまぁ、いいモノだ。
白刃はそんな尖岩をじっと見つめてから、薄ら笑いで答える。
「玩具」
「っざけんな!」
キーキーと騒ぐ尖岩。そんな彼の頭の上に、白刃がぽんと手を置く。
その動作の意味が分からなかったようで、尖岩は不思議そうな顔をして相手を見上げる。白刃はそんな彼に一言。
「お前はなんとも、小さいな」
「俺がちっちぇぇんじゃねぇ! おめぇがデケえぇんだ!!」
これは単純な感想で、悪意などなかったはずだ。はずなのだが。
そんな反応をされたら、虐めたくなるじゃないか。
白刃はそのそばにすっとしゃがみ、下からいつもの装いで微笑む。
「これでどうでしょうか、坊や」
その時、岩山の方から「坊やじゃねぇよ!!!」という非常に大きな声が街まで届いていたとかいなかったとか。
昔々、生命を腹に宿した一人の女人が、岩山のふもとで息を切らしていた。もうすぐお産が始まる。しかし、種となった男は逃げ、それを見守るのは物を分からない猿達のみ。
猿は見慣れない女が居座っているというのに、その様子を分かってか威嚇をする様子はなく、女の寄り添うようにそこにいた。
キーっと高い声で鳴いた猿を見て、女人は苦しさを交えながらも微笑む。
「ねぇ、お猿さん。私、もうダメかもしれないの」
その声は既に掠れていた。弱々しく、残った力を使い果たさんとしているようだ。
「けどね、この子はなんとしても、産んであげたいの。私の事はいい、この子を……この子だけは、助けてあげて」
既に意識は朦朧とし始めている。猿に物を頼むなど、笑われてしまうかもしれない。もう、藁にでも縋るような気持だった。
己が愛したあの人は、結局自分を愛してはくれなかった。分かっていた。分かっていたはずなのに。何故こうも滑稽な終わりを選んでしまったのか。最期の後悔に涙を浮かべ、弱々しい声でもう一度「お願いだから」と猿の頬を撫でる。
猿は知ってか知らずしてか、返事をするかのように「ウキッ」と鳴き声を上げた。
そんな様子を、木の上に立って眺めている。
『猿が助けてくれるわけないじゃんか! もー、仕方ないなぁ』
耳に届いた産声と、一つの命が燃え尽きる音を聞き届けると、木から飛び降りる。
既にハイハイをし始めている赤子は、ぐったりと倒れこむ「それ」が動かない事を不思議に思い、ペチペチと叩いたりしていた。
そんな赤子を抱えあげると、赤子は何をするんだといいだけに手足をバタバタさせる。
「あぅっ。あー!」
『はいはい、ダメでちゅよー。それはもう、「ママ」じゃないんだ。魂の抜けた、ただの肉片さ。君にはまだ、分からないだろうけど』
足元に群がる猿と、魂を亡くし物と変わったそれを横目に赤子をあやす。
その時、この岩山の頂点に携わる鋭く先を尖らせた岩が思い浮かぶ。
『ふっふー、光栄に思いな! この僕が直に名前をあげよう。君の名前は――』
「……尖岩」
「んぁ?」
ぐーすか眠っていた尖岩は、突然かけられた声が一瞬誰だか分からずにいた。しかし、その異様なまでに整った美しい顔と、白い髪を見れば直ぐに脳はそれを理解する。
「なんだ、白刃か」
「なんだとはなんだ。お前が起きないから俺が起こしてやったんだろうが」
呆れたと言いたげな白刃は、完全に何も装っていない素の彼だった。何故か、ここには尖岩と白刃の二人しかいないのだ。
起きないから起こしてやったと言うが、まだ日はどっぷりと沈んでいる。こんな時間に起こす奴がいるか。そういう目で見ると、白刃の視線は尖岩には向いておらず、森の中では有象無象と同じ木々に目をやっていた。
数秒の間が空いてから、白刃はやっとこちらを見た。
「お前は寝ているし、ここは森。非常に、退屈だ」
無に近い表情でそんな事を言うから、尖岩は眠気交じりに冷静なツッコみをする。
「ねりゃいいだろんなもん」
これは正論以外の何物でもなかったはずだ。しかし、白刃は何を言っているんだお前はと言いたげな顔を浮かべる。
「寝れない」
「なんだ、いつもの枕じゃないとダメとかそういうの? だったら持ってくれば良かっただろぉめんどくせぇ」
野宿には慣れている尖岩は、草の上に構わず寝転がりもう一度寝ようとする。その態度が気に障ったのか、白刃が彼の頭の輪を締め始めた。
「いっ」
「おい……睡眠妨害は質が悪いぞ」
「起きろ」
睨んでみても、やはり白刃は動じない。もう自棄になって勢いだけで起き上がると、白刃はそれで満足そうだ。
「あーもう! はいはい起きてりゃいいんでしょ起きてりゃー」
起こされずに満足に眠っている馬を恨めし気に見ながらも、馬は悪くないかと思い直し、立てた片脚に頬杖を突く。
「ほんと、何がしてぇんだよ、お前は」
「したいことをしているだけだ」
「したいことが可愛くねぇのな」
尖岩は苦笑う。もしかして、あれがしたい事か。あの逆らうわけにはいかない状況下で、助けを乞わせる事か。人に首輪ならぬ頭輪を付けて、玩具のように遊ぶことか。だとしたら趣味が悪い。
これは、年上として正してやるべきだろうか。そう頭に過ったが、自分が人の道を指導できるような者ではない事を思い出す。
何故あんな湿った所に閉じ込められていたのか。それは過去の己のヤンチャの代償だろう。
「それにしても、かの大悪の所業は本当だったんだな。実際、お前は何をしたんだ」
タイミングよくそのことを問われると、尖岩は話し出す。
「あー、まぁ俺も昔は悪ガキだったわけよ」
「今もだろ」
「お前は俺の何を知ってるってんだ」
「雰囲気」
「ふざけるな」
白刃の言葉は軽く受け流し、続きを語る。
「俺さ、こう見えてガキん頃は天ノ下に住んでたんだぜ? だけど、そこでの生活は平和だけど、つまらなかった。だからここに抜けてきてな、適当にプラプラしてたんよ。そしたらやけに猿に懐かれるわで、俺の言う事聞いてくれるものだからさ、それでいたずらして遊んでたんだ」
「そんな所に俺は魔の者に出会ってな。暇つぶしがてら唆して暴れさせていたら楽しくなっちゃって、つい俺も大暴れしちゃったんだ。そしたら、禁錮五百年よ」
つい先ほどまでの話だが、もうすでに笑い話となっているようだ。
話せば目が覚める。捕まってあんなところに囚われてからは、岩山の猿たちを呼んでは戯れて、食い物を持ってきてもらう日々。最初は外に出る方法が無いかと色々やってみたが、どうしてもあの鉄格子はうんともすんとも言わなかった。
うんともすんとも言わなかったのに、白刃はいとも簡単にこじ開けたのだ。そう考えると震えてくる。思っている以上に、こいつはやばい奴なんじゃないかと。
「つまらない、か」
「大方、同感だ」
小さく笑ってそういった白刃。それは、尖岩に最初に見せた清い笑みとは違う。どう考えても、こちらの方が素なのだろう。だから余計に質が悪いんだ。
夜だからかは知らないが、昼に比べて白刃は良く喋るようになった。
「女は俺と顔を合わせるだけで真っ赤になる。話そうとしてもろくに話してくれないし、ほんとに、何なんだろうか」
それは、モテ自慢かと。しばらく女人の顔すら拝んでいない自分に、嫌がらせかと。尖岩がそりゃないぜと文句の一つでも言ってやろうとしたが、それより先に白刃が続ける。
「なぜあいつらは俺を怖がる。折角人が優しく振舞ってやってるってのに」
不服そうな顔でそんなことを言っている。その顔、冗談ではなさそうだ。
まさか、分かっていないのか。
尖岩は思わずこみ上げたものを抑えきれず、ふっと吹き出した後にに笑いだす。
「違う違う! そりゃおめぇ、怖がられているわけじゃねぇよ! んなことも分かんねぇとか、お子様かよっ!」
これでもかという程大笑するものだから、ムッと来て白刃が手を握る。
「ったぁ! 気にくわないからって痛み付けるのは違うだろ!」
今回は一瞬だけだったが、本当に気が抜けない。
しかし、今のは自分じゃなくても笑うと思う。そうして、尖岩は足をなげうつ。
「たくよー、これだから無自覚はよぉ。いいか? そういうのは怖がられてるんじゃなくて、モテてるっていうんだ」
「……?」
白刃は首をかしげた。そんなことも知らないのかと、尖岩は内心驚いた。恋愛的な好意に気付けないというだけならまだ鈍い奴と笑えただけだったが、こうなると鈍いというより、無知かもしれない。
「お前、今までどんな環境で過ごしてきたんだよ」
「生まれてから堅壁の屋敷に住まわせてもらっているが」
その一言で納得した。
堅壁と呼ばれるその家門は昔からお堅い事で有名だ。少しのゆるみも許さない、そんな感じ。もしかしたら、最近は時代に合わせて少しは緩くなっているかもしれないが、それでも堅い事には変わらないだろうし。
「こりゃ驚いた、お前堅壁のお弟子か! はー、そりゃまぁ、大層な」
ちらりと白刃を見て、少し前の事を思い出す。
折からやっと出してもらえると喜んで出てこようとした者を術で妨害し、服従の言葉を言わせて。この輪を使って愉快そうに痛み付けて……人をまるで玩具かのよう遊びやがったのは、紛れもなくここのこいつなのだ。あの時の白刃はとても愉しそうに、悪い顔をしていた。あれが堅壁のお家の者のやる事かと。
もの言いたげな尖岩に気が付いたのか、また意味もなく手を握って輪を締める。
痛がる尖岩を見て、また愉快そうな悪い顔をした。
「愉しい」
「そ、そっか、それは何よりだな」
頭がじんじんと痛む。この癖だけは早急に直してもらいたい。そんな事を思うが、無理だと断言出来た。魂の根本からの性質は、いくら叩かれても治らない。そもそもそれが正常なのだから。
溜息をついてもう一度寝ようと横になるが、また起こされる。そしてまたしばらく話して、また寝ようとして起こされて……そんなことを繰り返していると、やがて時間は丑三つ時に差し掛かる。
尖岩は何をしてやればこいつは眠るのかなんて考えながら頬杖を突いて眺めていると、ふと白刃がどさりと倒れるように横になる。
いきなりの事で驚き、誰かから攻撃されたかなんて思って駆け寄る。しかし、当の本人は目を瞑って、すやすやと眠っているだけだ。
「ったく、心臓に悪い就寝だな……」
頭をかいて、元居た場所に戻る。起こしてくる相手が眠ったのだから、自分も眠ろう。
少しだけ、世の母親の気持ちが分かった気がした、そんな夜の話だった。
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