楽園遊記

紅創花優雷

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後編

動き出した魔

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 それから数時間後。時刻としては午前九時頃に、紅蛾が一匹の猫を抱えて屋敷に戻って来た。
 そして、白刃達のいる部屋に尋ねてくる。要件は粗方察しが付く、昨日一日だけ貸していた覇白の返却だろう。
 部屋の中に入り、紅蛾は眠っている猫を白刃に渡す。
「覇白を返すわ、ありがとうね」
 猫の覇白は膝の上に乗せて、白刃は「あぁ」とだけ返す。起こそうとしたが、少しだけこのまま寝かせてやる事にした。
 ところで、何故猫なのだろうか。そして何故それのまま寝ていて、それのまま返しに来たのだろうか。山砕はその事が気になってしまって、訊いてみる。
「紅蛾、何したの?」
「いやねぇ、久しぶりなモノだから愉しくなっちゃって」
 ふっと笑って、眼を逸らす。それから、用は済んだからと言って出て行ってしまった。なんだろう、何かやましい事でもあるかのようだ。
 別に猫にして遊ぶくらいなら何とも言わないのに、そんな心が狭い男だと思われたのなら心外だと考えながら、白刃は覇白を撫でる。相変わらずふわふわで、触り心地が良い。
 撫でられたからか、目覚めた覇白は目を開ける。くわぁっとあくびをして、白刃の膝の上で伸びる。
 そして、その口から発せられた言葉は、
「んにゃ」
 ごく普通の猫の鳴き声だった。
「ん?」
 尖岩は思わず声を漏らす。
 猫がにゃあと鳴くのは普通の話。だがこれは、猫は猫でも覇白だ。覇白は馬の姿であろうと犬の姿であろうと普通に喋る。
 自分が発した言葉が何か、本人も分かったのだろう。ハッとして、戸惑っている様子だ。どんなに声を出そうとしても、出てくるのはにゃーという鳴き声だ。
「覇白さん、どうかしましたか?」
「にゃ、にゃー! にゃむにゃ。にゃー……」
 何を言っているのかは分からないが、伝えようとしている事はその必死さから何となく分かる。覇白も好きでにゃーにゃー言っている訳ではないのだ。
 何でこんな現象が起こっているかなんて分からないが、一つ考えられる解決策がある。白刃はそれを覇白に教える。
「とりあえず、人に化けてみろ」
「にゃ!」
 それだ! と言いたげに頭をあげ、白刃の膝から降りてから変化する。
 いつもの人の姿の覇白だ、これで大丈夫だろうと皆が思った。しかし、そう上手くは行かなかった。
「にゃ」
 発せられた声で察しがつき、口を閉じる。そして、人の姿でにゃーと鳴くのであれば猫の姿の言方が良いと判断して、猫に化けた。
 このままだと困る。この中に猫の言葉を分かる者はいないのだ。
「不思議な事もあるモノですね。猫に化けたら声帯も猫になっちゃったのですか?」
 声には出さずに、こくりと頷く。
 何でこうなったを把握するためにも、まず話を聞かないといけないのだが。
 そんな時、「失礼します」と恐る恐る声を掛けながら、寝心が襖を開ける。
「あの、こちらに猫の魔の者の気配が感じまして……何ともないですか?」
 寝心はまだ白刃達といるのは気まずいようで、視線を定めずに話す。
 魔の者が出たと言う事は心配になる報告ではあるが、気になるのは猫のという所だ。
「猫の?」
「あ、はい。猫の」
 山砕が聞き返すと、平然と答えられる。
 猫の魔の者、初耳だがいても可笑しくはないだろう。猫がどれ程の魔を持ち合わせているかは分からないが、生物である以上多少なりとも存在はしている。
 ここで尖岩は思った。こいつなら猫の言葉が分かったりするんじゃないかと。
「あ、なぁ。お前猫の言葉分かったりする? 第二組織の中、めっちゃ猫いたじゃん」
「え、猫の言葉ですか? 一応、分かりますけど……」
 ビンゴだ。屋敷にあれだけ猫がいるのだから、猫使いだろうと思ったのだ。
 尖岩は覇白をひょいと抱え、寝心にお願いをする。
「じゃあさ、今からこいつの言う事翻訳してくれん? 覇白、何があったか話してくれよ」
「わ、分かりました……」
 寝心はしゃがんで、覇白の言う事に耳を傾ける。
「にゃー、こーにゃにゃむんにゃー」
「えっと、『昨夜、紅蛾に言われて猫に化けたんだ』」
「にゃにゃ、なーにゃにゃー」
「『それでしばらく遊ばれていたのだが』」
「にゃーぁご、にゃぁ。むにゃぁ」
「『気が付いたら喋れなくなってしまった』。との事です」
 大体は予想していた物と同じだ。
 しかし問題は、猫に化ける事なんてざらにあったのに何故ここで人の言葉を喋られなくなったと言う事だ。
「もしかして、覇白さんにその猫の魔の者憑いてたりしますか?」
 鏡月がそれを言うと、尖岩と山砕はそれだ! と反応を見せる。
「あ、はい。そうです。それが原因かと」
「にゃっ……!」
 自分が憑りつかれているという事に驚いたみたいだ。しかし、それならとっとと追い払ってしまいたいと、白刃に助けを求める。
「んにゃ! にゃ!」
 膝の上に前足を乗せて、見上げながらお願いしてくる覇白。白刃はそれを見て、少しの間が開いてからぽんと頭に手を置く。
「……ま、しばらくこのままでも困らないだろ」
「にゃーっ!!」
 薄ら笑いの白刃への、必死の抵抗だ。何を言わんとしているかは猫語が分からなくても伝わる。
「ふふっ、可愛いな」
 もう少し楽しんでいたいが、魔の者となると悪化して取り返しのつかない事になるかもしれない。言われないと気が付かない程度の魔の者なら、簡単に追い出せるだろう。
 力を出して覇白に触れると、中から辛うじて猫だと判断が出来る形の黒い靄が飛び出し、何をするんだと言いたげに威嚇をする。しかし、白刃を目にすると何かを感じ取って、そそくさと逃げて行ってしまった。
 逃げた魔の者は置いておいて、問題の覇白がどうなったかだ。試しに覇白は声を出してみる。
「あー、あー。ん、大丈夫そうだ」
 きちんといつもの自分の声が出た。安心して姿を人に変える。
「良かったですね覇白さん」
「あぁ。あのまま本当の猫になる所だった」
 安堵の溜息を付いて、その場に座った。魔の者も去って行ったし、どうやらちょっとした事件も無事解決できたようだ。寝心は立ち上がって、軽く会釈をする。
「無事そうでよかったです。それじゃあ、僕はここらで……」
 その三秒後に廊下の方から、「あ、寝心くん!」という夢寝の声が聞こえ、何処かに向かって行った。
「ところで覇白、紅蛾と何やってたんだよー?」
「おっ、よろしくお楽しみやってたのー?」
 尖岩がにまにまとしながら問う。山砕も便乗して問いかけ、覇白を突く。軽くちょんとしただけなのに、一瞬だけビクンと跳ねるような反応をされ、大体何をされていたかは察した。
 そして覇白は、一言だけ答えてくれる。
「紅蛾、とっても楽しそうだった」
「そっか。それは、何よりだね」
 大人である三人はそれがどういう意味で、ナニがどう楽しそうだったのかが分かってしまう。まぁ世の中には、様々な趣向の者がいるから。
「覇白さんは楽しくなかったんですか?」
 それは、鏡月の純粋な問いかけだった。
「一応、楽しくはあったぞ。ただ、な。肉体的にきついモノがあってだな」
 色々とかなり濁して答え、鏡月は鬼ごっこでもしたのかなぁとでも考えていそうだ。
 しかし、子どもと言えど十七歳だ。そう言った知識も与えた方が良いか、少しそう考えたが、そう言うのは自分たちの役目ではない。そう、身内の役目だ。
 心の中で今ここにはいない叔父に全て丸投げしておいて、尖岩は鏡月を撫でる。鏡月は何故今撫でられているのか不思議そうに首を傾げた。
 そんな事をしている外で、何やら異変が起こっていた。
 陰壁と封壁から、伝達が飛んできたのだ。大将はその便りを確認して、顔を顰める。
 急いで書かれたのかとても簡潔な文で、そして同じ内容であった。
「陰壁と封壁が、同時刻に襲われただと」
 そう声を漏らすと同じ部屋でお茶を飲んでいた寝心は、ハッとして先手を打って否定しておく。
「僕何もしてないですよ!?」
「まだ何も言っていないであろう、少々考えたが」
 話を聞いた時にやっていた事は洗いざらい吐いてもらった。この件で寝心の第二組織が関わっている事はないだろう。それより下の第三組織の独断行動とも考えづらい。
 全く関係のない独断で動いている奴等か。もしくは、魔潜の主犯格である第一組織か。とにかく、壁の長が魔の者に憑りつかれたとなると一大事だ。一応、どちらも乗っ取られたりはしていないようだが。
 羅宇は大丈夫だ。彼奴はプライドが高く、自我が強い。魔の者に乗っ取られるなんて醜態は晒すまいと耐え切り、己の力で奪回するだろう。それに、宴我が羅宇の様子を見に行くと言う報告も入った。奴がいる前では猶更、プライドから底力が沸くだろう。しかし、問題は幻映だ。
「あらぬ疑いを掛けられたくなければ、そこで大人しくしておれ」
 寝心と夢寝にそう言い聞かせ、大将は立ち上がる。四壁として、ここは年長者が動くべき所だ。
 最も、三人の中で一番怖がられていないのが大将だと言う事が大きいのだが。
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