楽園遊記

紅創花優雷

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後編

正義の壁とかつての大悪党

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 今日は良く寝ることが出来た。珍しく白刃が普通に寝たのに加え、昨夜は鏡月が「僕も白刃さんにギュってしてほしいです」と言った事により、その二人で布団に入っている。それはまるで仲睦まじい兄弟だ。
 寝ている白刃の頬をつんつんと突いてみる。意外と柔らかい、表情筋をそこまで使っていないからなのだろうか。というか、肌がすべすべだ。綺麗なのは見て分かるが、これが美人の肌なのか。
 触っていると、流石に起きてしまった白刃は、怪訝そうに尖岩に視線をやる。
「なんだ」
「あ、すまねぇ。つい出来心で」
 手を放そうとすると、その前にガシッと手首を掴まれて自分の頬に持っていく。
「あったかい……」
 そう呟いて、また眠った。
 寝ぼけていたのだろう、まぁ寝るのは良い事だ。尖岩は何とはなしに彼の頭を撫でてから、庭に出てみた。
 山砕が起きていればここらで朝の運動がてら一発手合わせをしても良かったのだが。まぁこんな時間に殴り合いなんてしたらまだ寝ている者達を起こしてしまうか。
 寝巻のままうろうろしていると、庭木の下にこんな朝っぱらに誰かが立っているのが見えた。
 弟子の誰かかと思ったが、それは弟子ではなく師匠だ。
 大将は散り始めた桜を眺めている。
「ん。あれ、お師匠さんじゃん」
「あぁ、お前か。朝早いな」
「そりゃこっちのセリフでもあるぜ。何、やっぱ年寄りだから?」
 年寄りの朝は早いと聞いた事がある。冗談半分で言ってみると、大将は表情をそのままで返して来る。
「今日の修行、昨日の二倍にしてもよいのだぞ」
「それは勘弁! あの後体マジでヤバかったんだぞ!」
 それは、流石の遺脱者でも無茶だ。訴えると、大将はふっと笑う。
「冗談だ」
 意地が悪い事だ、冗談なら冗談と分かるように言って欲しい。
 尖岩は終わりが近い桜を見て、落ちて来た花びらを掴む。ちょっとした遊びだ。
「あ、なぁお師匠さん。教えてほしんだけど、白刃ってどういう条件で寝付くんだ?」
「寝付く条件か」
「あぁ。だってよ、寝る時と寝ない時の差が激しいんだもん。極端に疲れた時は寝るってのは分かっているんだけどよ」
 大して気になっている訳でもないが、知っているのなら聞いてみたいとその事を尋ねるが、大将は首を振る。
「私も、分からぬ」
「彼奴は、私にも弱みを見せようとしない。不眠の事は一回だけ教えてくれたが、それ以降は、問題ない、大丈夫だの一点張りでな」
 つまり意地を張っていると言う事だ。師匠に相手にもそれかと、尖岩は苦笑いを浮かべる。まぁこれは心配をかけたくないからという考えを察せるが。
「やっぱあいつ、変な所で意地張るんだな……肉まんも、絶対好きなのに」
 これに関してはよく分からない。別に肉まんが好きでもなんら可笑しい事ではないのに、何故あんなに否定する。一言そうだよと言えば済む話ではないか。
 不思議な事だが、この事なら大将も心当たりがあるようだ。
「それは子どもっぽいと思われるのが嫌なのであろう。昔からの事だ」
「へー、さっすが。育てただけあるな」
 素直に感心するものだ。
 しかし、子どもっぽいと思われたくないと言うのは逆に子どもっぽい気がするが。そこの所はどうなのだろうか。そんな事は訊いたとこで分かる物ではないが。
「んじゃあ俺部屋戻るわ。また後でな、お師匠さん」
 特に話す事も無くなった為、さっさとこの場から去ろうとする。四壁は未だにちょっとだけ怖いのだ。
 しかし、大将はそれを呼び止める。
「待て尖岩」
 説教とかだったら嫌だなーと思いながら振り返る。幸い、説教ではなさそうだ。
「大悪党の実力、如何ほどか知りたい」
 説教ではなかったが、斜め上ではある。
「え、手合わせって事? 一応俺、体術専門だけど」
 純粋に、手合わせであろうと老人を殴るのは気が引けるのだ。しかし、大将は気遣い無用だと言う。
「嘗めるでない。私もまだ若い奴には負けとらん」
「いや俺お師匠さんより大分年上なんだけれども……」
 ちょっとした、のように見えてかなり大きい訂正を呟くが、見た目が若者であるから対象からすれば同義なのかもしれない。何も知らない人にそんな事言っても「は?」と言われるだけだろうが。
 しかし、四壁の師をやっている者だ。確かに、そんちょそこらの七十歳とは訳が違う。ご老体だからと気を遣うのは失礼にあたるだろう。
「じゃあ、行くぞ」
「おうよ」
 互いに構え、尖岩は試しに一発拳を向かわせる。
 その拳は相手の手のひらで受け止められる。手加減は無しにしたつもりだったのにと驚くと、その一瞬で後ろに投げ飛ばされた。
「ったぁ!」
 思いっきり地面に背中を打ち付け、叫ぶ。
 そうだ忘れていた。弟子が弟子なら師匠も師匠、そう、こいつは檻を素手で抉じ開けることが出来る。あの鉄の円柱をぐーっと、紙でも折るかのように曲げるのだ。
 しかし、遺脱者として人間相手に音を上げるのはプライドが許してくれない。
 起き上がり、普段使わない力を波動として放射し、相手を怯ませ、それから殴りかかる。
 思い出す。特に悪い事をしようとした訳ではなく、ただ楽しかったから民衆相手に振るった暴力。魔の者に好きなだけ暴れていいと囁いてみたら、面白い程に暴れ出した。猿達は興奮する尖岩に同調するように、野生の凶暴性を剥き出し、人々に襲い掛かる。
 そして自分も、好きなだけ暴れた。一回殴ったら死んだ奴もいた、それ程人は呆気なかった。だけど何故だろう、雑魚を潰すのはとても愉快だった。それは、幼い子どもが悪意無く蟻を潰していく感覚に等しい物がある。
 五百年で懲りたとは思っているが、自身の力を振るうと言う事が楽しいのには変わりない。
 楽しくなってきた尖岩は、地面に脚を突き大きく跳ね上がる。地面を殴りつけ、衝撃波を作りだした。
 大将はそれを身に受け止め、顔を顰める。体に響く衝撃が痛むのだろう、しかし、流石師匠をやっているだけあって、それだけで済んでいるのだ。
「流石お師匠さんだなぁ」
「うむ。お前こそ、大悪党と呼ばれただけある」
 それは褒めているのだろうか。とりあえずは誉め言葉として受け取り、「おう!」と返す。
「さて、ここらでよしておこうか」
「あれ、もう止めんの?」
 勝負はここからだが、大将はここらで切り上げた。呆気に取られて、尖岩が尋ねると大将は、登ってきた朝日に目をやり、答える。
「あぁ。このまま続けたら、まだ寝ている者を起こしてしまうだろう。起床時間まではまだ少しだけあるのでな」
 そりゃ、こんな所で殴り合ったら、何事かと駆けつけてきてしまう奴もいるだろう。これは立派な睡眠妨害だ。
「それもそっか」
 力を引っ込めて、尖岩は握った手を解く。山砕以外の相手と手を合わせたのは久しぶりで、中々に楽しかった。いい運動にもなったし、今日は良い感じに過ごせそうだ。
 そんな尖岩を見て大将は様々な意味を持って息を一つ吐き、忠告する。
「尖岩。もしもお前がその力を再び悪事に使おうモノなら、四壁も私も、容赦しないぞ」
 鋭い目つきで言いつけるそれは、まさに有無を言わせない空気がある。尖岩はいい加減昔と同じ大悪党扱いは飽きたと、不満げに言葉を返した。
「わーってるって。流石に五百年も閉じ込められたら流石に懲りるっちゅーの! 大悪党つったって、何も人様の人生壊して楽しむのが趣味な訳じゃねぇーよ」
 精一杯に示された遺憾の意で、大将はうむと頷く。
「それならよい。『人の道外れず成す事を成す』……堅壁教訓だ、覚えておくといい」
「覚えておくぜ。ま、俺は元々人間じゃねぇけど」
 教えはありがたく受け取っておく。これからどうするにしよ、必要な言葉だろう。人の道、それが何を示すかは一個人の捉え方次第だろうが、要するに非道徳的な事はするなと言う事だ。
 尖岩が部屋に戻るとまだ誰も起きていない為、二度寝でもするかと布団に入った。
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