楽園遊記

紅創花優雷

文字の大きさ
62 / 87
後編

師弟の絆。

しおりを挟む
 そして同じ頃、白刃は師である大将と共に庭で夕日を眺めていた。
 もう直ぐ日は完全に沈むだろう。大将は、隣で夕日を見ている愛弟子の横顔を目に映しながら、一つの事を訊く。
「白刃、彼奴等との旅はどうだ。楽しいか」
「えぇ。それはもう、とても楽しいです」
 白刃は、そう笑みを浮かべて答えた。
 嘘ではない、本心での返答だ。ずっと、彼が赤子だった頃から面倒を見ている大将からすれば、それを見抜くのは容易かった。
「そうか。良かったな」
 そうすると、白刃は微かにはにかむ。意識的に行った事ではないのだろう、ほんの少しの間だけの事だった。
 少しの間が流れ、大将は話題を変える。どちらかと言えば、こちらが本題になるだろう。
「先程、寝心と夢寝に話を聞いた。魔潜の頭は汰壊と言う男で、妻の扇羅という女人、血の繋がりのない双子の息子の四人の家族構成。そして魔潜の主である第一組織は、その四人しかいない」
「尻尾は掴めた。後は、引きずり出して始末するのみ」
 ついにここまで来たのだ。ずっと追い詰めて来たそれの正体がやっと見えた。
 大将は厳かな表情で、白刃と向き合う。そして、術によって大事にしまわれていた刀を表に出し、白刃に受け渡した。
「白龍の聖刀。お前の父、春風の形見だ」
「父の、ですか」
 ずっしりと重い刀は、何故かしっくり手に馴染んだ。試しに鞘から取り出してみると、一点の穢れもない純白の刃が、夕日に照らされ輝く。
「それが、お前の名前の由来だ」
 白い刃、それで白刃。過去に聞いた事がある気がする。
 鞘に戻して、それを握る。
「確かに、受け取りました」
 刀は大将と同じく術でしまっておけばいいだろう。しかしまだしまわず、それを手に持っていた。
 そろそろ部屋に戻ろう。どうせなら、この刀もあいつ等にも見せてやろう。特にそれに特別な意味はないのだが。
 そんな時、大将はまた一つ告げる。
「私は、いずれはこの師の席をお前に譲るつもりでいた」
「若くして実力のある、お前のように優れた奴にであれば、この師の立場も渡してもいい。そう思っている」
「しかし、この屋敷は、お前には狭すぎるようだ」
 小さく微笑んで、彼は言う。
 白刃は驚き混じりで、「師匠」と呟く。そんな弟子に、彼は続けた。
「何、お前はまだ若い。屋敷にいるも外で自由に過ごすも、好きなように生きるといい。安心しろ、私もあと五十年は生きるつもりだ」
 だから、お前にその気があるなら言ってくれ。そう告げて、大将は白刃の肩を叩く。
「ただ、過度な加虐はよしておけよ」
 ゆっくりと目を見開いた白刃を横目に、大将は軽く笑う。
「隠せているとでも思ったか、馬鹿者が」
 そう言うと、師は白刃を横切り屋敷の中に戻って行った。
 彼は本当の父ではない。しかし、その命が生まれた時に失われた二つの命の代わりを果たしていたのは、間違いなく彼だったから。
 子どもの隠し事は、大抵隠せていないのだ。


 大切な友人が遺した子どもは、可愛らしい女人と結ばれ幸せな人生を送っていた。そして、妻のお腹に宿った子を、心待ちにしていた。
 彼は言っていた。自分の父と母は、どちらも幼い頃にいなくなってしまった。それがどれ程悲しい事か知っているから、自分の子どもにはそんな思いはさせたくないと。だから、大きくなるまでは家族三人、もっと言うのであれば、皆で一緒にいたいと。
「勿論、師匠もですからね!」
 そう言って笑ったその男は、春風のように穏やかで。とても、美しかった。
 あの時、あと少しだけでも早く着いていれば。そうしたら、彼等は助かったかもしれない。その願いを、叶えてられたかもしれなかった。しかし、後悔した所で何にもならない。残された子どもを守るしか、彼奴にしてやれることはなかったから。
 多くの弟子達を見て来たのだ、抱えたその赤子が特別であったのは一目で分かった。
 生まれながらにして力を持つ者、俗に言う超越者に選ばれた魂というやつだ。しかし、大将は何となく分かっていた。これは、それ以上のモノであると。
 子どもだから子どもらしく、と言うのはあまり宜しくないのかもしれないが、この子に関してはそう思わざるを得なかった。
 我慢して背伸びをしているあの子の心を、恵まれた魂故に迎え入れてくれた両親を忘れられない子どもの気持ちは、分かってやれたはずだ。しかし、「何でもない」と微笑んだ幼い子に、なんと返せばいいのかなんて、分かる訳もなかった。
 白刃は自分に心を許している。しかし、これは「子」としてではなく「弟子」として、そして、「親」に対してではなく「師」に対してのモノだ。
 当たり前と言えば当たり前の事。自分は父ではない、飽く迄も他人だ。しかし、世の中にある絆は、血だけではないから。
 白刃が十三歳の頃のある日、その日は嵐で空は大荒れで。そんな中、一人の女人を屋敷に泊めた。彼女は実家に帰る途中であったがこの嵐の中では歩くに歩けなかった為、ここに助けを求めたのだ。
 夜中二時。大将が本を読んでいると、ふともうこんな時間である事に気が付く。
 自分としたことが、熱中し過ぎてしまった。
 反省しながら、本に栞を挟む。そして机の端っこにそれを置いて、眠りにつこうとした。しかし、その次の瞬間に、部屋の中になんの前触れもなしに白刃が飛び込んできた。
 なにやら怯えた様子を見せている彼に、大将は驚きながらも冷静に尋ねる。
「白刃、どうしたこんな夜中に」
「……あ、いえ、すみません。何でもないです」
 ハッと我に帰った白刃は、直ぐに出て行こうとした。
 しかし、幼い頃にでも怖い夢を見たと言って布団に潜りこんでくるような事は一度もなかった子だ。こんな夜中に駆けこんでくると言う事は、余程の事があったのだろう。放っておくわけにも行かない。
「待て。何もない訳が無かろう。何があった」
 白刃は何も言わなかった。言いたくない事なのだろうか。それなら、無理に言わせるのは良くないだろう。
「まぁよい、落ち着くまでここにいるといい。それまでは私も起きている」
 申し訳ないから大丈夫とか返されると思ったが、意外にも白刃は素直に頷き「そうさせていただきます」と小声で返答する。
 その時、ずっと大人と等しく振舞っている彼が、年相応に見えたのだ。


 部屋に白刃が戻って来たその頃には、尖岩の体もある程度回復していて、普通に座って猿吉と戯れていた。
「お、白刃お帰りー」
 振り向くと、白刃は無言のまま、右手を容赦なしに握りしめる。
「いたいいたいいたい! マジでいたい! 白刃! ちょっと、白刃さん!?」
 今まで何度も絞められてきたが、それの比にならない。これこそ正に檻を素手でこじ開ける握力なのかもしれない、そう思う程。
「っあ、ごめん! 何したか分かんないけど、謝るから!」
 とりあえず謝るが、白刃は何かに怒っている訳でもない為それで止めてはくれない。むしろ興が乗っている。
「白刃さん、それくらいにした方が。尖岩さんの頭抉れちゃいます」
「……あぁ、そうだな」
 鏡月に止められ、やっと解放してくれた。
「チビ助、頭大丈夫?」
「おい三歳児、言い方悪意あるだろ……。てか、良かったのかよ。屋敷でんなことして、バレたくないんだろ?」
 頭をさすりながら、白刃に問う。
 しかし白刃は答えず、机の前に座る。饅頭を口にほいと入れ、少し咀嚼したら直ぐに飲み込んだ。
「ちょ、喉に詰まるぞその食い方」
「問題ない。詰まった事はない」
 そういやこいつ、御萩をほぼ丸呑みしていたっけか。しかし、大丈夫でもその食べ方は心配になるからよしてほしい。
 なにやら様子が可笑しいが、この感じであれば悪いやつではないだろう。
 なぜそれが分かったのか。それは、白刃の表情が全て示していたからだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...