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後編
堅壁での一日
しおりを挟むさて、そんなこんなあるが、今日という日は平和だった。魔潜のボスについての情報を寝心や夢寝から聞いているようだが、それは大将一人で十分な作業である。だから、白刃達はゆっくりと過ごしていた。
白刃が庭で遊んでいる鏡月達を眺めていると、弟弟子の一人が白刃を見つけて声を掛けてきた。
「あ、白刃さん! ここにいましたか。少々お時間よろしいでしょうか? 僕、これから自主修行をしたいのですけど、お付き合いお願いできますか?」
自主修行とは真面目なモンだなと思いながら、尖岩は立ち止まって彼と白刃を見る。
指導をしてほしいという要求に対して、白刃は嫌な顔をせずににこりと笑って答えた。
「えぇ。勿論いいですよ。ちなみに、どちらを鍛えたいのでしょうか」
「あの、術の操作能力が周りの同年代の人より劣っているような気がして……」
「なるほど、操作能力ですか。でしたらいい方法を知っていますので、やってみましょうか」
「はい、ありがとうございます!」
いい兄弟子やっているんだなぁなんて思っていると、白刃は弟弟子と一緒に別の所に行った。
堅壁の屋敷にいる時は、一貫して表面だ。白刃と鏡月が十二歳分幼くなってしまった事でやって来た時は、他の者達が見ていない合間で素を出していたが、なにやら警戒心が高まったらしい。
しかし、どうしても尖岩は疑問に思ってしまう。
「あいつってさ、不思議だよな」
言うと、煎餅を食べていた山砕はそれを飲み込んで返答する。
「白刃?」
「うん。だってよ、普通表面とか素の自分ってさ、家族に見せるもんじゃねぇの? 俺等には素で、家族同然のお師匠さん達に表面で対応してんだぜ。逆じゃね?」
尖岩のその疑問の言葉を頭の中に、なんとなく理解する。確かに、本来は逆な気がする。
「あー、まぁ確かにそんな感じもするっちゃするけど……。まぁ、流石に師匠相手にあの態度は無理でしょ。白刃なりの匙加減だよ」
こればかりは本人の判断基準がどっかにあるはずな為、何とも言い難い。尖岩としてもそれは分かっているようだ。
しかし、少し思う。
「まぁあそりゃなぁ。けどさ、俺等超越者に敬語使った事ないじゃん。あいつ、あれでも超越者で、この世で一番偉い奴なんだぜ」
「……確かに!」
山砕がハッとすると、尖岩は「だろー」と笑う。
そこで鏡月が目に映り、気付く。
「あ、そういや鏡月もさ、叔父さんには敬語使ってないじゃん?」
「え、そうですか? 特に意識している訳ではないのですが」
咄嗟に出てくる言葉が違うだけなのだろう。鏡月は「言われてみれば……」と呟く。
多分彼奴もこんな感じだ。そう思って尖岩は笑う。
「ま、白刃も特別意識している訳じゃねぇか!」
「そうだよ。俺達は、あの事をお師匠さん達に言わなければ大丈夫だからね。鏡月も、うっかり口滑らせちゃダメだよ? 何されるか分かったもんじゃない」
「はい、分かりました!」
素直に頷いて、鏡月は地面に描いていた絵を続ける。
「なぁなぁ、何描いてるの?」
「猫ちゃんです」
地面を覗くと、そこにはなんともリアルな猫がいた。
「わぁお、やっべぇなお前、絵師なれるんじゃね? じゃ、俺も描こー」
「あ、じゃあ俺も! 何か描こうかなぁ」
そこで、しばらく姿を見せていなかった尖岩の小猿が「うきゃぁ」と鳴いて出てくる。
「うおっ、びっくしりたぁ。お前どこにいたんだ?」
「ウキャア、キャキャ」
ここにいる人達が餌をくれていた為、しばらく居ついていたとの事だ。答えると、小猿はピシッと胸を張り、描けと言わんばかりに決めポーズをする。
その意思は、尖岩が二人に伝えた。
「描いてほしいんだってさ」
「いいですねぇ。じゃあ少しだけそのままでお願いしますね」
「猿かぁ、描けるかな」
地面にしゃがんで、決めポーズの小猿を砂に描く。そんな子どもみたいな事をして楽しんでいた。
一時間ほどして、庭で遊ぶのも一旦飽きた為、屋敷の中を散策する事になった。ついでに白刃の兄弟子っぷりでも見に行こうかと。
「お、白刃いた」
彼を見つけたが、丁度指導中であった為、陰からこっそり観察してみる。
「うん、良くなりましたね。その調子でやって行けば、大きな操作能力の問題は無くなるでしょう。お疲れ様です。区切りも丁度いいですし、休みましょうか」
「はい、ありがとうございます!」
「いえいえ。私も貴方の兄弟子ですから、このくらいなら言ってくだされば時間のある時にお付き合いしますよ」
「それはありがたいです」
ニコリと微笑む白刃に、尊敬の眼差しを向ける弟弟子。若くして強さを持ち、加えて美しさも持っている白刃は彼等の憧れの的なのだろう。
「やっぱり白刃さんって、超越者に選ばれた魂、ってやつなんですか?」
そう尋ねられると、白刃は立ち止まって彼に顔を向ける。
「確かにそう呼ばれる事は多々ありますが。貴方にも、そう見えますか?」
「はい! やっぱり白刃さんは、凄い方ですし」
率直で、素直な返答だった。
返答に、白刃はいつものように微笑む。「そうですか」と一言だけ口にして、尖岩達のいる方向に歩いて来た。
「あ」
尖岩が思わず声を漏らしたが、白刃はそこを素通りした。しかし、一歩進んだ所で三人に気が付き、視線を向ける。
「……何時からいた、お前等」
驚いたような顔をしている。白刃の事だから、三人がいる事はとっくに分かっていると思ったが、そうでもなかったようだ。装い無しの、素の声で訊いてきた。
「ついさっきです! えっと、具体的に言えば」
「具体的には結構ですよ、鏡月。見られちゃいけないような事はしていないので」
この切り替え早さは相変わらずちょっと引く。近くに師匠がいる訳でもないのに。
今日と言う日はとても平和だった。日が沈みだした夕暮れ時、修行に半場強制的に参加させられた尖岩達は、部屋で疲れた体を癒していた。
「いやー、疲れましたね」
「ねー。今日は良く寝れそう」
鏡月と山砕は、運動後の甘味を口にしていい運動をしたと実感している。堅壁の修行は噂通り厳しかったが、やはり他所の人には手加減をしてくれるようだ。
特に鏡月は陰壁の者だからかまだ子どもだからか、お試しと言った感じの修行内容だった。そして山砕は体力が人並み以上である自信がある為、多少厳しいくらいであれば疲れはするがいい具合で収まる。
しかし、問題はもう一人の方だ。そう、部屋では尖岩が床に横になって完全にくたばっている。
「尖岩さん、大丈夫ですか?」
「お、おう……一応、大丈夫」
所謂筋肉痛というやつだろう。体のあちこちが痛いし、疲労感が半端ない事になっている。
何故尖岩がこんな事になっているかというと、それは、彼がかつての大悪党であったから。堅壁の師匠に酷くしごかれた。ついでに、それに便乗した白刃にも。
過酷な数時間だった。その一言に過ぎる。今日はなんとしても寝かせてもらおう。明日に全てのツケが回っても構わない。今日は寝る。絶対寝る。
「チビ助、饅頭食べる? 栗餡だよ」
「食べる」
行儀は悪いが、渡された饅頭を横になったまま食べた。
好物の味が体に染みる。やっぱり栗はいい、よって栗餡の饅頭も最高だ。
「あ、お布団敷きましょうか? 横になるならあった方が良いですよね」
「お前は、ホントいい子だなぁ……。けど大丈夫、少し休めば治るってもんよ、遺脱者だからな」
ごろりと寝返りを打って、目を瞑る。歯磨きは、この脚の痛みがもう少し引いてからにしよう。どうせ夕飯も食べるのだから。
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