楽園遊記

紅創花優雷

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後編

人生と言う名の遊記

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 白刃が屋敷に戻ってきて三日経ち、今日は五月三日。そう、今日は白刃の二十三回目の誕生日だ。
 誕生日を特別心待ちにした記憶はないが、それでも皆に祝ってもらえるのは悪い気分ではない。
 朝食を終え、食器を女中たちに引き渡すと、いつも料理を作ってくれている彼女達がにこやかに尋ねてくる。
「白刃くん、今日のお夕食は何が良い?」
「そうですね。私は皆さんが作ってくれる物であれば何でも嬉しいですよ」
 白刃がにこりと微笑みながらそう答えれば、彼の顔を見慣れた彼女達も思わず乙女に戻ってしまう。
「もう、口が上手いんだからっ! うふふ、じゃあとびっきりの肉まんを作ってあげるね。皮も具材も張り切って作るから、楽しみにしていて」
「ありがとうございます、それは楽しみですね」
 今日は肉まんが出てくる。そう考えるとなんだか嬉しくなってくるな。そんな事を考えながら、師匠の下へ向かう。
 今朝、朝食が済み次第部屋に来るよう言われていたのだ。
「師匠。お待たせしました、白刃です」
「入れ」
「はい。失礼します」
 返事が来てから中に入ると、座布団がありそこに座るよう促され、そこに腰を下ろす。
「師匠、用事とは何でしょうか」
「あぁ。今日はお前の誕生日だろう。奴が送り物をしたいとの事でな」
 大将が紹介すると、部屋にパッと姿を現す。
『やぁ、僕だよ!』
 心命原だ。あぁこいつかと、白刃は納得して静かに頷く。
 心命原は反応が薄い二人に少し不満そうに頬を膨らませてから、気を取り直して白刃に言う。
『まぁそれはそうと、誕生日おめでとう! 君みたいな子が僕の世界に産まれてきてくれた事は、僕としてもとーっても嬉しいからね。いいモノあげちゃうよー』
『ふっふー、これはぜぇーったい喜ぶよ』
 じゃじゃーんと言う効果音を口にして、彼はそれを召喚する。
『尖岩だよ!』
 彼の言う通り、どさりと音と立てて落ちてきたそれは、尖岩だ。
 尖岩は突然の事に理解が追い付いていないようだが、そこに心命原がいれば粗方状況は察しが付く。
「なるほど。これは確かに、何よりも嬉しい贈り物ですね」
 白刃がそう言い、尖岩を見る。
「……おい、超越者」
 尖岩が色々と言いたそうにしているが、大将がそれに割り込んで話した。
「という訳だ、白刃。超越者からの申し出で、こ奴を堅壁に迎え入れる事になった。世話を頼む」
「ちょっと待て! 俺に話が通されていないし、全くもってなにも聞いていない!」
 勝手に呼び出されて、勝手に弟子入りする事になっていた尖岩は、主に心命原に異議を示す。
『今日白刃の誕生日なんだよ』
「あ、そうなの。そりゃおめでとさん。……ってまさかその祝いで俺を、」
『うん!』
 否定する気零の清々しい返事に、尖岩はそれ以上何も言えなかった。
『じゃ、頑張ってねー。たまに様子見に来るからさ!』
 マイペースな彼はそう言うと姿を消してしまい、尖岩は白刃に目をやる。
「なんか、ごめんな。超越者が」
 誕生日プレゼントで知り合いを渡されたら微妙な気持ちになるだろう。そう思って軽く謝った。
「なまじっか変な物渡されるより良い。それに、丁度良かった」
「最近、すこし退屈でな」
 そう、表情だけは清らかに微笑んだ。
「わぁ、今すっごいフラグ立った。逃げよっかな」
 半分は冗談だが、もう半分は本気だ。
 そうすると、大将もふっと笑って言う。
「そうはさせぬぞ。大悪党の躾け直しを頼まれたのだからな」
 ここで尖岩は理解した。白刃のいつもの悪い顔が、誰からうつったモノかを。
 まぁ、いいか。そう思って、尖岩は白刃に付いて行った。
 そして少し時間が経ち、午前十時程。屋敷に客人が来る。それは、白刃を祝いに来た鏡月と山砕と覇白だった。
 三人共、心命原に今日が白刃の誕生日だと教えられやって来たらしい。
「白刃よ。誕生日祝いなのだが、父上からこれを渡してくれと言われたのでな。龍ノ川を代表して私からの贈り物と言う事で、これを受け取ってくれ」
「これは、鏡か」
 そう言って覇白が渡してきたのは、金に龍の文様が刻まれた高級そうな鏡だ。大きさはそこまで大きくなく、両手より少し小さいくらいであるが、この模様の手の凝り用は王への捧げ物のようだ。
 というか、彼等の場合、本当に王への献上品を渡してきた可能性がある。
 それに関しては覇白も何も言わず、白刃も気にしていないようで「ありがとな」と礼を言っている。尖岩は色々と考えたが、聞くのが怖かった為なにも言わなかった。
 覇白の後に、鏡月が自分もと箱を渡す。
「渡せる物は無かったので、私お饅頭作って来たんです。よかったら食べてください!」
「ありがとな。開けていいか」
「はい、勿論!」
 可愛らしくラッピングされている箱の中を開けて見ると、形や大きさが整えられた饅頭が六個並んで入っている。
 鏡月曰く緑陽直伝のようだ。試しに一つ食べてみたが、初めてお菓子作りをしたとは思えない程とても美味しかった。
 二人の贈り物が終わると、見ていた山砕が訊いてくる。
「ねぇ白刃。プレゼント、何が好きか分からなかったらこれから買いに行こうと思うけど、何か欲しいものある?」
 彼は本人に何が欲しいか訊いてから渡す事にしていたみたいだ。なんせ、白刃が何を欲しがるか予測つかなかったから。
「そうだな。欲しい物は特にないが」
「そっか。白刃って物欲薄そうだもんね。そう言えば、チビ助は何あげた?」
 参考にでもさせてもらおうと思って訊いてみると、尖岩はありのままの事実を答える。
「俺か? 超越者に半場強制的にこの身を渡す事になっていた」
「お、おう。超越者、結局それにしたんだ」
 心命原が選んだ選択に、山砕も苦笑いする。そりゃその反応になるだろう、しかし一つ聞き逃せない言葉があったのを、尖岩は見逃さなかった。
「全く、普通に物渡せって話だよなぁ……って、おい三歳児、『結局それにしたんだ』ってどういう事だぁ?」
「ヤベ。じゃ、じゃあ俺、適当に日持ちする美味そうな物でも買って来るからさ。待っててね!」
 山砕はなんとも分かりやすく逃げた。これは、彼奴が冗談半分に提案した物が採用されていたのだろう。我が弟ながら分かりやすい事だ。
 それから一時間ほどして、山砕はお菓子を一つ買って戻って来た。袋に入れられたそれを受け取ると、中に入っている箱にはこれがおかきである事が書かれていた。
「おかき。封壁の中心部限定で売ってるやつなんだけど、食べたら美味しかったから、食べてみろよ」
「おかきか、いいな。ありがとう」
 鏡月がくれた饅頭は早めに食べるとして、これなら今日明日で食べられなくても大丈夫だろう。元よりあまり食べないが、本当に全く食べられない訳ではない。
 渡されたものは部屋にある戸棚にしまっておいて、白刃はついでと言わんばかりに一つ訊く。
「ちなみにお前、何店舗買い食いした」
 バレていたのかとぎくりとしたが、とくにやましい事ではない為普通に答える。
「えっとー、十店くらい?」
「お前どんだけ食ってんだよ!」
「けど、分かりますその気持ち。いっぱい食べたくなりますもんね。私も昨日叔父さんとお買い物した時、ついいっぱい食べちゃいましたもん」
「お前等、食べ過ぎるなよ。胃炎になる」
「気にするの胃炎の方なのだな。まぁ確かにそっちの方がなった時に面倒だが」
 覇白が気になるのは体系の方だったが。まぁ山砕はともかく、鏡月はもう少し肉があった方が良いとは思うが。
 そして、山砕はもう一つ荷物を取り出す。
「あ、そうだ。時間かかったのもう一つ理由があってね」
「ほら、ケーキ。超越者が皆で食べてって」
「おっ、ケーキじゃん! うまそぉ~」
 ホールケーキを机の上に出すと、白刃は出されたケーキを見て甘味である事は分かったが、聞き馴染のない言葉に首を傾げる。
「けぇき? なんだそれは」
「なんか、異世界では誕生日とかのおめでたい日に食べるんだって」
「あぁ。そう言えば一回母上が誕生日の時に何処からか買ってきていた。異世界の品だったのだな」
 しかし、食べたのは昔の話だ。味は明確には思い出せない。
 鏡月が異世界の食べ物という事に興味を示し、白いクリームがたっぷり塗られたそれを見詰める。
「異世界の食べ物……美味しそう。これ、食べてみましょうよ!」
「そーだな! 待ってろ、切ってやる」
 五等分、いや、正確に言えば五等分ではなく、鏡月と山砕がホールを半分にしたやつを半分にして取り分け、残った半分を三等分した。
 それを口すると、クリームと苺が程よい甘さで、スポンジはふわふわしていてとても美味しい。
「うむ、そう言えばこのような味だった。美味いな」
「あぁ。だが、これは普及していないよな?」
 白刃が言いたいのは、このケーキを見た事が無いという話だ。
 この世界、異世界の品などわんさかある。しかし、このケーキはどの記憶を掘り返しても該当する単語すら見当たらない。
 そうすると、尖岩が苦笑いを浮かべる。
「あぁ、それなぁ」
「昔、超越者が言ってたよ。凄く美味しかったから、これを普及するのは勿体ないと思って自分だけの特別な品にしたってさ」
 山砕の答えに、白刃は笑って言った。
「超越者らしいな」
 まっさらになった皿の上、開けていた窓から桜の花びらが一枚舞い込んでくる。
 桜がやってきた所を見てみれば、もうほとんどが緑の葉になってしまった木がそこにいた。
 もう直ぐ春が終わり、そして夏が来る。
 時は回る。様々な遊記を遺して続いて行く。

 最後にもう一度告げておこう。
 これは彼等の、そして、この世界の遊記である。
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