17 / 32
第一章 過去
17話 期待
しおりを挟む
涼一は唇を触る癖があった。ほとんどが考え事をしている時で、もちろん無意識だった。
「ねぇ、」
「ねぇ!涼ちゃん!聞いてる?」
「えっ?あっ、ごめん、何?」
「もーう!全然聞いてなーい!」
里奈は頬を膨らませて拗ねてみせた。
「ごめん、ちょっと考え事してて」
「ん?仕事の事?」
「そう、新しい顧客の事でね」
「大変なの?」
「うーん。ちょっとね、いろいろと無理言われてて」
「そーなんだ。怒ってごめんね…」
里奈が心配そうな顔で見ている。
「大丈夫だよ。それで?話は何だったの?」
「うん。七月の花火大会のこと」
「ああ、花火大会かぁ。梅雨が明けたらすぐだね」
窓から見える道沿いの紫陽花には六月の雨が降り注ぎ、その雫は宝石のように輝いている。
「行きたいなぁって思って」
「うん、もちろんいいよ」
「本当に?やったー!」
里奈は子供の様に喜んだ。
「わたし、浴衣着るからねっ!」
「ほう、それは楽しみ!可愛いんだろうね、きっと。どんな浴衣?」
「へへへ。当日のお楽しみー」
里奈は冷蔵庫の缶コーヒーを渡しながら、言った。
「それと涼ちゃん…」
「ん?何?」
「律子さん…って、こっちに居るの?」
「え?うーん、どうかな?専門学校で県外に出てそのまま向こうで就職したけど、別れて4年経ってるから引っ越してるかもしれないし、今はどこに居るかもわからないよ」
「そうだよね、ごめんね、変な事聞いて」
「急にどうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「そう?だったらいいけど」
唇を触りながら
涼一は考えていた。
(律子はどこに居るんだろう?)
(まだあの家に居るんだろうか?)
(まだあの車に乗ってるのかな?)
別れてからの律子の想像が全くつかない。そんな涼一の横で里奈も律子の事を考えていた。
(あの人は律子さんだったのかなぁ)
(髪は長かったけど、写真の律子さんはショートだったしなぁ…)
(私の思い違いなんだろうか?)
(あーもう、よくわからないや…)
里奈も物思いに耽りながら唇を触っている。
涼一の癖がいつの間にか里奈に移っていた。
それから暫くたったある日、涼一はその日重なった顧客の予定を一生懸命こなしていた。
「ふう、15時かぁ、あと一件、頑張れ!俺!」
営業車の中で独り言を言いながら車を走らせていた。ワイシャツには里奈が誕生日にプレゼントしてくれた紺色のネクタイを締めていた。
(涼ちゃん、今日忙しいんでしょ?頑張って!)
朝、里奈からメールが来ていた。
(ありがとう、今日は里奈がくれたネクタイをしていくよー!)
(嬉しいー!今度ネクタイしてるとこ見せてね!)
顧客の対応が終わったのは17時を少し回った頃だった。会社に連絡して直帰の許可をもらった。近くのコンビニに寄り、ブラックコーヒーとタバコ、菓子パンを買って車の中で食べた。
「やっと終わったな。さぁ帰ろう」
ギアを入れかけた時ふと思い立った。
「高速で2時間弱だから、19時半には着くな」
涼一は高速のインターに向けて走り出した。
高速を降りた頃、辺りはすっかり暗くなり、時刻は19時15分だった。
疲れていたと思うがなぜか目は冴えている。自分で運転してここまで来たことはなかったが道はすぐにわかった。駅前のフランクの前を通り過ぎ、二つ目の交差点を左、まっすぐ行くと左手にスーパーとドラックストアが見えてくる。そこから右だ。迷う事なく車を走らせる、4年前まで何度も通った道は変わる事なく、色褪せかけていた記憶を蘇らせた。よく立ち寄ったコンビニを懐かしく思いながら辿り着いた律子のマンションは外壁の塗り替えがしてあった。
マンションの駐車場には律子の車は駐まっていなかった。
マンション前のコインパーキングに車を駐め、エントランスに向かった。
(もし、ここで律子と会ったらどうしよう…)
不安が頭をよぎるが、抑えきれない何かが涼一の足を止めなかった。エントランスにある郵便受けの6階部分に自然と目がいく。ロックを解除して郵便物を取り出している律子の姿が目に浮かんだ。
「!!!」
律子の部屋番号には空き部屋のテープが貼ってある。
涼一はしばらく動けなかった。何処から来るのかわからない喪失感に体を支配されていた。
重たい体を引きずる様に車に乗り込み、二人の思い出を後にした。帰りの車で、里奈から友達と飲みに行くとメールが入って来たが返信はしなかった。
帰り着いた涼一は絶望の暗い闇の中で一人…眠った。
「ねぇ、」
「ねぇ!涼ちゃん!聞いてる?」
「えっ?あっ、ごめん、何?」
「もーう!全然聞いてなーい!」
里奈は頬を膨らませて拗ねてみせた。
「ごめん、ちょっと考え事してて」
「ん?仕事の事?」
「そう、新しい顧客の事でね」
「大変なの?」
「うーん。ちょっとね、いろいろと無理言われてて」
「そーなんだ。怒ってごめんね…」
里奈が心配そうな顔で見ている。
「大丈夫だよ。それで?話は何だったの?」
「うん。七月の花火大会のこと」
「ああ、花火大会かぁ。梅雨が明けたらすぐだね」
窓から見える道沿いの紫陽花には六月の雨が降り注ぎ、その雫は宝石のように輝いている。
「行きたいなぁって思って」
「うん、もちろんいいよ」
「本当に?やったー!」
里奈は子供の様に喜んだ。
「わたし、浴衣着るからねっ!」
「ほう、それは楽しみ!可愛いんだろうね、きっと。どんな浴衣?」
「へへへ。当日のお楽しみー」
里奈は冷蔵庫の缶コーヒーを渡しながら、言った。
「それと涼ちゃん…」
「ん?何?」
「律子さん…って、こっちに居るの?」
「え?うーん、どうかな?専門学校で県外に出てそのまま向こうで就職したけど、別れて4年経ってるから引っ越してるかもしれないし、今はどこに居るかもわからないよ」
「そうだよね、ごめんね、変な事聞いて」
「急にどうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
「そう?だったらいいけど」
唇を触りながら
涼一は考えていた。
(律子はどこに居るんだろう?)
(まだあの家に居るんだろうか?)
(まだあの車に乗ってるのかな?)
別れてからの律子の想像が全くつかない。そんな涼一の横で里奈も律子の事を考えていた。
(あの人は律子さんだったのかなぁ)
(髪は長かったけど、写真の律子さんはショートだったしなぁ…)
(私の思い違いなんだろうか?)
(あーもう、よくわからないや…)
里奈も物思いに耽りながら唇を触っている。
涼一の癖がいつの間にか里奈に移っていた。
それから暫くたったある日、涼一はその日重なった顧客の予定を一生懸命こなしていた。
「ふう、15時かぁ、あと一件、頑張れ!俺!」
営業車の中で独り言を言いながら車を走らせていた。ワイシャツには里奈が誕生日にプレゼントしてくれた紺色のネクタイを締めていた。
(涼ちゃん、今日忙しいんでしょ?頑張って!)
朝、里奈からメールが来ていた。
(ありがとう、今日は里奈がくれたネクタイをしていくよー!)
(嬉しいー!今度ネクタイしてるとこ見せてね!)
顧客の対応が終わったのは17時を少し回った頃だった。会社に連絡して直帰の許可をもらった。近くのコンビニに寄り、ブラックコーヒーとタバコ、菓子パンを買って車の中で食べた。
「やっと終わったな。さぁ帰ろう」
ギアを入れかけた時ふと思い立った。
「高速で2時間弱だから、19時半には着くな」
涼一は高速のインターに向けて走り出した。
高速を降りた頃、辺りはすっかり暗くなり、時刻は19時15分だった。
疲れていたと思うがなぜか目は冴えている。自分で運転してここまで来たことはなかったが道はすぐにわかった。駅前のフランクの前を通り過ぎ、二つ目の交差点を左、まっすぐ行くと左手にスーパーとドラックストアが見えてくる。そこから右だ。迷う事なく車を走らせる、4年前まで何度も通った道は変わる事なく、色褪せかけていた記憶を蘇らせた。よく立ち寄ったコンビニを懐かしく思いながら辿り着いた律子のマンションは外壁の塗り替えがしてあった。
マンションの駐車場には律子の車は駐まっていなかった。
マンション前のコインパーキングに車を駐め、エントランスに向かった。
(もし、ここで律子と会ったらどうしよう…)
不安が頭をよぎるが、抑えきれない何かが涼一の足を止めなかった。エントランスにある郵便受けの6階部分に自然と目がいく。ロックを解除して郵便物を取り出している律子の姿が目に浮かんだ。
「!!!」
律子の部屋番号には空き部屋のテープが貼ってある。
涼一はしばらく動けなかった。何処から来るのかわからない喪失感に体を支配されていた。
重たい体を引きずる様に車に乗り込み、二人の思い出を後にした。帰りの車で、里奈から友達と飲みに行くとメールが入って来たが返信はしなかった。
帰り着いた涼一は絶望の暗い闇の中で一人…眠った。
0
あなたにおすすめの小説
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる