雨上がりには

Two-dragon

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第一章 過去

19話 迷走

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「前田ー!!ちょっとこい!」

凄い剣幕で課長の篠田に呼ばれた。篠田は現場叩き上げの熱血なタイプで声も大きく仕事に厳しかった。

「はい」

涼一はすぐ篠田の元に向かった。

「お前!この報告書はなんだ?数字も間違ってるし説明もおかしい!お前最近どうかしてるぞ!しっかりしろ!」

「すみません…」

「すぐやり直して明日までに提出だ。わかったな」

「はい」

「それと、前田。何かあったら相談しろ、部長も俺もお前に期待しているんだ」

「はい…」

デスクに戻り書類を確認してみた。

「はぁ」

(何でこんなミスに気づがなかったんだ?あれから仕事が手に付かない。何でこうなるんだろう…)

(体の力が入らないし、仕事が手につかない。
俺はこれからどうなるんだ…)

バタンッ!

「キャー!!」

事務員の女の子達が悲鳴を上げた。涼一は気を失い床に倒れていた。

「おい!前田!しっかりしろ!」



眼が覚めると病院のベッドだった。
横には智子と香織がいて心配そうに様子をみていた。

「涼一大丈夫?」

智子の声だ。

「俺はどうなったんだ?」

香織が答えた。

「会社で倒れて救急車で運ばれたんだよ」

涼一は考えていた。

「そうか…なんか体の力が入らなくて。その」後覚えてないから、そのまま倒れたんだな」

「かなり疲れてるみたいだし、倒れた時に打撲してるんで5日間は入院になるみたいよ」

「そうなの?ヤバイなぁ。仕事溜まってて」

「会社には連絡しておいたから気にしないでゆっくり休まないと。お父さんと浩介君もさっき来てたけど仕事に戻ったよ」

「そっか、迷惑かけたね」

「眼が覚めたんで、とりあえずは大丈夫そうだね、私もそろそろ帰るよ。涼一、いるものがあったら電話しておいで 、気をつけるんだよ」

「ありがとう、母さん」

智子が帰ったあと、香織が言った。

「涼一、さっきあんたの荷物と携帯を預かった時メールが入ってきたんだけど、里奈さん?だっけ?それって新しい彼女なの?」

「そうだよ。会社の総務の子なんだ」

「じゃあ、あんたが倒れたの知ってるんじゃない?早く返信してあげないと!携帯はそこの引き出しに入れてるから」

体を動かすと痛みが走った。

「イタタタ」

痛みを堪えながら携帯を確認すると、里奈も驚いているようだった。

(涼ちゃん大丈夫?!もうびっくしたよ!会社終わってからすぐ行くからね!何かいるものがあったら連絡してね)

「里奈にも心配かけたなぁ」

涼一は申し訳ない気持ちで返信した。

(今、目が覚めたよ。体が痛いけどなんとか大丈夫そう。ごめんね、心配かけて。いるものは母さんと姉貴が揃えてくれたみたいだから、とりあえず大丈夫。病院も無理して来なくていいからね)

返信が終わってから課長に連絡した。智子が連絡してくれていたので話が早かった。里奈からも返信があり仕事が終わってから来るみたいだった。

携帯の時間は16時を指していた。

「涼一、何があったの?」

連絡が終わるのを待って香織は言った。

「ん?何が?」

「少し窶れてない?ご飯ちゃんと食べてるの?」

「うーん。最近はあまり…食べたくないんだ」

「里奈さん?と上手くいってないの?」

「いや、里奈はいい子で、上手くいってるよ。
ただ、この前家に来てた時、律子の写真を見つけたみたいで、いろいろ聞かれたから話したんだ」

「それで?」

「本当に律子とは別れて以来会ってないから、誤解は解けたんだけどね。ただ、それからしばらくたってから、律子はこっちに居るのかって聞かれたんだ」

「どういうこと?」

「うーん。何故かはわからないけど、本当に知らないからね。わからないって言ったんだど、
それ以上は聞かれなかった」

「そっか」

「それから律子の事考えてて、まだ向こうに居るのか気になってさ、仕事の後行ってみたんだ」

「え?律のところに?」

「うん、そしたら引っ越してて…」

「え?」

「空き部屋になってた…。姉貴…」

「ん?」

「何で俺こうなんだろうね…今は里奈のことが好きなのに…。まだ律子の事を考える時があるんだ」

香織は何も言わず黙っていた。

「涼ちゃん!」

涙目になりながら里奈が病室に入ってきた。

「大丈夫なの?」

「うん。ごめんね心配かけて」

「私、びっくして、それで…」

今にも泣き出しそうだった。

「里奈、大丈夫だから、落ち着いて」

「うん」

涼一は深呼吸をした里奈を香織に紹介した。

「姉貴、竹下里奈さん」

「初めまして、姉の香織です」

「ど、どうも、竹下里奈です」

「涼一が心配かけてごめんなさい。
びっくりしたでしょう?少し入院しないといけないけど大丈夫だから安心してね。里奈さん、これからも涼一を宜しくね!」

「お、おねえ~さ~ん」

里奈は香織の言葉で泣き出した。

「お、おい姉貴、泣かすなよ」

「だって、心配だっただろうなと思って」

「だ、大丈夫です。私が勝手に泣いてるだけですから~」

3人で少し話したあと香織が言った。

「じゃあ涼一、里奈さん来てくれたから、私帰るね。晩御飯の買い物もあるし」

「うん、いろいろごめんな」

「うん。里奈ちゃん、じゃあね」

里奈は香織に頭を下げ、香織も手を振って応えた。


病院を出てスーパーに行く途中、香織は律子に電話した。

「もしもし、あっ香織さん!この前のOG会有り難うございましたー!」

「律、今大丈夫?」

「はい、仕事終わったんで大丈夫です。どうしたんですか?」

「実はね、涼一が倒れたの」

!!!

「え?!ど、どういう事ですか?」

「会社で倒れたらしくて今病院から帰るところ」

「それで、涼一は?大丈夫なんですか?」

律子の声が震えている。

「うん、かなり疲れが溜まってて、ご飯もあまり食べてなかったみたい。静養のために少し入院しないといけないみたいだけど」

「もーう!涼一、何やってのよぅ…」

律子が泣きながら言った。

「律、涼一が目覚めてから、話したんだけど」

「はい…」

「行ったんだって…この前、そっちに」

「え?涼一が?」

「そうみたい…律の家に。そしたら引っ越してたって…。ショックだったみたい。涼一は彼女の事は好きなんだけど、今でも律の事を考える時があるんだって言ってた」

「そんな…」

「さっきね、涼一の彼女が駆けつけてくれて、すごくいい子で涼一の事を本当に心配してた」

「そうですか…素敵な彼女なんですね…。香織さん、私、同棲始めたんです。彼と…」

「そーだったんだ」

「はい。香織さん…」

「ん?」

「私もどうしたらいいのかわからないんです」

「え?」

「彼と居て幸せなんです。でも、涼一と同じで、何でこんな気持ちになるのか…自分でもわからない」


「不思議だね…お互い新しい恋をして幸せなはずなのに…」

「香織さん、私は間違ってるんでしょうか?」

「間違ってるとは思わないよ。今はわからなくても、新しい時間が教えてくれるんだと思う。
律にも涼一にも気持ちに嘘をつかず正直でいて欲しいかな」


「そうですね…。知らせてくれてありがとうございました。新しい彼女のためにも、涼一が早く元気になることを願っています…」


「ありがとう…」

香織は最後にそう言った。



律子は電話を切ったあと、車の中で泣きじゃくった。

隆との部屋に涙を持ち帰らないように…。

ぽっかり空いた涼一との時間を埋めてくれた隆のために…。




「涼ちゃん、本当に大丈夫なの?」

心配そうな顔で里奈が言った。

「倒れた時にあちこち打ったみたいで体が痛いけど、大丈夫だよ。早く元気にならなきゃね」

「ゆっくり休んで早く良くなってね、毎日来るから」

「無理しなくていいんだよ?」

「ううん、無理にじゃないよ。涼ちゃんのそばにいたいから…」

「ありがとう」

「うん…」

里奈は溢れそうな涙を堪えながら言った。

「大丈夫だから泣かないで」

「うん、うん、」

溢れた涙を拭きながら頷いた。





翌日の夕方。律子は涼一が入院している病院の前にいた。昼過ぎに早退してから高速道路を使いやって来た。

受付に立ち寄り病室を確認した律子の手には小さな花束が握られていた。

エレベーターで5階に上がり、ドアが開くと目の前にナースステーションがある。

隆にはメールを打っていた。

(今日は仕事終わってから、友達と晩御飯食べて帰るね)

(わかった、俺も飲み会だし、大丈夫だよ、楽しんでねー)

律子は罪悪感に駆られながらも抑える事が出来なかった感情に支配されないように必死だった。

ナースステーションの横には自動販売機が並びベンチとテーブルが置いてある。

鼓動が速くなっていくのがわかった。

「ふう」

何度も深呼吸をしてみたが治らず、ベンチに座った。しばらく考えてから、ナースステーションに居る若いナースに話しかけた。

「すみません、前田涼一さんのお見舞いに来たんですが」

久しぶりに涼一のフルネームを口にした気がした。

「前田さんでしたら511号室ですよ」

「いえ、それが、急用が出来てしまって。帰りますのでこれを渡して頂けますか?」

そう言って花束を預けた。

「そうですか、ではお名前をお伺い致します」

「斉、あっ、高橋です、宜しくお願いします」

「高橋様ですね、わかりました、お預かり致します」

律子は花束を渡し、足早にエレベーターに乗った。

(何をやってるの?私は…)
(いったい何なんだろう…この気持ちは)
(会わずに帰る事に後悔したりホッとしたり…)

「でも、これでいいんだよね…」

受付横にある鏡の中の律子に呟いた。


「前田さーん」

ウトウトしていた時にナースから声をかけられた。

「はい?」

「先程、高橋様とおっしゃる女性の方がお見舞いに来られたんですが、急用が出来たみたいで、ナースステーションに花束を預けられて帰られましたよ」

そう言って小さな花束を持って来てくれた。

「ん?高橋?女性?聞いた事ないけど?人違いではないですか?」

「いえ、来られた時に前田涼一さんとおっしゃってましたから、間違いないと思いますよ」

「そうですか。ありがとうございました」

ナースは病室を出で行った。

「うーん。誰だろう…知り合いに高橋という名前の人はいないけどなぁ」

花束をテーブルの上に置いて考えていた。

「涼ちゃん」

里奈がリンゴを持って面会に来た。

「ご飯食べれてる?」

「いや、食欲なくてね…」

「そう…リンゴならと思ったんだけど、食べれないよね…?」

里奈が寂しそうな顔をした。

「沢山食べれないけど、食べてみようかな」

涼一は微笑んだ。

「本当に?じゃあ食べやすいサイズに切ってくるね!」

そう言って出て行こうとした時、花束に気が付いた。

「ん?誰かお見舞いに来たの?」

「みたいなんだけど、会ってないんだ」

「え?どういうこと?」

「うん。急用が出来たみたいでナースステーションに預けて帰っちゃったみたいなんだ」

「誰だったの?」

「高橋さんって言う女の人」

「知り合いの人?」

「知らない」

「え?もーう、意味がわからないんだけど?」

「俺もだよ、親戚にも会社関係の人にも高橋さんっていないし」

「じゃあ間違ってるってこと?」

「そう思ったんだけど、前田涼一さんの見舞いに来たと言ってたらしいんだ」

「うーん。誰なんだろうね…。あっ!看護師さんにどんな人だったか聞いてこようか?」

「そうだね、お願いしていい?」

「うん、ついでにリンゴ切ってくるね!」


里奈はナースステーションで対応したナースに聞いてみた。

「すみません、先程のお見舞いに来られた高橋さんなんですけど、どんな人でした?年齢とか…」

「ああ、先程来られた女性の方ですね、年齢はどうだろう…20代半ばくらいかな?口元に小さなホクロがあって、背が高くて綺麗な方でしたよ」

「え?!髪型は?どうでした?」

「肩くらいありましたね」

「…そ、そうですか、前田さんには会ってないんですね?」

「はい、病室に行かずそのまま帰られましたから」

「わかりました…」

(口元のホクロ…写真で見た律子さんだ…この前見かけた髪の長い人はやっぱり律子さんだったんだ…。こっちに居るの?でも、何で涼ちゃんの入院がわかったんだろう…?もしかして涼ちゃんが?そんな事ないよね…?)

リンゴを切りながら考えていた。

「痛!もーう!」

ナイフで指を切ってしまった。

(涼ちゃん…信じていいんだよね?)


「涼ちゃん、その人年輩の女の人だったって」

病室に戻った里奈は言った。

「そうなんだ」

涼一は小さく切ったリンゴを口に運んだ。里奈はナースステーションでもらったカットバンを貼りながら続けた。

「そのうち連絡があるんじゃない?」

「そうだね。里奈、どうしたの?」

「え?!何が?」

「指だよ」

「あっ、ああ、切っちゃった。ドジだね…。花束どうする?花瓶あるなら飾るけど?」

涼一は少し考えで言った。

「うーん。間違ってるかもしれないから、もう少しそのままにしとこう」

「そうだね…」

里奈は微笑んで頷いた。

里奈は涼一に本当の事を言わなかった。

言えなかったのかもしれない。


病室から見える淡いオレンジ色の夕陽は、涼一と律子が初めてキスしたあの日の夕陽に似ていた。


◇◇◇


「律ちゃん、律ちゃん」

「う~ん」

「律ちゃん、ベッドで寝よう」

病院から帰った律子はそのままソファで眠ってしまった。

「はっ!!」
驚いて目を覚ました律子は辺りを見渡した。23時になっていた。

「ああ、隆くんおかえり。ごめん、私寝ちゃってた」

「ただいま。だいぶ疲れてるね、お酒飲んだの?」

「ううん、飲んでないんだけど何か疲れちゃって…」

「あー!洗濯しなきゃ」

律子が起き上がると隆が後ろからそっと抱きしめた。

「え?隆くん?」

「律ちゃん、疲れてる時は無理しないで。洗濯は俺がやっとくから」

「だって…」

「いいって、俺がやるから。律ちゃんは先に寝て」

「わかった…。ありがとう」

隆に悪いと思ったが、体が重だるく何もする気になれなかった。
パジャマに着替えた律子はベッドにうつ伏せになり微睡む意識の中で涼一の彼女のことを考えていた。

(どんな子なんだろう…可愛いのかなぁ…)

いつの間にか深い眠りに包み込まれた。


洗濯を終わらせ缶ビールを飲んでいた隆は律子の様子が気になり、ビールを持ったまま寝室へ向かった。そっとドアを開けると静かな寝息をたてぐっすりと眠っている。

(疲れてるんだろうな…。ソファで寝るかな)

ドアを閉めようとした時、律子の声が聞こえた。

「涼一…」

「え?何?」


(寝言か…)




(でも…今…確かに涼一って言ったよな…)

リビングに戻り、ソファに座った隆は一気にビールを飲み干した。



次の日の朝、律子は7時に目覚めた。

「ん?隆くん?」

ベッドには律子だけだった。

「んん~」

大きく背伸びをしてリビングに行くと隆はソファで眠っていた。洗濯物は綺麗に干してあった。
テーブルにはビールの空き缶が6本ころがっていて驚いた。

「凄い飲んでるじゃん!」

隆をみて呟いた。

「もう、飲み過ぎだよぅ」

冷蔵庫のオレンジジュースをグラスに注ぎ、隆の横にそっと座った。テレビをつけボリュームを小さめにして情報番組を見ていた。流行りのファションやグルメのリポートなどが楽しそうに流れている。

「はぁ」

ため息がでる。

寝ている隆の頭を撫でてみた。

「う~ん…」

寝返りを打ちそうになった時、律子はするりと足を滑り込ませ膝枕をした。隆の体温が伝わってくる。頭を撫でながら寝顔を見ているとなぜか涙が溢れ、その雫は隆の頬に小さく弾んで流れていく…。何度も、何度も…。

「律ちゃん…どうした?何かあった?」

目を閉じたまま隆が言った。

「ごめん…起こしちゃったね」

パジャマの袖で涙を拭いながら答えた。

「どうして泣いてるの?」

「なんでもないよ。幸せなだけ…」

「そっか…」

「膝枕っていいね」

隆が言った。

「そう?ありがとう」

律子が微笑んだ。



「あ、隆くん、結構飲んでたね、ビール。大丈夫?」

「そんなに飲んでた?俺」

「うん。体大丈夫?キツくない?」

隆は寝言の事は言わずにいた。聞くのが怖かったのかもしれない。ただの寝言だと自分を納得させていた。

「あー、そう言えば頭痛いかも」

「ほらー、飲み始めたの、私が寝てからでしょ?飲み過ぎだってー、ダメだよそんな飲み方しちゃ」

「いいじゃん…」

「え?」

「俺だって酔いたい時もあるんだもん…俺だって…」

隆は膝枕のまま両手で律子を抱きしめた。

「隆くん…ごめんね、言い過ぎた」

「いや、俺が悪いんだ。飲み過ぎないようにするよ、これからは…」

「うん…」

隆は結局言えなかった。
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