雨上がりには

Two-dragon

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第二章 未来

27話 思慮

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休日の朝、豊が律子の車を借りに来た。

「じゃあ姉ちゃん、借りていくよ」

「うん、気をつけてね」

「今日の夜連れて来るから」

「わかった準備しとく」

夜は豊の彼女と3人で食事をすることになっていた。午前中洗濯をしながら涼一のことを考えていた。新しい番号は教えたが涼一からも連絡はなかった。

「はぁ…叱られちゃったなぁ…」

律子は頬に手を当てた。涼一のあんなに怒った顔を見るのは初めてだった。

「ちゃんと謝らなきゃ…」

携帯を見つめたが連絡をする勇気がなかった。

「はぁ…」

素直になれない自分を何度も嫌になり、ため息ばかりが増えていく。

「涼一のバカ…」

「はあ…」

洗濯機のブザーが鳴った。部屋の掃除まで終わって時計を見ると12時15分だった。

「少し頭痛いなぁ」

ソファに横になって目をつぶりそのまま眠ってしまった。豊の電話で目覚めた時、頭痛は治まっていた。

「もしもし」

「姉ちゃん、ん?もしかして寝てた?」

「あーごめん、寝てた。今何時なの?」

「もうすぐ16時だよ。大丈夫?具合悪いの?」

「頭痛くて寝てたけど、今は良くなってるから大丈夫だよ。お店の時間何時だっけ?」

「18時半に予約入れてるから18時位に迎えに行くけど」

「わかった」

電話を切ってからしばらくぼーっとしていたが徐々に目が冴えてきた。シャワーを浴び、化粧を手際よく終わらせた。洋服はグレーのフレアスカートを選んで鏡の前で後ろ姿を確認する。
ソファに座り大きめの腕時計をした。

「よし」

18時少し前に豊が帰ってきた。

「姉ちゃん用意できてる?」

「うん。できてるよ」

「まだちょっと早いな」

豊は時計を見て言った。

「豊、彼女は?」

「車に待たせてるよ」

「もう!何してるの!時間あるんだから上がってもらって!」

「わ、わかった、連れて来る」

豊は慌てて呼びに行った。

「気が利かないんだよね、あいつは!」

律子は緑茶をグラスに入れながら言った。

「すみません、お邪魔します」

玄関で可愛らしい声がした。

「どうぞー」

律子は明るく返事をした。

「こっちだよ」

リビングに連れてきた豊の後ろに隠れるように彼女がついてきた。

「まあ!」

律子は彼女の余りの可愛さに目を見張った。

「す、すみません…」

彼女は律子の反応にびっくりして固まっていた。

「ん?姉ちゃん、どうかした?」

豊は律子の反応を見て不思議そうに聞いた。

「あ、ごめんさない。凄く可愛い彼女だからびっくりしちゃった」

律子は笑顔で言った。

「そんな事ないです…初めまして、豊さんとお付き合いしてます、杉田 空です…宜しくお願いします…」

空の緊張が伝わってくる。

「へえ、空さんって言うんだぁ。可愛い名前だね」

「あ、ありがとうございます」

「姉の律子です、よろしくね!」

「こ、こちらこそお願いします」

「さあ、座って。豊、お茶持って行って!」

「わかった」

杉田空は豊の大学の同期で県外から来ており、一人暮らしをしていた。色白で黒目が大きく髪は長く栗毛色に染めていた。律子がまじまじと見てしまうくらいフランス人形の様な可愛い女の子だった。

「空ちゃん、お茶どうぞ」

「はい、頂きます」

両親の育て方が良かったのか、所作が優雅に見える。

「豊、可愛い子じゃん」

律子がニヤケながら言った。

「ああ」

豊は冷静に答えた。

「頑張んないと振られちゃうよ。ねぇ空ちゃん」

律子は茶化す様に言った。

「私は…そんな…」

空が困っている。

「もう、姉ちゃん!空が困ってるだろ!」

「はいはい、ごめんなさい」

律子は微笑んだ。
ひと通り自己紹介が済んだ頃に豊が言った。

「そろそろ行こうか」

「そうだね」

空がグラスを片付けようと立ち上がった。

「あー、空ちゃん、いいから」

「でも…」

「本当可愛い子ねー、大丈夫だから、ありがとう」

「そ、そうですか…」


「豊、運転しなさいよ!」

「わかってるよ」

空を助手席に乗せ、律子は後ろに座った。

「あれ?姉ちゃん、あの人涼一君じゃない?」

豊が言った。

「え?」

律子も外を見た。

「本当だ。豊ちょっといい?」

「うん」

律子は車を降りて涼一のもとに向かった。それに気づいた涼一も車から降りてきた。

「涼一、どうしたの?」

「いや、この前の事が気になったから…出かけるの?」

「うん、豊の彼女と3人でご飯食べにね」

「え?じゃあ運転席の子は豊君?」

「そうだよ、大人になったでしょ?」

律子は笑顔で言った。

「うん。小学生の頃から知ってるからなぁ」

「だよね」

律子は笑いながら豊に手招きをした。豊と空も車を降りた。

「涼一君、久しぶりです」

「久しぶりだね。免許取ったんだ」

「はい。まだ車は買えないんで姉ちゃんに借りてるんですけど。あっ、涼一君、彼女の空です」

「杉田空です…初めまして…」

「どうも前田です。初めまして」

律子が時計を見て言った。

「涼一ごめん、私達行かないと」

「うん。急に来て悪かった」

「涼一君、このあと何か予定ありますか?」

豊が言った。

「いや、何もないよ」

「じゃあ一緒に行きませんか?姉ちゃんも一緒なので騒がしいですけど。よかったら」

豊が笑いながら言った。

「ちょっと!豊、それどう言う意味よ!」

「ハハハ、確かにね」

涼一も話を合わせた。

「涼一まで!もう!知らない!」

「アハハ」

それを見た空が静かに笑った。

「ん?」

3人は空の顔を見た。

「え?あっ、すみません…3人とも仲がよくて楽しそうだったのんで」

「ちょっと空ちゃん、どこが仲いいのよぉ」

律子はムキになって言ったが、笑顔だった。

「涼一君どうですか?」

「うん。でも、俺がお邪魔してもいいの?」

「もともと4人席のテーブルなんで大丈夫です。それに…」

「ん?それに?」

「姉ちゃんは来て欲しそうですよ」

豊は律子の顔を見た。

「え?あぁ、まぁ涼一が何もないなら一緒にどうぞ」

「姉ちゃん、素直って言葉知ってる?」

「なによー!」

「まあまあ」

涼一が律子を宥めた。

後ろに座った涼一と律子は豊と空の楽しそうな顔を見て微笑んだ。
豊が予約した店はすき焼きの専門店で高級な店だった。個室を予約してあり、中に入るとすぐに案内してくれた。

「いらっしゃいませ」

店員の丁寧な対応が店の高級感を増幅させた。

「予約していた斉藤ですが、一人増えても構いませんよね?」

「もちろん大丈夫です。こちらへどうぞ」

個室に向かう途中律子が豊に耳打ちした。

「ちょっと豊、大丈夫なの?高そうじゃない?」

「大丈夫だよ、バイト代貯めてるから。たまにはね!」

「私が払おうか?」

「大丈夫だって。いつも車借りてるし、またにはお返ししないとね」

「そう?大丈夫ならいいけど…」

「こちらです」

店員に通された個室は程よい広さで清潔に保たれていた。

「豊君、いい店知ってるんだね」

涼一は微笑んだ。

「いえ、初めて来るんですよ。普段は来れないし、今日は特別です。今日は空の誕生日なんですよ」

「えー!」

涼一と律子は驚いて声をあげた。

「ち、ちょっとふたりとも声が大きいって…」

「あ、ああ…ごめん。でも、豊、そんな大切な日に何で私達を誘うのよ!」

「そうだよ豊君、お邪魔だったんじゃないの?」

「いえ、いいんですよ。それに誘ってって言ったのは空なんです」

「えー!!」

「だから声が…」

「アハハ」

空が楽しそうに笑った。

「ちょっと、空まで…」

豊が困っている。

「空ちゃんよかったの?私達と一緒で」

「はい。本当に来て頂いてよかったです。私はひとりっ子なので兄弟に憧れがあったんです。
いつもお姉さんと前田さんの話を聞いて、いいなぁって思ってました。だからぜひ、お姉さんと前田さんにお会いしたかったんです。そしたら偶然前田さんにもお会い出来たから本当によかったです」

「豊が私たちの事を?」

「はい。お姉さんとは年も離れててすごく大人に見えてたみたいです。前田さんにも小学生の頃よく遊んでもらったって言ってました。でも、別れてしまって…豊さんから見ておふたりは理想のカップルだったみたいです。最近も…」

「空、もうその辺で…」

豊が空に言った。

「ご、ごめんなさい…おふたりに会えたことが嬉しくて余計な事まで…すみません」

「豊さんごめんなさい…」

「いいよ。まず、座ろうよ」

豊は3人に促した。
豊と涼一はビール、空は酎ハイを律子は烏龍茶で乾杯し、空の誕生日を祝った。

「空ちゃんおめでとう!!乾杯!!」

「ありがとうございます」

嬉しそうな顔で言った空は少し照れてもいるようだった。
店員が絶妙な手捌きで割下に肉を引いていく。自然とみんなの目が店員の手元に集中した。

「美味しそうだね」

律子が言うと3人は笑顔で頷いた。

「どうぞ」

店員は誇らしげに部屋を出て行った。
律子が皿に取り分けようとすると空が慌てて言った。

「あっ、お姉さん、私がやります」

「なーに言ってんの、今日は空ちゃんが主役なんだから、座ってて」

「す、すみません…ありがとうございます」

取り分けられたすき焼きを堪能しながら涼一が言った。

「豊君と空ちゃんはどうやって知り合ったの?」

照れ臭そうに空が言った。

「私の一目惚れなんです…大学で偶然見かけたんですけど…素敵な人だなぁって思ってました。豊さん目立ってて、私なんか相手にされないだろうなぁって…もちろん話しかける勇気もなかったので見つめるだけだったんですけど…」

「可愛い…」

律子が微笑んだ。

「それが突然、豊さんに話しかけられたんです」

「え?豊に?」

律子が聞き返した。

「はい。すれ違う時に私がハンカチを落としたみたいで、拾ってくれたんです」

「うん」

「突然でびっくりしちゃって。嬉しくて泣いてしまったんです。そしたら今度は豊さんが驚いて、ごめん…って」

「アハハ、豊らしいね」

「そうかなー?」

豊はキョトンとしている。

「それから話すようになって。私はそれだけで嬉しくて…でもある日、豊さんが彼女らしき人と歩いてるのを見たんです…彼女がいてもおかしくないんですけど、目の当たりにするとやっぱりショックで…それから豊さんを避けるようになってしまって」

「うん、うん、わかるよその気持ち」

律子が頷いた。納得している律子を見て豊と涼一は苦笑いを浮かべた。

「でもそんな日が続いてた時、豊さんから告白されたんです。私は頭の中が真っ白になって、気がついたらまた泣いてました。豊さんはハンカチで私の涙を拭きながら、それは嬉し泣き?って…私は何度も頷きました」

「いやーん、青春じゃん!弟じゃなかったらもっと感動したかも」

「姉ちゃん、どう言う意味だよ」

「ふふ」

空が微笑んだ。

「でも豊はその時彼女がいたんじゃないの?」

「いないよ。空が見たのは姉ちゃんだよ」

「え?私?どう言うこと?」

「ほら、何度か俺に用事で大学に来ただろ?その時に見てたんだよ」

「ああ!そうだったんだぁ」

「はい、まさかお姉さんだなんて思わなくって…」

「空ちゃんって本当に可愛らしいね」

「そんなことないです。私にとっては豊さんと付き合ってるのが夢みたいなんですから」

「んも~、そう言うところが可愛らしいのよ」

「私にはなかったなぁ」

「お姉さんと前田さんはどんな感じだったんですか?」

「え?私達?ない、ない、涼一がそんなこと言うわけないじゃん、ねえ、涼一」

「そ、そうだな、律子は先輩だし、部活もキャプテンだったから俺なんかとても…」

「え?もしかして、お姉さんから告白されたんですか?」

空が興味津々で聞いてきた。

「そうだよ、半ば強引だったけどね」

涼一は笑って言った。

「なによー!まぁ否定はしないけど」

「すごいですね!私にはそんな勇気ないです」

「私も緊張したよ。涼一はモテてたし、自分から来る方じゃないから。待ってたら他に行っちゃいそうだったし」

「本当突然だったよな。彼女居ないなら付き合ってよ!って。若かったよな」

涼一と律子は笑った。

「お姉さんは前田さんの事をずっと想ってたんですか?」

「うーん。先輩の弟だから気にはしてたけど、最初は好きとかそんなんじゃなかったなぁ。あ、涼一のお姉さんは私の先輩だったの」

「そうなんですね。じゃあ好きになったのはいつ頃なんですか?」

「んー。よく覚えてないけど、たぶんインターハイ予選の前だったと思う…。練習中に足をひねって痛くて歩くのも大変だったんだけど、迷惑掛けたくないから一人で医務室に行ってたの。そしたら涼一が追いかけてきて私の前にしゃがんで、どうぞって」

「え?それって」

「そう。おぶってくれたの。私は大丈夫だよって言ったんだけど、涼一はキャプテンが試合に出れなくなると困るからって。優しい人だなぁって思った。それからだんだん涼一のことが気になりだして、先輩に相談したの。弟だからね…そしたら先輩は本当に涼一でいいの?って。律はモテるんだから他にもたくさんいるでしょう?って。でも…」

「でも?」

「律が好きなら応援するよ!って言ってくれたんだぁ」

「素敵ですね」

空は目を輝かせて言った。

「でも、別れちゃったけどね…」

律子は寂しそうに言った。

「ふたりを見てると別れた感じがしないんだよなぁ」

それまで黙っていた豊が言った。

「涼一君も姉ちゃんもお互いを一番知ってるはずだし、何で素直になれないんだろうね…」

「そんな事言われても…私だけの事じゃないし…」

律子は困った表情になった。

「姉ちゃんは今、涼一君の事どう思ってるの?」

「ちょっと、豊さん…」

空が心配そうに言った。

「どうって…」

「じゃあ、涼一君は姉ちゃんの事どう思ってるんですか?」

豊は涼一の顔を見た。
涼一は深く呼吸をしてから言った。、

「好きだよ…俺から別れたのに言えた義理じゃないけど、別れた事を後悔してる…でも、俺が思ってるだけだから…律子には律子の思いがあるだろうし…」

律子は下を向いて黙っている。

「姉ちゃん、涼一君の今の気持ちはわかっただろ?」

「うん…」

「あとは姉ちゃんだね」

「あ、あの、私達席を外しましょうか?」

空が申し訳なさそうに言った。

「いや、大丈夫だよ、ごめんね空ちゃん。せっかくの誕生日なのに」

「そうだよ、ごめん、私達の事で雰囲気壊しちゃって…」

「いえ、私は構いません、ただ…おふたりがまた一緒に居られたら素敵だなぁって思います」

「この話はまたにしよう」

涼一はそう言って話題を変えた。


豊と空を送った帰りの車の中で涼一が言った。

「なぁ律子…俺は何をやってるんだろうな…」

「え?」

「若い豊君と空ちゃんに気付かされて…」

「私もだよ…自分の事になると勇気がなくなってしまう…ダメだね…」

「俺たちの事なんだけどな…」

「そうだね…」

しばらく間が空いてから律子が言った。

「ねぇ、涼一、家で飲み直さない?私、飲みたい気分なんだぁ」

律子は笑顔だった。

「いいけど明日仕事だろ?大丈夫なの?」

「うん。だって私達ワルでしょ?」

ふたりは顔を見合わせて笑った。

コンビニでビールとつまみを買い込んで会場は律子の部屋にした。

「どうぞ、入って」

ソファに座りビールで乾杯する。律子は勢いよくビールを飲み干した。

「ちょっと律子、大丈夫?」

「飲みたいんだからいいの!涼一も飲んで!」

「う、うん。でも一気に飲むのは…」

律子は2本目のビールを開け、ピーナッツを食べながら言った。

「昔こうやってよくお酒を飲んだよね」

「ああ、そうだったな」

「ねえ、涼一、知ってた?私が告白してから10年経つんだよー」

「うん。お互い年をとったな」

「女の子に年のことを言うなー!」

「おい、おい、女の子って…」

「なによー!」

「アハハハ」

ふたりの笑い声が響いた。
4本目のビールが空になる頃、律子は酔い潰れた。

「おい、律子、大丈夫か?」

「う~ん…」

勢いよく飲みすぎた律子はそのまま眠ってしまった。

「まったく…」

テーブルに伏せて眠る律子にタオルケットをかけ顔を眺めた。気持ち良さそうに眠るその綺麗な横顔はどこか儚く涼一の胸を締め付けた。手首の傷に手を添えた涼一は律子の頬にそっとキスをした。

「う~ん…」

律子の表情に微笑んだ涼一はソファにもたれて眠った。



翌朝早く起きた律子は大きな背伸びをして、隣で眠る涼一に言った。

「もう…キスは反則だよ…でも…ありがとう」
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