ラブ・ソングをあなたに

天川 哲

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沼田 安夫

3.苛立ち

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 窓から射し込む太陽の光に、沼田は思わず舌打ちをした。
 時計が見えないが、おそらく昼近くなのだろう。
 頭が締めつけるように鈍く痛み、身体を動かすのが怠い。
 昨夜、呑みすぎたらしい。
 しかし、沼田の記憶にはそこまで大酒をくらった印象などなく、寧ろ控えめであったくらいだと感じた。
 記憶の齟齬が生まれている、そう感じるのも無理はないのかもしれない。

 「今日はさ、とりあえず一緒に帰ろうよ」
 「何処にだ??」
 「わたしの家」
 「っばっ、馬鹿なこと言うな!」
 「だって、このままだと、また変なこと考えちゃうかもしれないでしょ?」

 あの日、サクラとの約束のお陰というべきか、約束の所為というべきか、彼女の計らいで沼田はサクラの家へ帰宅した。
 勿論長居などするつもりもなく、ただ言われるがまま、流れに任せた結果であった。
 しかし、その後もサクラは沼田を家から出す素振りもなく、行く宛もない沼田は、その好意に甘えてずるずると居続けてしまった。
 あれから早二月──
 状況は好転することなく、沼田は惰眠を貪り続ける日々を送っていた。
 猛烈に喉の乾きを感じ、やむなく身体を起こし蛇口へと向かう途中、卓袱台に置かれたメモ書きに目が留まった。

(おはよう!ご飯代、おいておくね!朝ごはんの残りが冷蔵庫にあるので、食べてね)

 女子らしい丸い文字で書かれたメモ書きの下には、千円札が一枚挟まれていた。
 虚しさと、悔しさがふつふつとこみ上げ、沼田は乱暴にメモごとポケットに捩じ込んだ。
 喉の乾きを潤すことなく、沼田はベランダへと駆け込み、煙草に火をつけた。
 少しずつ伸びる灰を眺めながら、自信の不甲斐なさに苛立ち、二本、三本と次々に火を付ける。
 どれだけ吸おうと、心が鎮まることはなかった。
 昨夜飲んだ酒も、今までに消費した煙草も、なにもかもがサクラの金だった。
 いつまでも、彼女が何も言わないことを良いことに、甘え続けているだけの自分に、沼田は苛立った。
 (一体どうしろっていうんだっ……)
 煙草はあっという間に灰となり、吹き抜ける風に舞って何処かへと消えた。


 「ただいまーっ!!」
 勢い良くドアを開け、サクラが帰ってきたのは深夜の二時を少し過ぎた頃であった。
 見たところ、それなりに酔っ払っているようである。
 することもなく、テレビを眺めていた沼田は、サクラの声に反応することなく、ただひたすら画面に顔を向けていた。
 「ねぇねぇ、ヤっさん。今日お客さ──」
 「サクラ」
 サクラの言葉を遮るように、沼田は声を上げた。
 その目線は決してサクラを見ることはなく、画面に向けられたままだ。
 「お前さ、どういうつもりなんだ?」
 「何?何の話??」
 「見ず知らずのおっさん家に上げて、挙げ句毎日金渡して、家賃も何も請求してこねぇ。可怪しいだろ?何なんだよ」
 「え?待ってよ。なんで怒ってるの?」
 突然の展開にサクラは動揺した様子で狼狽え、沼田の側に座った。
 「わたし、ヤっさんの何か気に触ることした?」
 「……別に」
 「だったら、そんな言われ方する覚えないよ。
 確かに、ちょっと怪しいかもしれない。しれないけど」
 先程までの機嫌の良さなど何処へやら、サクラはこぶしを握りしめ、涙を堪えていた。
 沼田は、未だにサクラを正視できず、ただ俯いていた。
 「ヤっさんのしてることは、ただの八つ当りだよ?!わたしは、ヤっさんのことが心配で、いろいろあって、わたしなりになんとかしようと思って……」
 「何とかしてくれなんて、頼んだ覚えはない、っておいっ」
 瞬間、思い切り肩を掴まれ、後ろに引かれた沼田は、飛んできた平手に対処できず、無抵抗に打ち抜かれた。
 衝撃で目の前に星が散るほど、物凄い力で平手打ちされた。
 「ヤっさんのばかっっ!!」
 勢い良く立ち上がり、出口にそのまま駆けていくサクラを、沼田は呆然と見送り、暫くその場を動けなかった。
 盛大に鳴り響いたドアの閉まる音が、訪れる静寂をより引き立てた。
 沼田は、サクラを追いかけようと玄関まで向かったが、その先の一歩を出せず、ただ立ち尽くすばかりであった。
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