3 / 9
沼田 安夫
3.苛立ち
しおりを挟む
窓から射し込む太陽の光に、沼田は思わず舌打ちをした。
時計が見えないが、おそらく昼近くなのだろう。
頭が締めつけるように鈍く痛み、身体を動かすのが怠い。
昨夜、呑みすぎたらしい。
しかし、沼田の記憶にはそこまで大酒をくらった印象などなく、寧ろ控えめであったくらいだと感じた。
記憶の齟齬が生まれている、そう感じるのも無理はないのかもしれない。
「今日はさ、とりあえず一緒に帰ろうよ」
「何処にだ??」
「わたしの家」
「っばっ、馬鹿なこと言うな!」
「だって、このままだと、また変なこと考えちゃうかもしれないでしょ?」
あの日、サクラとの約束のお陰というべきか、約束の所為というべきか、彼女の計らいで沼田はサクラの家へ帰宅した。
勿論長居などするつもりもなく、ただ言われるがまま、流れに任せた結果であった。
しかし、その後もサクラは沼田を家から出す素振りもなく、行く宛もない沼田は、その好意に甘えてずるずると居続けてしまった。
あれから早二月──
状況は好転することなく、沼田は惰眠を貪り続ける日々を送っていた。
猛烈に喉の乾きを感じ、やむなく身体を起こし蛇口へと向かう途中、卓袱台に置かれたメモ書きに目が留まった。
(おはよう!ご飯代、おいておくね!朝ごはんの残りが冷蔵庫にあるので、食べてね)
女子らしい丸い文字で書かれたメモ書きの下には、千円札が一枚挟まれていた。
虚しさと、悔しさがふつふつとこみ上げ、沼田は乱暴にメモごとポケットに捩じ込んだ。
喉の乾きを潤すことなく、沼田はベランダへと駆け込み、煙草に火をつけた。
少しずつ伸びる灰を眺めながら、自信の不甲斐なさに苛立ち、二本、三本と次々に火を付ける。
どれだけ吸おうと、心が鎮まることはなかった。
昨夜飲んだ酒も、今までに消費した煙草も、なにもかもがサクラの金だった。
いつまでも、彼女が何も言わないことを良いことに、甘え続けているだけの自分に、沼田は苛立った。
(一体どうしろっていうんだっ……)
煙草はあっという間に灰となり、吹き抜ける風に舞って何処かへと消えた。
「ただいまーっ!!」
勢い良くドアを開け、サクラが帰ってきたのは深夜の二時を少し過ぎた頃であった。
見たところ、それなりに酔っ払っているようである。
することもなく、テレビを眺めていた沼田は、サクラの声に反応することなく、ただひたすら画面に顔を向けていた。
「ねぇねぇ、ヤっさん。今日お客さ──」
「サクラ」
サクラの言葉を遮るように、沼田は声を上げた。
その目線は決してサクラを見ることはなく、画面に向けられたままだ。
「お前さ、どういうつもりなんだ?」
「何?何の話??」
「見ず知らずのおっさん家に上げて、挙げ句毎日金渡して、家賃も何も請求してこねぇ。可怪しいだろ?何なんだよ」
「え?待ってよ。なんで怒ってるの?」
突然の展開にサクラは動揺した様子で狼狽え、沼田の側に座った。
「わたし、ヤっさんの何か気に触ることした?」
「……別に」
「だったら、そんな言われ方する覚えないよ。
確かに、ちょっと怪しいかもしれない。しれないけど」
先程までの機嫌の良さなど何処へやら、サクラはこぶしを握りしめ、涙を堪えていた。
沼田は、未だにサクラを正視できず、ただ俯いていた。
「ヤっさんのしてることは、ただの八つ当りだよ?!わたしは、ヤっさんのことが心配で、いろいろあって、わたしなりになんとかしようと思って……」
「何とかしてくれなんて、頼んだ覚えはない、っておいっ」
瞬間、思い切り肩を掴まれ、後ろに引かれた沼田は、飛んできた平手に対処できず、無抵抗に打ち抜かれた。
衝撃で目の前に星が散るほど、物凄い力で平手打ちされた。
「ヤっさんのばかっっ!!」
勢い良く立ち上がり、出口にそのまま駆けていくサクラを、沼田は呆然と見送り、暫くその場を動けなかった。
盛大に鳴り響いたドアの閉まる音が、訪れる静寂をより引き立てた。
沼田は、サクラを追いかけようと玄関まで向かったが、その先の一歩を出せず、ただ立ち尽くすばかりであった。
時計が見えないが、おそらく昼近くなのだろう。
頭が締めつけるように鈍く痛み、身体を動かすのが怠い。
昨夜、呑みすぎたらしい。
しかし、沼田の記憶にはそこまで大酒をくらった印象などなく、寧ろ控えめであったくらいだと感じた。
記憶の齟齬が生まれている、そう感じるのも無理はないのかもしれない。
「今日はさ、とりあえず一緒に帰ろうよ」
「何処にだ??」
「わたしの家」
「っばっ、馬鹿なこと言うな!」
「だって、このままだと、また変なこと考えちゃうかもしれないでしょ?」
あの日、サクラとの約束のお陰というべきか、約束の所為というべきか、彼女の計らいで沼田はサクラの家へ帰宅した。
勿論長居などするつもりもなく、ただ言われるがまま、流れに任せた結果であった。
しかし、その後もサクラは沼田を家から出す素振りもなく、行く宛もない沼田は、その好意に甘えてずるずると居続けてしまった。
あれから早二月──
状況は好転することなく、沼田は惰眠を貪り続ける日々を送っていた。
猛烈に喉の乾きを感じ、やむなく身体を起こし蛇口へと向かう途中、卓袱台に置かれたメモ書きに目が留まった。
(おはよう!ご飯代、おいておくね!朝ごはんの残りが冷蔵庫にあるので、食べてね)
女子らしい丸い文字で書かれたメモ書きの下には、千円札が一枚挟まれていた。
虚しさと、悔しさがふつふつとこみ上げ、沼田は乱暴にメモごとポケットに捩じ込んだ。
喉の乾きを潤すことなく、沼田はベランダへと駆け込み、煙草に火をつけた。
少しずつ伸びる灰を眺めながら、自信の不甲斐なさに苛立ち、二本、三本と次々に火を付ける。
どれだけ吸おうと、心が鎮まることはなかった。
昨夜飲んだ酒も、今までに消費した煙草も、なにもかもがサクラの金だった。
いつまでも、彼女が何も言わないことを良いことに、甘え続けているだけの自分に、沼田は苛立った。
(一体どうしろっていうんだっ……)
煙草はあっという間に灰となり、吹き抜ける風に舞って何処かへと消えた。
「ただいまーっ!!」
勢い良くドアを開け、サクラが帰ってきたのは深夜の二時を少し過ぎた頃であった。
見たところ、それなりに酔っ払っているようである。
することもなく、テレビを眺めていた沼田は、サクラの声に反応することなく、ただひたすら画面に顔を向けていた。
「ねぇねぇ、ヤっさん。今日お客さ──」
「サクラ」
サクラの言葉を遮るように、沼田は声を上げた。
その目線は決してサクラを見ることはなく、画面に向けられたままだ。
「お前さ、どういうつもりなんだ?」
「何?何の話??」
「見ず知らずのおっさん家に上げて、挙げ句毎日金渡して、家賃も何も請求してこねぇ。可怪しいだろ?何なんだよ」
「え?待ってよ。なんで怒ってるの?」
突然の展開にサクラは動揺した様子で狼狽え、沼田の側に座った。
「わたし、ヤっさんの何か気に触ることした?」
「……別に」
「だったら、そんな言われ方する覚えないよ。
確かに、ちょっと怪しいかもしれない。しれないけど」
先程までの機嫌の良さなど何処へやら、サクラはこぶしを握りしめ、涙を堪えていた。
沼田は、未だにサクラを正視できず、ただ俯いていた。
「ヤっさんのしてることは、ただの八つ当りだよ?!わたしは、ヤっさんのことが心配で、いろいろあって、わたしなりになんとかしようと思って……」
「何とかしてくれなんて、頼んだ覚えはない、っておいっ」
瞬間、思い切り肩を掴まれ、後ろに引かれた沼田は、飛んできた平手に対処できず、無抵抗に打ち抜かれた。
衝撃で目の前に星が散るほど、物凄い力で平手打ちされた。
「ヤっさんのばかっっ!!」
勢い良く立ち上がり、出口にそのまま駆けていくサクラを、沼田は呆然と見送り、暫くその場を動けなかった。
盛大に鳴り響いたドアの閉まる音が、訪れる静寂をより引き立てた。
沼田は、サクラを追いかけようと玄関まで向かったが、その先の一歩を出せず、ただ立ち尽くすばかりであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる