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沼田 安夫
2.あなたが生きたくなるように
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タクシーはビブレの脇を過ぎ、道を折れ、そのまま5分ほど進んだところで停まった。
看板には、『大来』とある。
随分小さな店だが、なかなかに繁盛しているようで、あいにく満員だった。
「マスター!来たよーっ」
「おお、よく来たな。そこらの雑誌どけてちょっと待っとけ」
はーい、となれた様子で入り口の小椅子に散らばる週刊誌を片付け、少女は腰を下ろした。
その様子を見るともなく眺めていると、ふと目を上げた彼女と目が会った。
「サクラっていいます」
「??」
「名前。自己紹介まだだったから」
小さく微笑み、サクラは店を振り返る。
「この店、結構美味しいんだよ。いっつも混んでるけど、安いし美味いし、ボリューム満天でね」
「そうか」
「で、お兄さんは?なんて呼べばいいのかなぁ」
「お兄さんって歳じゃない」
「えー、いくつ??」
「49だ」
嘘っ、と大仰に驚くサクラを横目に、沼田は店に貼られたメニュー表を見つめた。
腹はまだ鳴っている。
つい先程まで、死のうとしていたなどと思えなくなるほど、精気に溢れた香りが店を満たしていた。
調子が狂うな、と独りごちる沼田を怪訝そうに見上げるサクラは、すぐに興味を失ったか、手元にまとめた週刊誌へ目を落とした。
「沼田だ」
「え?何?」
「名前。沼田安夫だ」
「やすお……じゃあヤっさんだね!」
「何がじゃあなのかはわからないが、まあ好きに呼んでくれ」
「ヤっさんね、ヤっさん」
ヤっさん、ヤっさん、と、サクラが呟いていると、カウンターの中からマスターが声を掛けた。
「おう!奥空いたから座んな!」
「わーい!ありがとう!」
行こう?と、また手を引かれそうになり、沼田はさり気なく一歩退き、サクラを先へ促した。
「ここのオススメは、裏メニューなんだけど、蟹チャーハンの天津が美味しいんだよー」
「じゃあ、それにしてくれ」
はーい、と首肯し、オーダーを伝えたところで、ようやく席へと落ち着くことができた。
「ヤっさんってさ、ミステリアスだよね」
注文した天津飯をすっかり平らげ、ビールを傾けていたサクラが、口調も怪しく絡み始めた。
「少し飲みすぎじゃないか?」
「そんなことないよぉ」
目も虚ろで、随分と酔っ払っているようにみえたが、これ以上の追求は色々と厄介な気がして、放っておくことに した。
それにしても、沼田は未だ腑に落ちていなかった。
何故見ず知らずの男である自分を、ここまで連れてきて、挙げ句一緒のテーブルを囲んでいるのか。
大体彼女は一体何なのだろうか。
成人はしているだろうが、かなり若く見受けられる。
最近の若い子たちは、見ず知らずの異性であっても気にすることなく飯を食うものなのだろうか。
ぐるぐると思案していると、サクラに見つめられていることに気が付いた。
「……顔に何かついてるか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
「何だよ」
奥歯に物が挟まったかのように、煮えきらないサクラの態度に、沼田は余計戸惑った。
「ヤっさんはさ、きっと、色々あったんだよね」
突然の言葉に、どう返せばいいか逡巡していると、不意にサクラは立ち上がり、沼田の肩を掴んだ。
「あのさ、うまく言えないんだけど、わたし嬉しかったんだ。わたしの歌で泣いてくれて」
ちょっと泣きすぎだったけど、と微笑み、掴んだ肩を揺らした。
「死んじゃ、だめだよっ!」
「ばっ、馬鹿言うなっ」
あまりのボリュームに驚き、つい周りを見渡してしまう沼田に構わず、サクラは言葉を続けた。
「良いことなんて、生きてなきゃ見つからないよ」
「わかった、わかったからっ!
とりあえず座ってくれ。んで、肩から手を離してくれよ」
「約束できる?もう変なこと考えない??」
「善処するよ」
「じゃあ、約束っ」
つい、と差し出された小指に、沼田は反応ができず、固まった。
「ゆ・び・き・り」
「あ、あぁ」
サクラの小指に自身の小指を絡め、小さく縦に振った沼田は、優しく微笑み見つめるサクラから、目を離すことが出来なかった。
「じゃあ、乾杯だっ!」
グラスを掲げるサクラに苦笑しながら、沼田もグラスにビールを注ぎ、互いのグラスをぶつけた。
うしろ向きであった気持ちが、ほんの少しだけ前に向きそうな、そんな思いがした。
看板には、『大来』とある。
随分小さな店だが、なかなかに繁盛しているようで、あいにく満員だった。
「マスター!来たよーっ」
「おお、よく来たな。そこらの雑誌どけてちょっと待っとけ」
はーい、となれた様子で入り口の小椅子に散らばる週刊誌を片付け、少女は腰を下ろした。
その様子を見るともなく眺めていると、ふと目を上げた彼女と目が会った。
「サクラっていいます」
「??」
「名前。自己紹介まだだったから」
小さく微笑み、サクラは店を振り返る。
「この店、結構美味しいんだよ。いっつも混んでるけど、安いし美味いし、ボリューム満天でね」
「そうか」
「で、お兄さんは?なんて呼べばいいのかなぁ」
「お兄さんって歳じゃない」
「えー、いくつ??」
「49だ」
嘘っ、と大仰に驚くサクラを横目に、沼田は店に貼られたメニュー表を見つめた。
腹はまだ鳴っている。
つい先程まで、死のうとしていたなどと思えなくなるほど、精気に溢れた香りが店を満たしていた。
調子が狂うな、と独りごちる沼田を怪訝そうに見上げるサクラは、すぐに興味を失ったか、手元にまとめた週刊誌へ目を落とした。
「沼田だ」
「え?何?」
「名前。沼田安夫だ」
「やすお……じゃあヤっさんだね!」
「何がじゃあなのかはわからないが、まあ好きに呼んでくれ」
「ヤっさんね、ヤっさん」
ヤっさん、ヤっさん、と、サクラが呟いていると、カウンターの中からマスターが声を掛けた。
「おう!奥空いたから座んな!」
「わーい!ありがとう!」
行こう?と、また手を引かれそうになり、沼田はさり気なく一歩退き、サクラを先へ促した。
「ここのオススメは、裏メニューなんだけど、蟹チャーハンの天津が美味しいんだよー」
「じゃあ、それにしてくれ」
はーい、と首肯し、オーダーを伝えたところで、ようやく席へと落ち着くことができた。
「ヤっさんってさ、ミステリアスだよね」
注文した天津飯をすっかり平らげ、ビールを傾けていたサクラが、口調も怪しく絡み始めた。
「少し飲みすぎじゃないか?」
「そんなことないよぉ」
目も虚ろで、随分と酔っ払っているようにみえたが、これ以上の追求は色々と厄介な気がして、放っておくことに した。
それにしても、沼田は未だ腑に落ちていなかった。
何故見ず知らずの男である自分を、ここまで連れてきて、挙げ句一緒のテーブルを囲んでいるのか。
大体彼女は一体何なのだろうか。
成人はしているだろうが、かなり若く見受けられる。
最近の若い子たちは、見ず知らずの異性であっても気にすることなく飯を食うものなのだろうか。
ぐるぐると思案していると、サクラに見つめられていることに気が付いた。
「……顔に何かついてるか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
「何だよ」
奥歯に物が挟まったかのように、煮えきらないサクラの態度に、沼田は余計戸惑った。
「ヤっさんはさ、きっと、色々あったんだよね」
突然の言葉に、どう返せばいいか逡巡していると、不意にサクラは立ち上がり、沼田の肩を掴んだ。
「あのさ、うまく言えないんだけど、わたし嬉しかったんだ。わたしの歌で泣いてくれて」
ちょっと泣きすぎだったけど、と微笑み、掴んだ肩を揺らした。
「死んじゃ、だめだよっ!」
「ばっ、馬鹿言うなっ」
あまりのボリュームに驚き、つい周りを見渡してしまう沼田に構わず、サクラは言葉を続けた。
「良いことなんて、生きてなきゃ見つからないよ」
「わかった、わかったからっ!
とりあえず座ってくれ。んで、肩から手を離してくれよ」
「約束できる?もう変なこと考えない??」
「善処するよ」
「じゃあ、約束っ」
つい、と差し出された小指に、沼田は反応ができず、固まった。
「ゆ・び・き・り」
「あ、あぁ」
サクラの小指に自身の小指を絡め、小さく縦に振った沼田は、優しく微笑み見つめるサクラから、目を離すことが出来なかった。
「じゃあ、乾杯だっ!」
グラスを掲げるサクラに苦笑しながら、沼田もグラスにビールを注ぎ、互いのグラスをぶつけた。
うしろ向きであった気持ちが、ほんの少しだけ前に向きそうな、そんな思いがした。
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