3 / 10
後輩の春江くんは重い男らしい
しおりを挟む
「部活が無いから」と。当たり前のように1学年上の教室にやってきて、当たり前のように俺の前の席に陣取って。稀に見る美青年は、サンゴを彷彿とさせる指を、一本二本と折り畳んだ。
「恋バナに傷の舐め合い、兄弟自慢」
低い声が、特殊な周波数を以って、直接脊髄を揺らすみたいだ。
「けど肝心の勧誘のお話は出来ずじまいと。いじらしいですわ、先輩」
「素直に根性無しって言えよ」
「潔いですね?染められました?」
平生物鬱げに伏せられている目が、少しだけ驚いたように丸くなる。夏目の席に腰掛け、俺の机に頬杖をつく春江。丁度良い所にあったので、額をデコピンで弾いた。
「痛っ!」
「なんかこう、勧誘目当てで近付いたって思われるのが嫌で……」
「何にも間違って無いですよね?」
「う、」
「先輩は元々、看板欲しい~言うて夏目先輩に近付いたんやから」
穏やかな言葉が、さくさくと胸に刺さる。それはそうなのだが、いや今思い返しても最低な動機だな。
「……折角友達になれたのでぇ、」
「はァ」
「夏目を裏切りたく無い?」
「はァ……」
「ぶっちゃけ俺が、夏目に嫌われたくない?」
「正直に言えましたねぇ」
だって、そうだろう。「君を客寄せパンダにしたくて友達になったんだ!」なんて。そんなことを言われたら、俺だったら一歩引いてしまう。そんなのはちょっと………いや凄く嫌だ。
渋々頷けば、頬杖に使われていた左手が、ヌッと伸びてくる。俺の頬をぶにと掴んで、無造作に弄んで。流石、バスケ部の掌は大きいと思った。いや握力えげつないな。
「せやったら、決まりです?」
「ひゃひひゃ」
「『なにが』って、嫌やわ先輩。ここで惚けるんは酷いですよ」
「ぶにに!」
「俺、ずぅっと楽しみにしとったんですから」
弧を描いた双眸が、うっすらと開く。上目遣いで俺の相貌を覗き込んで、またすぐに閉じて。「言えますよね?」と、子供に言い聞かせるみたいに諭される。思い出すのは、カラオケボックスでのやり取りだ。
…………『最終手段だ』と。『どうにもならなくなったら頼る』と。
言った。確かに俺は言ったが、やっぱりバスケ部から此奴を引き抜くのは駄目だろう。
「なんです?先輩。お口モグモグさせて。一生懸命でかいらしいですね」
「……ッ、喋れないんだよ!お前のせいで!」
「わぁ」
ほけほけ笑いながら、両手を上げて仰反る。その余裕が癪に触るが、今日は余計に上機嫌のようにも見える。何か良い事でもあったんだろうか。
「その件だけど、やっぱお前に部員集めとかさせられないよ」
「…………はァ」
「地道に集める。……そもそも客寄せパンダって発想自体が失礼だし」
「俺は別に気にしませんけど」
「俺が嫌なの」
「……嫌やなぁ、いよいよ染まっとる感じして」
イヤイヤうるさいぞ!と言おうと思ったけど、約半数は俺の言葉なので口を慎む。そもそも先刻からの染まってる云々は何だ。寂しいので、知らない言葉で喋らないでほしい。
俺の葛藤を他所に、考えるような素振りをする春江。
俺は諸々の感情を押し込めて、首を傾げる。
「…………なんや周りくどいんは、やめた方が良いんですかね?」
「……何が?」
「いやぁ、一番大事なのは愛やと思うんですけど。逆に言えば、最後に愛し合ってさえいれば良いわけで」
「そうかなぁ?」
「そうでしょ。なんや、身体が先や愛が先やなんて、この際どぉ~でも良いんかなぁ、なんて」
確かに日本語であるはずなのに、彼の言っている事を、一つも理解できない。わらべうたでも聞かされているような心地だ。
いつも通りの声音。間延びして、穏やかで。
ただその時には、後輩の顔は既に見えなくなっていた。大きな左手が、眼前に迫っていたから。ほぼ無意識に、肩を硬らせる。
全く同じシチュエーションで、けれど先刻とは全く違う。それは何か、明から様な害意を以った指先だと思った。少なくとも、戯れに頬を弄ばれるわけでは無いのだろうと。
「……っ、」
指先から一番近い急所──首を庇いながら、跳ねるように後退る。
右後への歩み足。
けたたましい音が響いて、机がずれて、椅子が倒れて。
「──────ふ、冬樹?」
教室の入り口へと、2人同時に視線を送る。驚いたように目を見開いたまま、其奴の広い肩から鞄がずり落ちた。
「夏目…………」
「あらら」
緊張が一気に解けるみたいだった。俺は倒した椅子と机を、すごすごと直す。元よりその場から動いてすらいない春江は、関心を夏目へと移したようだった。
「夏目先輩や。噂をすれば」
「噂?俺の話をしてたのか、ええと。……春江、くん」
「そうですよぉ。冬樹先輩、俺と話しとる間も、夏目先輩の話ばっかで。妬けますわ」
目に眩しい翠眼が、そっと此方へと向けられる。伺うような視線に、「悪口じゃないぞ」と言えば、「分かってる」と拗ねたように返されて。
「冬樹はそんな陰湿な真似しないだろ」
真っ直ぐな声音に、鋭い痛みが胸を突く。
夏目は淀みない足取りのまま、自分の席に向かい、引き出しを探った。
「忘れ物を取りにきたんだ」
電子辞書を取り出しながら言う。立ちあがろうとする春江に「お気遣い無く」と笑い、鞄に辞書を突っ込んで。
「樹くんと一香ちゃんによろしく」
「ああ、……涼太くんにも」
そう返せば、非の打ち所のない笑みで、ヒラヒラと手を振ってくる。眩しい笑顔である。ドアの向こうへと消えて、夏目の背が見えなくなっても、まだ眼前に星が散っているみたいだった。眩しさに目がチカチカする。
「…………樹くんと一香ちゃんて、先輩の御兄弟のお名前です?」
「ああ、そうだよ」
「それはそれは。短いうちに、また随分と仲良うなったみたいですね」
「そう見えるか?」
他人の目にそう映った事が、訳もなく嬉しかった。
あの後、なんやかんやで距離も縮まって、家も割と近い事が判明して。夏目の家にお邪魔するうちに、彼の弟くんとも面識が出来ちゃったり。同じ理由で、夏目も俺の弟と妹を知っている。
「………羨ましいなぁ。家族ぐるみのお付き合い」
「家族ぐるみって程では……」
「俺、先輩の妹さんと結婚するんが夢やったのに」
「お前それ本気で言ってたのか……」
「取られてまいますわ」
「お前にも夏目にも、兄弟はやらん」
『夏目』という比較対象ができた事で弟は、「兄ちゃん、実はそこまでカッコ良くない……!?」と言う事に気づき始めているし、妹に「あのカッコ良い人、もう来ないの?」とかモジモジしながら言われた日には、卒倒するかと思った。お、お兄ちゃんはそんなの認めませんからね!と言いたい所だが、相手が夏目なのが複雑な所だ。
「…………」
忌まわしい葛藤を振り払うように首を振れば、胡乱な赤目と視線がかち合う。物良いたげな視線に、「なんだよ」と負けじと目を細める。
「えらい実直なお方でしたけど」
「ああ、夏目……」
「先輩はああいうタイプが良いんです?」
「………?」
ふいと逸らされる目線。眉を顰め、春江を観察する。3ヶ月間の付き合いだが、こいつのこんな表情は初めて見る。いつも以上にふにゃふにゃしていて、全体的に覇気がない。何というか、こう、『しょぼくれている』?
「春江……」
「何でしたっけ?『高校生のうちから結婚まで考えてくれる』タイプのお人?」
「あ、ああ?そうだな?一途で誠実なのは良い事だな?」
それにしても何で今その話を?というかお前にその話したっけ?
疑問符を浮かべながら答えれば、「うー」とか呻きながら、上半身を折り、俺の机に突っ伏す。ブワ、と甘い匂いが鼻腔を撫でて。びっくりした。図体がデカい分、一挙手一投足が無駄にダイナミックだ。
「俺だって、一途で誠実ですよぉ」
「そ、それは嘘じゃない?」
「嘘じゃないですぅ。この前だってそれが原因でフられたくらいだし」
「え、ウソ。お前彼女いたの?聞いてないんだけど」
「言う訳ないやないですか」
ゲシゲシと机の下で足を蹴られる。足が長くて収まりが悪いのは充分分かったから。暴力はやめてほしい。痛い、痛い。
「……何人くらい?」
「何でそんなん聞くんです」
「いやその、割と噂は聞いてたから……。春江ってやつ、女の子を千切っては投げ千切っては投げしてるって」
実際に関わってみるとコレだったので、そんな物は本当に噂だろうと切り捨てていた訳だが。
俺はこうして、部活と学校生活の合間合間に会う春江しか知らない。だから春江に関しては、知らない側面の方がずっと多いのだろう。そもそも、この物腰柔らかな美青年を、世間が放っておくわけも無かった。
「逆ですわ、逆」
「……?」
気怠げな声音で、まぁるい頭が小さく揺れる。擡げられた相貌。サラサラした前髪の隙間から、底の無い目が此方を見ている。「よっこい」とか言いながら体勢を立て直して、かぶりを振る。机の上に投げ出された俺の手を、指先でちょいちょいと突いた。黒猫みたいだ。
「俺から誰かを振ったことなんて、ただの一回も無いですよ」
「…………そうか。すまん、失礼な事言った」
「ほんまですわ。俺はただ愛しただけ、なぁんも悪いことなんてしてません。それを皆して、『重い』や何や。ねぇ?好きや言うて寄ってきたんは、あっちなのに」
「…………」
「酷い話です」
…………それは、夏目の『重い』とはまた違う種類の『重い』なのでは。
冷や汗が背を伝う。
「なにしてはるんです?」
「いや、イカ焼きになってないだろうなって………」
良かった。傷一つない、ツルスベ色白シラウヲアーム。
春江の袖を捲り上げた状態で顔を上げれば、吐息だけで笑われる。
「エッチ」
「エ………ッ!?」
咄嗟に離そうとした手を、驚きの反射神経で掴まれる。冷たい指先が、生き物みたいに俺の指に絡みついてきて。ふにゃふにゃした男だが、思いの外手は固いのだと思った。でもスポーツマンの手って、大体こんな物か。
「先輩の手、肉刺だらけですね」
「文句言うなら離せよ」
「嫌やとは言うて無いでしょう」
「何だお前」
「それに何やかんや言いながら、自分からは振り払わんですよね」
「…………」
「先輩のそう言う所、好きやわぁ」
潤んだ目が、ぎゅう、と弧を描く。昔、弟や妹が、布団に潜り込んでくる時にこう言う目をしていた。ただあれらと違うのは、それが妙に熱っぽいと言う点で。
ふと気付けば、冷たかった指がいつの間にか熱を帯びていた。どっちの体温かはよく分からない。
「受け止めきらん人は、みぃんな俺から逃げてしまいますから」
「…………」
「ダメですよ、先輩。人と話すときは、ちゃんとお顔を見るもんでしょう?」
「…………何が可笑しいんだよ」
「タコさんみたいで可愛いらしいなぁ思いまして」
意識を擽るように、握られたまま、左手の指先が撫でられる。スローモーションみたいに、薄くて赤い唇が、ゆっくりと吊り上がった。
鼓動が煩い。きっとこれも伝わっているのだと思うと、ちょっと死にたくなる。
『可愛いらしい』、なんて。飽きる程聞かされてきた言葉が、胸の深いところに引っかかって熱を持って。
「……………………『タコさん』はねぇわ」
やっとの事で絞り出した声に、春江は不満そうに顔を顰めた。
「恋バナに傷の舐め合い、兄弟自慢」
低い声が、特殊な周波数を以って、直接脊髄を揺らすみたいだ。
「けど肝心の勧誘のお話は出来ずじまいと。いじらしいですわ、先輩」
「素直に根性無しって言えよ」
「潔いですね?染められました?」
平生物鬱げに伏せられている目が、少しだけ驚いたように丸くなる。夏目の席に腰掛け、俺の机に頬杖をつく春江。丁度良い所にあったので、額をデコピンで弾いた。
「痛っ!」
「なんかこう、勧誘目当てで近付いたって思われるのが嫌で……」
「何にも間違って無いですよね?」
「う、」
「先輩は元々、看板欲しい~言うて夏目先輩に近付いたんやから」
穏やかな言葉が、さくさくと胸に刺さる。それはそうなのだが、いや今思い返しても最低な動機だな。
「……折角友達になれたのでぇ、」
「はァ」
「夏目を裏切りたく無い?」
「はァ……」
「ぶっちゃけ俺が、夏目に嫌われたくない?」
「正直に言えましたねぇ」
だって、そうだろう。「君を客寄せパンダにしたくて友達になったんだ!」なんて。そんなことを言われたら、俺だったら一歩引いてしまう。そんなのはちょっと………いや凄く嫌だ。
渋々頷けば、頬杖に使われていた左手が、ヌッと伸びてくる。俺の頬をぶにと掴んで、無造作に弄んで。流石、バスケ部の掌は大きいと思った。いや握力えげつないな。
「せやったら、決まりです?」
「ひゃひひゃ」
「『なにが』って、嫌やわ先輩。ここで惚けるんは酷いですよ」
「ぶにに!」
「俺、ずぅっと楽しみにしとったんですから」
弧を描いた双眸が、うっすらと開く。上目遣いで俺の相貌を覗き込んで、またすぐに閉じて。「言えますよね?」と、子供に言い聞かせるみたいに諭される。思い出すのは、カラオケボックスでのやり取りだ。
…………『最終手段だ』と。『どうにもならなくなったら頼る』と。
言った。確かに俺は言ったが、やっぱりバスケ部から此奴を引き抜くのは駄目だろう。
「なんです?先輩。お口モグモグさせて。一生懸命でかいらしいですね」
「……ッ、喋れないんだよ!お前のせいで!」
「わぁ」
ほけほけ笑いながら、両手を上げて仰反る。その余裕が癪に触るが、今日は余計に上機嫌のようにも見える。何か良い事でもあったんだろうか。
「その件だけど、やっぱお前に部員集めとかさせられないよ」
「…………はァ」
「地道に集める。……そもそも客寄せパンダって発想自体が失礼だし」
「俺は別に気にしませんけど」
「俺が嫌なの」
「……嫌やなぁ、いよいよ染まっとる感じして」
イヤイヤうるさいぞ!と言おうと思ったけど、約半数は俺の言葉なので口を慎む。そもそも先刻からの染まってる云々は何だ。寂しいので、知らない言葉で喋らないでほしい。
俺の葛藤を他所に、考えるような素振りをする春江。
俺は諸々の感情を押し込めて、首を傾げる。
「…………なんや周りくどいんは、やめた方が良いんですかね?」
「……何が?」
「いやぁ、一番大事なのは愛やと思うんですけど。逆に言えば、最後に愛し合ってさえいれば良いわけで」
「そうかなぁ?」
「そうでしょ。なんや、身体が先や愛が先やなんて、この際どぉ~でも良いんかなぁ、なんて」
確かに日本語であるはずなのに、彼の言っている事を、一つも理解できない。わらべうたでも聞かされているような心地だ。
いつも通りの声音。間延びして、穏やかで。
ただその時には、後輩の顔は既に見えなくなっていた。大きな左手が、眼前に迫っていたから。ほぼ無意識に、肩を硬らせる。
全く同じシチュエーションで、けれど先刻とは全く違う。それは何か、明から様な害意を以った指先だと思った。少なくとも、戯れに頬を弄ばれるわけでは無いのだろうと。
「……っ、」
指先から一番近い急所──首を庇いながら、跳ねるように後退る。
右後への歩み足。
けたたましい音が響いて、机がずれて、椅子が倒れて。
「──────ふ、冬樹?」
教室の入り口へと、2人同時に視線を送る。驚いたように目を見開いたまま、其奴の広い肩から鞄がずり落ちた。
「夏目…………」
「あらら」
緊張が一気に解けるみたいだった。俺は倒した椅子と机を、すごすごと直す。元よりその場から動いてすらいない春江は、関心を夏目へと移したようだった。
「夏目先輩や。噂をすれば」
「噂?俺の話をしてたのか、ええと。……春江、くん」
「そうですよぉ。冬樹先輩、俺と話しとる間も、夏目先輩の話ばっかで。妬けますわ」
目に眩しい翠眼が、そっと此方へと向けられる。伺うような視線に、「悪口じゃないぞ」と言えば、「分かってる」と拗ねたように返されて。
「冬樹はそんな陰湿な真似しないだろ」
真っ直ぐな声音に、鋭い痛みが胸を突く。
夏目は淀みない足取りのまま、自分の席に向かい、引き出しを探った。
「忘れ物を取りにきたんだ」
電子辞書を取り出しながら言う。立ちあがろうとする春江に「お気遣い無く」と笑い、鞄に辞書を突っ込んで。
「樹くんと一香ちゃんによろしく」
「ああ、……涼太くんにも」
そう返せば、非の打ち所のない笑みで、ヒラヒラと手を振ってくる。眩しい笑顔である。ドアの向こうへと消えて、夏目の背が見えなくなっても、まだ眼前に星が散っているみたいだった。眩しさに目がチカチカする。
「…………樹くんと一香ちゃんて、先輩の御兄弟のお名前です?」
「ああ、そうだよ」
「それはそれは。短いうちに、また随分と仲良うなったみたいですね」
「そう見えるか?」
他人の目にそう映った事が、訳もなく嬉しかった。
あの後、なんやかんやで距離も縮まって、家も割と近い事が判明して。夏目の家にお邪魔するうちに、彼の弟くんとも面識が出来ちゃったり。同じ理由で、夏目も俺の弟と妹を知っている。
「………羨ましいなぁ。家族ぐるみのお付き合い」
「家族ぐるみって程では……」
「俺、先輩の妹さんと結婚するんが夢やったのに」
「お前それ本気で言ってたのか……」
「取られてまいますわ」
「お前にも夏目にも、兄弟はやらん」
『夏目』という比較対象ができた事で弟は、「兄ちゃん、実はそこまでカッコ良くない……!?」と言う事に気づき始めているし、妹に「あのカッコ良い人、もう来ないの?」とかモジモジしながら言われた日には、卒倒するかと思った。お、お兄ちゃんはそんなの認めませんからね!と言いたい所だが、相手が夏目なのが複雑な所だ。
「…………」
忌まわしい葛藤を振り払うように首を振れば、胡乱な赤目と視線がかち合う。物良いたげな視線に、「なんだよ」と負けじと目を細める。
「えらい実直なお方でしたけど」
「ああ、夏目……」
「先輩はああいうタイプが良いんです?」
「………?」
ふいと逸らされる目線。眉を顰め、春江を観察する。3ヶ月間の付き合いだが、こいつのこんな表情は初めて見る。いつも以上にふにゃふにゃしていて、全体的に覇気がない。何というか、こう、『しょぼくれている』?
「春江……」
「何でしたっけ?『高校生のうちから結婚まで考えてくれる』タイプのお人?」
「あ、ああ?そうだな?一途で誠実なのは良い事だな?」
それにしても何で今その話を?というかお前にその話したっけ?
疑問符を浮かべながら答えれば、「うー」とか呻きながら、上半身を折り、俺の机に突っ伏す。ブワ、と甘い匂いが鼻腔を撫でて。びっくりした。図体がデカい分、一挙手一投足が無駄にダイナミックだ。
「俺だって、一途で誠実ですよぉ」
「そ、それは嘘じゃない?」
「嘘じゃないですぅ。この前だってそれが原因でフられたくらいだし」
「え、ウソ。お前彼女いたの?聞いてないんだけど」
「言う訳ないやないですか」
ゲシゲシと机の下で足を蹴られる。足が長くて収まりが悪いのは充分分かったから。暴力はやめてほしい。痛い、痛い。
「……何人くらい?」
「何でそんなん聞くんです」
「いやその、割と噂は聞いてたから……。春江ってやつ、女の子を千切っては投げ千切っては投げしてるって」
実際に関わってみるとコレだったので、そんな物は本当に噂だろうと切り捨てていた訳だが。
俺はこうして、部活と学校生活の合間合間に会う春江しか知らない。だから春江に関しては、知らない側面の方がずっと多いのだろう。そもそも、この物腰柔らかな美青年を、世間が放っておくわけも無かった。
「逆ですわ、逆」
「……?」
気怠げな声音で、まぁるい頭が小さく揺れる。擡げられた相貌。サラサラした前髪の隙間から、底の無い目が此方を見ている。「よっこい」とか言いながら体勢を立て直して、かぶりを振る。机の上に投げ出された俺の手を、指先でちょいちょいと突いた。黒猫みたいだ。
「俺から誰かを振ったことなんて、ただの一回も無いですよ」
「…………そうか。すまん、失礼な事言った」
「ほんまですわ。俺はただ愛しただけ、なぁんも悪いことなんてしてません。それを皆して、『重い』や何や。ねぇ?好きや言うて寄ってきたんは、あっちなのに」
「…………」
「酷い話です」
…………それは、夏目の『重い』とはまた違う種類の『重い』なのでは。
冷や汗が背を伝う。
「なにしてはるんです?」
「いや、イカ焼きになってないだろうなって………」
良かった。傷一つない、ツルスベ色白シラウヲアーム。
春江の袖を捲り上げた状態で顔を上げれば、吐息だけで笑われる。
「エッチ」
「エ………ッ!?」
咄嗟に離そうとした手を、驚きの反射神経で掴まれる。冷たい指先が、生き物みたいに俺の指に絡みついてきて。ふにゃふにゃした男だが、思いの外手は固いのだと思った。でもスポーツマンの手って、大体こんな物か。
「先輩の手、肉刺だらけですね」
「文句言うなら離せよ」
「嫌やとは言うて無いでしょう」
「何だお前」
「それに何やかんや言いながら、自分からは振り払わんですよね」
「…………」
「先輩のそう言う所、好きやわぁ」
潤んだ目が、ぎゅう、と弧を描く。昔、弟や妹が、布団に潜り込んでくる時にこう言う目をしていた。ただあれらと違うのは、それが妙に熱っぽいと言う点で。
ふと気付けば、冷たかった指がいつの間にか熱を帯びていた。どっちの体温かはよく分からない。
「受け止めきらん人は、みぃんな俺から逃げてしまいますから」
「…………」
「ダメですよ、先輩。人と話すときは、ちゃんとお顔を見るもんでしょう?」
「…………何が可笑しいんだよ」
「タコさんみたいで可愛いらしいなぁ思いまして」
意識を擽るように、握られたまま、左手の指先が撫でられる。スローモーションみたいに、薄くて赤い唇が、ゆっくりと吊り上がった。
鼓動が煩い。きっとこれも伝わっているのだと思うと、ちょっと死にたくなる。
『可愛いらしい』、なんて。飽きる程聞かされてきた言葉が、胸の深いところに引っかかって熱を持って。
「……………………『タコさん』はねぇわ」
やっとの事で絞り出した声に、春江は不満そうに顔を顰めた。
10
あなたにおすすめの小説
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
可哀想は可愛い
ぽぽ
BL
平民、ビビり、陰キャなセシリオは王立魔術学園へ入学を機に高校デビューを目指したが敢え無く失敗し不良のパシリをさせられる毎日。
同室者の男にも呆れられ絶望するセシリオに天使のような男が現れるが、彼もかなりイカれた野郎のようで……?セシリオは理想の平和な学園生活を送る事が出来るだろうか。また激重感情を抱えた男から逃げられるだろうか。
「むむむ無理無理!助けて!」
━━━━━━━━━━━
ろくな男はいません。
世界観がごちゃごちゃです。余り深く考えずに暖かい目で読んで頂けたら、と思います。
表紙はくま様からお借りしました。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
【完結】もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない
バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《根暗の根本君》である地味男である<根本 源(ねもと げん)>には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染<空野 翔(そらの かける)>がいる。
ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない??
イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる