悪の総統に愛されて夜も眠れないDK

ベポ田

文字の大きさ
10 / 40
光と春近

木通春近ひとりだち大作戦 下

しおりを挟む
 
「なにか良いことあった?」

 そんな言葉に、春近ははたと足を止める。街灯の下だった。
 春近に引っ張られる形で足を止めた幼馴染の顔を、目を剥いたまま見上げる。
 微笑んだまま見下ろしてくる光と、目が合った。ピクリとも動かない微笑に、春近は目を剥いたまま、「わかるか」と言った。

「さすが幼馴染だ」
「幼馴染とか関係なくわかりやすいよ、春近は」
「そうか?そんなことないだろ」

 眉を寄せ、ちょいちょいと前髪をいじる。
 昼間、山田に言われたことを無意識に思い出していた。
 光が特別めざといだけで、基本的に春近の表情は見えづらい。

「前髪、切ろうかな。伸びてきたし」
「合コンも控えてるし?」
「…………」

 春近は、踏み出しかけた足を元に戻した。

「何で知ってんの?」

 ビョンビョン跳ねたい衝動を抑えて、また光の顔面を食い入るように見つめる。

「何で知ってんの!?」
「あはは、マジで誘われたんだ。冗談のつもりだったんだけど」
から合コンとかいうワードが出てくるわけないだろ!」

 事実春近は、別れ際に、「近々合コンあるから木通くんもこいよ」と、グループに追加されていた。
 異性との恋愛にそこまで興味はなかったが、単純に、クラスメイトと仲良くなれたようで嬉しかった。
 結局叫んだ春近に、光は邪気のない様子できょとと目を瞬く。

っていうか、フツーに鳥巻さんが教えてくれたけど……」
「鳥巻さん?」

 右の口端が攣るような感覚があった。
 何となく、この後は聞かない方が良いという予感である。

「〇〇女学院との合コン取り付けるって言ったら、山田くんたち喜んで協力してくれたって」
「何……なに、全然話が…………協力?」
「そう、鳥巻さんたち、春近がクラスに馴染めていないんじゃないかって、心配してくれてたみたいだよ。それで、春近に声かけてあげてーって、山田くんに頼んだんだって。余計なお世話じゃない?って思ってたけど……」
「なんじゃそりゃ!何の得があって……」

 反射的に叫びかけて、口を閉じる。
 光の腕を取って反対方向に歩いていく、女生徒たちの後ろ姿を思い出したからだ。
 尋ねる必要がないほどに、答えは明らかだった。
 恐らく、光と仲良くなりたい女生徒たちにとって、春近は邪魔な存在だった。
 そして、光の側から春近を引き離すために、合コンを報酬としてぶら下げて、山田たちに協力を頼んだ。
 小学、中学時代にもそういった試みは何度かあった。
 だからこそ、春近はすぐに全貌を掴むことができた。

「……そ、そっか。あはは。だから声かけてくれたんだ。……うん、鳥巻さんにはお礼言っとかなきゃだな。その、山田たちとも、仲良くなれて……」

 空々しく明るい声が、穴の開いた風船のように萎んでいく。
 先刻までの自分の浮かれようを思い出して、春近は途端に恥ずかしくなった。

「合コンいつなの?良い人できたら一番に紹介してね。春近のお嫁さんとは、俺も長い付き合いになるだろうし」
「……うーん、やっぱり合コンは良いや」
「へ?行かないの」
「うん。よくよく考えたら、俺みたいなのが来ても山田たちも相手もしらけちゃうだろうし」

 眉を寄せて、頬を掻く。
 山田は義理を通すつもりで誘ってくれたのかもしれないが、冷静になれば、自分よりももっと場に適した存在が居るのは明らかで。
 自分が察して身を引くべきだったと、申し訳ない気すらした。
 珍しく気遣わしげに相貌を覗き込んでくる光から、逃れるように春近は歩き出す。

「ご、ごめん、春近。俺、余計なこと言っちゃった……まさか、山田くんから何も聞かされてないとは思わなくて、その、」
「全然!お前がそんな顔するなよ。それよりさぁ、これ!」

 調子はずれに話題を断ち切って、懐を探る。
 自分の思い上がりが原因で、浮いたり沈んだり。
 それに振り回されて、幼馴染が心を痛めている現状に耐えられなかった。

「あったあった!」
「……マフィン?」
「そう!チョコチップのやつ。絶対光好きだと思って」

 ただでさえ笑い慣れていない表情筋が、ビキビキ引き攣る。
 クシャミを我慢するような笑顔でマフィンを差し出して来る春近に、光は表情を緩めた。
「ありがとう」と受け取って、自らもまた懐を探った。

「これ、何に見える?」
「どこからどう見ても猫だな」
「そぉだよねぇ?信じてたよ春近」
「おっ、くれるの?正解したから?」
「元々春近用に買ったんだよ。好きそうだなって」

 微笑んだまま、サラリと答える。
 ねこうさぎパンをしげしげ見つめて、春近はどこか感心したような声音で、「光……」とうめいた。

「お前、たまにジャイアンみたいだよな」
「映画でだけ良いヤツになるって?」
「そー。年一くらいで優しい日がある」
「じゃあなおさらよかった。のび太くんはネコ好きだろ」

 真顔で一拍見つめあって、同時に吹き出す。
 眉の寄った、どこか困ったような笑顔。
 いつも通りに笑う春近に、光は眦を緩める。
 やおら右手を持ち上げて、春近の前髪を爪先でくすぐった。

「……なに」

 重い前髪の下、じっとりと見上げてくるチョコレート色の目に、光は笑みを深める。

「春近、やっぱり前髪そのままで良いんじゃない」
「……?」
「そっちのが好きだなぁ、おれ」

 先刻とは打って変わって、いまひとつ真意の読めない笑い方だと思った。
 少し考えて、春近は「うん」と素直にうなずく。
 光がそう言うのなら、このままが良いと思った。


 ***


 地面に、獣の死体が転がっていた。
 その頸部には、黒光りする日本刀が深々と突き刺さっている。
 獣は、世間的に見ても人気の高い怪人だった。
 夜道を1人で歩く女子供を一定の距離感でつけ回して、家まで送り届ける怪人だった。変質者や怪しい人間がいたら、バオバオ吠えて追い払ってくれる。
 ありがたい怪人だと思う。
 けれども悲しいかな、それが無害か有害かなんて判断は一見では不可能なのである。
 不意に牙を剥き、油断し切った獲物を襲うかもしれない。
 だからヒーローはヒーローである限り、その危険を取り除かなければならない。
 そう、相手が怪人である限り。

「死んだ飼い犬を思い出す……」

 ボヤきながら、レオンは獣の頸部から無造作に刀を引き抜く。コスチュームの袖で丁重に刀身の血を拭っては、無駄のない所作で鞘に収めて。

「……………」

 硬くなっていく死骸に、手を合わせる。

「助太刀は要らなかったか」

 そして背後から飛んできた声に、手を合わせたままの姿勢で目を開く。
 淀みなく近づいてきては、隣に並んでくる足音。
 その男が、同様に隣で手を合わせて初めて、レオンは「やめてくれ」と軽く笑った。

「助太刀なんて、出来もしないことを言うな」
「ム、俺の実力を疑うのか。頑張って鍛えたんだぞ。きっとちゃんときみの力になれる」
「勘弁してくれよ。そうじゃなくて、アンタは承認がないとそもそも戦っちゃいけねんだろが」

 ─────ホンモノのヒーローなんだから。

 その言葉に、青年────齢16ほどのヒーローは目を丸くする。
 太陽を閉じ込めたような金色の瞳で、「ああ」と答える声は、やはりはつらつとした若者のそれだった。

「ほんの冗談だ。そもそも君の実力なら、俺の助太刀は必要なかっただろうし」
「アンタに言われると嫌みにしか聞こえねんだよな。……で、助っ人でもなけりゃ何しに来た」
「礼を言いにきたんだ」

 間髪入れずに答えて、青年はレオンの相貌を覗き込むように小首を傾げる。

「きみの報告のおかげで、ようやく承認がおりそうなんだ」
「…………そりゃ、良かった」
「晴れて自由の身だよ」

 冗談めかした口調でありながら、その声音にはどこか、押し殺しきれない歓喜が滲んでいる。
 全身の産毛が逆立つような忌避感を誤魔化すように、レオンは皮肉げな笑みを浮かべた。

「出所祝いにどっか行くか?」
「ああ。なら、また映画館に行きたいな。とびきり泣けるやつが良い」

 薄く開いた唇の隙間から、真珠色の犬歯と赤い舌が覗く。

「会いたい子がいるんだ」

 ぎゅう、と。
 弧を描いた瞼の下で、冴え冴えとした金色が未だ輝いているようで。
 レオンは背中に嫌な汗を滲ませながら、これが世に解き放って良い類の生物だったのかをいま一度考えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる

桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」 首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。 レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。 ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。 逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。 マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。 そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。 近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

平凡な俺が完璧なお兄様に執着されてます

クズねこ
BL
いつもは目も合わせてくれないのにある時だけ異様に甘えてくるお兄様と義理の弟の話。 『次期公爵家当主』『皇太子様の右腕』そんなふうに言われているのは俺の義理のお兄様である。 何をするにも完璧で、なんでも片手間にやってしまうそんなお兄様に執着されるお話。 BLでヤンデレものです。 第13回BL大賞に応募中です。ぜひ、応援よろしくお願いします! 週一 更新予定  ときどきプラスで更新します!

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

処理中です...