悪の総統に愛されて夜も眠れないDK

ベポ田

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転入生は〇〇〇

来たぞ!悪の総統!

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「木通クンさぁ。何で返事してくんねーの?」

 我が物顔で前の席に腰掛けるなり、山田は気だるげにそう非難した。
 春近は春近で、スマホから丸い目を上げて、山田を見て。
「木通クン呼ばれてますよ」と後ろを振り返った。山田が「じゃああなたって……!?」とひとしきり混乱して、すぐに春近の頭を小突いた。

「いてっ」
「痛くない、痛くない。木通クン待ちだって言ってんだけど」

 コレ、と掲げられたスマホに、目を凝らす。
 液晶には、ここ最近春近を悩ませ続けていた合コングループのトーク画面が表示されていた。
 困惑したまま画面と山田に交互に視線を行き来させる春近に、山田は半目で「ここ」とコツコツ液晶を叩く。
 カレンダーマークのアイコンに、『日程を回答してください』と文言が添えらえていた。

「合わせ練習できそうな日。木通クン何部だっけ」
「帰宅部…………」
「じゃー全日程いけるか」
「あ、来週の火曜は無理だ」

 春近のスマホに顎をしゃくりながら、手を差し出してくる。
 おずと素直にスマホを渡せば、「火曜以外と」とぼやきながら、タプタプなにか打ち込んで。
「うい」と返却された液晶には、『回答完了』と表示されていた。
 事態についていけないまま固まる春近を他所に、山田は本格的に腰を据えて、終いには伸びをしてくつろぎ始める。

「木通クンさぁ、スタンプくらいは返したらどうよ」
「いや、」
「あんまり非協力的だとさ、あれよ。面倒事押し付けられちゃうよ。ってわけでリーダーだから、木通クン」
「はっ⁈」

 齧りつく勢いでスクロールし、トーク履歴をさかのぼる。
 すごくナチュラルに、グループリーダーに祭り上げられていた。
「あんまりだ……」とわなわな震える春近。それをニヤニヤ眺めながら、山田は春近の机に頬杖をついた。

「まー、安心したわ。その様子だと、嫌ってわけじゃなさそうだし」
「え?」
「いやワンチャン、このグル乗り気じゃ無いんかなとか」
「ち、違う!」

 思ったより大きな声が出た。
 残ったクラスメイト数人が、驚いたようにこちらを振り返る。
 同じように目を丸くしながら、「マジになってんじゃん」と引き気味に笑う山田に、春近は我に帰ったように粛々と着席した。

「返事、しなかったのは、その。自分が頭数に入ってるかわからなかったからで……」
「?グルに入ってんじゃん」
「そ、そうだけどぉ!そうじゃなくてぇ!」

 顔がじわじわと熱くなるのを感じながら、俯き、高速で指をこね合わせる。

「元々、鳥巻さんたちとの取引で声かけてくれたって聞いて……」
「は!?何で知ってんの!?自分達でコーガイキンシっつってたのに!契約違反じゃん!……え、じゃあもしかして合コン来なかったのも……」
「だからぁ!だからだから!無理に…というか、ケジメとか、義理通す意味で誘ってくれてるのかと、思って……」

 言った。結局全部言ってしまった。
 声量と一緒に、背を丸め、小さくなっていく。
 ついにダンゴムシみたいに机に突っ伏してしまった春近は、器用に顔だけ上げて、チラリと山田の表情を伺う。怯える犬みたいな所作だった。
 半開きの口で固まっていた山田は、春近と目が合うなり、「ぶふ!」と噴き出した。

「ギャハハハハハ!ケジメて!義ィ理て!!そんな言葉現実で使うやつ初めて見たわ!」
「────!……っ、~~~っ!」
「木通クンを誘った……というか、あのグル作ったのは、どーせ合コン行くならあのメンツが楽しそうだと思っただけだし」

 目尻の涙を拭いながら言う。
 始め春近は、言われたことを上手く理解できなかった。けれど、処理が追いついてくるにつれて、先刻とは違う種類の熱がじわじわ迫り上がってきて。
「おれは」だとか「違、」だとか。
 ゴニョゴニョ動いていた口が、「木通クンよぉ」と、輩感丸出しの口調で嗜められて、はたと閉じる。

「そもそも俺ァよぉ、徹頭徹尾彼女ほしいだけだし?だから謝らねーぜ。感謝はするけどな。ほしいもんはチャンスあるときに素直に意思表示しねーと、じーさんになるまで手に入んないんでな。……あれだ、俺ァ人として当然のことしただけだよなァ!」

 ギャハハ!とのけぞって舌を出す。山賊の笑い方である。
 何もかもが野蛮すぎて春近は絶句していたが、度を超えて邪悪な物を見ると、不思議と逆に笑えてくるもので。

「……合コンで彼女できたの?」
「できんかったぁ~~~~!俺という個体に問題があることが判明したぜ」
「出会いの有無とかじゃなくてね」
「言うねぇ木通クン!殺すぞ」

 堪らず破顔した春近を、山田はどこか嬉しそうに眺めていた。


 ***


「えっ、弟!?」

 誰かの悲鳴と俄かなざわめきに、春近と山田は揃って声の上がった方向を見遣った。
 話に夢中になっていて気付かなかったが、教室の出入り口に人だかりができている。

 そして。

「…………え?」

 その人だかりの視線が、一斉に山田と春近へと向いた。
 2人は困惑に顔を見合わせて、人だかりの中央へと目を凝らす。

「にいちゃあ゛!」

 小学生程度の……何なら、幼稚園児と言われてもおかしくないほどに幼い少年が、こちらを指さしていた。
 確かに、「にいちゃん」と言いながら号泣している。
 また顔を見合わせてにいちゃんの押し付け合いをする2人に、クラスメイトの1人が歩み寄ってくる。

「なんか。女子組が教室前で保護したんだけど……見ての通りで」
「ああ……」
「全然動かんから、担任呼んでくるか職員室連れてこーってなってんだけ……うおっ!」

 クラスメイトが仰反る。
 足元を、ちっこい少年が全速力で走り抜けて行ったからだ。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔のまま、「にぃぢゃ゛ぁ゛!」と山田の足にひっしとしがみ付いた。
 出入り口の方から、「かわいい~」と女生徒の歓声が上がる。
 山田は山田で、「『にいちゃん』!?」と目を剥く春近に、ブンブンと首を横に振っていた。
 どうにか少年を宥めようと奮闘していたが、コアラみたいに足をよじ登ってきた時点で、諦めたように肩を落とす。

「…………このまま職員室に連れていくわ」
「おう……頼んだ……」

 困惑の表情で見送られながら、トボトボ出入り口へと向かって。

「その少年、俺が送り届けよう」
「え?」

 少年を貼り付けたまま、山田は足を止める。
 丁度、購買から帰ってきたのだろう。ペットボトルを逆さに持ったまま、開き切った入り扉にもたれ掛かって。
 まるで入り口を塞ぐような姿勢で、茜が微笑んでいた。

「丁度、廊下で山口先生から頼まれたんだ。ノートをまとめて、職員室まで持ってくるようにと」
「そう言うことなら頼みてえけどよ……」

 ちら、と、未だどこか混乱した表情で少年へと視線を遣る山田。
 その戸惑いに、「ああ」と、すぅと金眼が細められた。
 教室の中を冷たい冷気が通り過ぎていったようだった。
 そしてそんな──妙な緊張感を覚えたのは、春近だけではない。先刻までざわついていた教室内が、今は静まり返っていた。
 皆が皆、どう言うわけか一言も話せずに、茜の一挙手一投足を見守っている。
 そんな視線の中を、泳ぐように滑らかに潜って。

「ボク」
「…………」
「お兄ちゃんと来てくれるか?」

 それは問いかけであったが、選ばせる気を端から感じさせない威圧感がある。
 膝を曲げ、視線を合わせてくる茜に、少年はいつの間にかスンと泣き止んでいた。
 ややおいて、鼻を鳴らしながら、伸ばされた茜の手を取る。

「ありがとう」

 微笑んで、茜もまた小さな手を硬く握り直す。
 そのまま軽々と姫抱きにして、山田へと下手くそなウインクを飛ばした。
 そのまま廊下へと消えていく茜の背を、クラスメイト総出で見送って。

「…………リアルヒーローえぐ……」

 誰かの呟きに、皆してウンウン頷く。
 そして、「あ!」とクラスメイトが上げた素っ頓狂な声に、今度は皆して教卓を振り返る。

「これ持ってかなきゃなんじゃない?!」

 クラス約40人分の国語のノートが、教卓の上に聳立していた。


 ***


 子供を抱いたまま、茜は真っ直ぐに職員室を通り過ぎた。
 歩いて、歩いて、ひたすら歩いて。
 完全に人の気配が失せたのを確認して、「なぁ」と、間延びした声をあげる。
 旧知の友人を小突くような呼びかけは、紛れもなく、腕の中の少年に向けられたものである。

「山田くんに、何をする気だったんだ?」
「…………」
「春近を除いて、君たちが一個人に接触することは今までに無かったはずだ。……らしくない。とことんらしくない」

 少年は、答えない。
 泣くことも笑うこともなく、ただ人形のような無表情で、茜の言葉を聞いていた。
 そして、「だが、おかげで確信が持てた」と。
 継がれた言葉に、少年はやっとぴくりと肩を揺らして。

「俺は確かに、きみの核心に近づいている。だから焦ってきみらしくない事をした。────そうだな?

 低い声と共に、金色の瞳が鋭く眇められる。
 俯いていた少年が、仰反るように──およそ人体構造的にあり得ない挙動で、茜の顔を覗き込む。
 その口元は、切れ目でも入れたように、三日月型に裂けていた。

「─────っ!」

 茜は反射的にコスチュームへと換装し、しがみ付いてくる少年の身体を腕力だけで振り払う。
 防御姿勢に入るのと同時に、校舎の一角が爆風で吹き飛んだ。
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