オバケの謎解きスタンプラリー

綾森れん

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10、夜のプールに侵入するには?

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 金属製の扉にはご丁寧に南京錠がつけられていた。私は縦格子たてごうしの間からむなしい気持ちで暗いプールをのぞいた。

「フェンスを登ればいいじゃん」

 ナツキは猿のように器用な身のこなしでよじ登り始めた。マジックテープでしっかり止めるタイプとはいえサンダルを履いているにもかかわらず。

「なっちゃん、よく見て。フェンスの上に有刺鉄線みたいなのが取り付けられてる」

「こんなのまたげば行けるっしょ」

「足に引っかけたらケガしちゃうよ」

 私の忠告も終わらぬうちに上から大きな声が降ってきた。

「いってぇ!」

「もう! だから言ったのに」

「平気平気」

 ナツキは強がりを言って飛び降りてきた。

 鍵を開ける方法はないかと考えながら南京錠に触れた私は、反射的に手を引っ込めた。

「なんか気持ち悪いものさわった!」

 鍵にも扉にもゼリー状のドロッとしたものが付着していたのだ。

 恐る恐るプール脇の街灯に指先をかざした私の手を取って、ナツキは自分のタンクトップにこすりつけた。

「ふいときゃ大丈夫だって」

「なんだったんだろう」

 気味の悪さに鳥肌が立つ。だがナツキは特に気にしていないようで、

「プールに入る方法、思いついたぜ!」

 得意げにプール脇の小屋を見上げた。

「そっちの屋根の上から渡ればいいんだ」

「えー、屋根に登れたとしても降りられる?」

 不安になる私の目の前で、

「ウチがまず見本みせてやるよ」

 ナツキは小屋の下に設置された手洗い場に足をかけた。それからハンドソープの並んでいる上部に登ると、伸びあがって小屋のトタン屋根をつかんだ。

「えいっ」

 かけ声ひとつ、腕の力だけで体を持ち上げて、屋根の上に登ってしまった。

「ユイナもおいでよ」

「無理だよ」

 私はすぐに首を振った。鉄棒の逆上がりすらできない私に、ナツキのような芸当は不可能だ。

「無理じゃないよ。ウチが引っ張り上げるから」

 屋根の上に両手をついて見下ろすナツキの瞳は自信に満ちている。必ず成功すると信じて疑わない強い光が宿っていた。

「ユイナなら絶対登れるよ。ちっちゃくて軽いんだから」

「ちっちゃくないもん」

 私は小声で言い返したが、手洗い場のふちに足をかけていた。昔からいつもナツキは私を新しい世界へ連れ出してくれた。ナツキと遊んでいると自由になってどこへでも行ける気がした。

 だが精神論で運動神経が良くなるわけはない。不安定な足元が怖くて、私はサンダルのスナップボタンをはずした。淡い水色のぺたんこサンダルをぬいで手洗い場の前に並べる。気付いたナツキが、

「靴ぬいで屋根に上がるのか? お行儀いいなあ」

 トタン屋根の上で感心している。訂正するのも恥ずかしくて無言のまま、裸足を手洗い場の背の部分に乗せた。夏なのにヒヤリとするのを我慢して両足で乗り、ナツキがしたように屋根へ両手の指をかけた。

「持ち上げるよ」

 ナツキが私の手首をしっかりと握る。

「両足で思いっきりけって」

 私の体を支えてくれるナツキに全幅ぜんぷくの信頼を寄せて、私は言われた通りに足のバネを使ってジャンプした。

 夜風に乗るように、ふわりと体が宙に浮いた。

「ほらできた」

 次の瞬間、私はトタン屋根の上でナツキに抱きしめられていた。

「うん、飛べた」

 私はナツキのタンクトップにほっぺたを寄せた。昔からよく知っているなっちゃんのにおいに、少し大人になった彼女の香りがとけあって、少しドキッとした。

「よくがんばったな、ユイナ」

 お月様に照らされたナツキは優しく笑って、私の頭をなでてくれた。まなざしをからませて笑い合う私たちの髪を、心地よい夏の風がさらってゆく。

 だが私たちの笑顔は、通りの向こうから近づいてくる話し声に凍りついた。

「ねえ、あの屋根の上、だれかいない?」

 若い女性らしき声が連れの男に尋ねる。

「屋根?」

「うん。そこのプールの横に物置小屋みたいなのがあるでしょ。その上」

 若い男女が敷地前の道を私たちのほうへ歩いて来る。

「やめろやめろ。ビビらせんな」

 彼氏なのか、若い男が不機嫌な声を出した。

「だってなんか人影みたいなのが見えたんだもん」

 女性の回答に、私とナツキはじりじりと動いて屋根の上で腹ばいになった。

「ここ三日月小学校だろ? 三日月小のプールはまじやばいって」

 男の方は完全に腰が引けているのに、

「そうなの?」

 彼女さんは好奇心旺盛なのか、プールを囲むフェンスに近づいてくる。

 息を殺してトタン屋根にへばりつく私たちの耳に、男が語りだすのが聞こえた。

「高校の先輩に三日月小卒業の人がいてさ。となりのクラスでいじめられてた子が交通事故で亡くなったんだって」

 異世界に転移した、あの勇者のことだろうか?

「その夏のプールではなぜか、となりのクラスのヤツばっかりおぼれて病院に運ばれるんだってさ。先輩はもぐってるとき、水中に沈んだ透明な何かが子供の足を引っ張るのを見ちまったって」

 ふるえる男の言葉に私はついプールの方へ視線を向けた。夜空を映しているはずの水面はすべての光を吸い込みそうなほど暗く、得体の知れない生き物がみつく底なし沼のようだ。

 だが若い女性は彼氏の語る怪談にもまったく動じない。

「ふーん。でもそれ、水の中にいるんでしょ? 屋根の上にはいなくない?」

「お前――バカ、やめろ!」

 フェンスに顔を近づけて目をこらす彼女を、彼氏は必死で止めようとする。

 まずい。こんな至近距離で見られたら、手洗い場の前に置いてある私のサンダルが見つかっちゃう!

 私が覚悟してぎゅっと目を閉じたとき、

「にゃーん」

 となりでナツキが間の抜けた声を出した。非難したくても、何やってるの!? と声を出すこともできない。

 だが若い女性は、

「なーんだ猫か。つまんないの」

 興味を失って去って行った。

「助かった」

 遠ざかる二人の話し声を聞きながら、私は胸をなで下ろした。だがまだ次なる問題が残っていた。

「さて、下りるぞ」

 ナツキはトタン屋根の上ですっくと立ち上がると、地面を歩くのと変わらない歩幅でプールのほうへ足を進めた。私はよつんばいになってあとを追う。

「どうやって? 飛び降りたらケガしちゃうよ」

 また不安になる私を安心させるように、振り返ったナツキは親指を立てた。

「見てなって」

 登ったときと同じように屋根のはしをつかんで、ナツキは夜気へと身をおどらせた。

「ひゃっ」

 怖くなって叫ぶ私に、

「大丈夫だよ。ここの位置にはちょうどドアがあるんだ。ドアノブに足をかけて――」

 言うなり、ドスンと音を立てて地面へと飛び降りた。

「むりむり!」

 私はトタン屋根のはじっこで大きく手を振った。ドアノブの高さからでも飛び降りたら足をくじきそう。ナツキのような野生児と私は違うんだから!

 仕方がない、登ってきた場所から降りるしかない。明日の朝まで屋根の上で過ごすなんて嫌だもん。

「ユイナ、ウチが下で支えてやるから絶対大丈夫だ!」

 あきらめて後退する私に、ナツキが下から声を張った。

「なにも怖いことなんかないぞ!」

 あたたかくも頼もしいナツキの声に、さざ波が立っていた私の心が静かにいでゆく。

「ほんと?」

 私はもう一度、屋根のはしまでって行ってナツキを見下ろした。

「本当だ。ウチが抱きとめてやる」

 ナツキは両腕を大きく広げた。

 ドッジボール大会のときもなっちゃんは、試合終了まで私を守り続けてくれたんだ。

 彼女の優しい両手は今回も私を危険から遠ざけてくれるだろう。

「私を受け止めてね、なっちゃん」

 心を決めて私は、さきほど彼女がしたようにトタン屋根のはしをつかんでぶら下がった。

「片足はここ」

 すぐにナツキが私の足首をつかんでドアノブの上に乗せ、続いて両手でしっかりと私の腰を支えてくれた。

「よし、手を離せ」

 言われた通り屋根をつかんでいた指の力を抜くと、ナツキは私を背中から抱きとめるように地面に下ろした。

「下りられた!」

 私たちは無事、夜のプールに潜入成功したのだ! 足の裏に感じるザラザラとしたプールサイドの感触に心がおどる。

 シャワースペースのうしろには、夜とはいえ私たちの知っているプールが待っているはずだった。

 だが黒い水はドロリとたゆたい、粘性のある液体のようだ。プール開放の日に夏の太陽をキラキラと反射していた水面とはまるで違う。

「なんだか生臭いな」

 ナツキがすんすんと鼻を鳴らす。

「水のにおいかな?」

 私はプールサイドに近づいてのぞきこんだ。真っ黒な水面がぐにゃりと曲がる。

「え?」

 ほうけた声を出した私の手首に向かって黒い水が伸びてくる。まるで生き物のように私の両腕にからみついたそれは、あらがえないほど強い力で私をプールの中に引きずり込んだ!
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