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Ⅱ、聖女になりたくない公爵令嬢
18、公爵令嬢が聖女になりたくない理由
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「真空結界!」
周囲の音が遮断され部屋は静けさに包まれた。中庭でさえずる鳥の声も、今は一切聞こえない。
「すごいわ!」
レモが大声をあげてパチパチと手をたたいた。
「私の書いた複雑な詠唱文をこんな短時間で理解して、一瞬で魔術構築できるなんて!」
ずっと魔法を使えるようになりたかったから、ドーロ神父のもとでたくさん学んできたのが役に立った。結局数年前にあきらめたせいで暗記した呪文の多くを忘れてしまったが、詠唱文を理解する力はまだ残っている。
「この呪文、前半は風属性の結界術だけど後半は風の上位属性――空間魔術なのに…… きみって優秀なのね?」
レモが突然ずいっと顔を近づけてきたので、俺はびっくりしてのけぞった。
「顔を見せてくれる気はないの? 竜人さん」
そうか、彼女は綿のベールに隠された俺の素顔を見たかったのか。竜人族だとバレている以上隠す必要はもうないような気もするが、用心するにこしたことはない。俺の真っ白い肌は目立つのだ。今もこの国のどこかに瑠璃色の髪の女がひそんでいて、俺にもう一度精霊力封じの術をかけにくるかもしれねえ。
「すまねぇな、レモさん。これにはちーっとわけがあって――」
あいまいにごまかす俺。この少女にもどこまで話して大丈夫なのかまだ分からねえ。魔術兵の中にスパイがひそんでるなんて可能性も捨てきれないしな。
「レモでいいって言ったでしょ。それにしても竜人族だって魔力量は二~三万よね?」
「詳しいな……」
各種族の平均的な魔力量を暗記しているとは。
「学園で習ったから」
ぽつりと言って、レモは遠い目で窓の向こうを見つめた。
「首席で卒業できるはずだったのよ……」
横顔が悲しげだ。その目標は姉によって断たれたのか。
「姉さんはあんたがいじめられてたって言ってたけど――」
「まさか」
レモはぽかんとした顔で俺を見た。……クロリンダ嬢の話は信用ならねぇのか。
「私の魔力量に恐れをなして誰も近づいてこなかっただけよ。ただ一人を除いて、ね」
なつかしむようにやさしい微笑を浮かべた。良い友人がいたんだろう。
「私は魔術の勉強に没頭してたけど、姉からお母様がご病気になったって連絡が入って急いで戻ってきたの。私の使う聖魔法ならほとんどの病や怪我を治せるから」
やっぱりこの娘すげぇんだな。
「だけどお姉様は帰ってきた私をこの部屋に閉じ込めて、お母様に会わせないのよ!」
「なんのために?」
「お母様が病に伏せっていれば自分が実権を握れるからでしょ」
レモは心底軽蔑しているようだ。
「あの人は小さいころから聖女になって王太子殿下に嫁ぐことを夢見てたわ。でも十歳になって公爵家のお雇い魔術師に鑑定させたら二千にも満たない魔力量で、とても聖女の資質なんてなかったのよ。そのかわり私は三万とか――」
「三万!?」
思わず問い返す俺。
「人族でも三万って出るのか」
「この国の貴族は聖ラピースラ・アッズーリの血筋を引いているから、まれに高魔力値の女の子が生まれるの」
出た、ばーちゃんを封じた因縁のラピースラ・アッズーリ。この国では「聖」をつけて呼ばれるのか。
「姉は私を聖女に推薦して王太子殿下に嫁がせて、自分はその侍女として王都についていくつもりなのよ」
彼女はそこまで語ると、ポットからハーブティーをそそいでくれた。俺は、鉤爪や水かきを隠してくれる特別製のグローブをはめた手で、そっと綿のベールを持ち上げた。草のにおいが強い飲み物に口をつけ、
「俺、聖女ってのがよく分からねえんだが、あんたは聖女じゃないの?」
「聖女なんか絶対なりたくないし、王太子とも結婚しないわ!」
彼女は強い口調で断言した。
「お母様だって私を聖女にするつもりはないって言ってくれてたのに……!」
言葉の最後の方に泣き声が混ざった気がして、俺はとっさに白いグローブをはめた手で彼女の腕をなでた。
「あんたは―― 母さんに回復魔法をかけるために部屋から出ようとしてたのか」
レモはこっくりとうなずいた。攻撃魔法を使ったのもそのためなのか――。こんな事情があってはとてもじゃないが、俺には彼女を閉じ込めておくなんて、できそうにねえな……。
細い腕をやさしくなで続けていると少し落ち着いてきたのか、彼女は窓の外を見つめながら話し始めた。
「この国では代々、貴族の中から魔力の強い女の子を選んで聖女に認定するの。時の王太子は必ず、その聖女と結婚する仕組みよ。聖女になるのは名誉なこととされてるけれど、一日に三回聖堂で祈りを捧げないといけないから自由なんてまったくないわ」
うん、俺には無理だな。
「お母様は、レモは優秀だから聖堂にこもるなんてもったいないし、好奇心が強くて落ち着きがないから聖女なんかになったら病気になっちゃうわねって言ってたの」
魔力の強い者が日に三回も祈り続けるって、それこそやべぇもんでも封印してんじゃねーかって疑っちまうが……
「聖堂ではラピースラ・アッズーリに祈りを捧げているのか?」
「そうよ。今でも聖堂の奥には瑠璃石がまつられていて、その中で彼女の魂が千二百年間眠り続けてるって信じられているの」
本人は信じていなさそうな口調。
「じゃあ今この時にも、聖堂には聖女が?」
「もちろんいらっしゃるわ。この国の王妃様がね」
そうか、聖女が王太子に嫁ぐってことは、この国の王妃はいつも聖女なのか。
「瑠璃色の髪だったりする?」
思わず息せき切って尋ねる俺。怪しかったかもしれない。だがレモは興味なさそうに、
「どうだったかしら?」
と首をかしげた。
「王妃様が聖女に選定されたのは私が生まれる前だから、お目にかかってないのよね」
レモが生まれる前に聖女になったなら年齢的に若すぎることはないだろう。だが会ったことないってのは、王妃は聖堂にこもりっぱなしだからだよな。毎日三回王都の聖堂で祈っていたら、数日間旅してモンテドラゴーネ村に来ることなんてできないか……?
「肖像画しか見たことないんだけど水色の髪だったかしら…… もし瑠璃色だったら大騒ぎね」
「なんで?」
「聖ラピースラ・アッズーリが瑠璃色の髪だったってことになってるから」
まじか。ただの偶然だよな? 千二百年前の人間がうろちょろ旅してるわけないもんな。
レモは上品な仕草でカップをかたむけながら、
「聖女って妊娠中も出産後も毎日三回祈って疲弊するから大体短命なのよ」
怖いことを言い出した。
「そろそろ交替しなきゃまずいんじゃない? 魔力量の多い私は普通の聖女より長生きするかもしれないけど、聖堂に閉じ込められた時点で人生終わってるから一緒よね」
顔色ひとつ変えず、ざくざくと本音で切り込んでくる。俺は場の空気を変えようとして、
「そいつぁ聖女システムそのものが問題だな」
と、うなずいた。レモは人差し指を振り下ろし、
「まさしくそうなのよ! お母様は特定の女性の人生を奪うような仕組みは廃止すべきだっておっしゃってるわ」
「きみの母さんは進歩的なんだな」
だがレモは物思いにふけるかのように首をひねった。
「お母様はきっと何か知っているんだわ。過去に不幸な事件が起きたとか……。でも話してくれないのよ――」
こりゃあまずレモの母さん――アルバ公爵夫人に接触してみる必要があるな。俺は胸中でこっそりニセ聖女探しの計画を練っていた。
-----------------
「公爵夫人は何を知っているんだ?」
「聖堂に閉じ込められてるはずの聖女が旅していただと?」
気になる方はお気に入りに追加しつつ次回更新をお待ちくだせぇ!
次話ではついに、イーヴォたち追放サイドの活躍(笑)が見られますよ、旦那。
Fランククエスト「薬草狩り」を受けて苦戦してるってぇ噂だがほんとなのかい!?
周囲の音が遮断され部屋は静けさに包まれた。中庭でさえずる鳥の声も、今は一切聞こえない。
「すごいわ!」
レモが大声をあげてパチパチと手をたたいた。
「私の書いた複雑な詠唱文をこんな短時間で理解して、一瞬で魔術構築できるなんて!」
ずっと魔法を使えるようになりたかったから、ドーロ神父のもとでたくさん学んできたのが役に立った。結局数年前にあきらめたせいで暗記した呪文の多くを忘れてしまったが、詠唱文を理解する力はまだ残っている。
「この呪文、前半は風属性の結界術だけど後半は風の上位属性――空間魔術なのに…… きみって優秀なのね?」
レモが突然ずいっと顔を近づけてきたので、俺はびっくりしてのけぞった。
「顔を見せてくれる気はないの? 竜人さん」
そうか、彼女は綿のベールに隠された俺の素顔を見たかったのか。竜人族だとバレている以上隠す必要はもうないような気もするが、用心するにこしたことはない。俺の真っ白い肌は目立つのだ。今もこの国のどこかに瑠璃色の髪の女がひそんでいて、俺にもう一度精霊力封じの術をかけにくるかもしれねえ。
「すまねぇな、レモさん。これにはちーっとわけがあって――」
あいまいにごまかす俺。この少女にもどこまで話して大丈夫なのかまだ分からねえ。魔術兵の中にスパイがひそんでるなんて可能性も捨てきれないしな。
「レモでいいって言ったでしょ。それにしても竜人族だって魔力量は二~三万よね?」
「詳しいな……」
各種族の平均的な魔力量を暗記しているとは。
「学園で習ったから」
ぽつりと言って、レモは遠い目で窓の向こうを見つめた。
「首席で卒業できるはずだったのよ……」
横顔が悲しげだ。その目標は姉によって断たれたのか。
「姉さんはあんたがいじめられてたって言ってたけど――」
「まさか」
レモはぽかんとした顔で俺を見た。……クロリンダ嬢の話は信用ならねぇのか。
「私の魔力量に恐れをなして誰も近づいてこなかっただけよ。ただ一人を除いて、ね」
なつかしむようにやさしい微笑を浮かべた。良い友人がいたんだろう。
「私は魔術の勉強に没頭してたけど、姉からお母様がご病気になったって連絡が入って急いで戻ってきたの。私の使う聖魔法ならほとんどの病や怪我を治せるから」
やっぱりこの娘すげぇんだな。
「だけどお姉様は帰ってきた私をこの部屋に閉じ込めて、お母様に会わせないのよ!」
「なんのために?」
「お母様が病に伏せっていれば自分が実権を握れるからでしょ」
レモは心底軽蔑しているようだ。
「あの人は小さいころから聖女になって王太子殿下に嫁ぐことを夢見てたわ。でも十歳になって公爵家のお雇い魔術師に鑑定させたら二千にも満たない魔力量で、とても聖女の資質なんてなかったのよ。そのかわり私は三万とか――」
「三万!?」
思わず問い返す俺。
「人族でも三万って出るのか」
「この国の貴族は聖ラピースラ・アッズーリの血筋を引いているから、まれに高魔力値の女の子が生まれるの」
出た、ばーちゃんを封じた因縁のラピースラ・アッズーリ。この国では「聖」をつけて呼ばれるのか。
「姉は私を聖女に推薦して王太子殿下に嫁がせて、自分はその侍女として王都についていくつもりなのよ」
彼女はそこまで語ると、ポットからハーブティーをそそいでくれた。俺は、鉤爪や水かきを隠してくれる特別製のグローブをはめた手で、そっと綿のベールを持ち上げた。草のにおいが強い飲み物に口をつけ、
「俺、聖女ってのがよく分からねえんだが、あんたは聖女じゃないの?」
「聖女なんか絶対なりたくないし、王太子とも結婚しないわ!」
彼女は強い口調で断言した。
「お母様だって私を聖女にするつもりはないって言ってくれてたのに……!」
言葉の最後の方に泣き声が混ざった気がして、俺はとっさに白いグローブをはめた手で彼女の腕をなでた。
「あんたは―― 母さんに回復魔法をかけるために部屋から出ようとしてたのか」
レモはこっくりとうなずいた。攻撃魔法を使ったのもそのためなのか――。こんな事情があってはとてもじゃないが、俺には彼女を閉じ込めておくなんて、できそうにねえな……。
細い腕をやさしくなで続けていると少し落ち着いてきたのか、彼女は窓の外を見つめながら話し始めた。
「この国では代々、貴族の中から魔力の強い女の子を選んで聖女に認定するの。時の王太子は必ず、その聖女と結婚する仕組みよ。聖女になるのは名誉なこととされてるけれど、一日に三回聖堂で祈りを捧げないといけないから自由なんてまったくないわ」
うん、俺には無理だな。
「お母様は、レモは優秀だから聖堂にこもるなんてもったいないし、好奇心が強くて落ち着きがないから聖女なんかになったら病気になっちゃうわねって言ってたの」
魔力の強い者が日に三回も祈り続けるって、それこそやべぇもんでも封印してんじゃねーかって疑っちまうが……
「聖堂ではラピースラ・アッズーリに祈りを捧げているのか?」
「そうよ。今でも聖堂の奥には瑠璃石がまつられていて、その中で彼女の魂が千二百年間眠り続けてるって信じられているの」
本人は信じていなさそうな口調。
「じゃあ今この時にも、聖堂には聖女が?」
「もちろんいらっしゃるわ。この国の王妃様がね」
そうか、聖女が王太子に嫁ぐってことは、この国の王妃はいつも聖女なのか。
「瑠璃色の髪だったりする?」
思わず息せき切って尋ねる俺。怪しかったかもしれない。だがレモは興味なさそうに、
「どうだったかしら?」
と首をかしげた。
「王妃様が聖女に選定されたのは私が生まれる前だから、お目にかかってないのよね」
レモが生まれる前に聖女になったなら年齢的に若すぎることはないだろう。だが会ったことないってのは、王妃は聖堂にこもりっぱなしだからだよな。毎日三回王都の聖堂で祈っていたら、数日間旅してモンテドラゴーネ村に来ることなんてできないか……?
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「なんで?」
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怖いことを言い出した。
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だがレモは物思いにふけるかのように首をひねった。
「お母様はきっと何か知っているんだわ。過去に不幸な事件が起きたとか……。でも話してくれないのよ――」
こりゃあまずレモの母さん――アルバ公爵夫人に接触してみる必要があるな。俺は胸中でこっそりニセ聖女探しの計画を練っていた。
-----------------
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