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Ⅱ、聖女になりたくない公爵令嬢

19★Fランクパーティは苦戦中

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 時間はさかのぼって一日前――

「こ、こんなはずじゃなかった……!」

 青い沼地をのぞむ木の下で、太い幹にこぶしを打ち付けたのは聖職見習いだった若者サムエレだ。

 彼の視線の先にはFランククエスト「薬草採り」をこなすイーヴォとニコの姿。

「ぐほごばべぇぇぇっ!」

 と、イーヴォが突然叫び声をあげた。

「またか……」

 がっくりと肩を落とすサムエレ。

「ごーばべが…… ごーばべが……」

 顔面蒼白になったイーヴォが口からよだれをたらしながら、ふらふらと近付いてくる。口の中にミニスライムが飛び込んだのだ。これで三回目だから説明を聞かなくても分かる。もっとも口をふさがれている本人は説明などできないが。

「この木に背中をあずけて座って下さい」

 ぐったりと幹にもたれかかったイーヴォの胴体に、サムエレは聖杖を向ける。イーヴォの食道に詰まったミニスライムを遠隔操作での方へ誘導するのだ。

「あ。ちょっと間違えた」

「きょえぇぇぇっ!」

 甲高い声をあげたイーヴォの鼻の穴・・・から、ぽこんとミニスライムが飛び出した。



 ギルドから調査隊としてダンジョン『古代神殿』に派遣されたAランクパーティが昨日、戻ってきた。

「第四層までもぐりましたが、何も変わったところはありませんでしたよ」

 彼らはモンスターをたくさん倒したようで、ギルドから調査代報酬を受け取ったうえ大量の魔石を換金してご満悦だった。

「というわけでグレイトドラゴンズは今日から正式にFランクです」

 今朝ギルドに行くと、受付嬢がFランク用メダルを三枚用意して待っていた。アンジェリカは新しい鑑定用水晶を調達しに帝都まで長期出張中とのことだった。

 グレイトドラゴンズがFランクに格下げとなるのでは、という噂はヴァーリエの冒険者じゅうに広まっていたようで、

「もはや弱小ドラゴンズじゃね?」

「なんか俺たちで新しいパーティ名考えてやろうか?」

「ウィークネスでよくね?」

 などとさんざんからかわれた。

「イーヴォくん、僕はそろそろ村に帰って聖職に就こうかと――」

 サムエレの申し出にイーヴォはゆがんだ笑みを浮かべた。

「ジュキエーレをだましてダンジョンに置き去りにしたお前に、聖職者の道なんてあるのかな?」

「そうそう、おいらとイーヴォさんが証人だぞ!」

 ニコが口をそろえる。

「え……」

 言葉を失ったサムエレに、

懺悔ざんげしに村へ帰るっていうんなら、俺様たちもついて行ってやるぜ」

 イーヴォは任せろと言わんばかりにこぶしで胸をたたいた。

「次のクエストはサムエレさんの告解こっかいかなぁ~?」

 ニコがにやにやしながら追い打ちをかける。

(とんでもないことになった)

 サムエレは冷や汗が止まらない。

(これはジュキエーレくんを引っ張って帰らない限り、僕が濡れぎぬを着せられることになる!)

 そもそも冒険者などという面倒で野蛮でほこりまみれになる道を選んだのは、叔父であるドーロ神父に約束されたから。

「ジュキの冒険者になりたいという夢を叶えてやってくれるなら、きみは今はまだ見習いだが、帰ってきたら助祭に任命されるよう取りはからってあげよう」

 ジュキエーレには冒険者など早々にあきらめて村へ帰ってほしかったから、彼のギフト<歌声魅了シンギングチャーム>がモンスターにも有効で、補助職としてパーティに貢献してることはなるべく黙っておいた。

 自分は無能だと落ち込むジュキエーレを見ても、サムエレが良心の呵責を感じることはなかった。子供のころから、屈託のない笑顔で大人たちを懐柔するジュキエーレに心の底で嫉妬していたから。一方サムエレはいつも優秀だがかわいげがない、子供らしくないと言われてきたのだ。

(なんで僕の叔父が血のつながりのないあいつを、あんなにかわいがるんだ!)

 たとえばジュキエーレが孤児だというなら、サムエレだって納得しただろう。だが現実には、ジュキエーレには美人な姉とやさしい母、面白い父親がいて、さらに村の年寄り連中まで「ジュキちゃんはいつまでもちっちゃくて真っ白でかわいいねえ」なんて目を細めていたのだから、あの無邪気な笑顔を見るたびに腹の底が煮えくり返る思いだった。

(僕だってアンジェリカさんに抱きしめられたかった!!)

 まあ結局は、少年の淡い恋心に端を発した嫉妬心だったのだが。



「ふん。俺様たちがFランクなわけないだろ。さっさとギルドポイントためて成り上がろうぜっ!」

 無駄に前向きなイーヴォがこぶしを振り上げた。

「さっすがイーヴォさん! どーっこまでもついていっきまぁっす!」

 すっとんきょうな声をあげるニコを、サムエレは冷めたまなざしでながめていた。

 とはいえFランクで受けられる依頼なんて薬草採りくらいなもの。

「沼地の周りに生えてるんです。でもミニスライムが時々沼から飛び出してくるので気を付けて下さいね!」

 と、ギルド受付職員が説明してくれた。

「ミニスライムぅ? そんなザコ、俺様たちの敵じゃねーよ!」

 いつも通り偉そうなイーヴォに受付嬢も笑顔で、

「ですよねっ! ミニスライムは毒も持っていないし、攻撃手段も引っ付いてくるだけです。かわいいんですよぉ」

「攻撃を受ける条件はあるんですか?」

 ジュキエーレがいない今、弱小モンスターにも苦戦することを知っているサムエレだけが、用心深く質問する。

「彼らは自分たちの縄張りである沼地を守るため、近付いた人間や動物を追い出そうとするんです。彼らの縄張りに足を踏み入れない限り攻撃されません。ミニスライムはおとなしいモンスターですので!」

 モンスターオタクの受付嬢がニマニマしているのをうしろに残して、彼らは『青の沼地』へ向かって出発した。



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イーヴォたちの苦戦はまだまだ続くぜぇっ! しおりをはさんでお待ちくだせえ!
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