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Ⅴ、敵は千二百年前の大聖女

56、満月の下、天使の口づけはレモネッラ嬢のために

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 衛兵隊長は剣を抜き俺に斬りかかった。

「凍れる刃よ!」

 俺は隊長と斬り結んだ。一応剣術を学んでおいてよかったぜ。

 キン、キンン―― キンッ

 上段に中段にと攻めてくる剣をなんとか防ぐ。俺がこいつを精霊力で一撃必殺するわけにはいかないのだ。というのも――

 ガシャン。

「ぐおぅ!?」

 バタン。

 隊長が叫び声をあげて倒れた。うしろからレモが、大きな花瓶を持ち上げて隊長の頭に振り下ろしたからだ。――

「殿下、これでわたくしも罪びとですわ!」

「なっ――」

 王太子は驚愕のあまり言葉を失った。だがすぐに叫んだ。

「侵入者二人を捕らえろ!」

 残っていた衛兵二人がレモに近付こうとするも、

「凍てつけ」

 俺の一言でその場に氷漬けとなった。

「侵入者ですって!?」

 レモはわざとらしく驚いて見せる。それから心底困惑した表情で、

「わたくしはあなたの婚約者ですが?」

 王太子は唖然とした。

「お前自分で今、罪びとだと申したではないか! 頭おかしいんじゃないか!? 婚約など取り消しだっ!!」

 レモが小さくガッツポーズしたのを俺は見逃さなかった。

「任務完了。おいとましましょっ! 聞け、風の精センティ・シルフィード――」

 涼しい顔で空を飛ぶ呪文を唱え始める。しかし風魔法が完成する前に、衛兵たちが部屋になだれ込んできた。

「殿下、ご無事ですか!? 侵入者とは!?」

「あれだ」

「逃がさんぞ!!」

 次々に衛兵たちの唱える呪文が重なる。風属性の術を唱える者と、地属性を扱う者が多いようだ。水属性を使う魔術師のほとんどが、聖堂を消火しているのだろう。一方、カーテン、絨毯、寝具など布の多い室内の警備には、火属性術師は使っていないと見える。

が力の結晶たる氷よ、この衣にまといて守護となれ」

 俺は自分のローブに防御術を付与しレモの肩にかけると、そのまま彼女を片腕に抱いて力を解放した。粉雪が舞い落ちるかのように、俺のまわりに銀色の光が降り注ぐ。俺の背に翼が広がるのを見て、衛兵が叫んだ。

「あの護衛、鳥人ハーピー族だったのか!?」

 呪文詠唱中に集中が途切れるなんて、訓練がなっていないぞ。

「いや、鳥人ハーピー族は腕から翼が生えていたはず。あいつの真っ白な羽は天使のように背中から――」

「ええっ、天使!? 大聖女様と共に悪いドラゴンと戦ったっていう――」

「そんなわけないだろう!」

 大声で否定したのは王太子だ。

「亜人とは得体の知れない生き物だ。俺たちの知らない不気味な姿をしているものも、たくさんいるんだろう」

 俺に抱えられたレモが片手で窓を押し開けつつ、怒りのこもった目で王太子をにらんだと思ったら、攻撃魔法を放った!

烈風斬ウインズブレイド!」

 いつの間に攻撃呪文唱えてたんだ!?

「うおわぁっ!?」

 まさか自分が攻撃されると思っていなかった王太子は、襲い来る風の刃に情けない声を出してベッドから転げ落ちた。衛兵がなんとか盾で防ぐ。

「余に攻撃魔法を使うとは、許さんぞ!」

 驚愕と怒りがないまぜになった王太子の叫び。実は俺も計画にないレモの行動に驚いている。

「あんたが亜人族の人たちをバカにしたからよ! この差別主義者っ!!」

 窓の外からレモが怒鳴った。レモって怒ると普段の冷静さも聡明さも吹き飛ぶんだよな…… 本当に罪人になってこの国に戻れなくなっては大変だ。

「レモ、亜人族のために怒ってくれてありがとう」

 彼女の激情をしずめようと、俺はできる限りおだやかな声でささやいた。

「ジュキ――」

 憤懣ふんまんやるかたないといった様子で振り返ったレモが、ハッとした。ちょうど夜風が吹いて、月明かりをまとった俺の銀髪がベールのようにふわっと広がった。

「綺麗……」

 いやー今の自分の姿、肩から枝分かれした角が生えてるし、結構魔物っぽい外見だと思うんだけどなあ。

偏狭へんきょうな王太子のかわりに、やさしくて美しいあなたを選んだ私、天才ね!」

 レモが勝ち誇ったようにほほ笑んだ。

 そのとき王太子の部屋から氷の矢が飛んできた。水の精霊王の力を受け継ぐ俺に、水の精霊に呼びかけた術が効くわけないんだが、彼らはそんなこと知るすべもない。

「帰れ」

 俺の一言ですべての氷が術師のほうへ戻っていく。

「「「うぎゃぁぁぁっ!!」」」

 部屋の中から悲鳴が聞こえた。次の手を予想したのかレモが呪文を唱えだす。

 予想通り風の刃がいくつも襲ってきた。さきほどレモ自身が放ったのと同じ術だ。

相殺無風キャンセリングリヴァース

 逆向きの風を放って、すべて無効化してしまった。

「見張りども!」

 王太子が窓から身を乗り出して、地上へ向かって大声を出した。

「そいつら二人を逃がすな! とくに女のほう!!」

「ちょーっと攻撃されたくらいで器の小さな男!」

 レモは心底バカにした声を出す。

 暗い地上から火矢が放たれた。魔術か武器かよく分からないが、対処法は決まっている。

「氷壁」

 俺たちの真下に巨大で分厚い氷の板が出現した。

 シュッ、ジュッ……

 次々に音を立てて炎が消えていく。

 ほっとした瞬間、ちょっと気を抜いたら氷の板が落下してしまった。

 どしんっ!

「「「ぎゃっ」」」

 数人の兵士が下敷きになったようだ。攻撃するつもりじゃなかったんだけどな……

聞け、風の精センティ・シルフィードくうべるぬしよ――」

 レモは次の攻撃に備えて呪文を唱えている。

 今度は多方面から火の粉が襲ってきた。一瞬早く、レモの術が完成する。

真空結界ヴオートバリア!」

 俺たちの半身をおおうように、足元に半円状の結界が出現した。

「え、それ防音の結界じゃ……」

「もともとは火属性の攻撃を防ぐために創作した魔術なのよ。火は酸素がないと燃えないし、空気がなければ音だけじゃなく熱も伝わらないから」

「ふ、ふ~ん……」

 自分でも理解できたのか怪しい。

「レモは利口だな」

「本当に利口だったら王太子に攻撃魔法しかけたりしないから」

 自分でも分かってたのか。フォローに困って沈黙していると、

「ごめんなさいね。ジュキのこと侮辱されてつい頭に来ちゃって――」

「あやまるなよ。俺のことを想って怒ってくれたんだって知ってるし」

 衛兵たちの集中砲火を余裕で防ぎながら、俺たちは彼らの存在を無視して見つめ合い、静かに唇を重ねた。彼らの攻撃が二人を祝福する花火のように、夜空をいろどる。

 満月の下、俺たちの想いは一つになった。
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